幻のまほらま・1
シェリダンの町は、譜業技術者達が集まっている。
子どもらしい真っ直ぐな冒険心や探究心をそのままに成長した、大人たちの町だ。
貿易都市である自治区ケセドニアと比べても、その活気は遜色無い。
ただ、あちらは商売に情熱が傾けられ、こちらの町では、己の夢という果て無きそれに想いを馳せる。――その違いか、シェリダンの町の人々は、誰もが頑なで純粋だ。
道を少し歩くだけで、町のそこそこに、意味や用途の不明な譜業や小さな部品が無造作に転がっている。子どもが手にして遊んでいるのも、小型譜業飛行機器や、自動人形等、この町らしいそれだ。両親に寄るものか、それとも苦心しながら自分らで作り上げたのかは、彼らに聞いてみないと分からないが、兎にも角にも――この町は、まるで玩具箱をひっくり返したような場所だった。
「アイツ、みたいだな…」
無駄な装飾の無い実用的な町並みに、脈絡なく散らかる未完成や試作品の音機関。シェリダンの町並みの極端な二面性は、一度は復讐を誓いながらも、痛ましいまでの物分りの良さから、刃を手放した彼の生き様に似ていた。散策の足取りで歩きながら、ポツリと洩れた己の言葉で、脳裏に浮かぶ無邪気な少年の笑顔。――が、不意に冷えたそれに摩り替わり、回顧は痛みで断ち切られた。
優しい言葉が欲しいわけでも、同情を引きたいわけでも無い。
聖なる王家の血統。キムラスカ・ランバルディアの後継者として、『聖なる焔(ルーク)』として、生を受けた事は誇りであるとすら感じている。王族としての途は失ったが、最初から死を予見され、多くの血涙と怨嗟の上に描かれた運命であろうとも、己を否定した事は一度たりとて無い。
「………」
分かっている。意味の無い感傷だ。過去を振り返るのは全てが過ぎ去った後でいい。
なのに、どうしても。
あの透明な空色の瞳に冷酷に見下ろされると、末端まで緊張が奔り、四肢が強張る。
六神将ともあろう者が無様にも程があるという自覚はあるが、己自身でも量りかねる不可解な現象なので、手の施しようも無い。
「クソ…、忌々しいッ…」
現時点での最善の改善策としては、問題の人物との接触を可能な限り控える事である。かなり消極的で受動的な対応であり、情けなさを苦々しく受け止めながらも、他に有効な手段が無いことも、また事実。
「………」
携帯常備薬の袋の中で存在を主張する、桃色の包みのグミを取り出して、アッシュは普段からの眉間の皺を、更に深く刻んだ。
「こんなものを押し付けやがって…」
持ち主に戻されるものを何時までも持ち歩いているのも、具合が悪い。しかし悲しいかな律儀な性格故に、このまま預かった物を返さないでいるという選択肢は無かった。如何に当人と顔を合わせずに手元に届けるか、という方向性で思案中だ。付け加えるならば、ここ数日アルビオールの調整のために、連中がシェリダンに滞在している事は調査済みである。
(宿に忍び込むのは面倒な上に、他のヤツの目もある。そこらのガキに金で使いを頼むのは不確実だしな…。ああ、そういえば連中のアルビオールは確か、ギンジの妹が操縦していたな――)
なんと言ったか――、大して興味も無い人間の名などイチイチ覚えてはいないが、機知に富んだ聡明で思慮深い性格だったと思い出す。アルビオール二号機の操縦者ならば、余計な詮索をせずに、任された仕事を確実に果たすだろう。
(探すか…。どうせ、ドッグの辺りだろう)
我ながら妙案である。これで、あの口煩い幼馴染みに関わらずに済むというものだ。大体、アレが大事にしている『ルーク』は此方では無い。なのに、どうしてこうも――構ってくるのだろうか。故郷の仇敵の息子としてならまだ理解出来るのだが。そういう類のものでないことは、一目瞭然で。どう向き合えばいいのか――どう、応えればいいのか。もう、『ルーク』ではない自分が幼馴染みとして振舞うのは、厚顔さが過ぎるというものだ。逆に、全く生き方も行く道も違えた別人、鮮血のアッシュとして過去を切り捨て対峙するのは、傲慢だろうと戸惑われる。
いっそ、すべての柵を踏みつけにしてひたすらに憎悪すればいい思う。大義を成そうとすれば必ず敵が現れる。その理想が尊いものであればあるほど、屑には理解し難いのが現実だ。『敵』として憎まれるのは慣れている。悪意や敵意に対して武器を構えるのには、何の躊躇いも呵責も無い。
「………」
期待して――裏切られるのにも、随分慣れて。
他人を信用する奴が馬鹿なのだということも、十二分に理解した。
バチカルの屋敷に戻り『ルーク』の名と生き方を取り戻すのを頑なに拒むのも、縁者である二親に既に絶望しているからだ。キムラスカ・ランバルディアの誇り高き王家の一族として、この美しき世界に命を与えてくれた事にも感謝している。だが、彼らは我が子を『聖なる焔』としてしか見ていなかった。王国の繁栄のため、ユリアの譜言を成就さするためだけの、道具としてしか――。
無知と無力が許される、美しく優しいだけの母も、傲慢と独尊に偏執した、王家の傀儡に過ぎない父も、ただ、弱かっただけだ。彼らに罪は無い。
