傍へ――、鼓動を感じさせて、




第四話

あなたは 、まるでニンギョウのよう





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ズッと 動かなく ナルまで


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「……ッ」
 辺りを支配する濃密な空気、時折混じ入る甘い嬌声と、吐息。
 先程まで二人をくるんでいた薄布は、乱れた姿にされた金茶の髪の少年の下に、敷布となって冷たい床から素肌を護っている。
「……兄貴、あにき、あにき…っ」
 熱に浮かされたようにする弟が、何度も何度も自分を呼ぶのを、昂冶は居たたまれぬ気持ちで耳にする。
 同性同士であるという以前に、血の繋がった兄弟であるということを嫌が応にも思い起こさせられ、羞恥と罪悪感に囚われる。
 大きくはだけられた白いシャツの合間から指先を這わせられ、びくりと昂冶は反応した。
 これから始まる『行為』を思い、知らず、心が震え体に緊張が奔る。
「……ぅきっ、やっぱり…っ」
 自分自身、往生際の悪い事だと呆れるが、
「――…伝染…っ、…から…」
 己の内にある死へと至る病の恐怖からは、どうあっても逃れられそうに無かった。
 ただでさえ立ち入り禁止とされている感染区域への潜入、感染者との接触により、祐希のリスクは非常に大きいのだ。その上――キャリアとの性交など。
「……今更だって、言ってんだろ…」
 だが、猛る雄は最早歯止めの効かぬ状況に追いつめられていて、制止の言葉に一切構わず、祐希は行為を続けた。
 素肌に直接触れる掌の感覚が心許なく、昂治は切なげに吐息を漏らした。
「――…で、もっ…」
 やはり感染の恐れは、病に冒される少年の心に影を落とし、不安の滲みを広げているようだ。
「…――いいから。……余計なコト、考えらんなくしてやるよ……」
「…ッ…ゆう…きっ」
 言うが早いか、群青の瞳に凶暴な輝きを灯して小型な黒豹は獲物へ襲いかかった。

