「も、おおおおお〜〜〜、ムカッ腹立つぅぅぅぅぅ」
 向日葵色のツインテールを振り乱しながら、ドンッ、と大ジョッキを粗末な木のテーブルに叩きつけるのは、暗黒神を追う困難な旅を続ける一行の紅一点だ。
 元々地方の名士の出身のお嬢様だけあり、アルコールの類――それも、如何にも場末といった酒場で出される安酒など口にしたこともない少女は、既に、大瓶5本分は飲み干している。流石に、急性中毒が心配になる面々であるが、先ほどからの剣幕に、どうにも手の施しようが無く、見守るだけとなっていた。
「あの、何処でもイヤミ男よ! アイツよ、アイツ!!
『ヒマを持余している気侭な旅人が羨ましい限りだな。ハッハッハッハ』
 って! なんなのよ、あの態度!! バカにするのも程があるわよっ!!」
「……その点については、アッシも同意見でゲスが。そろそろ止めておいたほうがいいでガスよ。
 こういうトコロの酒は悪酔いするんでゲス」
 強面に反して人情家のお人好しを地でゆく戦斧使いの男は、なんとか少女を宥めようと苦心する。しかし、多少窘められた程度で収まる程度の憤怒では無かった。
「はぁ!? なんなのよ、アンタ!! 私の邪魔するっての? いーい度胸だわー」
 賢者の血脈を継承せし少女が、最も得意とする火炎魔法が掌で爆ぜ始めるのを見取って、ヤンガスはアワ喰った。
「あわわわわわわっ!! だっ、ダメでゲスよ! 何考えてるんでゲスかっ!
 メラゾーマなんて撃ったら、こんな宿吹き飛んじまうでゲス!!」
 一般的に『魔法の才能がある』と言われる人間に扱えるのが、小さな火球を飛ばす初級火炎魔法『メラ』だ。逸材となると『メラミ』と呼ばれる業火を魔力で練り上げられる。そして、天才と呼ばれる一握の人間だけが『メラゾーマ』という獄炎を天上に生み出す事が出来る。才能の無駄遣いと呆れるべきか、魔力の浪費と嘆くべきか、兎にも角にも滅多に無い魔法使いとしての英気を、全く傍迷惑な方向で発揮しようとする少女をなんとか収める、苦労人な元・山賊だ。
「う〜〜〜〜、じゃ、おかわりぃっ!!」
「……だから、これ以上はダメでゲスッ! さっきから何杯目だと思ってるんでガスか。明日辛いのは自分でゲスよ!」
「………うっ、さいなぁ。じゃ、今ココにあの何処でもイヤーミ連れてきて。んでもって、デコハゲに肉って書いてぇー、踊り子の服着せてー、セクシーーービーーームッ!! あははははははっ!!! おっかしぃー、きゃはははははは!!」
「………」
 もう無理だ。もう駄目だ。グルグルと否定的な単語が頭の周りで回転して、ヤンガスは深々と溜息をついた。
 チロリと脇を見遣れば、やはり此方もゼシカに負けず劣らず充分に酔いどれた連中が。
「アッハハハハハハ、アイツがせくしーびーむっ、アッハハハハハハ、キッモ過ぎだろ。アハハハハハハハ!!」
 酒と博打が好物の、おおよそ神に仕える者には似つかわしくない嗜好の美貌の聖堂騎士も、いつに無く酔いが回っており。
「くっ、くくくくくくくく。キモ色っぽい…サイコーっ。だったら、バニースーツでもいいけどね。ウサ耳バンドと、あみたい…っ、網タイツ…、気ッ色悪ッ。あはははは」
 穏やかながら有無を言わさぬ迫力でパーティを纏め上げるリーダー的存在の少年も、今回ばかりは、場を掻き回す側だ。
「ぶっ!! キャハハハハハハッ!!! 網タイツ!! セクシーだわッ!! たまんない、駄目ッ、笑い死ぬ!!!」
 笑い死ねたらきっと暗黒神に世界を支配され殺されるよりも、ずっと幸せに違いないと、ヤンガスは一人、遠い目をする。
