ベルガラックの跡目争いの決着がつき、結果としては、全てが丸く収まった形で。今回の事に協力した一行も大満足であった。無駄な争いは止められ、カジノは再開し、おまけに報奨金代わりのコインまで受け取ったとあっては、逆に出来すぎで何処かに落とし穴でもありそうだ。
「カジノのコイン600枚よ! 600枚!! 太っ腹〜」
 嬉しそうに弾んだ声を出すのは、ギャンブルにはとんと縁が無い、地方の名士の令嬢だ。
「いやぁ、人助けはいいもんでゲスな〜」
 つられるようにして、ほくほく顔のヤンガスが、ね、アニキ? と、エイトを窺う。
「そうだね。それじゃ、このコインはひとまず僕が預かるよ」
 にっこり。
 虫をも殺せぬような顔をして、横暴な一言を放つ少年に、最も声高に抗議したのはイカサマギャンブルを得意とする、不道徳な聖堂騎士の青年だ。
「はぁ!? ちょっと待てよ! ここは山分けだろ!?」
「ダーメ。600枚しかないんだよ。山分けにしたら、あっという間に無くなっちゃうだろ。元手を増やしてからだよ。十倍にしてみんなに分けてあげるから、楽しみにしててよ」


ベルガラックの夜



 ――随分と自信たっぷりに言い切られて、貴族や王族連中から、その美貌を好まれる秀麗なる騎士は挑みかかるようにエイトに詰め寄った。
「っほぉー、結構な自信だな。んなこと言ってるけど、ド田舎の城のお坊ちゃん近衛様なんざ、ケツの毛まで毟り取られるのが関の山だと思うぜ」
「……ククール。折角、美人なんだからケツの毛とか言わない」
「うるせー、俺がどういう言葉遣いだろーが、お前には関係ないだろ。エイト」
「…そういうとこも、キライじゃないけどね。ま、とりあえず黙って見ててよ。退屈なら外で時間を潰してきてもいいけど。一時間で、100倍にしてみせるよ。みんな、どうする?」
 最近、やっと名前を呼んでくれるようになったなー、などと。ほんの少しの変化に呑気な幸福感を噛み締め、エイトは気負うでもなく、あっさりと大きな約束をしてのけた。
「そうねぇ…、エイトがどうやってコイン増やすのか興味あるけど。んー」
 瑞々しいサクランボのような唇に人差し指を寄せて、向日葵の花を思わせる少女は、目端に揺れる絹糸のような銀色をくいと引いた。
「ん? どーしたんだい。ゼシカ?」
 いつになく気障ったらしい言い回しで応えてくる麗しの聖堂騎士に、ゼシカは小首を傾げた。
「ねぇ、ククールはどうするの?」
「あ? 俺はエイトの奴が無様に負けるトコ見物してやろーと思ってるけどな。なんだ? どっか行くから俺についてきて欲しいって? しょーがないな、子猫ちゃんは」
 わざとらしく長めの前髪を掻き揚げて、綺麗な顔立ちを強調する刹那的な美貌の持ち主。黙って立っていれば、それこそ絶世の美しさに故に老若男女構わず惑わせる魔性の青年からの熱烈なアピールをしかし、気の強さが魅力的な魔導士の少女は笑顔でスルーした。
「ククールがここにいるなら、私はホテルの催事場に行ってくるわね。西域からの来たっていう、行商の人たちがお店やってるって聞いたのよ。珍しいものがあるかもしれないから、何か掘り出しものがあったら買ってもいい?」
 基本的にパーティの資金はエイトが管理している。一応、エイトはトロンデーンの臣下であるが、王族生まれの王宮育ち、ドルマゲスの呪いを受けるまで一国の支配者として君臨していたトロンデーン王に、限られた資金を遣り繰りするという芸当が期待出来るはずもない。よって、一行のサイフの紐はエイトが握っているのだ。
「うん、いいよ。でも、あんまり高いのは一度相談してから買ってくれるかな」