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「〜〜〜っ」
 何度も何度も宥めるように優しい接吻を、額に、頬に、瞼の上に落とされて、気恥ずかしさの余り声も出ない。
 ひたすら耳までも赤くして、与えられる刺激に耐える姿に、捕食者である少年は何処か愉しげに表情を歪めた。
「なぁ、兄貴…アンタ、経験あるのか?」
 興奮の為に上擦った声で耳元、熱の籠もった息を吹きかけるようにして囁くと、面白いように華奢な躯がしなった。
「……ん、なのっ…。…お前こそッ…」
「――…俺?」
 聞き返すのと同時に、ペロリと耳朶に悪戯を仕掛ける。
「ッ、〜〜〜!」
 翻弄されるだけの身が悔しくて、キッと睨み付けてくるその視線すらも艶やかで。
「っ、て……お前ッ、結構……つき合ったり…――ぁ・やっ」
「ああ――まァな」
 つき合っていたコトは確かだが、単純に恋愛とかいう事柄がどういうものか、探求心が騒いだ。それだけだ。
 別に名目上恋人関係を結んだ相手に好意があったワケでも無ければ、十代らしい肉欲が刺激されたワケでも無い。
 相手から余りに執拗に迫ってくるものだから、断るのが面倒になったのと、それほど恋人のつき合いが楽しいのかという、純粋な興味故の結果だ。
「けど、――…こういうのは全部兄貴が始めてだぜ?」
 甘えるような響きで、懐いてくる。
「……祐希…」
「兄貴も、ハジメテだろ?」
「…ウルサイッ」
 余計な世話だとばかりに、拗ねてみせる兄が愛しくて、祐希は胸に這わせた掌――指先で尖りを探ってぐりっ、と捏ねた。
「っ、〜〜〜」
 続けざまに二、三度捏ねて回し、立ち上がったそれを潰さぬように先端に軽く指の腹をあてがって、クリクリと回転させた。
「ゆ――き、ソコ、やッ……」
 ゆるゆると襲ってくる快感の波――それを、そうなのだと理解する事も出来ずに昂治は始めての感覚に戸惑って、声を震わせた。
「――…怖がんなよ、兄貴」
 大丈夫だから、と、脅える子どもを宥め賺すように囁いて、そっと首筋を吸い上げる。
「――…っ」
 チリッとした鋭く甘い痛みに、眉根を寄せて耐える昂治。
「優しく…する」
「祐希…」
 すっかり乱暴者が板に付いた弟の声が、酷く穏やかで、けれど欲に濡れて熱くて。
 切なく――兄の胸を突いた。
「! ゆ、ゆうっ…き、ヤダッ、どこっ…」
「…いいから」
 ただでさえ病魔に蝕まれた躯は、見た目よりも随分衰弱してしまっているのだ、決して祐希は急がなかった。
 今すぐにでも、猛った想いで愛しいひとを無茶苦茶にしてしまいたい、そんな衝動が巡るのを兄の身を案じて制する。
 見境のないように見えて、弁えるべき処は控える性質は躾の良さ、だろうか。
 下肢に伸びた指先が衣服の上から過敏な場所を撫で上げ、昂治はびくりと悶えた。
「……やだっ…」
 か弱い抵抗を物ともせず、貪欲な獣は局部への愛撫の手を激しくした。
「ぁっ…」
 薄い布越しに、形を確かめるような仕草。
 指の腹で時折強く擦り上げられる刺激に、脳髄が痺れるような官能を覚える。
「――…もっと感じろよ」
 意地悪く言ってのけて、祐希は胸の尖りを舌先で舐り始めた。
「やっ…!」
 上下同時に与えられる淫らな感覚に、無垢な少年の躰は翻弄されるばかりで。絶え絶えの息の下、ひたすら否定の声を上げるのが精一杯だ。
 丹念に中央の弱い場所を攻め続けていると、左右に割られた綺麗な足が痛々しいまでに震えながら、両足を閉じようと必死の動きを見せた。
「……閉じるなよ、アンタの恥ずかしいトコ全部みせちまえ」
 無論、合間には間断無い快楽を与えてくる張本人が陣取っており、更に大きく足を開かされる結果になって、昂治は涙目で無体な弟を睨んだ。
「……ばかっ!」
「――そんな可愛い事言ってると…こうしちまうゼ?」
「っ、……!!」
 羞恥に頬を染め、脅えた兎のように両眼を真っ赤に染めながらの悪態など、逆に誘っているとしか思えない。
 兄の媚態に一層情欲を駆られた祐希は、素早くズボンの前をくつろげ、その隙間から下着の中へ、直接、花芯へと腕を伸ばして握り込んだ。
 すると、その中心は先走りでぬめり、哀れな程に震えて――熱さを伝える。
「――…濡れてんじゃんか、兄貴、意外と…ヤラシイんじゃねぇ?」
「〜〜〜〜っ、な、ことっ…アァッ!」
 快感に打ち震える陰部を存分に揉みしだかれて、一際高く喘いでしまう。
「すっげ…どんどん溢れてくるぜ…」
「……や・いう…なァっ…」
 昂治の敏感になった場所はまだ衣服の下で、直接陵辱者の視線に晒されてはいない。祐希は感触だけで獲物の状態を愉しんでいた。視覚を遮られる分、指先がよりリアルに感覚を捕らえられる。
「……もう、ぐしょぐしょだぜ。兄貴」
「〜〜〜っぅ…」
 嬲る言葉に煽られて、ますます昂まってゆく自身を感じて、昂治はいたたまれぬ心地であった。
「今、どーなってンのかな、ココ…」
「ァっ、…ダメッ……!」
 先端の窄まりを、グリッと抉るように弄られ息を詰める兄に、祐希はいたく満足気だ。
「……あんま、ソソル声だすなよ? 兄貴。
 ――…我慢キかなくなっちまうだろ…?」
「……ん・なコトっ……! …くぁ、ン…ぁは…」
 兄のあられもない嬌態に誘われるように、雄の本能を剥き出しにした少年は容赦無く中心を攻め続ける。
 その愛撫の手は、そう、目覚めたばかりの性に相応しく興味心と好奇心、それに血気盛んな欲望で満たされていた。
 性交の相手である兄の見せる、艶やかな表情が堪らなくて、それだけで達してしまいそうだ。もっと、もっと――と、飽くなき欲求が迫り上がってくる。
 とろとろと、蜜を溢れさせる場所を祐希は片手で犯し続けながら、兄の恥辱に耐える顔を、男の目をして視姦するのは、天賦の才に恵まれた弟――。
「――……や、だ。…もぉっ…ァ」
「…あぁ、一回イッちまぇ」
「や、ひ…アァ・ぁ……ァァっ!!」
 限界が近いのか、細い腰を戦慄かせて悲鳴を上げる可愛らしい獲物に、陶酔を感じながら祐希は愛撫を激しくさせた。明らかに遂情を目的とした動きに翻弄され、昂治は呆気なく果てた。

