偉大なる占術士が居を構える町として有名な、トランペッタ。東域南大陸では、中規模程度に栄えた、のんびりとした気候と土地柄のその場所に、謀らずとも世界救済の大儀を背負った一行が訪れていた。
 旅の始まりは、この町から――そんな懐かしさが胸に去来し、決して華美ではなく、控えめに整った顔立ちの少年は、澄み切った黒の瞳を細めて町並みを眺めていた。


トランペッタの占い師


「なーに、ボーっと突っ立てンだよ?」
 そんなパーティのリーダーの頭を軽く小突いて追い越してゆくのは、溜息が出る程に美麗な聖堂騎士の青年だ。通りすがりの人々が、皆こぞって熱い視線を彼へと送る。今が夕暮れ時なのがせめてもの救いだ。視界の効く真昼間ならば、この程度では済まないだろう。
「うん、ちょっとね。この町が出発点だったなーって思うとさ」
「んだぁ? ホームシックか? こーれだから、甘ちゃんは」
 少年の郷愁を、ハッ、と鼻先で小馬鹿にしてみせる見目麗しき青年だ。大仰に肩を竦めて、そんなんじゃレディにモテナイぜ、とまで嘆いてみせる。
「―…全く、ククールってば、事あることにソレだよね。知らないだろうけど、僕、結構もててたんだよ?」
「は、ァ? 嘘は良くないぞ、エイト君」
 少年の言い分を頭から否定してみせる綺麗な人の意地悪さに、エイトは余裕の笑みで応えた。
「嘘じゃないよ。でも、ククールが口説くようなオネーサンたちとはタイプが違うけどね」
「ほーぅ。んじゃ、どんなのにモテてたんだ。アレか? 幼いレディたちや、恰幅のよい熟年のレディたちだろう。どうせ」
「あのね…」
 遠まわしな表現で分かりにくいが、要するに女とも呼べないようなガキンチョや、既に女盛りを過去のこととしたオバチャンに、ちやほやされていただけじゃないのか、と。
「まぁ、それでもイイけどね。話したってどうせ信じないだろうし」
「おー、信じねーなァ。お前みたいな乳臭いガキんちょ、相手にするレディがいるとは思えないね。馬姫様に気に入られているのだって、チビの頃からの縁でだろ」
「……その辺は、否定しないけど」
 ある程度成長してから城へ召されてきた他の近衛兵と違い、身寄りの無いエイトはトロンデーン城を己の家とし、幼い時分から姫と一緒の時間を過ごしてきた。よって、姫にとっては最も身近な存在なのだ。
「ルイネロさんってさ」
「あ?」
 唐突に話題を変えられて、ククールは駆け足で自分の横に並んできた小さな少年を見下ろした。
「スッゴクよく当たる占い師なんだよね」
「おう。だから、オーブの場所を占ってもらおうって、ワザワザこの町に来たんだろ」
 そうなのだ。
 賢者の魂と力が籠められたオーブの探索は困難を極めた。いくら、山彦の笛という特殊な道具があるにしろ、我武者羅に探していたのでは埒が明かない。なにせ、此方は余興や酔狂で七賢者のオーブ探しなどという面倒を行っているわけではない。遥か上空では暗黒神ラプソーンが光の世界を虎視眈々と狙っている。その企みを阻止するべく、早急に賢者のオーブが必要だった。
「先見の能力もあるらしいし、失せモノ、探し物、なんでもござれなんだってさ」
「ほー、そんなに著名な占い師なら、是非オーブの在り処を詳細に言い当てて欲しいもんだね。無駄に走り回るのはご免被りたいところだな」
「…ククールって、ホントに面倒臭がりだよね。なんでも否定的だし」
 これまでの旅の軌跡を思い起こして、エイトは、はぁと嘆息した。そう、どのような時でも一貫して、今のような調子なのだ。山岳地帯の長い道行きや、灼熱の太陽が照りつける砂漠、赤銅色の岩が無造作に転がる不毛の大地の行程でダダを捏ねられた時は、呆れると同時に、その意外なほどの子どもっぽさが可愛いと感じてしまったものだ。
「あのな、こんな容姿(ナリ)して熱血だったら逆に変だろ。美形はクールってのが、セオリーなんだゼ」 「……ククールが綺麗なのは否定しないけどさ」
 自分自身で己の魅力を語ってみせる深紅の聖堂騎士に、優しげな顔立ちの少年は、眼下に立ち並ぶ暮れなずむ町並みに向かい、大袈裟に溜息を吐いた。
「なーんだよ、その態度は。俺様になんか文句でもあるってのか?」
 不服そうに唸り、蒼水晶のような輝きで魅せる涼しげな双眸を剣呑とさえる麗しの騎士に、エイトは別に、と肩を竦めた。
「アニキー!! やっと見つけたでガス!!」
 と、そこに別行動を取っていたパーティの仲間が駆け寄ってきて、二人のジャレ合いのような遣り取りはそこで中断となった。
「ヤンガス? 何かあったの?」
 コミカルに丸っこい図体を揺らして近付いてくる山賊顔のオヤヂに、エイトは好意的に声を掛けた。町行く人々は、彼の如何にもといった凶悪な面に恐れをなして道を開けているが、それを一切気に掛ける様子も無く、主人の下へ一心不乱に掛けてくる姿は、それこそ忠実な犬だ。それも、見た目が厳ついブルドック。
「いや、宿も無事に取ってこれたんで、荷物番をゼシカの嬢ちゃんに任せてアニキを追ってきたでガスよ。何処の宿か伝えなきゃなんねーでゲスからね」
「そっか、お疲れさん。結構早かったね?」
 トランペッタは盛りの規模こそ西域のベルガラックやサザンピーク城下町に比べ見劣りするが、それでも、稀代の占い師の噂を聞きつけ、藁にも縋る思いでやってくる人々や、温暖な気候に育まれた風光明媚な景色を楽しむための観光客などで、それなりに賑わっている。運が悪いと、その日の宿が取れないこともあるのだ。今回も、いつも贔屓にしている宿の部屋が一杯だということで、ゼシカとヤンガスに宿を探してもらい、その間にエイト等はルイネロの家へと向かっていたところだったのだが。
「なんかよく分かんねーでゲスが、丁度アッシらの前に宿を取った連中がいましてね。コンヤロって思って、睨んでたんでゲス。そうしたら、慌てて部屋をキャンセルして出て行っちまったんでゲスよ。いやぁ、ラッキーだったでゲス」
「……そ、そっか」
 心底嬉しそうに語ってくるヤンガスに、エイトは何とも言えない微妙な表情をした。悪気はないのだから仕方が無いが、それは一般的に脅しというのだと、心の中で突っ込みをいれる。
「ったく、ガラの悪いヤツはこれだから…」
 傍のククールも大方の事情を察して、やれやれと左右に首を振った。その動きに合わせて赤いマントの上で華麗に輝く銀糸が踊る。そんな何気ない無意識の仕種に色香を漂わせる罪作りな聖堂騎士に、エイトはこっそり溜息を吐いた。



