煉獄
第五話
灼けつく 非業
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「何…してンだ…、テメェ…」
ぐわんぐわんと、内側から脳髄を叩き壊されるような衝撃に、天才の呼び声も高い類稀なる才気を放つ少年は、緊張の余りに言葉を嗄らした。
「何って…無粋なことを訊くなよ。キス、も知らないのか? ワガママな天才ボーヤは」
「ッ! っざ、けんな!! なんで、テメェが兄貴と……!!」
「――…今、言っただろ。愛してるからだ。
俺が、――…いや、俺達が、愛し合っているから、こんなこと、当然だろう」
「………な、」
――にを、言っているのかと。
反論する声が、狂気を孕んだ昏い翡翠に阻まれて、喉に引っかかる。
「俺には…、あまり、自由になる時間が無いんだ。わかるだろう、祐希?
短いこの時間を邪魔されたくないからな。早く、出て行けよ」
頭痛が酷くなる。脳内を焼けた鉄棒で掻き回されるような感覚に、神経がおかしくなりそうだと、滑稽にて陳腐な愛憎劇を目の前に、祐希は酷薄な笑みを浮かべた。
「――…愛し合ってる? イカレてんのは、テメェのココだけにしとけよッ、尾瀬!!」
右手の親指でトントン、と己のコメカミを指し示し、挑発的に穿ってくる盟友に、黒の王国の覇者はうっすらと微笑みを返すだけで。
「出て行けよ、祐希」
「………」
穏やか、だった。それは、凪の一瞬、光と闇の狭間の空のような。
――奇妙な予感に、短気と不遜さが服を着て歩いているような少年は、己の心がギクリと竦むのを自覚した。
「出て、行って、くれ」
今度は、一つ一つ、句切るようにして言い含ませてくる。
冷静さは随分と歪で、崩壊寸前にまで膨らんだ狂気は、螺子巻き細工のように、不恰好さだけが無様に際立って、いた。
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喪失の 日々
――まともに声が出なくなって、もう二日、だろうか。
時間の感覚など、既に麻痺して、遠くへ消えている。
おぼろげに確認できる部屋の中央に置かれた時計の、その日付表示だけが、熱に侵される少年に時の流れを知らせていた。
「昂治…」
不安そうな揺らめきを残す声に、人の身には過ぎる熱を籠めた、華奢な肢体が震える。
「………」
何かを探すように、無機的な白さの天井を彷徨う視線は、やがて、力尽きて床へと堕ちる。
「…昂治…ッ」
懐かしい呼び声は、やはり、今にも無き縋りそうなほど細かく、震えていて。
救いを求める叫びにも、赦しを請う祈りにも、よく似た、――それは心の嘆き。
何て声、出してるんだ、と。
笑い飛ばしてやりたくて、けれど、そうするだけの力が無くて。
微かに、吐息だけで微笑みを形作る。
すると、嗚咽は一層、激しさを増し。
鈍くなった思考に、苦い後悔が、じわりと滲む。
(――なくな、よ)
遠く、思い出すのは懐かしい、昔。
そういえば、幼い日の弟がこんな風によく、なきじゃくっていたと。
今となっては、思い出すことすら稀な記憶が、次々と駆け巡っては消えてゆく。
そうして、失ってしまった記憶は、二度と甦ることは無く。
過去と命は、少しずつ、少しずつ、
それは、手のひらに掬った流砂のように、術も無く、ただ指間から零れ落ちる。
『よ。今日から一年間、ヨロシクな。俺は、尾瀬イクミ。
尻尾の尾に、瀬戸際の瀬、んでもって、カタカナ三文字イクミくん。イカス名前だろ?』
『……瀬戸際、って。変わった自己紹介だな。えっと、俺は、相葉昂治。ヨロシク』
『おっけーおっけー、昂治君、ね。
ま、これも何かの縁だしね。一年間パートナーを組む相手だし。堅苦しいのって、ヤなんですよねー。だから、くだけていこーぜ。俺のこともイクミって呼んでくれよな。昂治』
『…物怖じしないなぁ…』
『アレ、こーゆーのイヤ? だったら、ヤメトク? あ・い・ば・君』
『嫌なんて言ってないだろ? てか、イクミに苗字呼ばれると変な感じするから、名前でいいよ。よろしく、イクミ』
『…人畜無害な顔して、言うことは言いますね、キミ。
ま、そっちのが付き合い易いけど。んじゃ、改めて宜しく。昂治』
サラサラ、サラサラと。
優しい記憶が、まるで始めから、存在していなかったように、跡形も無く、流れ落ちて。
『え? 出身惑星? 地球だけど?』
『地球かー、うん、なんかそんな感じだよな』
『なんだよそれ…?』
『いやいやいやいやいや、褒めてる褒めてる。箱入り育ちっぽくて、イインジャナイデスカ?』
『………』
『おこっちゃ、イヤン』
『……あのなぁ。だいたい、そーゆーイクミは何処出身なんだよ?