だが、もう二度と――心を寄せる事は無いだろうと。ただ、漠然とそう感じる。
「アイツは…、」
可愛らしい桃色の包みを掌に握りこんで、言葉を飲み込む。
アイツなら、どうしただろう。
「…バカバカしい」
仮想の問答は無意味な行為に過ぎないと、己の愚考を振り払い、アッシュは飛行船用のドッグへと足を向けた。
「でっけー、夕日…」
海沿いの広場の柵に乗り出すようにして、白のオートクチュールに背中に立派な剣を背負った剣士の出で立ちの赤毛の子ども――ルーク・フォン・ファブレは、しんみりと零した。陸風にあおられて、短くなった赤髪が背中から乱れ、その表情を覆い隠した。
シェリダンの町は海岸沿いにあり、水平線を一望することが出来る。空と海の狭間に赤々と輝きながら沈む夕日は、勇壮かつ雄大な自然のパノラマだ。少し前、バチカルの屋敷に軟禁されていた頃には、決して見ることの叶わなかった風景を前に、ただ浮かぶのは感傷。その指には、斜陽の光を反射する華奢なリングが輝いていた。
「はー……」
衝動的に買ってしまった、垂れ耳が可愛らしい、赤い瞳の兎が描かれる装飾品は、未だ買い手の手の中にあった。購入当初は余り意識していなかったのだが、今は、この指輪をどうにかして、あの無闇に綺麗な年上に贈りたいと、そればかりを考える。
「なんつって渡せばいいかなー…。
露天で見つけてキレイだったから――、あー、駄目だ。絶対、ティアにでも渡してあげなさいって笑顔で言われる。絶対に言われる。確実に言われる。しかも、その後それをネタにからかわれるに決まってるッ。
うー…、なら、えっと――。赤い目がジェイドみたいだから、つい買って、でも持ってても仕方がないから――。ああぁあああ、駄目だ〜…。そんな不用品の押し付けは御免被ります。って、ハートマーク付で断られるに決まってる〜……」
何度脳内で指輪を手渡すそれをシミュレートしようとも、全て当たって木っ端微塵に砕ける姿しか思いつかない辺り、己の想像力の容赦ない正確さに落ち込まずにはいられない。
「う〜……」
衝動的にキスして、されて。
きっと自分はあの意地悪い年上の事が好きなんだと、自覚した。
外殻大地アクゼリュス崩落の大罪を背負う身で、劣化レプリカの分際で、人を好きになる資格など無いのかもしれないが、それでもこのままなし崩しになってしまうのが怖かった。断られるのならそれでも構わない。ちゃんと想いを伝えておきたかった。
(でも、…ジェイドとそういうコトする俺ってなんか想像つかないけど…)
優しくて気さくな幼馴染みからの知識によると、キス以上の行為は、結構…凄いらしい。
(カラダに触って、前とか、な、舐めたりとかするんだよな。
で、あそこに――…)
痛くないのだろうか。
というのが、真っ先に浮かんだ感想。
当然のように口にしたら、最初は痛いだろうなぁと苦笑された上で、だからローションなんかでソコを濡らしてから入れるのだと説明された。そこまでして身体を繋げる意味がよく分からないけれど、もっと今以上にジェイドの事が好きになったら自然にそういう気持ちになるのだろうか。それとも――、
(…俺が、レプリカだから。そういう感情は沸かないのかな…)
欠陥品の命には、人を愛する能力さえないのだろうかと、溜息が零れる。幾ら考えても詮無き事ではある。当座の問題としては、この指輪をどうにかしてジェイドに受け取ってもらうこと。まずは、ここをクリアしないと、と余計な考えを払拭するルークだ。
「…ガイに訊いてみようかな」
しかし、このまま延々と一人で考え込んでいてもいい知恵は浮かびそうに無い。ここは、女性恐怖症という難儀な身の上で、甘い科白が標準装備されている親友に相談してみるしかないかと結論付けた、ひとまず指に嵌めたリングを外して――、
「あ――ッ!!」
事もあろうか、指先が滑ってしまった。掌に乗せるはずの銀色の繊細な彫金が施されたリングは、そのまま中空を舞う。
「……ッ!!」
真っ白になって、何も考えずに鉄製の柵に乗り上げた。片足で大きく飛び出すのと同時に、腕を必死で伸ばす。遥か真下には鉄屑が山のように積み上げてあり、ジャンク置き場になっている。今、捕まえ無ければ見つけ出すのは困難になってしまう。
「……、よ、しッ…!」
なんとか指輪を空中でキャッチして、そのまま下に視線を遣る。このまま落下すれば無事では済みそうに無い気配だ。ヤバイ、と今更ながらに顔色を失くしてみても後の祭り。剣を構えてさえいれば、奥義などでガラクタを吹き飛ばす事も出来たのだろうが。利き腕の中には、やっとの事で捕まえた指輪が納まっている。
「――…ッ」
仕方ない、と覚悟を決めてなるべくダメージが無いように体を折り畳む。多少の外傷ならば、第七音素使いのティアかナタリアの譜術で治癒してもらえる。流石に大きな傷になってくると、それだけでは対処しきれないのだが――。
「烈破掌!!」
グワングワングワワワワワ―――、
…ガシャカシャ…カシャ……。
「穿衝破ッ!!!」
ブワッ!!!