 どうしてこんな事になったのか。思い起こせば、全ての元凶が己にあるのだと悟って、更に気分が滅入った。――最初は、本当に他愛無い。仲間同士のジャレ合いの延長線の、意地の張り合いだったのだ。


ドニの藍酒


 暗黒神に憑依され、悪魔の化身と成り果てた黒犬を追い求めて、遥か彼方にまで広がる空を神鳥の魂の奇跡によって羽ばたき、各地を回っていた。黒犬レオパルドや、もしくは暗黒神そのものの情報は無いものかと、マイエラ寺院に立ち寄ったのが運の付き。偶然、寺院に戻っていた例の二階からイヤミ改め、何処でもイヤミに痛烈な嫌味を貰ってしまった一行は、その足でドニの宿場町にまでやってきたのだ。
 先の見えぬ旅行きに対し、常に路銀の不安がついて回る。故に、普段ならば食事の後に、今のような大騒ぎとなることはない。精々、たまのハメ外しとばかりにヤンガスが食後の一杯を楽しんだり、時にはククールが酒場のゴロツキ相手にイカサマカードで、ニ〜三杯の酒を奢らせる程度だ。金銭的な問題もあるが、何より、常に危険と隣り合わせの旅を続けている以上、体調不良はそのままパーティの危機に、引いては、自分自身を危うくさせる。よって、余程の事が無い限りは今のような状況に陥ることはないのだが。
 一行――特に、パーティの癒し、紅一点であるゼシカの機嫌が絶好調に下降したままドニの宿場町に一泊しに立ち寄ったエイト達を、町一番の老舗の宿屋はメニューの全品半額セールで出迎えてくれた。浮いた食費でたまにはいいだろうと、パーティの資金繰りの一切を任されているエイトが、ドニの名酒ブルー・ラプソディーをヤンガスとククールにと振舞ったのが事の始まりだ。
 気分良くホロ酔い気分となったヤンガスが、アルコールは苦手だからとしきりに遠慮するエイトに、『ブルー・ラプソディー』は普通の安酒と違って上品で口当たりもよく、美味しいからと強く勧めて、なら自分も飲んでみたいと、ゼシカが話に割り入り。一口、二口。最初は様子見で。そのうち、グイグイと飲み干し始めて、遂には、大ジョッキで飲み干し始めてしまった。その時になって、慌てて事態の収拾を行おうと思っても、後の祭りだ。
(――で、この有様でガス…)
 エイトのアニキと、ゼシカがここまで酒に弱いとは。弱いだけならまだしも、パーティ随一の攻撃魔法も使い手に至っては、重度の酒乱だ。目を放した途端に酔いに任せてドカンとやりかねない。もう二度と賢者の血脈と力を継承する少女に酒を勧めるものかと心に誓いながら、ヤンガスは、ハラハラと場を見守る。
「あの、何処でもイヤミもさーぁ、性格さえ良ければ、見た目はいいのよねぇ、見た目は。全く、聖堂騎士団ってのは根性曲がりの集まりなわけぇ〜? あの、デコッパチタラコといい、ヒゲヅラハゲといい、キィィィィィッ!!!!」
 どうやらマイエラ寺院に立ち寄った当初を思い起こし、怒りに拍車をかけているようだ。如何にもエリート意識丸出しで、金の匂いと縁遠い旅人を、野良犬でも追い払うように汚らわしいと見下された。あの屈辱は一行にとって、忘れ得ぬ記憶である。
「お、落ち着くでガスよ。ゼシカッ…」
「なによ〜ぅ、ヤンガスだって、アイツらのことボロッカスに言ってたでしょぉお? なのに、なーんで、そんなスカしたカオしてるわけぇ〜? ん? あの連中の味方なの? ん?」
 既に手の付けようの無い酔漢と化したツインテールの可憐な少女が、業火の種を掌に翳す。今、この場に在る危機を感じ取り、ヤンガスはヤケッパチに叫んだ。