そこまで地球育ちをバカにするからには、他のトコなんだろ』
『やっだー、昂治君たら。乙女の秘密を探るなんて。ダ・メ・よ』
『……イクミ。それ、キモチ悪い』
『あ。ヤッパリ?』
痛みの伴わぬ日々、それは、偽りが生んだ幻影か。
悲しみも切なさも苦しさも、全て、信じる明日があればこその、希望となる。
『俺、さ。人が――いなくなるのって、嫌なんだよな』
『……? なんだよ、それ』
『イクミくんったら、寂しがり屋さんなんですー』
『いい年した男が、寂しがり屋とかイウナヨな』
『えー、男女差別はんたーい』
『そーゆーのは、男女差別って言いません。そういう問題じゃないし』
『んじゃ、どーゆー問題デスカ。昂治君』
『視覚的な問題』
『それ、どーゆー意味デスカ。昂治君』
『鏡の前に立ってみれば? ほら、もう先に行っちゃうぞ。次のカリキュラムに間に合わなくなるだろー』
『わ、ちょっと待って待って。ストップ昂治君。見捨てちゃ、イヤン』
『もー、仕方ないな。早くしろよ』
ほんの気紛れに、時折覗く素顔に――気付かぬふりをして、目を背けて。
そうして、得たモノは、何だったのだろうか。
『正直、もっとマシなヤツかと思ってたぜ』
投げつけられた言葉の、余りの現実感の無さに呆然として。
『お前には――失望した』
ずっと、後になって酷い嘔吐感と共に、涙が、溢れた。
――苦しくて。
こんなにも胸が痞えるのは、頬を濡らす意味は、それすら――わからずに。
『お前の理想は聞き飽きたんだよッ!!
綺麗事で何が護れる? 何が護れるっていうんだ!?
口先だけの理想論に意味なんてない!! 力の無いヤツは黙ってろ!!!』
――まだ、今も、こんなにも――心が痛い。
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「相場君ッ…!」
既に艦全体のクルーの、約半数を失いつつあるリヴァイアスは、まるで活気が無い。
人がそこに生きているのかも疑わしいほどの、死に近い静寂の中、高く結わえた栗色の髪が特徴的な少女が、天才の名を欲しいままにする少年へ小走りに近寄った。
「どう…だったの?」
「………」
返答は無い。
傍若無人を素でゆくだけあり、無駄に鷹揚な態度を取るエースパイロットが、常に無いほど、思いつめた様子をしているのを見て取って、少女は口を噤んだ。
「……いた、のよね。そう…よね。やっぱり」
「――兄貴は…」
「え? ええ。昂治君は? 無事だったの?」
「…寝込んでやがった。詳しいことまで分からねェけど……いや、」
一度、不自然に言葉を切り、祐希は切迫した表情を浮かべ、唇を噛み締めた。
「……相葉、君?」
「――兄貴のヤツ…発症…してやがった…」
「!」
ハッキリと息を呑む気配が伝わり、やがて、そう、とだけ答えて項垂れる。
人柄に相応しく、慈愛に満ちた眼差しには、言いようのない悲しみが湛えられていた。
「…やっぱり、そうなのね…。
間違いだったらって。……見間違いならって…思ったのだけど」
「………」
「………」
一体どうすれば良いのか――その名の響きの通りに、可憐な容姿でリヴァイアスの闇に咲く少女は、判断に惑った。
死の病に伏せる床についている今、無暗に環境を変えるのは、衰弱している重病人にとって決して良いことではないと、分かっている。当初の予定では、監禁、もしくは軟禁されているであろう少年を救出することであったが、事情が変われば、計画も変わる。
「このまま…尾瀬君の傍にいてもらったほうが、いいのかしら」
「………」
「あ。相葉君っ?」
「…もう一度、兄貴に会ってくる。
――途中で尾瀬に見つかっちまって、ロクに話せてねェからな」
「……尾瀬君に? 大丈夫だったの?」
普段の彼ならば兎も角、今となっては狂信的な正義の名の下に、リヴァイアスの政権を握る、狂気の覇者と成り果てた存在だ。無断に部屋へ潜り込み、その現場を当人に見られたと平然と告白するエースに、ユイリィは目を丸くした。
「――問題ねェ。
けど、アンタはこれ以上関わるな。兄貴のことは、俺がなんとかする」
