影と焔に縋るは愚か・2



 ――屋敷を包む異様な空気に、息が詰まりそうだった。
「…なんなんだよッ。クソッ!」
 バチカルの屋敷に無事に着いた後は、例の如く母上からは手厚く迎えられ、父上は不在だった。折角、親善大使という大義名分の下自由を手に入れたというのに、今は、軟禁生活に逆戻り――いや、ヴァン師匠もガイも居ないのだから、今まで以上に退屈な日常が、もう三日目に突入しようとしていた。
「…くそ…。胸クソわりぃ…」
 自室のベッドの上に不貞腐れながら寝返りを打ち、変わり映えの無さに、うんざりと溜息を吐く。メイドの掃除の行き届いた部屋は調度品や私物が何時もの通りに並べられ、変化とは程遠いばかりの、見飽きた光景が広がるばかり。なのに――…、
「だー、もーッ!! なんなんだよッ…!!」
 今までは従順に跪いていたメイドは仲間内でひそひそと耳打ちを繰り返すようになり、調度品の一部のように無駄なく警護についていた騎士等は、どうにも穿った態度で応じる。胡散臭げな――まるで、珍獣を物見高く見遣るそれに似た視線に、居心地が良いはずも無い。しかし、ルークにとってその原因など思い当たるはずも無く、苛立ちは募るばかりだ。
 唯一、変わらぬ態度で応じる執事に詰め寄ってみても、固く口を閉ざすばかり。聖なる焔として、キムアスカ・ランバルディアの正統なる血統として、拝され生きてきた王家の青年にとって、最早、屈辱に近い不当の扱いであった。
「…師匠。早く迎えに来てくれよ…」
 記憶の混乱――、と、あの極悪性悪軍人は言っていた。最初こそ悪質な冗談の類かと疑ったが、そんな茶番に自分の味方であるガイや、生真面目なナタリアが付き合うはずもない。親善大使としてアクゼリュスに向かい、山越えを行ってから全ての記憶が抜け落ちているのは間違いないようだった。
「……記憶そーしつ過ぎだろ。マジで。
 ヤベー病気とかなんじゃ……、――…あ。」
 そこに至り、聖なる王国ランバルディアの繁栄の象徴である赤き焔の青年は、ある事を思い出す。そう――日記、だ。十年前の記憶喪失症から、かかりつけの医師に日記をつけるように強く進言されていた。母上の心配もあり面倒だがそれだけは習慣となっていた。
 あのとんでもない旅立ち事件から今日に至るまで、必ず日記をつけているはずだ。自身の言葉であれば、何よりも信用に足るではないかと、ルークは喜び勇んで、この三日部屋の片隅に放り投げたままにしておいた荷物を解きにかかる。
「…あった!」
 後ろから捲ってみると最も近い日付で――、
「…六日、前…?」
 そこに綴ってある文字は確かに自身の文字であり、見間違えるはずも無い。ベッドの上に仰向けに転がって、ルークは真剣に日記に目を通した。


 最近、アルビオールの動力部が思うようにパワーを出さないみたいだ。
 ジェイドの提案で、一度、シェリダンにメンテナンスを受けに行くことになった。
 師匠を止める旅は一筋縄では行かないし、気も急くけれど、最近はアルビオールもノエルも働き詰めだし、羽休めも大事だ。
 皆も、疲れが溜まってるみたいだし、丁度いい息抜きだと思う。
 それにつけても、問題は指輪だよな。
 買ったはいいけど、どうやって渡したらいいのか全然分かんないし。
 つーか、フツウこんなもん貰っても嬉しくないよな。
 …迷惑かな。
 でも、受け取って欲しい。
 マジでどうしたらいいか、わかんねぇ。




「……ンだよ。こりゃ?」
 日記――には違いない。それも、自分自身が書いたとしか思えない筆跡で。しかし、どうにも噛合わない。到底、自分の日記とは思い難かった。
「指輪…?」
 またもや荷物の所まで歩いて――今度は、旅支度が纏められている袋ごとベッドに戻る。そして荷物を漁ると、大切そうにシルクの布地で包まれた、成程、愛らしい垂れ耳兎が描かれた上品な銀細工の指輪が見つかる。瞳の部分は質の良い血紅玉で彩られており、許婚である王女への土産か、と胡散臭そうに見遣った。
「…ナタリア、ねぇ。いや、つーか…フツーに有りえねぇし」
 あの口喧しいだけの鼻っ柱の強いお転婆王女に、自分が自発的に何かを贈る事など考えられない。家同士の風習として誂えられた贈り物を渡した事がある程度の義理の仲。幼馴染以上の感情など沸かぬ相手に、どうして指輪を手渡そうと思うだろうか。
「あー…。けど、他に女っつたら、あの冷血女――、もねぇな。ナイナイ。
 ナタリアよりも、ありえねー」
 実の妹のくせに、尊敬するヴァン師匠を暗殺しようとする、とんでも無い女。あんなの相手に惚れ気を起こすなど、天地が引っ繰り返るよりも有り得ない。
「ま、いいや。それよりも、アクゼリュスの事だろ」
 ペラペラと適当にページを捲り、アクゼリュスの単語を探す。――その中に、奇妙に胸を騒がす単語が見え隠れする。『フォミクリー』『レプリカ』『クリフォト』無論意味など分かるはずもない。首を捻りながらも後ろから日付を辿っていると、一際大きく、鉱山の町アクゼリュスの単語が――目に、留まる。
「…この辺、か?」
 パラ、と。
 紙を擦る乾いた音に、奇妙に心が揺さぶられて、ルークは大きく咽喉を上下させた。