 そう断って、エイトは大金である五千ゴールドを少女へ手渡した。
 各地の魔物を倒し、そこから得られる牙や皮、種類によってはその肉が高級食材として高く売れることもある。後は、錬金釜を利用しての素材と出来上がった品の差額で儲けを出して、旅の資金としていたが、決して裕福な旅行きではないのだ。
 暗黒神の呪いによって国を滅ぼされたトロンデーン王とミーティア姫、そして従者であるエイトは、旅に必要な資金を国庫から掻き集めて国を後にしたが、それも無限ではない。
 直ぐ後に旅に加わったヤンガスは山賊を生業にしているだけあり、ほぼ、無一文だ。土地の名家の出身でありながら、リーザス村から家出当然に飛び出したゼシカも、旅の資金は間に合わせ程度だ。マイエラ修道院から、院長の敵を討つためと旅に同行した深紅の騎士も、身支度を整える程度の金額しか用意されていなかったらしく、旅を続けるにあたっての資金は目減りする一方だ。なんとか遣り繰り出来ているのは、一重にパーティのリーダーであるエイトの努力の賜物だろう。
「オッケ。じゃ、いくわよ。ヤンガス」
「え? アッシでゲスか!?」
 エイトという少年に命を助けられてから彼に心酔する元・山賊の男は、まさか自分に話が振られるとは思ってもなく、仰天してみせる。
「なによ、不満なの?」
「アッシは常にアニキの傍にいるでガスよ。一人がイヤなら、ククールを連れて行けばいいでゲス」
 腰に両手を当て、不満そうに背丈の小さな男と目線を合わせるゼシカ嬢は、ヤンガスの言葉に、両手を挙げた。
「イ・ヤ・よ。一緒に行っても、西域のキレーな()口説いて回って買い物になりゃしないわ。いいから、さっさとついて来る。ぼやぼやしないの。重たい鎧とか、剣とか。私一人で運べるわけないでしょ」
「……そういうことでゲスか」
 見目の良い深紅の騎士ではなく、自分を誘った理由が『荷物持ち』だと悟って、ヤンガスは不承不承従った。いくら性格に難があるとはいえ、ゼシカも女だ。細腕に大荷物を運ばせるとあっては、男として甲斐性が無さ過ぎるというものだ。
「おいおい、俺はそんなに頼りにならないのか? 心外だなぁ、ゼシカ。そこの筋肉ダルマより、よっぽど役に立つと思うぜ」
 そんな二人の遣り取りに横槍を入れる眉目秀麗な騎士に、ゼシカはにっこりと棘のある微笑みを返した。
「いいから、ついてくんな。ボケ」



「なーに、ショゲてるのさ。いい加減元気だしなよ」
「…ほっといてくれ…」
 聖堂騎士団随一の色男であるククールにとって、女性を口説き落とすのは生き甲斐であり、存在意義でもある。それだけに、その手腕に自信もある。今までなかなか心を開いてくれない手強いレディも確かに存在した。存在したが、可憐な笑顔であそこまで抉る言葉を吐かれたのはハジメテの体験だった。少なからずショックを受けたらしいククールが石化している隙に、サッサとゼシカはカジノを後にしている。
「ったく、普段飄々としてるくせに…。意外と打たれ弱いよな、ククールって」
「…ウルサイ」
 反論する言葉にも力が無い。
 ルーレットの席について男らしく一点賭けを行う童顔の少年の後ろで、稀有な銀糸が繊細な容姿に映える青年は、この世の終わりのように落ち込んでいた。
「…全く。黒、12。500枚」
「あんなに可愛い笑顔で…。この俺の魅力があそこまで通じないなんて…、手強いにも程があるぜ、ゼシカ」
「そりゃ、今まで君が落としてきた女の子と一緒にしちゃ、逆にゼシカに失礼だよ。ゼシカは大切な旅の仲間だし。それに、なにより彼女には仇討ちっていう目的がある。色恋にうつつを抜かしてる場合じゃないんだよ。きっと」