「……相葉君…昂治君の弟の貴方が…そう言うなら、分かったわ。私はこれ以上、この件には関わりません。けれど、何か手伝えるなら頼ってもらって構わないから……」
壊れゆくリヴァイアスの、そのブリッジにおいて唯一の良心的存在である少女は、そう言い残して、その場を後にした。
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――このまま、死ぬのかな――。
ふと、殆ど機能しなくなった思考に鮮明に浮かび上がった疑問。
熱は――相変わらず高いままで。
ロクに食物も水も摂れない状況にも拘らず、何故か飢えや渇きとは無縁であった。
ただ、ひたすらに肉体に倦怠感が滞り、飽くほど貪ろうとも、尽きぬ惰眠への欲求だけが、深まってゆく。
高熱の苦しさだけは相変わらずだが、それも今は――少しずつ、遠くなっていた。
死、という単語だけが、奇妙に浮き出て脳裏に刻み込まれる。
実感は伴わないが――やはり、そうなるのだろうと、客観的な誰かが揺るぎ無い結末を、導き出していた。
(……もう…逢えない………のか、な…)
泡沫の夢ように弾けて消える、優しい記憶たち。
伝えておきたかった想い、遣り残したこと、まだ足りない――もう少し、生きていたい。
せめて、一言――アナタに。
追い詰められた優しさが、己自身をも傷つける、悲しい、あの人に。
(…言って、おきたいこと……たく…さん……)
共にある、歓びを。
傍にある、幸せを。
(……あるの、に……)
あふれだした切なさは、一筋、二筋の涙となり、頬を濡らし伝い落ちた。
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非情なる永劫の夜――命を拒絶する、零下の海ゲドゥルトで生まれた意識は、ひたすらに哭いていた。華やかな容姿とは裏腹に、無垢過ぎる精神は、全ての感情に無防備過ぎて。
「イヤ いや イヤ」
悲壮を漂わせる血色の眼差しには、恐怖と絶望が深く刻まれていた。
「イヤ いや イヤ」
未熟であるが故に、能動的にではなく受動的に伝わる色に歯止めが効かず、人以外の何かで形作られたそれは、壊れたカラクリのように同じ言葉しか、話さない。
「か な し い」
苦痛は、悲哀へ形を変え、そうして渇望へと昇華する。
「イ かな…い、で」
少女の切なる願いは、明日の見えない宇宙(ソラ)に散って――消えた。
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忍ぶ 過酷
汗で額に張り付いた前髪を気遣う仕種で払いのけ、冷えたタオルで額を拭う。
一向に引く気配の無い高熱に、王国における孤高の覇者――尾瀬イクミは、絶望、という二文字を抱え、狂気に侵されてなお美しい翡翠に苦悩を滲ませていた。
「……昂治…」
意識を混濁させている者にいくら呼びかけてみても、無駄だと分かってはいるが、それでも、愛しい名を呼ばずにはいられなかった。
「――バカだよな、俺は。
いつも…そうだ。いつも、間に合わない。
ほんとうに護りたいものも、ほんとうに大切なものも、失くしてから。
……失くさないと、気付けない……」
誓ったはずだった。
もう二度と、大切な存在を失くさずに済むように、その全てを全身全霊で護るのだと。
「お前のことも…そうだ。
考えなしに、傷つけて…追い詰めて……、こんなことになって、やっと――」
声が、震えた。
祈るように組み合わされた指先が戦慄き、ギリ、と力が籠められる。
「……頼む…。
…頼むから……、もう、俺から何も奪わないでくれ……。
コイツを――昂治を…失いたくないんだ…ッ」
悲壮。
切なる願いは、祈るべき神すら存在しない黒の艦では、行き場も無く彷徨うだで。
想いは――何処にも…何処にも。
――…とどか、ない。
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普段どおりの業務を終え、普遍たる正義の名の下に、恐怖という呪詛で人の心を支配する覇者は、いつも通りの岐路に存在する大きな違和感に、足を止めた。
「…どうかしたのか」
「しらばっくれンなよ。