 歪んだ運命を押し付けられた憐れな魂、聖なる焔のレプリカ――ルークは、大地を消滅から救わんとする一行の中心であった。ムードメーカー、とでも言うのだろうか。パーティの行動は、ほぼ全て頭脳明晰な死霊使いが提案していた為、赤毛のひよっこ剣士一人が抜けたところで、世界救済の動きに然程問題は無い。ただやはり、精神的な部分で、皆がルークのひた向きさに支えられていた部分が確かに存在していたのだ。
 記憶を混濁させた、聖なる焔の複製品である『ルーク』とバチカルで分かれてから、三日。導師からローレライ教団本部に用事があるので立ち寄って欲しいと望まれ、一行はダアトで一泊する事となっていた。
「次、いいぜ。旦那」
 長風呂で疲れを解した端整な風貌の護衛剣士――ガイ・セシルは、濡れて項垂れる髪をタオルで乱暴に拭いながら、シーツ構わず、柔らかな寝台に背中から寝転がり、長く溜息を吐いた。
「…どうしました?」
 イオンは教団本部に、その護衛役のアニスも必然的に不在だ。選択の余地も無く、相部屋の住人は、噎せ返る美貌を誇る麗しき婀娜花――凶悪性だけ考えれば、食人花かもしれないが、兎も角、世界に名高い死霊使い殿だった。
 怪訝そうに眉根を寄せ窺ってくる様子に、色々な意味合いで苦笑が漏れる。
 ――…付き合いも長くなり死線を共に潜り抜ければ、互いの本質の部分もなんとなく肌で感じるようになる。ありとあらゆる生物の天敵とも、災厄の悪魔とも囁かれる人物が、意外に優しい事実は、勿体無いので当人にも秘密だ。
「いや、ルークのヤツ…大丈夫かなーって、ね」
「…過保護も程々になさい」
 『ルーク』の名を出した途端に、目に見えて大佐殿の機嫌が悪化する。言葉の端々に滲む棘は無意識なのだろうが、余りの分かり易さにガイは内心で肩を竦めた。しかし、その一方でここまで無防備に感情を曝け出すというのが、寄せられる信頼の賜物だと正しく理解するが故に、くすぐったい嬉しさもこみ上げる。
「まぁ、そう言ってくれるなよ。
 前も説明したが、今、アイツは屋敷の中で立場が微妙だからなぁ」
「――…、それほど露骨なのですか」
 相変わらずも甘い自分に、容赦無い台詞を吐くばかりだろうとばかり予測していたガイは、意外な切り替えしに空色の瞳を丸くする――が、ひとまず動揺を隠して、会話を続ける。卑しい社交術ばかりが巧みになったものだと、一瞬、自身への皮肉が脳裏を過ぎった。
「まぁ…、な。
 流石に執事のラムダスなんかは徹底して『王家』に仕える『執事』だからな。ルークに対して態度を変えたりはしないんだが。他の連中は、なぁ……」
 語尾を濁してその先に口を噤む護衛剣士に、湯浴みの準備をしながら、長身の軍属は底冷えのする紅色の瞳を瞬かせた。
「仕方ありませんね。人とはそういった性分ですから」
 ――…それは、身に沁みて理解していた。
 人類の傲慢と欺瞞によって世界に見捨てられた故郷を思い起こせば、『人間』の愚かしさは、欠片の希望の未来も見出せない存在であることを如実に物語っている。
「フォミクリー技術、…か」
 ぽつりと、本当に何気なく呟かれた言葉に、禁忌の技術の生みの親である天才バルフォア博士――カーティス大佐は、視線で意味を問いた。
「あ、いや。悪い。なんでもないんだ」
 本当に無意識の行為であったのだろう、無感動な闇紅の眼差しに気付いて、金髪の青年は慌てて手を振った。
「それより、ジェイド。
 確かイオンの用事は明日の昼間までかかるって話だったろ。どうせ、ここで皆待機になるんだし。朝イチでルークの様子を見に行きたいんだが、アルビオールとノエルを借りていいか?」
「……アナタも、たいがい心配性ですね」
 呆れとも諦めともつかない溜息が零れ、欠けた三日月のように静謐で繊細な美貌の三十路は、踵を返す。無言を肯定と受け取り、性分なものでと嘯いて、ガイは乾き始めた金髪をバツが悪そうに掻いたのだった。