「あー、わかってねェなァ。エイト。そういう殺伐とした道中だからこそ、潤いが必要なんだよ。潤いが。恋はいいぜ、恋は」
「ハイハイ。赤、25。500枚掛ける」
「お。なんだよ、そのどーでも良さ気な態度は。お前、そんなだから乳臭いまんまなんだぞ。どーせまだ童貞のまんまだろ?」
「そういうククールはどうなのさ。赤の7。500枚だ」
 どん底まで落ち込んでいたくせに、漸く立ち直ったと思えば、妙な絡み方をしてくる深紅の騎士服もよく似合う美麗な青年を軽くあしらいながら、エイトは黙々とコインを増やしてゆく。
「はんッ、俺様の武勇伝を聞きたいってか? まぁ、聞かしてやってもいいが、お子ちゃまには、ちーっと刺激が強すぎるかもしれねーぜ?」
 己自信に陶酔するかのような立ち振る舞いに、エイトはこっそり溜息を吐いた。黙っていればそれはもう、文句のつけようが無いほどの美形なのに。どうしてこうも口が悪いのか。しかも、それも彼の魅力の一つだと受け取ってしまうから、尚更タチが悪い。どうしてこんなのに――、
「お? なんだ、もう止めるのか?」
 随分手元のコインを増やしたエイトは、それをカジノで無料貸し出しされているコインボックスに全て詰め込み、ニッと人の悪い笑い方をした。
「まさか、ここからが本番だぜ。1000倍にしてみせるから、みとけよ」
「……ッ」
 主君であるトロンデーン王や、己を無条件で慕ってくるヤンガス、そしてパーティの癒しでもある紅一点ゼシカの前では、決して見せない裏のある笑顔。自信に満ちた口調。一瞬、その急な変化に目を奪われて、ククールは声を詰まらせた。
「……そりゃ、楽しみだな。その自信顔が泣きっ面にならなきゃいいがな」
 ほんの瞬間の出来事とはいえ、普段見慣れた少年のソレに見惚れてしまった自分が悔しくて、思わず憎まれ口を叩けば誰に向かってそんな台詞を、と鼻で笑われる。
「ククールが後ろでイジけてる間に、コイン、幾らになったと思ってるんだ」
「……? 幾ら、って」
 そういえば、黒だとか赤だとか、ルーレットで勝っていたような。賭け続けていた様子なので、始めた最初より減っていることはないだろうが。
「6000枚、とか?」
「ブブー」
 面白がるようなそれで、エイトはチチチ、と舌打つ。
「三十万、だよ。ま、これからガンガン増やすけどね」
「はァ!?」
「500コインルーレットあるだろ。300万にはしてみせる。俺、強運なんだぜ」
「………化け物かよ」
 すっとんきょうな声を上げるククールの前で、爽やかに黒い笑顔を見せるリーダー。彼の得体の知れなさを今更ながら実感して、空恐ろしさすら感じる聖堂騎士だ。
「……グリンガムの鞭、それに、祈りの指輪も欲しいからね。余ったコインは換金も出来るから、これで旅が楽になるよ。みんなに少しでも贅沢させてあげられるし、ね」
 基本的にパーティで得た資金は半分を旅費にかかる雑費として、残りは五等分して配分されている。しかし、それは決して十分な量とは言い難く。各自で生活必需品を購入すれば、直ぐ尽きてしまうような微々たるものなのだ。
「……金はあるに、こしたこたーねーけどよ」
 鷹揚に両腕を組んで何処か納得がいかなない様子でいるククールに、そういえば、とエイトは背後の綺麗な青年を振り返った。
「ククールって、よく酒場に顔をだしてるよね」
「あ? それがどうかしたのかよ?」
 普段は窮屈な団体行動を強いられているだけに、賑わっている街で休憩となると、ククールはそのまま盛り場に足を運んで、夜中まで戻ってこないこともしばしばあった。しかし、毎回そんな場所で楽しめるような金銭的余裕は無いはずだ。
