片恋 1



 初恋――同性が対象なんだから、そうは言わないだろうけど。
 俺にとってはそれはもう『恋』同然だった。
 憧憬の対象であるインペリアル・ナイト、その内の一人、穏やかな物腰と優しげな美貌が老若男女問わずに人気のオスカー・リーヴス様。
 彼のようになりたくて、
 彼と肩を並べたくて。
 必死で、それこそ、何の後ろ盾もない俺は死にモノ狂いで頑張って。
 王国の誉れ『インペリアル・ナイト』ともなれば、武の腕は勿論。文武両道、学にも長けていなければならないから、すこーしだけ学術が苦手な俺はかなり苦労した。
 学生時代は親友のマックスによく世話になったもんだ。
 ――…えと、まぁ、今も世話になってるけど。
 それはそれ、さておいて。
 色々な事件が起こって、それを解決する内に、俺はあれよあれよという間に何故か『インペリアル・ナイト』の称号を受けていた。
 もっと色々大変だろうと構えていたのに、拍子ぬけするくらいにアッサリと、俺は新たなナイツ・メンバーとして迎えられた。
 多分、新しい王様になって旧体制が弱体化して、国が柔軟な対応をしてくれるようになったお陰なんだと思う。
 けど、嬉しい嬉しくない以前に、こんなものなのかな、ってのがホントの所。
 まぁ、念願叶ってナイツの一員となった俺は憧れのリーヴス郷に「がんばって」と優しく激励されたり
 (ちなみに、すっっっっっっごく、嬉しかった)
 初の女性ナイツ、ダグラス卿にナイツとしての心構えを延々説かれたり。
 色々あった後、
 あの人に会ったんだ。
 ナイツの制服がなんだか着慣れなくて、制服を着ているっていうより制服に着られてるって感じの俺が、ナイツになれたんだという淡い感激を今更ながらに噛みしめ、軽い興奮に寝付けず夜の散歩に出た時のことだった。



 柔らかな美貌の人。
 新任ナイツの先輩にあたるその人柄の良さから民の人望も厚いオスカー・リーヴスが、見知らぬ誰かと月見酒と洒落込んでいるのを発見して思わずウェインは足を止めた。
 月光仄かに映える美しさは、人外のモノか。
 漆黒の気配を纏い、現世に降り立った堕天の魔物。
(…き、れー…)
 呆然と、一挙手一投足に見惚れてしまう。
 名前も何も、見知らぬ青年に。
 この時、若きナイツ、ウェイン・クルーズは電撃的に恋におちた。