 ――…ただ、ページを捲り、文字を目で追う。
 それは、確かに自分が綴ったものであるにも関わらず、全く無感動に心を過ぎ去った。
 荒唐無稽な作り話だと笑い飛ばすも、余りに凄惨で生々しい苦悩の痕跡が、それを赦さない。しかし、全てを真実と受け入れられる程、そこに記録された言葉は優しくは無かった。今の不確かな己では事実を計りかね、結果、心はどちらに振れる事も無く、宙ぶらりんのまま半端に漂うだけだった。
「………」
 ベッドの上に胡坐をかくルークは、膝の間に日記を置いたまま、確かめるように己の両手を開閉させた。そして、右手で己の項に触れる。そこには、短くなった髪の感触があり、空白の記憶が確かに存在している事を主張していた。
「――…髪、……」
 ペラ、と左手で日記のページを捲る。
 そこには、日々の出来事が鮮明に綴られており、髪を切った事もキチンと記されていた。そこには、これから先の決意のようなものが力強く書かれており。こうして読み返しても、全く現実感に乏しく、自分の意思で書かれたとは到底考えられないような内容だ。
「………」
 不意に、目蓋の裏に熱が込み上げた。
 誰も居ない――余所余所しい屋敷で、たった一人。
 体裁を取り繕う必要すらなく、王家の脈々たる血流を受け継ぐ青年は、そのまま頬を濡らした。静かに――…、ただ重力に従い零れ落ちてゆくその感触が上滑りしてゆく。
 日記に語られるそれは想像や妄想の産物などでは無いと、体に刻まれた記憶が、囁く。
「レプリカ…」
 呟く――言葉に力は無い。
 偽者、紛物、嘘の生命。
 何よりも、屋敷の人間の態度の違いが『そう』なのだと饒舌に物語っていた。
 しかし、受け入れたくは無い。否定したい。認めたくない。
「俺は…、師匠(せんせい)…。師匠も俺を見捨てた…?」

 裏切り、犠牲、憐れな生贄。
 『愚かなレプリカルーク』

「う…、ァ、ああああああああッ!!!!」
 頼りなく俯いていた王家の青年は、おもむろに膝上の日記を掴み、思い切り壁に叩き付けた。バンと乾いた音が空々しく響く。こんな幼稚な暴力で何が解決する訳でもない。行き場の無い感情の昂ぶりは収まる処か、逆にどす黒く渦を巻いて心を駆け巡った。
「なんで…、なんでッ……!!」
 肩で息を吐く、不遜な自信に溢れかえっていた翡翠の眼差しは焦燥に歪み、崩壊寸前の自我が悲鳴を上げた。
 両の拳をベッドに叩き付ける。痛みも衝撃も無い柔らかな感触に眉根を寄せ、訳も分からずに憤りが込み上げる。悔しさの余りに眩暈さえ覚える。
「――なんでッ…だよ…!」
 咽喉を裂くようにして吐き出される悲痛な問い掛けは、鳥篭のような優しい牢獄の部屋の暗がりに吸い込まれて、消えた。