部屋に帰るんだろ。……兄貴に逢わせろよ」
「逢ってどうする気だ」
「……どうもしねーよ。どうにも…できねェだろ」
「………」
吐き棄てるように放たれたその言葉は、まさに、正しい理屈であった。
どうしようも、ない。
人の力で、一体何が出来るというのだろうか。
「…着いて来いよ」
「……」
背中を向ける王国の支配者の声は、感情の一切を失われたように、無機質に響いていた。
――――――――――――――――――――
「……熱、上がってるんじゃねェのか」
「ああ」
「…そうかよ」
大した荷物も無い殺風景な部屋、目を引くものといえば、少ない荷物の一式だけで。
無造作に隅に放り投げられた拘束具に一瞬眉を顰めるが、まさか、この重病人相手に物騒な真似をするはずも無いだろうと、その存在を無視して、祐希は実の兄である昂治が昏睡するベッドを背に、かつては志を同じくした少年に向き直った。
「……艦の稼働率が大幅に落ちてるコト、知ってるかよ? 尾瀬」
「ヘイガーから報告を受けている」
「へぇ、どんな?」
侮蔑の笑みを浮かべる同僚に、甘い風貌に激しく反する灼熱を秘めた王国の覇者は、今は感情の欠落させたように、淡々としていた。
「稼働率の30%の減少、それに伴う人員配備の問題についての計画案があったな」
「はッ、めでてェな!」
「…どういう意味だ」
「言葉通りだ。――実際、コイツの稼働率は最盛期の半分以下、だゼ。確かな情報だ」
「…報告書はきてないな」
「報告書、報告書って! いい加減にしろよ、テメェ!! ンなもん、あの嫌味ヤロウが細工すりゃ、どーとでもなるだろうがッ!!」
苛立ちのままに声を荒げるエースパイロットとは対照的に、両の翡翠に昏い虚を潜める残酷な支配者は、やはり、奇妙な静けさを保ったままだった。
「…そうか、もう半分も死んだのか…、早く…早くしないと早く早く早く早く早く……」
「ッ、おい?」
人格的には未熟ではあるが、明晰な頭脳の持ち主であるだけに、祐希はすぐさま『異常』を感じ取った。
「早く早く早く早く…でないと、早く、もっと死ぬから、死ぬ、死ぬ死ぬ死ぬ。人が、もっと、今よりたくさん、死んでそしたらいなくなって、誰も、俺の周りから消えて、みんなそしたら誰もいなくなって、それがイヤなんだ、イヤだ、イヤだよ。だから、早く、そうだ。しないと、俺が、俺がなんとかするんだ、俺が……」
「…尾瀬…、おいッ…!?」
慌てて正気に立ち返らそうと試みるが、肩を掴み、強く揺さぶってみても反応は無い。殴り飛ばしてみれば正気に戻るだろうかと、短い舌打ちと共に、祐希は拳を振りかぶり。
「こ、…うじ…?」
――しかし、その腕が振り下ろされることは、無かった。
精神の軋みを感じさせる少年が、振り上げられ中途半端に空中で固まった腕の向こう側を、狂気と裏表の愛情で歪められ、驚愕と恐怖に奇怪に捩れた表情で――眺めていたから。
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至高 の
――…寒い、な。
とめどなく、思考がこぼれて落ちる。
――…さっきまで、熱かったのにな。
走り終えた走馬灯は、カラカラと虚しい響きと共に、空回っていた。
「………!!」
「――…、……」
声、がきこえる。
懐かしい――流砂に埋もれた遺跡のように、遠く、過去の記憶となった面影を追い求め、死に瀕した脆弱なる存在は…ゆうるりと、瞼を持ち上げた。
久方ぶりに瞳を灼く光はやはり、豊饒なる大地を照らす天照の輝きではなく、人工の灯火のままであった。
目醒めた先すら悪夢の続きとなる黒のリヴァイアスにて、絶望に、心が軋んだ。
思わぬほど近くにある郷愁に、夢中で腕を伸ばして――隙間から零れ落ちる大切なものを、まるで取り戻そうとするかのように、指先が中空を掻いた。
「昂治ッ、昂治! 俺がわかるか!?」
「………」
返事は無い。
微かに開いた瞳が、焦点を失ったまま、虚空を彷徨う。
惑う指先をしっかりと握り返せば、僅かに、籠められる力――それは、生きている証。
「昂治…ッ、頼む、イヤだ…っ、頼むから…」