 久々の恩人の来訪に、ルイネロは目尻を下げて彼らを歓迎した。
「本当に久しぶりだな、お主等。健勝でなによりだ」
 初対面の頃の刺々しさは薄れ、今は、占い師としての富と名声もその手に掴みなおし、人生を謳歌しているようだった。一人娘のおさげ髪が可愛らしい少女は、一ヶ月後に予定されているトランペッタの町をあげての祭典。その下準備に借り出されて、不在とのことだった。
「早速なんですけど、本題に入ってもいいですか。余り、時間が無いんです」
「うん? なんだ、オーブとかいうもののことか?」
「!」
 早急に話を進めるエイトの出鼻を挫くようにして、ルイネロは返した。驚嘆する一同を小気味よく見遣って、ルイネロは満足気だ。
「ワシをナメちゃいかんな。世界に名だたる占い師ルイネロが、この異変に気付かぬはずが無かろうが」
「…それじゃ、オーブの場所を占ってくれるんですか?」
 期待に黒く澄んだ瞳を輝かせるエイトに、ルイネロはしっかりと頷いた。
「当然だ――というかな、既に占ってある。だが、あくまで大まかな所在の把握にしか至っていないからな。七賢者の血と深く関わってきたお主等の血を助けが借りたいんだが」
「――血、ですか?」
 不穏な響きに純朴な少年が成り行きを訝かしんだ。ルイネロの事は信用している。その腕も信頼に足りる。闇の神たるラプソーンの復活は光の住人の絶対的な死を意味する故に、此方を嵌めようとするような事態も考えられないが。
「そう怪しまんでよかろうが。
 七賢者のオーブだがな、闇の力に存在を察知されぬように、巧みに居場所をぼかしておってな。ワシの力を以ってしても、正確に場所を把握しきれておらんのだよ。
 そこで、主等の血に流れる賢者の記憶を辿って、オーブの在り処を探そうと思ってな」
「…そうですか。わかりました」
「ほんの少しで十分だからの。薄皮一枚切って、水晶にかざしてくれんか?」
 言われた通りに、エイトは指先を手にしていた剣で傷つけ、神秘的に光を乱反射させる水晶へとかざした――。