「そっ、そんなワケないでガスッ! あー、全く、あの連中はハラが立つでガス。うんうん。見た目が少しばかりイイって、調子に乗ってるでガスよ。全く、イヤになるでゲス!」
 ……大根役者も真っ青の迫真の演技だったが、正気の吹き飛んだ現在のゼシカがそんな些細を気に留めるはずもない。己の意見を全面的に肯定する仲間に気をよくして、グイと景気よくジョッキを煽った。
「でも、性格は兎も角…確かに、聖堂騎士団って美形が多いよね」
 その隣で、焦点の合わぬ黒水晶を瞬かせる童顔の少年が、フッ、と口の端だけを持ち上げて嘲った。それは、普段の絵に描いたような人畜無害の面影など無い微笑み。しかし、幸か不幸かソレに気付いたのは、唯一正気を保っている世話焼き且つ、貧乏くじ体質のヤンガスだけだった。
「んー、そうか? 俺以外、みーんな畑のジャガイモだろ」
 久々の大盤振る舞いに心のまま酔いに身を任せる麗しの聖堂騎士は、自他共に認める繊細な美貌を強調するように、銀糸の前髪を掻き上げた。
 白皙の肌がうっすらと紅潮し、深酒の所為か、普段よりも艶を増した口唇が朱色に熟れて銀の輝きの合間から覗く、その媚態に見惚れながら、エイトは幸福そうに微笑む。
「そうだね…、ククールはとても綺麗だから。
 君と比べたら、どれも大したことはないけど…。団長殿は、二枚目だよね?」
「…団長殿、って…、兄ッ…マルチェロのことかよ」
 雲の上を歩むような心地よさに微睡んでいた深紅の聖堂騎士は、途端、不機嫌そうに柳眉に皴を寄せた。くだらない話を此方に振ってくるなとばかりに、露骨に嫌悪感を顕にするククールに、エイトはにっこりと、人懐こい笑顔で距離を詰める。
「うん」
「なぁーにおぅ、エイトってば、あんなのが好みなのぅ〜? もぅ、しんじられ…ない、むにゃ…」
「んー…、そうだなー」
 最早、酔っ払いのオヤヂと化したツインテールが愛らしい、向日葵の少女が、一行の決定権を持つ少年へ茶々を入れる。
「好みっていうなら、ククールのがそうだけど。美人だし、可愛いし、優しいし」
「……っ、はぁ?」
 澄んだ琴線の音色を素っ頓狂に裏返し、ククールは形の良い眉の片方をひょいと上げた。
「なーに、言ってンだよ。俺とヤりてーとか言い出すんじゃねーだろーなぁ?
 ったく、修道院離れてそーゆーのから解放されたと思ったのに、勘弁しろよな」
 目的を同じくする旅の仲間に向かい、今のような劣情を煽る文句を言葉にすることは決してないククールが、辺りも憚らずに赤裸々な告白を続けた。素行や口の悪さは普段と変わり映えは無く、見た目には分かりにくいが、相当酔っているようだ。
「修道院…、そういうの、って…」
 ククールの台詞を反芻し、ホロ酔いの定まらぬ思考で漸く理解に至ったらしいエイトは、一気にドス黒い瘴気を放った。不穏な空気を感じ取り、パーティの良心であるヤンガスは、酔い潰れた少女の、如何にも女性らしい魅惑的な曲線を描く体を小脇に抱え込み、そそくさと、その場は退散を決め込んだのだった。
「ククール、そういうのって、具体的にどーゆーこと?」
「はぁ? ん〜…、っだなぁ。
 修道院なんざ寄付で成り立ってンからな、見栄えがいいのを選んで好事家のトコに金を掻き集めに行かせたりなんざ、日常茶飯事だろ。それに、女ッ気がねーからなー、……ほら、地下に拷問部屋あったろ……、あそこで…気にいらねぇ…ヤツを……、……って、」
「ククール?」
「……あに、きが…だんちょーになってから……は、あんまし、なくなッ……」