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 『M−03』に感染した者達を完全隔離する為に閉鎖された空間、そこは、複雑なプログラムで厳重にロックされていた。
 とはいえ――致死率百パーセントの謎の奇病に、好きこのんで伝染りにゆく物好きもおらず。隔離区画への出入り口は、見張りを立たせるでもなく、警戒の全てを電子ロックで賄われていた。
 危険から――特に生命を直接脅かすような非情なものを前にして、生物は本能的に逃避行動をとる。その行動は至極まっとう、殊更おかしな事など何一つ無い。
 よって、M−03感染区画に通じる通路、その周囲は閑散として人の気配は微塵も感じられなかった。
 そのような場所――死の香りで満たされる毒壺の傍へと、わざわざ足を運ぶ奇特な者が時には存在するもので。
 利発そうな翡翠の瞳に混沌の陰りを抱き、灰褐色の癖っ毛を疲れに乱す姿の、少年。
 黒の戦艦リヴァイアス――…子ども達だけの、歪な理想郷。
 その、統治者たる尾瀬イクミ、その人だ。
 時刻も深夜という事も相まって、他に人気は無い。
 たった一人で、尾瀬は感染者区画への扉へと向かっていた。

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壊れた 人形ヲ


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「………」
 何ら異常を認めない光景に、非情なる支配者は迷わず電子ロックの確認をする。
「……やっぱり、な」
 極短い操作を終えて、尾瀬は投げ遣りになりその場に腰を下ろした。
(……祐希を、アイツを失うワケにはいかない。どうあっても――…)
 現在、リヴァイアスの守護を担うVG、その操縦は実に複雑で選ばれた者にしか可能では無い。選出されたパイロットの中でも、相葉祐希の実力は折り紙付きで、咄嗟の機転や戦闘センスは得難い才能だ。なんとしても、なにを犠牲にしても……彼を失うワケにはいかないのだ。
(例え――)
 しかし、相手はあの反抗期真っ盛りといったお子様だ。全うな説得などに耳を貸すとも思えない。いざとなれば、実力行使も辞さない覚悟を固める。
(――…例え、昂治を……)
 一度堕ちた修羅道だ。
 救済など、もう……信じていない。
 信じられる程――…そこまで、無恥じゃない。
 もう沢山だ、と、悲鳴を上げる心を感情ごと殺して――無数の痛みを抱える、優しく残酷な支配者は、薄暗い天井の灯りに照り返す無機質な床の鈍い輝きを見つめていた。
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キレイに 壊シテ