 気が散るから外で待ってくれと断られて家の外へと追いやられた美貌の聖堂騎士と、元・山賊の珍妙な取り合わせは、無言で時を過ごしていた。
 ククールは長い足を持余すように井戸の縁に腰掛け、そんな気侭な猫のように振舞ってみせる青年を、危ないでゲスよ、と諭してヤンガスは家の壁に凭れていた。
「ったく、おっせーな。エイトの奴」
「しょーがねぇでゲスよ。ぶちぶち言わないで、黙って待ってるでガス」
「へーへー」
 小言はウンザリだとばかりに肩を竦めて、ククールは闇に沈むトランペッタの町並みをぐるりと見渡し、天空に楚々と輝く月を見上げた。
「…なぁ、アンタ」
「? なんでゲスか?」
「アンタ、山賊だったんだろ? 親とか兄弟とか、いねーのか?」
 目線も合わさずに尋ねてくる内容は、少々内面に立ち入ったそれだった。
「いやに唐突でゲスな。アッシは物心ついた頃から独りでゲスよ」
「…フーン。修道院に行こうとか思わなかったのかよ?」
 通常、身寄りを失くしたり、親に捨てられたりなどの事情を抱えた子は、修道院の門を叩くことになる。かつての自分や――、彼がそうであったように。
「なんせ、アッシの故郷はアレでガスからねぇ…。パルミドでは孤児なんてうようよしてしてるでゲスし、それが当たり前でガスから、ガキ同士身を寄せ合って生きてたでガスよ。修道院なんて思いもしなかったでゲスな。神様を拝む時間があれば、どうやって今日の食料を手に入れようかとか、そういうことばっかり考えてたでゲスよ」
「…そっか。悪ぃな、変なこと訊いて」
 ここではない何処か遠くを望むような茫洋とした蒼の視線と、霞んだ口調で、ククールは己の興味本位からの不躾な質問を詫びた。すると、そんな気遣いは無用とばかりにヤンガスは豪快に肩を揺する。
「なーに、似合わないショゲ面してるんでゲスか!
 アッシにとって、親兄弟がいねーことなんざ、当たり前過ぎて、どーってことねーでガス。山賊なんてチンケなことやっちまってた過去も、エイトのアニキや、トロデのオッサン。それに、ゼシカの嬢ちゃんや、気障ったらしい赤男に出会って、一緒に旅をしてる楽しさで帳消しでゲスよ」
 真正面からの言葉に、ククールは面食らって、思わずヤンガスを見据えてしまった。
「……アンタ、単純でいいな」
 わざとらしく呆れを滲ませて、大袈裟に溜息を吐いてやる。そんな皮肉気な態度で、胸に迫った強い感情を打ち消そうと試みる。そんなククールの心情を読み取ったわけでもないだろうが、短絡的思考が服を着て歩いているような男は、簡単に煽られて色めきたった。
「単純とはなんでゲスか、単純とはッ! 失礼にも程があるでゲス!!」
「っほーォ、人のことを気障ったらしい赤男なんて称しておいて、よく言えたもんだな」
「アッシは、事実を言ったまででガス」
「おー、奇遇だな。俺も事実しか言ってないぜ」
「ムキー!! 腹が立つでゲス!!」
 ドスドスと地団駄を踏む丸っこい体のコミカルな動きにさえ、笑いがつられてしまう。
「こーら、二人とも何騒いでるんだよ。もう遅いんだから、迷惑だろ」
 と、そこに用事を終えたらしい一行のリーダーが、ルイネロの家の玄関口から、旅の仲間を諌めた。
「へいへい」
「アッシは悪くないでゲス。全部このフシダラ男が悪いでガスよぅ〜」
 よよよ、と胡散臭く泣き崩れるヤンガスの横で、ククールは馬耳東風、我関せずだ。
「あー、わかったわかった。わかったから、とりあえず宿に戻ろう。案内してよ」
 必死の形相で縋り付いてくる、丸々とした狸のような男の背中をぽんぽんと叩いて宥め、エイトたちはゼシカを待たせてある宿へと向かったのだった。