 どうやら、酔量の限界値を超えたようだ。
 粗末な木製の丸テーブルに腕を組みうつ伏せ寝息をたて始める深紅の聖堂騎士に、エイトはどうしたものかと、頬杖をつく。
「拷問…部屋ねぇ――、そーいえば楽しそーなモン置いてあったよな。――三角木馬とか。磔の拘束具とか」
 鉄の処女、と呼ばれる残酷な拷問器具は抜け道のカモフラージュに過ぎないが、それ以外は――拷問以外の用途で活躍しそうな、刺激的な道具達だ。
 綺麗に飾り立てられ神聖化された修道院の、その内面を知らぬ程、呑気な田舎の近衛兵では無い。それなりに、世間様の事情や世知辛さというものを理解している。姫のお気に入りということで、嫉妬の対象になることも、度々だった。……無論、百倍返しのお礼参りで黙らせてやったのはいうまでも無いが。しかし、実際に内情を知る人間の口から告白される内容というものは、やはり現実味を帯び、実感が伴うものだ。
「……まぁ、オンナノコと事に及んでるのは、別にいいんだけど。ホンキじゃないだろーしさ。けど……」
 修道院――神に仕えるべき使途の在り処に、確かに存在する異質にて異端の場所。ククールを訪ねてマイエラへ足を運んだ時に、彼は、異母兄弟である兄と共に、拷問部屋にいた。真ッ昼間ということもあり、人目を憚る行為に及んではいなかったが。
「今日はもう、おねむーだし、許してやるけど。
 今度、しっかりその辺り問い詰めるからな、ククール?
 マルチェロは俺も気に入ってるし、ギリギリセーフかなー。それ以外の雑魚は、全員抹殺。コレ決定事項。な?」
 サラ…、とすべらかに流れ落ちる銀糸の感触を指先で愉しみ、エイトは邪気を放ちながら、物騒な独白をする。
「……ぅ、ん…」
 頬に零れる銀の輝きを優しく払われ、その心許無い感触に、微かに身じろぐ聖堂騎士。
 こうして黙っていれば可愛いのに、と、その様子を微苦笑で評し。しかし、無闇とデカイ態度と凡そ騎士に似つかわしくない砕けた口の悪さが、また魅力的だと感じてしまう自分に呆れる。
「……ん、」
「キレーだよなァ、ククール…。
 もう、存在自体反則だよな。こんなんがウロウロしてたら、喰うよな。確実に」
 指先に絡めた少しだけ癖のある無防備な髪の一雫に、愛おしさに追い立てられるようにして、堪らず接吻を――、
「んッ……、ん、……あに……き…?」
 ―――ブッツン。
 何時か己の所有物にすると心に決める可愛い青年が、無意識に縋った相手の名前に、エイトの中の道徳や理性といった何かが、それはもう大変な勢いで引き千切られたのだった。



「……ん、? な、…に?」
 背中は――柔らかいから、床ではないのだろう。カラダは火照っている。思考もイマイチ回転が悪かった。ぼうっとしたまま視界に入る景色は、見慣れない天井。粗末な内装。そして――、
「ああ、起きたんだ。ククール」
「……エイ、ト…?」
 暗黒神を追うという共通した目的を持つ旅の仲間、そのリーダー的存在である温和な少年の、聞き慣れ、耳に馴染んだ声に、ククールはほっと安堵の溜息を吐いた。
「大変だったんだよ、君、下で酔い潰れちゃって」
「…ここは? …」
「ん? まだ酔ってる? ドニだよ。宿場町ドニの宿屋。覚えてない?」
「……ん、いや。…思い出した」
 無礼講とばかりに振舞われた藍色の酒に溺れ、すっかり正体を失くしていたようだ。心地よい気怠さに浸りながら、儚げな美貌の騎士は窓から差し込む月の光に、透明な空色の瞳を細めた。
「…悪ぃな、面倒かけて…」
「そんなの――」