 少し、様子を見てくるだけだから、と几帳面に言い残した後、バチカルの絢爛華美たる建物群の中へ駆け足で行く背中を見送り、鮮明な美貌のマルクト軍属――ジェイド・カーティスは眼鏡を繊細な指先で押し上げ、軽く嘆息した。
「全く、何を苛立っているんでしょうねぇ」
 それは己自身に向けられたものであり、知らず、口端には自虐の嘲笑が浮かぶ。
 港には心地よい喧騒と程よい人の流れが存在しており、道行く人々は、誰もマルクトの青い軍服を気にも留めない。旅立ちと帰還。往来の要である埠頭の独特の空気が、全ての異質を受け止めて『存在する』という行為に等しく許しを与えていた。
「…らしくない」
 アルビオールの護衛の名目で同行を強制されてこの場に居合わせてはいるが、それがガイなりの気遣いだと、理解出来ぬ程幼稚でも愚鈍でも無い。詰らぬ意地と劣弱な意思で止まり続けてしまっている心を、少しでも後押し出来ればと配慮してくれているのだろう。
 ――…分かっている。
 ルークは…レプリカと言えども、譜言通りに出現した聖なる焔。大いなる存在であるローレライと完全同位体の身だ。宝珠の件もある。なるべく一緒に行動するほうが望ましい。現在に至るまでの経緯を説明し、それでも理解出来ぬと否定するならそれでも構わない。ただ、歪みも揺らぎも無い正しき情報を伝える、知る権利――いや知る義務が、ルークには存在している。
「…このまま、何も思い出さなければ。
 場合によっては、ヴァンに利用されるか王家の傀儡にされるか――。どちらにしろ、余り良い結果に結びつくとは思い難いですね。全く、面倒事ばかりですね。あの赤毛は」
 重く長い溜息を、もう一つ吐き出して、ジェイドは禁術で紅に染まる譜眼を、何気なく通りを往く人の流れに遣った。
「………」
 赤い、髪。
「…ルーク?」
 バチカルでは、赤い髪は王家の印。高貴なる血筋の証とされている。
 特に、何故か王家の男児には燃えるような赤い髪の子しか出生せず、最早、バチカルの歴代の王が即ち明日(あけひ)の如く燃ゆる容姿の持ち主であることは、暗黙の了解、伝統のようなものだ。
 ただ、赤毛が全く珍しいかというと、そうでも無い。確かに頻繁にある色彩では無いが、緋色の髪だけならば、一般家庭でも極稀に生まれ合わせる者がいる。こんな港に王家の血筋の者が護衛もつけずに歩いているなどと、誰も夢にも思わぬだろう。故に、視界に鮮やかに映える赤い髪を、道行く人々は気にも留めぬ様子だ。しかし、アレは――間違い無く、自分の手に負いかねる面倒事ばかりを率先して引き受けてくる厄介な赤毛。ルーク・フォン・ファブレだった。
「………」
 どうしてこんな場所に――…、と当然の疑問が湧き上がり。見過ごす訳にもゆかず、人の波に呑まれて消えそうになる赤い頭を追う。オートクチュールの装束はヒラヒラと揺れ、まるで仔犬のそれだ。赤と白のコントラストは人混みの中でも一際目立っていた。
 ――全くもって非常識なお子様が、港から連絡通路を進み、昇降機で上階にゆくのを確かめて、ジェイドは慎重に後を尾けた。



 バチカルの地下に存在する、産業廃棄物とすえた廃油の匂いで満たされる薄暗い工場は、出入りが途絶え随分と経つ。人の気配も無く、風雨に晒されもせず、適度な照度と湿度が常に保たれるその場所は、魔物にとっては絶好の住処であった。
 薄い暗がりを好む魔物の大半は大人しく、声も無く気配を消しているのが殆どだ。例え縄張りに人が入り込もうとも、実害が無ければ襲ってくる事も無いのが常だ。
(…ここまでは、大丈夫だよな)
 ゴンドラから降りると、ぬめり気を帯びた澱んだ空気が押し迫ってくる。その不快感に、ルークは眉をひそめた。思わず鼻を摘んで、相変わらず酷い場所だと一人ごちる。
(くっそ…。ンな場所二度とこねーって思ったのによ)
 当初は港から船舶でバチカルを出る予定だったが、流石に出入国管理は厳しく、少し様子を窺った後諦めた。そうして思いついたのが、以前も利用した裏ルート。魔物の巣窟と化した廃工場を通り抜ける行為は、当然相応の危険が伴う。しかし、それでも――…。
「…クソ…」
 くだらない思考を打ち消すように頭を振ると、背中に帯刀した剣を抜き放ち、何時でも戦闘に入れる警戒の姿勢を取っておく。意を決して翡翠の眼差しを闇ばかりが広がる前方に向ける――と、背後のゴンドラが一際大きな音を立てた。
「!」
 誰か来る――!?
 廃工場は危険区域指定の立ち入り禁止となっている。しかし、入り口に警備の人間が配置されている訳ではなく、単純に立て看板とフェンスで入り口が封鎖されているだけだ。魔物の住処と化した工場に足を踏み入れる無謀な者など居ないために、警告をしておくだけで充分な効果がある為だ。魔物と盗賊が闊歩するこのご時勢に、ワザワザ危険の巣に足を踏み入れる阿呆は存在しないと言う事だ。
 なのに何故、誰が、こんな場所に、と自らも不当な侵入者である子爵は身構えた。兎に角隠れ場所を求めて、無造作に並べてあるドラム缶の影にしゃがみ込む。閉鎖された工場内は暗く、時の経過と共に自生したアカリゴケが、三日月の輝き程度に仄かに内部を浮かび上がらせるだけだ。気配を殺して潜んでいれば、まず気付かれる事は無いだろう。
(…屋敷の連中か…?)
 ゴクリを喉を鳴らして固い唾を飲み込んだ。手の平に嫌な汗が浮かぶ。自分の姿が無い事に気が付いて、屋敷の関係者が慌てて連れ戻しに来たのだろうか。いや、そんなはずが無い。自らの考えを即座に否定する。親も王も民も、大切なのは次代の王だ。『ルーク・フォン・ファブレ』の名を持つ聖なる焔だ。……自ら記した記録が全て真実ならば、必要とされているのは自分では――…無い。
(クソ――、ムシャクシャするッ…)
 ガコン、とゴンドラの到達音がして、停滞した世界が僅かに振動する。緊張に手足の先が痺れた。
 続いて、カッ、と空気を切り裂くような、高い靴音。
 綺麗な足音。こんな吹き溜まりのような場所には似つかわしく無い、なんて。ふと、そんな取りとめも無い考えが浮かんで、首を捻った。よく分からない、どうしてこんな考えが浮かぶのか。けれど――…迷いも澱みも打ち消すような規則正しい歩き方に、奇妙に心が揺さ振られた。
 人の気配は――、複数では無い。一つだけだ。靴音は真っ直ぐ歩いて、ピタリと止まる。様子を窺うようにする気配に、ギクリと身を強張らせた。早く立ち去ってくれと、息を詰める。捕まって、屋敷に連れ戻されるのだけは嫌だと、酷く強く願った。