「うわっ!??」
「何してやがるッ、このクズ!! さっさと体勢を整えろ!!」
聞き覚えのある深みのある声で馴染み深い技が繰り出されたと思えば、下からの強い風圧によって一瞬全身が浮き上がる。当然混乱するも、伊達に死線を幾度も越えてきたわけではない。危うく鉄屑の山に激突するところだったルークは、空中で器用に一回転してみせて、身軽な動作で地面に降り立った。
「ふぃー…、助かったぁ〜…」
先ほどまで山と積んであったガラクタは、全て遥か後方に吹き飛んでいる。おそらく、最初に繰り出していた『烈破掌』で退かしてくれたのだろう。
――誰が、などとは愚問だ。
自分と同じ技、同じ声、――同じ、姿。
「……アッシュ…」
「馬鹿か貴様。自殺でもするつもりか」
見上げた先には、黒の鎧と神託の盾の衣装を身に纏った――六神将、鮮血のアッシュ。いや、オリジナル・ルークが、憮然とした表情で腕を組んでいた。
亜麻色の繊細な髪が夕陽の輝きに美しく揺れて、雪白の膚がより一層儚い印象になる。妖艶な美貌に軍属としての冷酷さ、天才の誉れも高い、マルクト皇帝ピオニー陛下の懐刀、ジェイド・カーティスは、足元の光景を物見高く見物していた。
そろそろ夕食時と思い散歩に出た赤毛のひよこを迎えに出掛けてみれば、ひよこは何を思ったか、広場の手摺に乗り上げて飛び出してしまった。流石に肝が冷えたが、もう一人の『ルーク』のお陰で事なきを得たようだ。
(それにしても、何を考えて飛び出したんでしょうねぇ。
全く、あの子どもは…。後でお仕置きですね)
天下の死霊使いを吃驚させた罪は重いですよ、と嘯きながら、ひとまず面白くなりそうな事態を見守ることにする、タチの悪い三十五歳軍人である。
ルークは着地姿勢の中腰のまま、目の前の神出鬼没な人物に、当然の疑問を口にする。
「アッシュ…、なんでここに…」
「何処にいようが俺の勝手だ」
取り付く島も無い相変わらずな言い様に、ショックで放心状態にあった聖なる焔のレプリカである剣士も、直ぐに普段の調子を取り戻した。
「そりゃそうだけど――、っと」
黒のズボンと白い上着の裾の汚れを払い、膝に力を入れて立ち上がる。掌の銀細工の指輪を確認して、ほーっと大きく息をつくと、丁寧に懐に仕舞い込む。そして、再度己のオリジナルにあたる人物に向き直った。
「兎に角、ありがとう。助かった」
「クズに感謝されるいわれはねぇ。無事なら、サッサと消えろ」
「…そういう言い方は無いだろッ…!」
此方は素直に感謝しているだけなのに、即座に追い払いにかかる態度は流石にどうかと思うルークだ。確かに、アッシュにとって複製品の自分など忌々しいだけだろうが――。
「文句があるのか、レプリカ風情が」
「……ッ!!」
零れ落ちそうに大きな無垢の翡翠が、泣き出しそうに揺れるのを見取って、成り行きを伺っていた軍人はじわりと染み出した不快感に、得体の知れぬ笑顔の影を濃くさせた。同時に周囲の温度が、軽く5℃は下がったかと思われる。超常現象を巻き起こす紅眼の悪魔は、ふむと腕を組みなおして、とろりと甘く微笑む。
(躾が必要なのは、どうやらあちらのようですね)
自尊心の高い黒猫の躾は金髪の主人に任せようかと思っていたが、やはり、ここは仕置きが必要だろうか。幸い愛しい仔犬と完全同位体の身だ。少し趣向を凝らすだけで、存分に可愛がれる自信はある。
「アッシュ。俺は確かにお前のレプリカで出来損ないだ。お前に嫌われるのも仕方ないよな。だから、目障りならもう行くな。けど――本当に助かったよ。ありがとう」
痛ましい微笑み、消え入りそうな笑顔で、自身を卑下する言葉を吐き、聖なる焔の代理品として命を与えられたレプリカは、オリジナル・ルークに背を向ける。赤く跳ねる髪に伏せられた犬耳。項垂れた背中に、重力に従って下を向く尻尾が見えるようだ。
「……フン。おい、待て。レプリカ」