 ふ、と人当たりの好い黒眼の少年が、気配だけで微笑むを察して、ククールは怪訝そうに首を傾げた。
「……エイト?」
「コレで、チャラにしてあげるよ」
「……? ッ、エイッ……、ちょ、んっ、……ぁ」
 あらぬ場所へ酔いを吹き飛ばす強烈な感触を受け、ククールは驚愕に声を失い、そして――甘く啼いた。
 よくよく見遣れば、己は深紅の団衣の一切を身に着けず、寝着であるシャツを一枚、申し訳程度に羽織った格好であった。――無論、下肢も綺麗に曝されたままで、あろうことか、問題の部分に隠微に蠢く黒く小さな頭。
「〜〜〜ッ、ば、かっ…、ナニ…かんがっ…」
 抗議が途切れがちになるのは、身を灼く痛烈な快楽の所為で。
「や…、めッ…、――ヒッ、ぁあ」
 必死で伸ばした、騎士のそれとしては随分華奢な印象の白い指先で、己の内股にある少年の黒髪を掻き乱す。
 ――止める程の力は無くて、しかし、抵抗を意を示す為にも切ない仕種を披露する甘美な華のような青年に、エイトは熱を煽られた。

「やだな、ヘタに抵抗されると燃えるんだけど?
 折角、俺がココ虐めるだけで許してやろうってのに、煽ってどーすんだよ。ククール」
「……ッ、かっ、ソコで…、しゃべっ…やぁ」
 唾液と先端から滲んだ華蜜に塗れそぼつ己の分身を、口腔に導いたまま声を出す無体な少年に、ククールは犬の仔のようにクゥンと鼻を鳴らした。
「いーから、イッとけよ? ククール。
 大丈夫、これ以上は何もしないから。けど、あんまり強情だと、ココに指くらいは突っ込むかもな?」
 そう嘯き、艶めいた指の腹で窄まる入り口を撫で付ける蹂躙者に、木蓮の如き無垢な白さで手折られる青年は、余りの事態に混乱するしか術が無い。
「…やッ、エイッ…と」
「イヤだイヤだって言われるのも、無理やりってカンジで愉しいけど。そのうち、俺無しじゃいられないカラダにしてやるから、覚悟しとけよ?」
 不遜な台詞を吐いて、ちう、と茎に痕が残るほど吸い付く。
「……っ、ひ、ァ、アァァッ…」
 そのまま軽く歯を立て、舌の肉で丁寧に嬲ると、殊更大きく腰が揺れ、闇に眩く白く浮き上がる大腿がヒクリと痙攣した。



「オッ、ハヨー。エイト!」
「あ、おはよう。ゼシカ。大丈夫? 気分悪くない? 夕べ、相当酔ってただろ?」
 翌朝、身支度を整え階下に向かったツインテールの少女は、既に気安い仲となった旅の一員と、元気良く挨拶を交わした。
「ぜーんぜん。それより、ヤンガスの方がダメっぽくて、ベッドから起きられないみたい」
 あれだけ泥酔しておきながら、二日酔いの気配を微塵も感じさせない魔法に長けた少女は、ヒョイと肩を竦めて、元・山賊のくせに情けないわよね、と可愛らしくも少し意地悪く微笑む。そして一行のリーダーである少年に向き直り、パッチリとした瞳を点にして絶句した。
「……エイト? それ、どうしたのよ?」
 視線が注がれる先は少年の健康そうな肌色、その頬に残る赤い手形の痕。
 ――明らかに、何者かに平手で据えられた痕跡だ。それも、結構容赦なく。
「……うん、ウン。」
 ゼシカは己の掌と、エイトの右頬に残る怒りの篭ったソレを交互に見比べ、一人で納得したようだ。仕方がないリーダーだと諦め混じりの溜息をついて、エイトの隣に座った。
「ククールでしょ、ソレ。絶対、オンナノコの手の大きさじゃないし? 右頬、だし。利き手が左ってコトよね」
 疑問というよりは確信の口調で、一方のエイトといえば、少しも動じず平然と、
「まぁね、愛の代価、かな」