「なんだって!?」
 久々のランバルディア王家の親族の屋敷――幼い心に有り余る憎悪を滾らせた、仇敵。己を形成していた一切を喪い、生きる気力も希望も見失い抜け殻と化していた少年の、その小さな胸の内を復讐の炎で満たし『生かした』皮肉極まりない男の住む場所――の前で、護衛騎士の任を解かれた金髪の青年は、思わず面食らい大声を張り上げた。
「…本当、なのか?」
 それも当然――屋敷に軟禁されているはずの親友の姿が消えていると、告げられたのだから。寝耳に水とはこの事だ。
「はい。現在、全力で捜索中ですが…、力及ばすまだ見つかっておりません」
「あちゃ〜…」
 額を掌で覆い、青年――ガイ・セシルは大仰に天を仰いだ。
 読みが甘かった。バチカルの屋敷の警備体制を過信し過ぎた。外界の事を微塵も知らない以前の子爵様ならば、成程、確かに問題無かっただろう。しかし、今のルークは仮にも一ヶ月近く外の世界を経験している。見張りの隙を付く知恵も機転も以前とは比べ物にならないはずだ。――当人に、本気で外に出る気があれば、の話だが。
「………」
 そこで、ガイはふっと真剣な顔で真下を向き考え込んだ。腕を組み、顎に右手を寄せる。思索の姿は何処と無く品があり、貴族の格を感じさせる。
(…そういや、ルークの奴…なんで抜け出したりなんかしたんだ?
 旦那は屋敷で待っていればヴァンが帰ってくるから大人しくしておけって、そう言ってあるんだよな。まだ痺れを切らす程、日数も経ってないはず、だし…?)
 屋敷を出てしまえば敬愛する師とすれ違う可能性がある。ただ待っていれば良い、そうすればヴァンに会えると、鼻先に褒美を吊るされた状態であるにも関わらず、脱出する意図が見えない。
「…捜索は騎士連中がやってるんだよな?」
「はい」
「なら、俺はルークの部屋に行ってみていいか」
「勿論です!」
 世界情勢の深刻化と共に既にガイの身元も、王家の屋敷の者には知らされている。元々、子爵付の護衛剣士という事で一般騎士よりも身分が高くあった青年だが、この度、隣国マルクト帝国の貴族の身分も判明し、また、その事から不都合が無いようにと屋敷の主――つまりは、ファブレ公爵より信頼の配慮を得ている為、皮肉な事この上ないが、屋敷の人間からの待遇は、今となってはかつての『ルーク』よりも上だ。
 これから城下へと降りて子爵捜索へと赴くだろう騎士の背中を見送りながら、悲劇のホドの生き残りである金の髪の青年は、勝手知ったる屋敷の中へと進んだ。



 人の足が途絶えて久しく、今や魔物の巣窟と化しているバチカル地下廃工場――…。決して、好んで立ち入りたい場所では無い。ゴンドラを降りれば、鼻をつく据えた臭いに、マルクトの軍人は思わず端整な顔立ちを歪めた。
「…やれやれ」
 そして誰とも無しに溜息と共に呟きを漏らした。
「全く、困ったものですね。こんな場所に一人で出向かれるなど。
 …もう少し己の立場というものを考えて行動して頂きたいものです」
白々しい言葉だと、自身に対し嘲笑が浮かんだ。冴え渡る美貌に似つかわしい華奢な眼鏡を片手で押し上げ、大仰に肩を竦めて見せた。