面倒だといわんばかりに鼻を鳴らし、あくまで高慢にアッシュはルークを呼び止めた。
「……? なんだよ」
手酷く追い払ったばかりなのに、何の用件かと、ルークは心底不思議そうに振り返る。
「受け取れ」
「え?」
シュ、と鋭く投げて寄越されたそれに、ルークは慌てて腕を伸ばした。パシ、という小気味よい音をさせて受け取った後に、手の平に収まる可愛らしい包みに目を丸くする。
「…なんだこれ」
覇道を突き進む苛烈な運命のファブレ公爵家が嫡男――聖なる焔の燃え残りとして、六神将『鮮血のアッシュ』としての修羅道を歩み続けてきた青年のイメージとは、随分掛け離れたそれに、ルークは思わずしげしげと見入った。
「預かりものだ。ガイに渡しておけ」
「…ガイに?」
どうしてまたこんな物、と不審に思うと同時に、頼れる兄貴分である親友の言葉を思い出して慌てた。その間にも、神託の盾の幹部の一人である青年はサッサと背中を向けて歩き出してしまう。
「あ、ちょっ、待てよッ!!」
「なんだ、屑。テメェは、それくらいの使いも出来ねェのか」
肩越しに憎悪と悪意に満ちた物凄い形相で睨み付けられて、一瞬怯むルークだが、生来の負けん気の強さは壮健だ。オリジナルの全身から立ち上る不機嫌オーラに構わず、言い募った。
「別に、コレを渡しとくくらい任されるけど。
でもちょっと待ってくれ! やっぱ駄目なんだ!」
「…何が駄目なんだ? 要点を纏めろ、クズ」
「ッ…、ガイに頼まれてるんだ。お前からガイに何か預かるように言われた時には、直接自分に渡しに来るように伝えてくれって」
「――…なんだと?」
「だから、悪いけどコレは預かれない。返すからな」
「……チッ」
苦々しい表情で舌打ちするものの、それ以上の問答を諦め、アッシュは素直に投げ返された包みを受け取った。そんな態度に、やっぱりコイツはガイには妙に弱いよな、と感心してしまうルークである。これが金髪の幼馴染み以外の人間の台詞なら『何様のつもりだ、屑野郎が!』と怒り狂いそうなものだ。
「ガイは何処にいる?」
「え――、と。今は別行動中だから…、分かんないけど。でも多分ガイの事だから飛行船のドッグにいると思う」
「そうか。分かった」
忌々しいことだが、先手を打たれてしまっている。この様子では、覚悟を決めて直接返しに行くしかないのだろう。存外に抜け目の無い幼馴染みに、アッシュは無意識に溜息を吐いた。何故だか知らないが、正直――苦手なのだ。天敵と言い換えてもいい。出来ることなら顔を会わせずに用件を済ませたかったが、そうもいかないらしい。
「おい、兄ちゃんたち!! 危ねぇぞ!!!!」
「逃げろ!! ぶつかる!!!」
と、突然の怒号に二人は申し合わせたように、声の方向に視線を遣った。
「げッ!!」
「――…!?」
おそらく、音機関整備用の機器なのだろうが、鉄製の巨大な球体を付けた複数のアームが操縦者の意図に反して、完全に暴走して振り子のように大きく弧を描いていた。そのまま周囲に散乱した鉄屑やら鉄板を跳ね飛ばし、アームの進行方向にある壁を勢いよく破壊しながら突き進んでくる。
「クッソッ! 今日は厄日かよッ!!」
見慣れぬ異様な風体のそれに少々腰が引けた様子ながらも、ルークは利き腕で背中の剣を引き抜く。姿勢を低くし、油断無く対峙する姿は、なるほど一端の剣士の趣だ。
「――邪魔だ。退け、レプリカ」
「ッ、って。あんなのお前一人でどうやって止める気だよ?」
「サンダーブレードの一発で止まる」
「ばッ! アレまだ人が乗ってるんだぞ!?」
上級の風属性雷撃の攻撃譜術で撃ち抜けば、確かに譜業のアームはショートを起こして止まるだろう。だがそんな真似をすれば、操縦席で必死に暴走を止めようとしている技術者も一緒に丸焦げだ。下手をすれば――いや、下手をせずとも、確実に殺してしまう。
「知るか」
「そんなわけにいくかよ!
