闇魔神の力を封じる為の鍵となる七賢者の英知秘めたるオーブは、それぞれの所縁の地に。
著名な占い師である男の託宣の通り、今までの旅を擬えてゆけば、常人の目には決して映らぬ光の球が、ひそやかに輝いていた。危惧されたラプソーンの妨害も無く、寧ろ不気味な程順当にオーブを集め終え、所謂――最後の戦いを控えるばかりとなった。
普段は無駄遣いに口煩いパーティのサイフ係が最近は羽振りも良く、無礼講状態。酒も食事も旅の当初からは想像もつかない程の自由を許され、毒々しいネオンが忙しない点滅を繰り返すカジノの街の夜は更けてゆく。
a token of love
享楽の街ベルガラックでは、金こそが力であり、正義そのものだ。
世界一の規模を誇る地下カジノの人間に、カジノ丸ごと買い取れる額を渡しているだけあり、トロデ王も馬姫も特にスタッフから見咎められる事は無い。また、出入りする客もトロデ王や用意された上質のシーツのクッションの上に膝を折る上品な白馬の様子を一瞥するものの、騒ぎ立てる者は一人もいない。不可侵――、それが闇を生きる者達の掟だ。
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「何よ、ククール。機嫌悪いじゃない?」
充分に熟れた女のカラダにあどけなさを残す顔立ち、少々の我儘もご愛敬なツインテールの少女が、チェリーカクテルのグラスに桜色の口唇で接吻を捧げながら、仲間である銀髪の聖堂騎士へ揶揄りの言葉を投げ掛けた。
「…別に」
好きに浪費して良いと許された額はかなりのものだ。享楽的でギャンブル好きな不良騎士には絶好の機会だろう。これ幸いとばかりに羽を伸ばしていてもおかしくないのに、手持無沙汰に壁際に凭れかかっている姿に違和感を覚え声を掛けた少女――、賢者の血を継ぐ魔法使いゼシカ嬢は目を丸くした。ギリギリのラインを描く際どいバニースーツにバニーバンドという自分の格好を目の前にしても、こんな不貞腐れた態度のままとは珍しい。
「なによ。本当にご機嫌ナナメね。どーしたの?」
壁の花状態の麗しい顔立ちの青年の傍に寄り添うようにして、ゼシカは肩を竦めて見せる。気障で白々しい科白と態度で道化を演じてみせる聖堂騎士の胸の内を覗ける機会など、滅多に無い。そしてそれは、何よりも仲間として信頼された証でもある。少女はいっそ誇らしげな心地で尋ねた。
「…別に」
先程と全く同じ言い草に、オレンジのツインテールがキュートな少女は、愛らしく微笑んだ。
「本気でイジけてるなんて、めっずらしいんだ。
何よ、とうとうエイトにヤられちゃったとか?」
「!!?」
分かり易く顔色を変えるククールに、ゼシカは小悪魔っぽい魅惑的な表情で微笑んだ。
「そんな驚かないでよ。本気でヤられたかと思うじゃない」
「……ッ! って、え、はっ??」
酸素を求める魚のように動く薄い唇からは、意味を成さない言葉の羅列だけが滑り落ちてくる。愛らしい外見からは想像のつかない火力の魔法を操る少女は、躊躇えるククールの様子を小気味よさそうに眺めて、グラスに口をつける。
「ッ……、な、っ、 なんで…!」
漸く絞り出した疑問に、ゼシカは事も無げに答えた。
「エイトから聞いたもの。てーか、普通そういうこと言わないわよね。
アイツ、アタシに思いっきりカミングアウトした上で、いけしゃあしゃあ恋愛相談よ。
肝が据わってるっていうか、大物っていうか、ヘンタイっていうか。ホンット、アホよね」
「……ッ、あ、ンのバカッ!!」
無駄に麗しく整った容姿の騎士は真っ赤な顔で盛大に舌打つが、心底嫌がっている様子は無い。あの腹黒リーダーの完全な一方通行とばかりと思っていたが、どうやらそうでも無いらしい。
「で、どうしたの? 言いたく無いなら無理に聞くつもりはないけど」
「……大した事じゃ、ねぇけど…」
拗ねた口調がいっそ可愛らしく、ゼシカは桜色の唇で優しく笑みを形作った。
普段の二枚目を演出する聖堂騎士としての姿よりも、年不相応に不貞腐れて見せる子どもっぽいククールの方が、互いの背中を護り合う『仲間』として、ゼシカにとっては好ましかった。箱入りで世間知らずな王侯貴族の淑女相手ではあるまいし、頭のカラッポな女と同等に扱われるのは腹立たしい。