「さて――…、と、おや?」
 愚痴っていても仕方が無いと手の掛かる子爵様の探索にかかろうとした処、目の前に出会った頃よりも随分と短くなった赤い髪の子どもが、気色ばんだ様子で立ちはだかった。
「これはこれは、探す手間が省けました」
 ぬけぬけと言い放つ亜麻色の髪をした雪白の肌の軍人に、ファブレ公爵家の嫡子は敵意の眼差しを向けていた。己と異なる個体の感情に対し策謀の意味合いから、非常に聡くある反面、感傷的な心の機微への理解無く一切を切り捨てる冷酷な軍属に、幼く拙い怒りに憤然と燃え立つ青年は、低く唸る。
「テメェ、何しに来やがったンだ」
「おやおや、ご挨拶ですねぇ。折角お迎えにあがりましたのに」
「誰も頼んじゃねーよ! サッサと帰れよ!!」
 ブン、と大きく左腕を前に振り、追い払う仕草をする傍若無人な子爵様に、ジェイドはこれ見よがしに大きく溜息を吐いて見せた。
「私としても、こんな場所に長居するのは本位ではありませんしね。ご要望通り立ち去りたいところではありますが、貴方をこのまま行かせる選択肢もありません。大人しく戻って頂けますか。ルーク『様』」
「……ッ、ざっけんな!!」
 聖なる焔――譜言の犠牲として生み出された命は、不意に怒りを爆発させ、腹に据えかねた感情をそのまま声として荒げ、手にしてた荷物の中身を投げつけてきた。
「…っと、全く…」
 空気を裂く音と共に、顔面スレスレを飛び去ってゆくリンゴやらにんじんやらを軽やかにかわし、まるで癇癪を起こすお子様同然なファブレ子爵に、心底呆れ紅眼を細める。
「大体、バチカルを抜け出して何処へ行こうというのですか。外界には魔物も野盗もいます。屋敷の中と違い、安全では無い事は既にご存知でしょうに」
「…俺は、師匠(せんせい)に会いに行く! 邪魔すんな!!」
「その師匠が何処に居るのかも分からないのに、ですか? 全く、稚拙にも程がありますね。屋敷で待っていればいずれ戻ってきますよ。大人しく――…」
「嘘つくなよ!!」
「――…ッ」
 体裁を整えるだけのお飾りの慰みを微塵に打ち砕く、激しい拒絶と否定。
 一瞬、言葉を失い瞠目してしまう程に、そこには刺すような痛みが存在していた。
 事実――『ヴァン謡将』が出来損ないのレプリカなど迎えに来る道理など無い。寧ろ今まで散々、用済みの操り人形として処分しようとしてきた程なのだ。万が一、この無知で無謀な七歳の子どもが敬愛する師に合間見えたとしても、創造主でもある男の手で無残に葬られるのが関の山だろう。
 分かっている。
 全てを、理解していて、嘘を上塗りしているのだ。
 見破られた処で、動揺などあるはずも無い。
 これは世界が求める『真実』であり、『必要性』なのだから。
 だけど――…、
「…もう、来るなよ…。俺に構うな!! 別に、俺がどうなったってお前等には、カンケーねーんだろ!! 帰れよ…、帰れッ、帰れって言ってンだろ!!!」
 何故か、眼前でただ泣き叫ぶだけの無価値な子どもの絶望が、胸を抉る。
「帰れーーーーー!!!!」
 これが最後とばかりに叩き付けられたソレは、赤い髪の子爵がマメにつけていた日記帳だった。丁寧な金糸の刺繍で縁取られた黒皮のそれは、素人目にも高級だと分かる。この子どもと出会った当初は、流石時代の寵児だけあって何もかも特別だと、苦笑が漏れたものだ。
「……物を粗末に扱うのは感心しませんね。ルーク」
 投げ捨てられ散乱するそれらの中で、唯一、日記だけを拾い上げ、ジェイドは薄いレンズの奥で不吉に潜む悪魔の眼差しに、戸惑いの色合いを交え嘆息した。
 短い遣り取り、激昂の末に叩き付けられた言葉、投げ捨てられた当人の日記帳。
 全てを悟るには、充分すぎる要因であった。
 己が一日として欠かさずつけていた日記の存在を思い出し、それを読み返してみたのだろう。記憶を失ってしまったと聞かされれば、当然の行為だ。如何な無知の子であったとしても、そこに考えが至る。それが日記の最大の意義でもある。――…この赤毛のひよこの手元に日記をそのままにしておくことの結果は、目に見えていた。分かっていて、ワザとそのままにしておいたのだ。今回の件は大方予想していた流れであり、狼狽する場面でも無い。己が取るべき行動も決まりきっている。
「こんな場所で騒いでも仕方ないでしょう。戻りますよ」
「――…ッ! 戻らねェって言ってンだろ!!」
 マルクト軍の青で統一された軍装の一部である青の手袋――…空いている方の掌の上に炎を躍らせて、若くして大佐の地位に坐す軍属は、やれやれと肩を竦めた。
「戻らないならどうするつもりです?
 この日記を読んだのでしょう? なら、もう貴方にも分かっていますね。貴方の指摘通り、ヴァン謡将は貴方を迎えになど来ません。どれだけ望もうとも貴方一人の力では彼は探しきれませんし、万が一にでも彼に逢えたとして、受け入れるはずもありませんよ」
 無慈悲な言葉の羅列――…客観的な事実だけを突きつけて、無言のままに答えを待つ。
 相手は知恵も力も無い、単なる我儘小僧。傍若無人で世間知らずな子爵様だ。重苦しい圧力に耐えられる道理など無い。早々に根を上げて癇癪を起こすだけだろうと、見目麗しい軍属は鷹揚と構えた。
「…――ッ」
 しかし、赤毛の子どもの反応は少々予測と異なり、何時まで経っても俯いた顔を上げようともせず。また、一歩も動こうともしない。根競べか、と長期戦を覚悟したその時、低く詰めた声が、己が掌で踊る炎が照らし出す陰鬱たる世界に響いた。
「……日記は読んだ。けど、嘘だ。俺は…信じない」
 何を今更――…と、ジェイドは眉を顰めた。記憶を喪失させてはいるが、過去の自身が体験した日々を、そのままの言葉で綴った日記だ。当人にしてみれば、これ以上望めぬ確実な情報である。その上で尚、否定を重ねる子どもの聞き分けの無さに、流石に辟易としてくる。
「…ルーク。貴方が日記の内容を信じようと信じまいと、それはこの際問題ではありません。それより、屋敷に戻って頂けますか。貴方に屋敷の外で野垂れ死にされては、最悪、国際問題にもなりかねません」
「……なんで」
「貴方は『ルーク・フォン・ファブレ』ですから。当然です。
 私はこうして貴方の脱走を見咎めているわけですし、このまま見逃してしまって、例えば魔物や盗賊の類に貴方が殺されるとしましょう。そうすると、まず貴方の屋敷の護衛役であった騎士は全て処罰の対象でしょうね。メイドや執事も場合によっては裁かれます。私はキムラスカの法には疎くて定かではありませんが、騎士達の死罪は確定ですね」
「………!?」
 謳うような宣告の残酷さに、ルークは大きく反応した。酷く強張った顔つきで災厄の主として恐れられる『死霊使い』を見つめる――…瞳には、負の感情が混濁していた。真っ直ぐに前を見据える悲痛なまでに美しい輝きの翡翠ではなく、奈落を感じさせる虚。
「執事の――…ラムダスさんでしたか。彼も重罪は免れないでしょうね。十分に責任を問われる立場です。それに、私がここに居合わせた事が知れれば、未必の故意による殺害だとキムラスカの重鎮は騒ぎ立てる。そうすると、今度は国家間の友好に亀裂が生じ、最悪開戦へ――。戦争になれば犠牲者は途方無く膨れ上がります」
 容赦なく突きつけられる現実に、ルークは色を失い、震える拳を握りこんだ。