俺がなんとかする!! 撃つなよ! アッシュ!!」
にべもない言い草に、ルークは食い下がる。ただの自己満足だと嗤われようとも、避けられる犠牲は最小限に抑えたいのだ。どうにかして操縦席の男を救い出せないかと考えを巡らせるが、激しく暴れまわるアームの隙を縫って近づくのは想像以上に困難そうだった。
「…くそ…」
「分かっているのか、劣化野郎。
このままいけば、下り坂。その先は――音機関装置の燃料貯蔵庫だ」
「……? 燃料貯蔵庫…?」
事態の収集方法を考えあぐねるルークに、鮮血の異名を獲る六神将は嘲るように冷たく言い放った。
「火花を撒き散らして暴走するアームが丸ごと突っ込めば――貯蔵してある燃料に次々引火して、辺り一帯吹き飛ぶぞ。大惨事、だ」
「え!?」
告げられた内容を瞬時に理解して、表情を強張らせるルークに、アッシュは周囲を顎で杓った。成程、騒ぎに右往左往する人々は誰もが真っ青な顔色で、貯蔵タンクの大爆発を知らせる警報に悲鳴を上げ逃げ惑っている。
「…マジかよッ…!?」
「だから言っただろう。お前の手に負える状況じゃねェ。そこを退け」
「――ッけど、お前に任せたら、操縦してる人が死ぬだろ!!」
「当然だ。加減して譜術が撃てるか」
臨戦態勢とばかりに普段よりも更に険しくさせた端正な顔の前で、真横に構えた黒の刀身がバリッ、と紫電を奔らせる。伊達に何度も旅の最中に最強の攻撃譜術使いであるジェイドの術を目にしてきた訳ではない。今すぐにでも雷撃を放てる――そんな状況である事を即座に見抜いて、人の『死』に異常な程に臆病な子は、冷酷な命の取捨選択を実行しようとする六神将の腕に飛びついて、それを阻む。
「だッ、駄目だ! 駄目だ、駄目だ駄目だッ!!」
「ッ! 退け、レプリカ!! 邪魔だ!!」
縺れるようにして争う二人の剣士に、シェリダンの職人達が顔色を変えて叫んだ。
「バカヤロウ!! 早く逃げねェか!! ぶつかるって言ってんだろ!!!」
「兄ちゃん達! 死にてぇのか!!」
必死の怒声と飛び交う悲鳴に翡翠の瞳で眼前を見据えれば、直に迫る鉄球とアーム本体。幾ら鍛錬を積んだ剣士の肉体といえども生身の人間だ。直撃を食らえばどうなるかは、想像に難くない。
「!! しまッ…!!」
「く、――邪魔だッ!! レプリカ!!!」
「うわッ!?」
ここまで距離が詰まってしまっては、上級譜術は危険だ――自身にはマーキングがあるので問題ないが、この足手まといの屑がタダでは済まなくなる。アッシュはルークの胸元を左手で乱暴に掴み上げると、そのまま投げ飛ばすように後ろへ突き飛ばした。
「ッ、アッシュ!!!」
予想外の行動に面食らいながらも、重心を前にし、体重移動と靴底の摩擦で移動を無理に止める。派手に上がる土埃は、それでも見境無く暴れまわる音機関に比べれば大した物では無かった。
「あぶなッ――!!」
「ウルセェ、黙ってみてやがれ!!
唸れ雷撃、サンダー…」
「ッ!! アッシュッ!! 駄目だッ!!」
辺り一帯を汚染する毒々しい色彩の瘴気――立ち込める砂埃――、人々の怒号と悲鳴――呻き声と断末魔――、轟音と共に崩落する大地――、落雷が天空を劈く。何百と殺した。一瞬で。老いも若きも等しく。瓦解する世界、全てを等しく呑み込む、泥の海――。
「やめッ…、頼むから、止めてくれぇえええええ!!!!」
地面を蹴りだして放電する黒剣に飛びついてくるルークに、流石のアッシュも目を剥いた。上級譜術は高等な精神集中を要する技だ。集中を乱して暴走させれば、簡単に目標以外に雷撃が飛び散る。無論、そうなればマーキングの無い周辺住人など、ひとたまりも無い。一般人が落雷の餌食になれば、ほぼ確実に死に至る。
「……ッ、の、屑が…!!」
しかし、既に暴走音機関は避けるようもない距離にあり、譜術が安定を失っていようとも、最早発動させるしか――。
「グラビティ」
ガゴンッ!!