「アイツが、何考えてンのか…わかんなくて、 」
「…結構単純明快だと思うんだけど。
アンタの事しか考えてないわよ、アイツ」
「………」
バカだから、と付け加えて笑い飛ばすゼシカに対して、応とも否とも答えず微妙な表情を浮かべ、真紅の聖堂騎士の団服に身を包む清楚な騎士は黙って俯いた。
「…それ、ホンキだと思うか…?」
「本気でしょ? アレで嘘だったら、逆に大したもんだわ。
アイツってああ見えて結構冷静でしょ? 常に大局を見失わないっていうのかなー。
けど、アンタの事になるとからっきし。恋は盲目ならぬ、恋は猪突猛進って感じ?」
「………」
バニースーツから伸びる剥き出しの足を組み直して、ゼシカはケラケラと明るく笑った。まるで、向日葵の花のように傲慢なまでに明朗な少女の存在感に、ククールはほんの少しだけ心が軽くなるのを感じて、ひとつ、息をついた。
「…悪い。レディに心配かけるなんて最低だよな」
「アタシは何時ものキザオよりこっちのが好きよ」
「――…全く、最高のレディだ」
「あら、今知ったの?」
カクテルグラスに残った表面の艶と張りが瑞々しいチェリーにキスをしながら、ゼシカはウィンクをキメてみせる。そんな魔法使いの少女に対して、ククールは本格的に降参の白旗を振った。負け戦と分かり切っているのに実の無い抵抗は無様なだけだ。
「…カッコ悪いついでっていっちゃんなんだが。その…、さ」
「ん?」
「アイツ、…。まぁ、俺にスキだなんだってのは知ってるんだろうけど。その――…、さ。
あに…、 ……マルチェロの奴にも、…言い寄ってるらしいんだけど、…さ」
「…… は?」
さくらんぼの種を口の中でころころ転がしていたバニー姿の少女は、意外過ぎる告白に呆けたように左側の青年を見返す。パチリと愛らしい瞳は今は驚きに見開かれている。それはそうだろう。まるで阿呆のようにククールに惚れ抜いている分際で、その実の兄であるマルチェロへ懸想しているなどと、それもこの聖堂騎士団のツートップとも言うべき兄弟の仲は最悪の一言に尽きる。
「……それ、 マジ …?」
「――…ああ。本人が言ってたし、な」
「ばッ……、カじゃないの! アイツ!!」
流石に人目を気にしたのだろう、大声で叫んだりはしなかったが、潜めた声に思い切り力を込めてゼシカは頭を抱えた。バカだ。しかも終末的な大バカ。美人と見れば見境無く口説き文句を並べ立てる様子から、軽薄な軟派男のように誤解されがちだが、水連の華のような青年は意外に真面目で潔白だ。言葉遊びの延長で女性へ次々と声を掛けるが、実際の『行為』にまで及ぶ事は皆無。どちらかと言えば、ククールの恋愛癖は家族の――母親の愛情の面影を探してのものなのだろう。
「何よそれ、不誠実! いい加減! さいッてい!!」
「…だろ? だから、…信じられねェ。アイツが本当にホンキなら……」
拒絶以外の選択肢もあったと、思う。
そう力無く続ける綺麗な横顔に滲む哀愁に、童顔巨乳という犯罪的な可愛さの魔法使いは、きゅぅんと胸が締め付けられた。何と言うか、還る場所も行く処も無く彷徨う仔猫の、雨に打た濡れるばかりの黒い瞳に見上げられた時のような心地だ。衝動的に思い切り抱き締めたくなるのを、ゼシカはどうにか抑え込んで、キッと強い感情を込めた視線を上げた。
「ホンットに最低ねー、アイツ。いいわ、ちょっと探り入れてみる」
「――…え、ちょッ…」
「だーいじょうぶ。ククールの名前は出さないから。
元々、恋愛相談とか受けてたんだし、最近どうよ、って聞けばいいだけよ」
急な展開についてゆけない聖堂騎士の戸惑いなど一切構わずに、可憐に凶悪な賢者の末裔は、任せて、と一方的に言い残して、凛々しい後姿で立ち去って行ったのだった。
ゼシカ嬢はいい女だと思います
世間知らずでわがままなところも
彼女の長所だと思います
あのばくちちも彼女の武器だと思います(笑)
今回はエイトも出てこないし、オマケ的ですね
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