 何だ、これは。
 一体、お前は何様のつもりだ。

 咽喉まで憤りが迫り上がり、しかし、唇が震えて形が成せない。
 感情に思考が追いつくより先に肉体(うつわ)が顕著に反応してしまい、反論すら許されない。何一つままならない。口惜しさに視界が赤く染まる。噛締めた唇から、プツと弾けた音が聞こえた。お前の命一つとっても、それはキムラスカの道具に過ぎないのだと。殊更、強調して言い含められる。代替品扱いだと、理解が及ぶのと同時に吐き気が、した。
「……なら、」
 声が、掠れる。
 悔しさで、思考が焼き切れそうだ。
「ルーク?」
 怪訝そうに小首を傾げる仕草が、意外に可愛らしいなんて感想が脳裏を掠めるのは、消えた自分の中の記憶が起こした錯覚だろうか。

「俺が死んだら、また作ればいいだろう!!
 代わりの『ルーク』を!! 本物のルークに協力してもらえよ!! 出来損ないのレプリカが壊れたから、もう一体作らせてくださいって言えばいいだろ!! アンタなら、作れるんだろッ!! なんたって、フォミクリーの発案者だもんな!!」

「…ルーク。落ち着きなさい」
 低い、酷く冷静な声が余計に苛立ちを掻き立てた。
「大体、何もかもお前の所為じゃねーか!! フォミクリー技術なんて無ければ、師匠はレプリカ世界の新生なんて考えなかった!! 俺はこんな惨めに生かされずに済んだ!! 本物だって、このバチカルでそのまま暮らせてた!!
 お前がフォミクリーなんて考え付くから!! ジェイドが、レプリカなんて言い出すから!! こんな事になっちまったんだろ!! なのに、なんで一人だけ関係ねェって顔してんだよ!! 全部、お前の所為じゃねーか!! お前がいなけりゃ――…、」
「ルーク…」