ギ、ギギ、ギッ、ギギギ……、
ギギギギギィィ――――
ギ、ギギ、ィ…… ギ ギィ
「やれやれ、とんだ騒ぎになってしまってますねぇ」
不気味に静まり返った騒ぎの中心で、殊更高く響く靴音。混乱する民を嘲るような見事な手際。厭味なまでの余裕の態度で現れた人物の右手は未だ音素の輝きを灯し、暴走譜業装置を食い止めるのが、紛れも無く彼の仕業なのだと、場に居合わせる全ての者へ鮮やかに魅せ付ける。圧倒的な、存在感。瞬きすら、縫いとめて赦さぬ程の、残酷に優しい、終焉を謳い滅亡を誘う、紅眼も麗しき魔の化生。
「…ジェイド…」
常人の手に負えぬ上級譜術を易々と片手で繰る魔物の正体を、白のオートクチュールを乱闘で汚す赤毛の剣士は、よく知っていた。呆然と呟かれた名に応えるように、青の軍服で華奢な肢体を覆った軍人――マルクト皇帝の懐刀として名高い死霊使いが、恍惚の表情を浮かべた。
「大丈夫ですか、ルーク。酷い顔をしていますよ」
今にも大粒の涙が零れ落ちそうな赤毛の子の目許を、美貌の軍人はそっと指先で拭う。そんな愛おしい仕種が、極限までに達していた場の緊張感とか掛け離れて過ぎていて、現実味が無い。まるで、都合のいい白昼夢を見ているような、そんな錯覚に陥る。
「ほら、ルーク。ぼーっとしてる暇はありませんよ。
加重譜術でひとまずアームの動きを止めていますから、今の間に操縦席にいる民間人を救出してしまってください。早くしないと、音機関もろとも中の人間も圧死ですよ?」
ペチ、と頬を軽く叩かれて、ハッと我に返る赤毛の子どもは、即座に軋んだ悲鳴をあげる譜業装置に駆け出した。絶対に助けないと――、と全身で物語る剣士の勇姿を見守りながら、赤毛の片割れに忠告をする。
「今のうちに譜術の暴走を抑えて、解譜(しておいて下さいね」
「……分かってる。俺に指図してンじゃねぇよ。メガネ」
「おやおや」
安直な呼び名だと肩を竦めて、態度も口の悪さも天下一品の六神将鮮血のアッシュに、亜麻色の髪も麗しい軍属は、わざとらしい挑発の台詞を吐く。
「そんな可愛気の無い態度では、ガイに嫌われてしまいますよ〜?」
「なッ…! 貴様、俺を侮辱する気かッ!!」
揶揄の言葉に一瞬にして怒り心頭となり、翡翠の双眸を物騒に閃かせる聖なる焔の青年の、その過剰な反応をジェイドは存分に愉しむ。
「いえいえ、とんでもない」
「チッ…、食えねェヤロウだ」
「お褒めに預かり光栄ですよ。
――おや、ガイ。貴方も騒ぎを駆けつけてきたんですか?」
「ッ!」
死霊使いの視線が己の肩越し、その先に注がれている事実に、アッシュはギクリと身を竦ませた。潜在的な苦手意識で縛られる幼馴染みの突然の登場に、当然のように心は揺らぐ。解譜中の雷撃が動揺に反応して、横薙ぎに構える黒刃を嘗めてゆくのに、苦々しさを覚えて、己の中の雑念を振り払うよう、意識を集中させた。
「なんてね。嘘ですよ。
なかなか可愛い反応をするんですねぇ。前言は謹んで撤回させて頂きます」
しかし、神託の盾騎士団の将軍の中でも、随一の気性の荒さと剣筋の激しさを誇る鮮血のアッシュに向かい、冷酷非情の死霊使いは紅蓮華の綻びのような妖艶な笑みで、愉快そうに己の発言を訂正した。
「――…ッ!? 貴様ァ!!!」
持ち手の激昂に応じるように、黒剣に蔦の如く絡みつく雷光が激しさを増し、解譜どころか逆に譜術は発動寸前にまで高まった。
「おや、怒らせてしまいましたか。短気は損気ですよー?」
「…その減らず口、二度と叩けねェようにしてやる。
――呻れ、雷撃ッ!! サァンダーブレェエエエエエドォ!!!」
あくまで飄々とした姿勢を崩さずに、苛烈な異名で恐れられる黒衣の騎士を茶化すのは、マルクト軍における最強最悪の存在であるジェイド・カーティス大佐だ。神託の盾の特務隊長である青年の殺気を笑顔で受け流す死霊使いに敬意を表すべきか、大陸中にその名を轟かせるマルクト皇帝の懐刀に全力で牙剥く六神将の勇敢さを称賛すべきかは、難しいところではある。
「やれやれ、ちょっとしたお茶目ですよ。全く、冗談が通じません、ね、っと!!」
ともあれ、怒りに任せるだけの雷(の刃は振り下ろされ、タチの悪い大人は身軽に身をかわす。風の音素によって組み立てられる上級譜術『サンダーブレード』はあくまで直線的だ。非常識なレベルで音素操作に長けるが故の高い譜術防御力を誇り、また自身も高い素養を備えた譜術使いであるジェイドにとって、FOFによる威力の底上げや性質変化の無い上級譜術など、脅威の対象では無いのだ。流石に、発動中の譜術に多少の揺らぎという形で影響はするが、ただ、それだけの事。
だが、稀代の天才と謳われるカーティス大佐に中途半端な譜術が通用しない事など、ローレライの鍵として世界に具現する黒剣から鋭き一撃を繰り出す騎士とて、重々承知済みであった。譜術を避けて背後に飛んだ隙を狙い、脅威の瞬発力で距離を詰めた。
ガキィッ!!!