「…って、何やったのよ。一体…」
「セクハラを少々ね」
「……あ、そ」
 一見、人畜無害で人好きのする温和なリーダー様は、その実かなり腹黒く、キレると絶対零度の恐怖を発動させる。虫一匹殺めることにすら心を痛める聖人を気取りながら、微笑みながら人の命さえ奪えるのだろうと、カンの良い少女はとうに察していた。
 こういう人の道から違和感無く外れた人間に執着されるというのは、どういう心地なのだろうか。自分ならご免被りたいと不運な旅の仲間に同情しながら、豊満な肉体にあどけなさを残す素顔が魅力的な少女は、メニュー表を眺める。
「あれ、ヤダ。朝限定の新鮮野菜ジュースもうオーダストップの時間?」
 そして、シマッタと可愛らしい顔を顰めてみせる。そんなゼシカに、エイトは甘人参の色をしたジュースで満たされたグラスを、当然のように差し出してきた。
「え? 何?」
「ゼシカの分。ここに泊まった朝、必ず頼んでるよね。好きなんだろうって思って。勝手に注文したけど、要らない?」
「………あ、りがとう…」
 他人からの好意を素直に受けるのが性格的に苦手なゼシカは、戸惑いながらも、もごもごとお礼を言う。腹黒の極悪大将のクセに、普段はこうして優しいからタチが悪いと。ほんの少し、頬が熱くなるのを感じて誤魔化すように早口で違う話題を振った。
「そ、そういえば。さっきも言ったけど、ヤンガスが起きられないみたいだから。後から部屋にゴハン持っていってあげなきゃね。
 そういえば――ククールもいないけど、やっぱり二日酔い?」
「…ま、似たようなもの、かな。やっぱりククールも今日は部屋から出られそうにないから、出発は明日だね。二人の食事は僕が持っていくよ。ゼシカは今日一日のんびり過ごしてていいよ?」
「……ヤンガスの面倒なら私が見るわよ」
「? ゼシカ?」
「薬も持っていってあげるし、ゴハンも届けてあげる。兄貴って騒いだら、とりあえず鞭で縛っといてあげるから。
 ――だから、エイトはククールについててあげたら?」
「………」
 きょとん、と。
 呆けた表情が、素か演技かは判別しにくいが、どうであれ小気味良いのは事実だ。
「……ありがとう、ゼシカ」
 そして、にっこりとお日様のように曇りなく、眩しく、笑う。
 本性を知るだけに、いや、知っても尚、この笑顔は苦手だと気の強いパーティの紅一点は野菜ジュース片手に、プイと外方(そっぽ)を向いた。
「コレのお礼。何やらかした知らないけど、精々ご機嫌とって、明日の出発には支障が無いようにしときなさいよね」
「ん、そうする。ありがと、ゼシカ」
「いらないわよ、お礼なんて。それより、食事は済んだんでしょ。だったら、ほら、早く部屋に戻れば? ククールを盛大に甘やかしてきなさい」
「りょーかい。じゃ、ヤンガスは頼むね。ゼシカ」
「ハイハイ。薬代とかは必要経費で後から請求するからね」
「分かってるよ」
 ワザと憎まれ口を叩く少女の、酷く可愛げのある性格を愛しく受け止めながら、エイトは部屋で寝込んでしまっている綺麗な手負いの獲物の世話を焼きに、二階へと上ってゆくのだった。



本当は、マルチェロ兄さんも出したかったんですが。
次回があれば、マル&クク&主人公で、なんというか、三角萌え(造語)
な世界を展開できればいいな、と。
ちなみに、うちのエイトは、懐に入れた人間には優しくて、ところにより天然です。黒いけど



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