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 他人の手で迎えた絶頂は肉体を気怠くさせていた。
「………」
 放心して四肢を力無く投げ出す兄に、無体を働く弟は心配そうに声を掛けた。
「…兄貴、平気か…?」
 羞恥に潤む空色からは、また一筋、涙がこぼれ落ちた。
 その跡を優しく啄んでやりながら祐希は、更なる行為へと及んだ。
「カラダ、キツいんじゃなきゃ…続きヤるぜ?」
 応とも否とも、昂治からは返答は得られぬが構わず、雄は己の内に燻る猛りに任せて兄の華奢な躯を拓かせた。
 ぐい、と。
 既に一糸纏わぬ姿となった兄の、真白く可憐な下肢を左右に割り広げ、いまだ激しい快楽の余韻に震える場所をそっと、舌先でつつく。
「〜〜ッ!」
 余りに露骨に与えられる生々しい感触に、喉を鋭く鳴らして昂治は正気に還った。
「ぁ…――、や、ヤダっ! はなせよ、ばかっ!」
 ジタジタと暴れて恥ずかしがる反応が愉しくて、祐希は更に行為をエスカレートさせる。 真二つに広げた足を膝立させ、それこそ、全てを晒けだす状況を作り出して、暴かれた後孔に昂治自身が放ったぬめりで濡れた指を這わせた。
「すっ…げぇカッコ。前、どんどん溢れてくるし、後ろも丸見えだぜ…」
「や、……も・ばかっ…ァ!」
 自身で吹き上げた蜜にそぼ濡れる花心を口腔に導かれ、昂治は言葉を失う。
 思わず耳を塞ぎたくなるような、嬲る音の卑猥さ。
 粘着質な柔らかさに包まれて、丁寧に、執拗な愛撫を繰り返される。
 ――…もう、何も……考えられなかった。
 最早抵抗の意思すら無く、昂治は白濁の精を吐き出した。
「……っ…ひぁ…」
 吐精の余韻にビクビクと震える内股を小気味よさそうに見やって、祐希は項垂れる花心の残滓を絞りとるようにして、根本から吸い上げた。
「ひ・ァ……アっ!」
 強すぎる快感に霰もない矯声を上げ、白皙の肌を桃色に染め上げた少年は、堪らず頬を濡らした。
「……まだこんなの序の口だゼ、兄貴」
 もう嫌だと、泣きながら首を横にする姿は幼く、実に可愛らしいが。ここまで来て己の欲望を抑えられるかと問われれば、否、だ。
 まだ何一つ手を加えていないにも関わらず、兄を攻めるだけで充分に硬化した雄の主張が、もう痛い位に張りつめているのだ。
「……ゆ…ぅきっ…、も・や…」
「――…悪ぃな、ムリ」
「……ぇ? あ、ヤッ・やだっ!」
 断定的な口調で返されて、その意図を汲み取るのに惚ける獲物の、その隙を狙って祐希は後ろの窄まりを無遠慮に指で犯した。
「……や…、やっ……ァ…」
「――…やっぱ、キツな…、ココ」
 性的な経験が一切無い兄の肉体が拓かれていないのは、予想していた事だ。健康であれば無理に割り入る真似も考えなくは無かったが、病の事を思えばそれも躊躇される。
「………」
 抜き差しならぬ状況に思案する無体なお子さまは、ふと、同僚の言葉を思い出し懐を探った。
「兄貴、悪い。一度抜くぜ?」
 内側からの、それこそ信じられないような場所からの圧迫感に、もう息も絶え絶えだった昂治は、解放を望んでコクコクと弱々しく頷いた。
「く・ァぁあっ!」
 指が引き抜かれるのと同時に、内蔵を根こそぎ引きずられるような苦痛に、少年は悲鳴をあげた。それは、濡れた色を感じさせない純粋な痛みのだけのもので、流石に無茶な略奪者とて不安に眉を潜めた。
「……ゴメン、兄貴…」
 額に浮かんだ脂汗を脱ぎ捨てた自分のシャツの裾で拭ってやりながら、祐希は絞り出すように告白した。
「でも、……マジで止まんねェんだ」
 劣情に駆られた少年は、その手に可愛らしい色彩のチューブを取りだして、その中身で己の掌をぬめらせる。
「……んッ」
 タップリとローションに濡れた両手で前で震えるソレを包み込んでやると、一瞬、思わぬ冷たさに昂治は身を竦ませた。
 腹立たしい程に用意の良い同僚がいう催淫効果が如何ほどのものか判らぬ為、祐希は十二分過ぎる量を花心に塗り込んでやる。
「……は・…っァ…」
 そんな行為に甘い感覚を呼び覚まされて、一度は身を引き裂かれる苦痛に縮こまっていた分身がゆっくりと熟れてくる。
「……ん、祐…希ぃ」
 緩やかな快感だけを与えてくる動きに思わずつられるようにして、昂治の腰が淫猥にゆらめいた。
「…兄貴」
 様子を窺うように穏やかな愛撫の手を加えていた祐希だったが、すっかり理性を飛ばした兄の媚態に、満足そうに欲に侵された群青の対を細めた。
 この分なら――と、後ろの蕾を指先で探り、チューブの口をグッと押し込んで――、
「! ――…やっ!」
 中身を全て、兄の秘孔へと絞り出した。
 当然その多くは含みきれずに蕾の周囲を汚すが構わずに、兎に角チューブの中身を空にしてしまう。そして、嫌がる声には応えず、祐希は零れたローションを掬っては押し込む行為を繰り返した。
「……っ、あ、ァん…、やだっ……そこ・やぁっ…!」
「足開けよ。……準備しねェと、痛てェのは兄貴なんだからな」
「〜〜…っ、ぅ」
 閉じかけた両足をこれ以上ない程に割かれ、容赦の無い行為を繰り返す酷な弟に翻弄され、昂治は身を灼く羞恥を感じていた。
 幾度も己の後ろを行き来する指先には、生理的な嫌悪すら覚える。得体の知れないぬめりは全身をベタつかせて気持ち悪いだけだった。
 ――…なのに、
「――…っ、!」
 全身の熱が、今以上に上がってゆくのを自覚して昂治は目を見張った。
 奇妙なぬめりを感じる場所が、じわじわと痒みにも似た耐え難い感覚に襲われてゆく。
「〜〜〜っ、ぁ、ぁっ」
「へぇ…」
 やがて内部をかき回す指の動きだけで甘い響きを声に滲ませる兄の変化に、黒の毛並みの肉食は、舌をなめずった。
「……や・いやっ、あ、ァっン」
「効いてきたみたいだな、いい具合に解れてきた……」
 呼吸するかのように、ひくひくと喘ぐ窄まりの部分に二本目、三本目と指を増やして、様子を窺うが、一瞬衝撃に息を詰めてはみせるものの、先刻のように苦痛で蒼白となる事は無い。
 それどころか――…明らかに、乱暴な弟の指先で悦楽を覚えているようだ。
 いい加減、充分に熟れた頃を見計らって祐希は、内部をかき回していた指を抜いてすっかり熱くなった分身を、秘口へとあてがった。
「……いくぜ、兄貴」
 既に意識を飛ばす昂治からの返事は無いと、判っていても一応の伺いをたて、祐希は怒張しきった己で兄の肉体を貪り尽くした――…。