だが、望んだ手応えは無く、刃の交わりを知らせる高い反響に、アッシュはこめかみの青筋を倍に増やした。
「邪魔をするなッ! 屑!!」
「す、るに…決まってンだろ! なんでジェイドを攻撃してんだよっ!! アッシュ!!」
己の刃を受け止め、心底忌々しい死霊使いを護るように立ち塞がるレプリカを視線に力を込めて睨み付ければ、負けじと下から圧し返してくる。その何やら必死の様子が、逆に鼻につき、キムラスカ・ランバルディア王家の『聖なる焔』として、歪められし運命を辿る青年は声を荒げた。
「そこを退け、劣化レプリカ! そいつのメガネを叩き割ってやる!!」
「……ッ、……?? なんだよ、ジェイドに何かされたのか?」
その余りの勢いに鼻白んで、ルークは訊ね返した。悲しいかな、アッシュの異常な怒りの原因が、背中で酷薄な笑みを浮かべる護る三十五歳にあるかもしれないと。そう予測出来る程には、ルークは正しく想い人の性根の捻じ曲がり具合を理解していた。
「おやー、私は何もしてませんよー? イヤですねぇ、真っ先に私を疑うなんて。ルークは私が信じられませんか?」
「………」
ジェイドの事は好きだ。
物凄く、どうしようも無い位、愛しさで胸が潰れるほどに。
けど、
「…信じられねー…」
残念ながら、それとこれは別の話。
好いているからこそ、そのタチの悪さを熟知している赤毛のひよこは、ぼそりと投げやり気味に呟いた。
「おやおや、つれないですねぇ」
この胡散臭さ全開の笑顔を浮かべた死霊使いを信じられるのは、あの天然記念物並みに人のいいイオン位だろう。何せ、傍若無人ぶりを余すことなく発揮していた過去の自分ですら『優しい人ですね』と称した程なのだから。
「それより、ルーク。もう人助けは完了ですか?」
「え――、あ、うん。助かったよ、ジェイド。皆助けられたよ」
「そうですか。それは何よりです。では、此方はもう壊してしまいましょう」
ルークの言葉を訊くと同時に、常識外れな強さを誇る死霊使いは、掌で待機させていた音素を解放する――と、地面が激しく咆哮をあげた。鳴動する大地、容赦なく破砕されて地面に四散する譜業装置の成れの果てに、アクゼリュスの崩落をフラッシュバックさせて、赤毛の子どもは表情を強張らせた。
「…ジェイドッ…?」
不安そうに揺れる翡翠の瞳で、肩越しに涼しげな表情の大佐を見遣れば、珍しく含みの無い、暗がりやお化けを怖がる子どもを宥めるそれに近い笑みを返された。
「大丈夫ですよ。暴走譜業装置を壊しただけですから。心配要りません」
確かに――颯爽と背筋を伸ばして立つ亜麻色の髪の麗人の背後には、黒煙を噴き上げる鉄屑が転がっていた。周辺の職人達は救出された仲間の搬送と、圧力で半壊しながら地面にめり込む譜業の片付けで慌ただしく立ち働いている。取り合えず、町を恐慌状態に陥れた爆発騒ぎは解決したようだ。
「それより、ルーク?」
「ん、何?」
未だ剣を合わせたままの姿勢で、視線だけを背中に向けている旅の仲間である赤毛の剣士に、性悪な三十五歳軍人は、蕩けるような艶声で――、
「前。見ましょうね」
「え、う、わっ!!!?」
「――…チッ。避けやがったか」
右手で振り下ろしたローレライの剣はそのままに、左の拳が剥き出しの腹部を狙い繰り出されていた。一瞬、反応が遅ければ鳩尾にキレイに決まっていただろう。タン、と後ろに下がって距離を取るルークに、アッシュは忌々しそうに唸った。
「ったく、ホントにアッシュに何をして怒らせたんだよ。ジェイドッ!」
「ちょっとした愛情表現を」
「……やっぱ、何かしたんだな?」
肩を竦めて首を傾げるお得意のポーズで、いけしゃあしゃあと返してくる年上に、ルークは眩暈を覚えた。どうしてこんなのに惚れたんだろうと、真剣に考え込んでしまいそうだ。ああ、それでも――、
「何度も言わせるなよ、レプリカ。黙ってそこを退け」
ジャキ、と改めて斜めに構えなおされる黒の刀身のローレライの剣が、真っ直ぐに狙うのは、どうにも手の施しようが無い程に愛しいその人だから。
「……うー、〜〜〜ッ。やっぱ、駄目だッ!!