縋りつくようにして、痩せ細った少年の腕を両の手のひらで握り締め、イクミはベッドサイドに膝をついた。
「頼むから…俺を…おいて……いかないでよ…」
「ッ」
その光景の異様さに、呆然と事の成り行きを見守っていた傍若無人のエースパイロットは、ぞわりと総毛だった。
死。
というイメージが、鮮明に脳裏に焼きついて、息が、詰まる。
「な…、んだよ……。こんな…、――こんな…」
ようやっと、喉の奥から搾り出した声は酷く引き攣れて、乱雑に縫い合わされた人の皮膚の、その醜悪な傷痕にも似た生々しさを孕んで響いた。
ヒュ…と、空気の洩れ落ちる音と同時に、力なく咳き込んだ重病人を気遣って、イクミは慌てて、その胸辺りを擦り上げる。
「昂治…何も話さなくていい…。だいじょうぶだ。俺が、俺がなんとかしてやるから。みんなで――みんなで、還るんだ。皆で生きて――還ろう、昂治……。あと少し、もう少しだけの辛抱だから……。俺が、全部なんとかしてやるから…ッ」
「………」
人の『死』に誰よりも脅える、可哀想な子に、そっと――失いかけた命の輝きを集めて、まるで奇跡のように綺麗なままの心を抱く少年は、ふ、と微笑んだ。
「……こう…じ…?」
熱に浮かされたままのか弱い指先が、優しい温もりを伝える掌を、ひらひら、ひらひらと。
『 が ん ば る な よ 』
「……だいじょうぶ。俺が――俺が、全部なんとかしてやるから」
『 き つ い っ て 』
「…こうじ?…」
『 い え よ 』
「……もう、いい。もういいから昂治…、休んでろよッ…」
『 い く み 』
「………っ」
『
するりと、儚く舞っていた指先が組み合わされたてのひらから、零れて。
ベッドのシーツの上に力なく放られたかと思えば、それは、二度と――意思を持つことは、無かった。
――――――――――――――――――――
――瞬間――。
黒の戦艦――心ある艦リヴァイアスは、鳴動した!
尽きぬ悲壮と慟哭を前に、全機能が発狂したかのように、異常稼動を始める。
けたたましく緊急事態を知らせる警報が鳴り響き、照明は不規則に早点滅を繰り返す。
前触れも無く、突如として襲い掛かったヴァイアの狂態に、悲鳴と怒声が方々であがる。
ピピピピピピピピピピ
緊急呼び出しのコール音が異なったIDカードから、ほぼ、同じタイミングで鳴る。
一人の人物はそれを懐から取り出して、生気の失せた群青の対で一瞥をくれ、スイッチを切って足元に捨てた。
もう一方は、机の上に無造作に投げ出された状態で主を呼ぶが、応える者は無く、狂ったように泣き叫び続けていた。
人、だったものが、亡骸と呼び名を変えても。
それでも、その事実を受け止めることが出来ずに、少年達は時の狭間で身じろぐことすら赦されずに、いた。
やがて、二人の眼前に奇跡の少女が残酷に開花する。
物言わぬ姿と成り果てた愛しき彼へ、泣き濡れた紅が、最期の愛を紡ぐ。
「 す き 」
「 こ ウ ジ 。 ダ イす き ダよ 」
「 だか ラ 」
アナタの、最後の望みを。
アナタの、最後の言葉を。
叶える ヨ
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そして 永劫 の
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やがて、黒の戦艦リヴァイアスは二度目の航海へと旅立つ。
悲劇のリヴァイアス事件と呼ばれ、既に過去の出来事として、世間に忘れ去られつつある処女航海の犠牲者は、奇跡的に――実に奇跡的に、ただの一人だけであった。
見果てぬ明日に希望を抱き、果て無き宇宙を往く、希望の艦リヴァイアス。
月日の廻り、再びの船出となるその好き日に。
ただ、恋しき微笑だけが――永遠に、戻らない。
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煉獄
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死亡ENDですが、実は無事だったという話を書きたいです。
シリアスは好きですが、救いの無い話は苦手です。