 気持ちの良い朝。
 小鳥がさえずり、朝日が東の空から昇り来る。
 現存するナイツ・メンバーでは最も古参のオスカー・リーヴスは、ベッドの中、僅かな酒の残り酔いに、すこーしだけ顔をしかめていた。
「ちょっと飲み過ぎたかな、……ふふ、彼のことを聞いて、少しはしゃぎ過ぎたかもしれないな」
 懐かしい友。
 いや――そのような、その他大勢の人間にも仕えるような言葉で形容仕切れぬ程、特別な、大切なかつての同僚。
「アーネスト……」
 白銀の髪に、怜悧な深紅の双眸。
 氷の彫刻のように生気の感じられない、まるで作り物めいた美しさの青年。
 かつて、バーンシュタイン王国にその人ありと謳われた双璧のナイツが一人、双剣の騎士『アーネスト・ライエル』。
 その彼と逢ったと聞いたのだ。
 相変わらず他人を拒絶する生き方をしているが、それでも最たる時のような悲壮さは失せ少しずつ纏う雰囲気を優しくしていると。
 いい傾向だと思う。
 主君、リシャール様のことを忘れたわけではない。
 いや、それどころか。
 世界が救世の喜びにわき返るほどに、何処か心の深い場所が暗く疼くのだ。
 いっそ、現国王などいなければ……それこそ、ゲヴェルにでも……。
「……ナイツの任を受け、国王の信頼を預かる身で……我ながら空恐ろしいことを考えるものだな。僕こそ――叛逆の徒ではないか」
 アーネスト。
「……逢いたいよ、君に……」
「オスカーせっっんぱーーーい!!」
「!?」
 突然の、朝の静寂を壊す訪問者。
 オスカーは慌てて窓から外を見下ろす。と、新たにナイツに選任された年若い少年騎士が、見慣れた普段の姿で屋敷の下から手を振っていた。
「……ウェイン?
 今日は、約束はなかったはずだけど。どうかしたのかな?」
 控えめで大人びた雰囲気を持つ若いナイツはそれでも、先輩かつ同僚であるナイツ・メンバーには子犬のように懐いてくる。
 無論、任務中は一人のインペリアル・ナイツとして経験は浅いながらも危なげなく任をこなして行く頼もしい仲間なのだが。
 こうして、プライベートの時間は本当に年相応で。
 懐かれれば悪い気はしない。
 と、理屈をこねてはいるが、一言で言えば、可愛い。
 実際の容姿も、小柄で線も細く、非常に中性的で愛らしい。
 多少の我が儘も、他の人間には決して言わないので、特別に甘えられているのだと感じれば却って嬉しい。
 なので、オスカーは後輩には結構、トコトン甘かった。
 窓を開け放って、ウェインへ、少し待ってくれ。と声を掛けると。
 いそいそと準備をして、階下へ降りる。
 玄関口で見事な調度品の数々に大きく口を開けて感心している姿が、なんとも愛らしくて、とても王国最高の騎士の称号を受けるナイツだとは思えなくて、オスカーは軽く苦笑を零した。
 と、その密やかな気配に気づいてウェインが先輩にあたる人物に向き直る。
「あ。おはようございます! オスカー先輩っ!!
 すみません、朝早くから」
「構わないよ、で? どうかしたのかい、ウェイン」
「あー…、と」
 何事か用件があったから、こうしてやってきたのだろう。それを、言い難くそうに口ごもる。何故かほんのり頬を染めていたりして。
「? ウェイン、?」
 不思議そうなオスカーの言葉に、少年騎士はようやっと意を決して、言う。
「あのっ!!
 昨夜の人!! 誰か教えてもらえませんかッ!!」
「…………………は?」
 耳まで真っ赤にして、両手に握り拳を作って。
 突然の物言いに、鳩が豆鉄砲状態のオスカーに、畳みかけるようにしてウェインは捲し立てる。
「俺! 昨夜、先輩が誰かと呑んでるのを見てしまって!
 でも、わざとじゃないんです! たまたま、眠れなくて外を歩いてたらそういう場面に出くわして、で、声を掛けようかとも思ったんですけど、先輩、知らない人といい雰囲気でいたから邪魔しちゃいけないだろうって! でも、そしたらその人が…………!
 ………………………………凄く、
 ……………………………………………綺麗で。」
 かぁっと。
 そこまで言ってしまってから、茹で蛸のようになったまま言葉が続かないウェインに、成る程、と察しのよいナイツは苦笑した。
「ふふ、彼が気になるんだ?」
「う、…………はい。凄く」
 素直な返答に、菫色の髪をした穏和な青年は気をよくして微笑む。
「おいで、部屋の中で話そうか。
 ふふっ、そんなに気になるなんてね。もしかして好きになっちゃったとか?」
 ちょっとだけ、色恋にうぶそうな後輩をからかうつもりで何気なく発した台詞に、しかし、ウェインは益々赤くなってしまった。
「……ぷっ、ごめんごめん。冗談だよ、そんなに赤くならないで」
 あまりにあまりな可愛らしい反応に、いてもたってもいられずオスカーは思わず吹き出してしまう。
「っ! 〜〜〜先輩ッ、からかいましたねっ!?」
「あっははは、ごめっ〜〜〜、ははっ」
「〜〜〜何時までも笑わないでくださいッ!」
 赤い顔のまま噛みついてくる姿が、本当に子犬のようだ。
 なんて素直な生き物なのだろうね、と。
 心の底から、この新しいナイツを可愛く思いながら、それでも彼の前途の多難さに多少気の毒さを感じずにはいられない。
「……けど、カーマインを、ね?
 ライバルは掃いて捨てるほどいるし……彼を射止めるのは難しいんじゃないのかなぁ」
 ぽつり、と、呟けば。案の定、何事!? という表情。
「ら、いばるって。
 そっ、そんなにもてるんですか!? その……」
「カーマイン」
「カーマイン……さん」
 そっか、カーマインっていうのか、と軽い感動を覚えるウェインを横目に、オスカーは不穏な事を口走る。
「そ…っりゃあね。
 その他大勢を入れれば、彼に懸想する人間なんて数多し。それこそ、星の数だよ。そういう僕も彼のことが好きだし」
 思っても見ない展開に、ウェインは声を張り上げる。
「えぇぇっ!!?」
 がびんっ! と衝撃の表情のウェインを十分堪能してから、言い含ませるように優しくオスカーは続けた。
「………友人として、ね?」
「〜〜〜〜〜っ、オスカー先輩〜〜〜っ」
「あっははははは! ご、ゴメンッ…! くくくくっ……」
 面白い。
 くるくると表情を変える後輩を良いように揶揄りつつ、それでもちゃーんと甘いのがオスカー・リーヴスの彼たる所以といおうか。
「そんなに気になるなら、今度紹介してあげようか。プライベートで」
「ホントですかッ!?」
 なんといおうか、しっぽが左右に大きく振れている、そんな感じだ。
 本当に可愛いね、と。
 年若く何事にも未熟なればこそ一途な、新しき同胞を優しい気持ちで眺めながら。
「ああ、約束するよ。
 ただ彼も少し多忙な身の上だからね、何時になるとは言えないけど。なるべく近い内に、ね?」
「あっ、ありがとうございますっ!!」
 ぱぁっと、見事に瞳を輝かせて礼を言うウェインに、軽くいいんだよ、と断りながら。
 さて、どうして彼のアポを取り付けようかと。
 史上最強と謳われるインペリアル・ナイツの一人、オスカー・リーヴスは可愛い後輩の願いを叶えるべく計画を練るのだった。



グロラン。少年老い易く、恋成り難し。
というタイトルのマンガを見たことがります
そんな感じでいこうと思います

ヘタレわんこと、天然クールビューティ


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