御免、アッシュ。絶ッ対、ジェイドが悪いんだと思うけど――退けないッ!」
己の白刃煌くラストフェンサーを構えなおし、ルークは応戦体勢だ。世界に名立たる天才、ジェイド・カーティスの実力ならば、別段、護ってもらう必要も無いのだろうが。当人が余計な茶々を入れずに、事の成り行きを見守っているのは、完全に状況を楽しんでいるからというより他は無い。
「どーしても退かねェってンなら、テメェごと叩ッ斬るぞ。劣化レプリカ」
「……ッ、退かない。お前こそ、剣を引けよ!」
「俺は、どーしてもそこの死霊使い(のメガネを叩き割らなきゃ気が済まねェんだ。いいから、退け。テメェはすっこんでろ」
本当に何をどうやったら、ここまでアッシュの逆鱗に触れられるのか。確かに、切れやすくて堪え性の無い性格をしている男だが、反面、『隊長』という立場故か、酷く冷静で知的な部分も持ち合わせている。時と場合も選ばずに、無闇に吠え立て噛み付くような考えなしでは無かったはずだが、と疑問を浮かべつつ相手の出方を伺っていると、背中から呑気な台詞が飛んできた。
「おやおや、すっかり嫌われてしまいましたね。
ああ、ちなみに。私の眼鏡は音機関で出来ているんですよ。
確か――ガイが随分気に入ってましてね。壊されたりしたら、悲しむでしょうねー」
「――…ッ、テメェはッ…!」
勇猛果敢な黒鎧の出で立ちのアッシュの双肩が、怒りの為に戦慄く。ルークと全く同じ色合いであるはずの王家の男児の証、稀少な輝きの翡翠が、一瞬赤く染まりあがったように見え、対峙する赤毛の剣士は、過剰な憤怒に流石戸惑いの色を隠せない。
「……なんでソコで怒るんだ??」
事情を読み取れぬルークからすれば、成程、当然の疑問だ。
「ウッセェ、テメェは黙ってろ!! 屑ヤロウ!!」
「な…、なんだよ! 訳わかんねーよッ、お前!! 大体、仲間に剣を向けられて引ける訳ねーだろ!!」
「い・い・か・ら……」
バヂバヂッ、と黒の剣からでは足らずに、六神将・鮮血のアッシュの異名を獲る青年の全身からも、その憤激に合わせて稲光が発せられる。音素を剣に込めて攻撃する剣技と譜術の特性を生かした、高等戦闘術――音素剣(だ。
「黙って、そこを退けぇえええええ!!!」
「―――ッ、退けねェっつてんだろ!!!」
第七音素の素体同士の、力と力の拮抗。激しき衝突は中心に竜巻のような渦を起こし、ローレライとの完全同位体である二人の『聖なる焔』を呑み込んで――弾き飛ばしたのだった。
乳白色の世界で、何処からともなく潜めた話し声が降ってくる。
「全く、アンタならこうなる前にコイツ等を止められたはずだろ?
二人が大怪我でもしたらどうするんだ」
「おやおや、それは過大評価というものですよ。私にも、出来ることと出来ないことがありますのでね。
今回の件に関しては、真に残念ながら力が及びませんでした。いやー、お力になれずに申し訳ありませんねぇ」
「旦那。思いっ切り、完璧に、限りなーく、嘘臭いぞ」
「疑り深い男はモテませんよ。ガーイ」
「……もういい。アンタと話してると、どっと疲れるよ。俺は」
大きな溜息の気配。
「それはそれは、ご愁傷様です」
意外に声は近くに存在していた。
痺れの残る指先に意識を集中させ、徐々に深層から意識を上昇させる。血が心臓を中心に廻って行く感覚を肉体に確実に馴染ませてゆく。覚醒が近づくにつれて、濃霧のような周囲の色を闇が浸食していった。
光を失くした世界に取り残されて、先駆けて意識だけが鮮明に覚醒するのを自覚する。
膨大なエネルギー同士の衝突によって、完全同位体であるお互いの第七音素が強烈に反応し、超振動を起こしたのだろうと現状に至るまでの経緯を推測して、だが同時に、それで昏倒してしまうとは情けない――、と己の醜態を悔やんだ。
「……――、…」
と、見慣れ無い一面の石壁がうっすらと視界に映り込んできた。
「お、なんだ。目が覚めたんだな」
そして薄青色の石壁――仰向けに寝かせられているようなので、どうやら天井らしいが――と、自分との間に割り込んできたのは、心配そうな表情を浮かべた金髪の幼馴染み。修羅の生き様にて幾度と望んだ、闇を孕んだ空色の眼差しには、零れ落ちんばかりの好意と親愛。余りに己の願望通りの都合の良い状況に、まだ夢の続きかと苦笑を漏らした。
「なんだぁ? やっぱ、どっかぶつけたのか?」
幼馴染みの不審な様子に面食らいながらも、ファブレ公爵家の護衛剣士は、気遣うようにグローブを脱いだ手を伸ばしてきた。額に触れる掌の温かさすら直に伝わるのに、これで幻とは、最近の夢は随分と気前がいいと感心する。
「熱は無いみたいだが…。なんだ、妙にぼーっとしてるなぁ?
大丈夫か? ルーク」
「……ルーク…?」
浅ましき未練が作り上げた幻は、記憶の中に置き捨てた名で自分を呼んだ。
アッシュは無意識にMっ子だと思います。
そして、無意識にガイが好きだと自覚している方向が好みです。
無意識に自覚って、意味分かりませんが。まぁ、そんな感じ。
しかし、意識してないならなんだろう。
本能でいろんなものを嗅ぎ分けてるのかな。
・・・公爵様なのに、なんか野生的(笑。