偽者達の




 最大の敵として覇道の前に立ち塞がっていた男――実の兄であるシュナイゼルを絶対遵守の力『ギアス』にて陥落してしまえば、残るは烏合の衆ばかり。ゼロ・レクイエムを完成させる駒の一つとして、配下へと迎えた甘美な微笑みの男は従順である今、随分と可愛げのある風情であった。
「…どうかしたのかい。ルルーシュ」
 優雅な仕草で灰茶の香りを楽しむ姿に肩の力を抜くと、神聖ブリタニア皇国の現皇帝である若き王――ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、兄の手元を一切気遣う事無く全力で抱きついて見せる。
「…っと、お茶が零れてしまうよ。ルルーシュ」
 空いている左手で甘えてくる年若い皇帝の背中を優しく宥めて、シュナイゼルは陶磁のカップをゆっくりとソーサーへ置き直す。そして、自由になった右手も使って、必死に縋りついてくる可愛い弟を全身で受け止めた。
「……あにうえ…」
「よしよし、大丈夫だよ。私が傍にいるだろう」
 母親に似たのは顔立ちだけでは無く、その骨格もなのか、膝を折るべき主でありながら最愛の弟は酷く華奢な体つきで、少し力の加減を誤れば手折ってしまいそうだ。無論、血の制裁による絶対独裁の治世を築きあげた『皇帝ルルーシュ』が決して見かけ通りの脆弱であるはずが無いのだが。
「………兄上…」
 優しく髪を撫でる大きな掌、親愛の情に溢れた優しい言葉。
 時折、悪戯めいた仕草で頬や額へ与えられるのは、触れるだけの穏やかな接吻。
 それらが全てギアスの絶対遵守の力による虚構であると、誰よりも知るだけに、自身の愚かさに眩暈さえ覚える。
「嘘でも、嬉しいですよ。兄上。
 ゼロ・レイクイエム。私が仕掛けた戦い。今更後悔などしても仕方の無い事です。
 私は、自分自身の行為への責任を負わなければならない。
 前へ――進むしか無いのだと、分かってはいるのですが…、それでも……」
 己が野望の犠牲となった生命の数は、決して少なくは無い。
 敵も味方も、構わずに切り捨ててきた――…。
 数多の屍を踏み越えて辿りついた王の座は、決して輝かしい場所などでは無く。
「嘘では無いさ、ルルーシュ。
 私は何時でも君の味方だ。何があっても、君を護るよ」
「………」
 自身の命にすら執着を見せなかった男が、何という変貌ぶりかと、黒の皇帝は己の中へ歪んだ欲望が疼くのを自覚した。これが――ギアスの力。人の心を捻じ曲げ、屈伏させて、従わせる。正しく、『王』の力が、この双眸へ宿っているのだと、いっそ愉快ですらある。
「兄上…、本当に私を…。
 俺を護ってくれますか?
 何があろうとも、俺の全てを受け止めて…愛し続けてくれますか?」
「ああ、誓おう。君は、私の大切な弟だ。愛しているよ。ルルーシュ」
 結果の見えた、馬鹿げた駆け引きは、言葉遊びの範疇だ。
 理解っている。
 それでも、灼熱に渇き一滴の水を惜しむ砂塵の旅人のように、愛の言葉を求めてしまう。
「…なら、お願いがあります。叶えてもらえますか、兄上」
「可愛い弟の言う事なら、何なりと」
 己の胸にすっぽりと納まってしまう愛らしい弟の、菫色の艶も美しい黒髪に軽く接吻けながら、シュナイゼルは悠々と答えた。この言葉が本心からのものであれば良いのに――…などと、愚か過ぎて滑稽ですらある自身を嘲りながら、ルルーシュは可愛い弟の『お願い』にしては随分と生々しい欲望を声という形にして、優しい兄上へと突き付けた。
「……え」
 驚きに固まる見目麗しき兄上へ、ルルーシュは再び、馬鹿げた願いとやらを口にする。
「…俺に抱かれて下さい。兄上。
 貴方の全てを、俺で穢してしまいたいんです。
 兄上にこうして抱き締められるのも、抱き締めるのも、好きです。
 けれど、もうこれだけじゃ物足りない」
「…ルルーシュ。けれど、それは…」
 愛情の丈を込める可愛い弟の思いも寄らぬ『お願い』に、ギアスに支配されるシュナイゼルも困惑気味で語尾を濁してしまう。それも、仕方のない事ではある。現皇帝でもある愛弟ルルーシュの願いを受け止めるには、幾つもの禁忌が存在しているのだから。
「私たちは同性だし、それに…片親だけとはいえ血が繋がった兄弟だよ。
 同じ性だけあって、万が一の心配は要らないだろうけど……、っ、!」
 年上面をして常識論を持ち出し、無茶な要求を諌めようとしてくる忌々しい口唇を、ルルーシュは聊か乱暴に奪うと、呆然とする兄の耳朶へ雄の熱を孕んだ欲望を吹き込んだ。

 「俺は――…」

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貴方が欲しい

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想いも痛みも痕跡すらも、残さないで逝くから。
どうか、貴方の心をひととき私の下に。