「お前なんか、いなけりゃよかったんだッ!!!」

「ルーク!!」
 一層、強く窘められる。
 遮られた言葉は、そのまま工場の壁で乱反射を起こして消えた。気まずい沈黙に、王位継承者である未だ成長過程の若者である青年は、息を呑み、厭味と性悪が服を着て歩いているような隣国の大佐を睨み付ける。
 しかし、肝心のジェイドの注意は一喝の下に自暴自棄の叫びを黙らせたお子様では無く、不穏な空気が流れ出す周囲に向けられていた。普段の軽薄とも取れる笑みを消し、緊張した様子の横顔に触発され、一端の剣士でもある青年も周囲を注意深く窺う。そうすると、成程『大物』の息遣いが肌に直接感じられた。
「…ここは上に退却しましょう。どうやら、マズイ相手のようです」
 天に名高い死霊使いの手に掛かれば、大抵の魔物は赤子の手を捻るようなものだ。それほど、彼の者の実力は桁違いであり、底が知れない。だが、今回は旗色が悪い。お荷物にしかならない子爵を護りつつの、狭い廃工場の中での戦い。バチカルの地下工場という地形的な問題から、上級譜術の使用は控えねばならない事もあり、まともに向き合うのは得策ではない。
「……勝手に帰れよ。俺は、行かなきゃならねーんだ」
 しかし、ここに至っても尚、聞き分けの無い赤毛の青年は反抗した。
「ルーク。…脱走するなら、またの機会になさい。
 この気配は貴方にも分かるでしょう。一人で無闇に進んでも命を落とすだけですよ」
「……はッ。レプリカの命の心配かよ。余計な世話だぜ、大佐様。いーや、ご主人サマとでも呼んだほうがいいのかよ。何せ、俺らの創造主サマなんだもんな」
「ルーク。今は、そんな話をしている場合ではありません。
 貴方も無意味に死にたくはないでしょう。戻りますよ」
 未練がましく話を蒸し返してくるお子様に溜息を残し、ジェイドは、短くも無い旅の中で一端の剣士の手となった赤毛の青年の腕を取る。
「恨み辛みなら、後ほどゆっくり聞きますよ。今は、逃げるのが先決です」
「おい、ちょッ…、」
 繋がれた、左手。
 とても自然にそうされたものだから、反応が遅れた。
 触れる場所から、温もりが伝わる。
 意味も分からず、意地の悪い大人の意外な程華奢な手を、強く、握り返したくなった。
(……なんだよ、これ)
 分からない。
 けれど、この綺麗な手を。
 放したくない。
「………」
 抗い難い思いに、胸の奥、熱いモノがどくどく脈を打ちながら渦を巻く。
「さ、急いで乗りましょう」
「あ、…あぁ」
 突然大人しくなったファブレ家の嫡子の様子に不審を抱きつつも、これ幸いとばかりにジェイドは先を促した。折角の脱走劇が徒労に終わってしまうとあり、不満そうにしながらも、ルークはゴンドラに足を――…、
「ゴァアアアアア!!!」
 掛けようとしたところで、空気を震わせる大音響の咆哮と共に、錆付き踏み抜けそうな脆さの床が大きく揺らいだ。おそらく、魔物が威嚇の意にて踏みつけたのだろうが、今回は非常にタイミングが悪かった。それはもう、絶妙な程に。
「おわぁっ!!?」
「ルーク!」
 軽い自失状態にあった箱入り育ちの赤毛の青年は、簡単に体勢を崩し、足を踏み外す。まだ正気であれば咄嗟にゴンドラの吊を掴み難を逃れただろうが、如何せん、背後の綺麗な生き物に完全に気を取られていた為に、そのまま体全体で中空に放り出された。
 一瞬の浮遊感に背筋を悪寒が駆け上がる。本気でマズイと本能が警鐘を鳴らした。地下へ地下へと岩盤を掘り進められる形で建設されている工場は、最下層まで結構な高さになっている。工場最盛期には徹底した安全管理がなされてたのだろうが、完全放置状態の今となっては手摺も安全ネットも無い。足を滑らせれば、後は真っ逆さまに落ちるだけだ。
「わぁああああ…、あ、あ?」
 落下の恐怖にパニックとなり無茶苦茶に両手を振り回して悲鳴を上げるルークはしかし、絶体絶命の現状よりも更に衝撃的な光景を目にして、思考を停止させた。
 アカリコケの僅かばかりの光の中、視界に広がる青。宙に舞う絹糸の髪、華奢な肢体。驚愕するばかりの子爵が身につける白のオートクチュールの裾を漸く捕まえて、ゴンドラから自ら飛び降りた凄烈な容姿を誇る冷徹な軍属は、小さく、言い捨てる。
「うまく受身を取って下さいね」
「…へ?」
 箱入り育ちの子爵様が目を丸くして意味を問い返す間にも、最下層の床は迫る。これ以上の問答の時間は無いと判断すると、やれやれと大佐階級の軍人は眉を顰め、器用に左手で無様に落ちてゆくだけの子爵様の首根っこを捕まえた。まるでネコの仔のような扱いに不服を訴える余裕も無く、次いで竜巻のような勢いの風が下から噴き上げてくる。
「――…ッ」
 反射的に顔の前で交差させた腕で風を避ける。続いて、視界はゼロとなった。



記憶をなくしても、ジェイドにときめくひよこ
記憶を失っていても、ひよこが可愛い大佐。
もう、メロメロでいけばいいと思います。
無意識にルークに甘いのが、此方のルクジェの基本スタンスです