「うん、お金どーしてるのかなって。まさか、酒場にいって酒を飲まないワケないだろ? どんな安酒でも、毎回になればかさんでくるし……」
「バーッカ。誰がテメェの金で飲むかよ。ココを使うンだよ、ココ」
 とんとん、と左手の親指で指し示すのは己自身の頭――、つまりは、
「例のイカサマギャンブルで稼ぐか、勝った相手に酒を奢らせてるってとこか。別に、ククールがそれで楽しいならヤメロなんて言わないけど…」
 青の団服が基本の聖堂騎士団にあって、深紅の衣を纏うことを許されている青年だ。騎士としての剣の腕も、僧侶としての神力の強さも、信頼するに足りるが――。
「あんまり危ないことするなよな」
「――ンだよ、俺が何しよーが勝手だろ? 旅の妨げになるようなヘマはしてねぇぞ」
 他人から己の行動にあれこれと口を挟まれるのを、非常に嫌う性格なのだろう。分かり易く気分を害して、ククールは白けたとばかりに踵を返した。
「ククール?」
「ゼシカやヤンガスのとこ行って来るわ。せいぜいコイン増やして、俺等に楽させてくれよな。じゃーな」
 つれなく背中を向ける我が儘で綺麗な人の、その右腕を、エイトは反射的に掴んだ。
「……? ンだよ?」
「西域の美人、口説きにいくんだろ?」
「そりゃ、キレーなレディがいれば。エスコートしないのは、逆に失礼ってもんだ」
「行かせない」
「は?」
 にっこりと、それはもう邪気の欠片も感じさせない無垢な笑顔で、エイトは掴む指先に力を籠めた。
「いッ…、ンだよ、放せよッ…馬鹿力ッ…!」
 自分よりも背丈も小さく童顔の少年の何処にこんな力があるのか、瞠目するククールに、エイトは不安に揺れる声で言い募った。
「行かないでよ、ククール」
 熱さすら感じさせる腕の食い込みの強引さとは対照的な、縋るような眼差し、だった。
「……エイト?」
「ここに居てよ」
「……わかった。わかったから、手、放せよ。イテェだろ」
 真摯なそれに心ごと居抜かれて、ククールはどうにも居心地が悪い。わざと突き放すような言い方をして、不満そうにエイトの横に椅子を運んで座り込んだ。
「――後から、酒奢れよ」
「いいよ。どうせ、腐るほどお金が手に入る予定だし」
「……チッ。いけすかねーヤツ」
 意趣返しに困らせるようなことを言ってみても、男の余裕さえ感じさせる態度で受け止められてしまう。そんなエイトに、自分が酷く矮小な人間に思えて、ククールは悪態をついた。
「そ? 俺は、ククールの事、好きだよ?」
「……そりゃ、どーも」
 冗談交えた愛の告白は、思惑通り、歯牙にもかけてもらえない。
「受け流さないでよ。カンジ悪いなぁ」
「ウッセェ、詐欺ヤロウ。腹黒。インチキマシーン。お前なんか、大キライだ」
 今は、それでもいいと思う。
 彼の心の中を閉める存在は大きすぎて、まだ太刀打ち出来そうに無いから。
 我ながら姑息だとは思うが、じっくり時間を掛けて愛を刻んでゆくのも、一興だ。
「俺は好きだよ、ククール」
「あー、ハイハイ。わかった、わかった」
 重ねた言葉はやはり、すげなくかわされた。


色気もなんにもない主クク。ククはあほの子だといいと思う。
でもって、どーしようもないくらい、マル兄が好きだといいです。
そして、エイトはそんなククが好き。報われないですね(涙)
でも、マルのことも好き。(ええー)ククに対するようなそれとはまた違う質感ですが。
ちなみに、ゼシカちゃん。ククのこと決してキライじゃないです。
仲間として大切。だから、逆に、
その辺のオンナと同列に扱われて、口説かれるのが腹が立つというカンジです。



back