 宿屋の部屋割りは、女性であるゼシカは一人部屋。イビキが殺人級のヤンガスも別部屋だ。そして、残りの男二人で相部屋としていた。
 宿の一階で久方ぶりの暖かい食事を味わった後、ルイネロの占いの結果について皆に話し、詳しくはまた明朝、トロデ王にも相談を持ちかけてからとなった。
 窓際のベッドで深紅の団服を脱ぎ、軽装になったククールが絹糸のような艶やかしい銀の髪を解いて梳いているのに、エイトは見惚れて、荷物整理の手を止めてしまっていた。
「……ンだよ?」
 流石にこうも食い入るように見つめられては居心地が悪いのだろう、憮然とした様子で、月の貴婦人のように繊細で高貴な美しさの青年は、素っ気無さ全開でエイトを制した。
「え。ああ、うん。綺麗だな、って」
 悪びれず応えてくるクソ度胸だけは買ってやる。買ってやるが、好意に応えるのとは、また別の話だ。
「今更、当然のことを褒められても嬉しくもなんともねーな」
「…それじゃ、ククールが感激で声も出ないような事、言ってやろうか?」
 ふ、と。
 普段は二枚も三枚も四枚も五枚も、厳重に被っている猫を放り出し、エイトは高慢な態度で、意味深な言葉を吐いた。年がら年中花を咲かせているような人のよい仮面がはがれて、精悍な男の顔つきをする。そんな瞬間が、ククールの最も苦手とするところだった。
「……ハン。百戦錬磨の俺様を言葉だけで喜ばせようなんざ、百万光年は早いな」
 付け込まれて堪るかとばかりに、けんもほろろに追い払ってみても、男の余裕に笑みを湛えたままの少年には全く効果が無い。それどころか、そんな意地っ張りな態度すら可愛いと耳元で愛を囁かれるから、どうにも難敵だった。月明かりの差し込む窓辺に顔を向けて、図々しく此方の領域へ踏み込んでくる存在を意識的に無視しながら、梳き終わった銀髪を手櫛でならす。無言の拒絶で敵を威嚇したつもりだったが、良い意味でも悪い意味でも自己中な男は、意にも介さず、背中から羽のような質感で抱きすくめてきた。
「! ちょっ…、なんだよ急に。放せよ。俺は、ヤローに抱きつかれて喜ぶ趣味はねーぞ」
 ぎゅっと、憎まれ口に反応するかのように、見た目よりも随分と逞しい両腕に力が籠められて、清廉な美貌の持ち主は狼狽した。
「ッ、おい! いい加減にッ…」
「生きてる、って」
「――…? は?」
 怪訝そうに、酷く整った面差し、その眉間に皺を寄せるククールの疑問には正しく答えず、少年は仄暗い瞳で、呟いた。
「生きてるそうだよ。よかったね、ククール」
「……生きて、って。一体、誰…――ッ」
 一瞬、脳裏に閃いた青の法衣の背中。傷ついた四肢を引きずり、最期の意地とばかりに救いの手を全身で突っぱねて消えた、最愛の――。
「………きて、る?」
 惚けたような口調は、戦々恐々と震え。眼前に差し出された希望が無残に打ち砕かれる。そんな絶望に心底脅えて、対の蒼玉は大きく揺らめいていた。
「生きて――る。アイツが…っ」
「どう? 感激で声も出ないだろ」
「……ッカ、ヤロッ…」
 そのまま――俯いて、華奢な両肩を小刻みに戦慄かせる綺麗な彼を、エイトは壊れ易い心ごと抱き留めて――、
「愛してるよ、ククール」
 優しく優しく、致死量に至る甘美な毒を、囁いた。



エイトは酷い子ですが(だって勇者じゃないし)
でも、やっぱり、好きな子には弱いんです
腹黒のくせに、どこか甘い
そんなアンバランスさを目標にしてたり



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