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 事が済んで、最早指先すら己の意思で動かすこともままならない兄の、精と汗にまみれた躰を清めてやりながら、流石の傍若無人なお子さまとて少々バツが悪そうにしてた。
「……悪かったって言ってるだろ」
 非難の色が籠められた眼差しに射すくめられ、祐希は不貞る。
「そりゃ、無茶したけどよ。兄貴だって……悦かっただろ?
 後ろだけで二回もイッたくせに、被害者面すんなよな」
「〜〜〜〜ッ!!」
 途端、カァッと耳裏まで赤くなって、涙に濡れて充血し切った瞳がキツクなる。
 喘ぎ過ぎで声が掠れていなければ、今頃、罵詈雑言の嵐であった事だろう。
「…ったく、そういう可愛い顔してっと、またツッこむぜ?」
 しかし、情事の後の気怠さを纏って、尚かつシーツに裸身をくるんだだけの据え膳状態で凄まれても、更なる行為を誘発させるだけだ。
「!!」
 赤い顔のまま硬直してしまう兄に、祐希は上機嫌で、その薄紅に染まる膚を水で湿らせたタオルで拭ってやる。
「何、マジにとってんだよ。するわけねェだろ。
 流石にこれ以上は兄貴がブッ壊れるからな」
 それに――…、
 と、実に愉快そうに乱暴者のレッテルを張られる少年は、付け加えた。
「折角、恥ずかしいの我慢してキレイにしてもらってもよ、直ぐ汚したんじゃ意味ねぇもんな?」
「〜〜〜〜〜ッ、〜〜〜〜!!!」
 ぱくぱくぱく、抗議の声を上げるが、無論、音には成らない。
「っ、クククっ、あっはははは」
 そんな実兄の、いっそ間抜けな抵抗の必死さが可笑しくて、祐希は床に突っ伏して笑い転げてしまうのだった。

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 ウィ…と、静寂を乱す微かな異音に、孤独を抱えるように蹲っていた影は、闇に膿んだ翡翠をゆっくりと持ち上げた。
 見覚えのある赤のジャケットを確かめて、壁際から、一歩踏み出した。
 気配を絶っていた訳でも無いので、当然ながら、向こうも此方に気付いたようだった。
「……尾瀬」
 硬質な黒髪を無造作に後ろで束ねるだけのスタイルが、野性味を増し、見栄良く思えるのは、整った造作故か。
 光の加減で群青に煌めいてみせる眼差しは、今は、ひたすらに黒に染まり。驚きに大きく見開かれていた。
「――…何をしていた…、なんてな。野暮な詮索はやめとく」
 共にリヴァイアスの覇権を握る少年へ、煉獄の狂王は死人の如き顔色で表情も無く、淡々と語る。
「………」
「今回までは見逃す、けれどこれ以上――お前の勝手を黙認する事は出来ない」
「――…知らねェな」
 偽りの王国を統治する静かなる覇者の迫力に怯む事なく、祐希は短く吐き捨てた。
「……祐希。
 判っていると思うが、お前一人の問題じゃないんだ」
 口調に感情による乱れは無く、あくまで淡々としていた。
「………」
「お前の勝手で、艦の全員を道連れにする気か?」
 しかし、静寂であるからこそ内に秘められた想いの、その激しさは浮き彫りになる。
 薄暗い照明と、頼りない光に照らされる床と、天井。
 黒の棺の中の、灰褐色の世界に対峙する、少年達。
 暫しの沈黙、そして均衡を破る、黒髪の非凡なるエースパイロット。
「――…いいんじゃねェ、それも」
「…祐希…」
「どう転んでも、この艦に未来はねェ」
「………」
「このまま感染症で全滅するのが先か、物資が尽きるのが早いか――」
 挑発的な閃きで他を圧倒する黒の対が、不意に、切なく歪んだ。
「……その前に、敵の攻撃で艦ごと宇宙の藻屑となるか…だろ?」
「………」
 尾瀬に、反論の声は無い。
「…好きにやるぜ、俺は」
 言葉も無く黙り込んだ最高権力者を横目に、荒削りな魅力の少年は言い捨てて、その場を後にした。

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壊れタ 人形を 愛シテ


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