片恋 2
バーンシュタイン王国に隣接するローランディアで、唯一『騎士』の称号を受ける人物。
彼こそは、『救世の騎士』との呼び声も高い絶世なる美貌の主、カーマイン・フォルスマイヤー、その人。
そして、一騎当千インペリアル・ナイツの中でも、最も新参の少年の意中の相手だ。
救世の騎士ともなれば、特に国王から領地を与えられ。その地に構えた屋敷で青年は寝泊まりをしていた。
人類の厄災『ケヴェル』や『ヴェンツェル』の脅威を薙払った後からも、彼らがまき散らした性質の悪い魔物はその生命力の強さから野生で生き残り、それらの討伐が定期的に行われている。その任を終え、丁度カーマインは屋敷へ戻る所だった。
夕暮れの、朱に染まる空のした。
ぼんやりと、明日から始まる一週間の長期休暇の過ごし方を考える。
ひさしぶりに、温泉でも行ってみても良い。
そんな呑気な事を考えながら、紫黒髪の青年は、王都から領地までの少しの道のりを歩く。
生粋のグローシアンである義理の妹が、彼女の特異な能力『空間転移』を使って屋敷まで送ると言い張ったのを、カーマインは頑なに断って今に至る。
活気に満ち、人いきれする王都から、徐々に寂寥感を増して行くこの道行きが、青年は割と気に入っていた。
「……空が、綺麗だな。炎(ほむら)の映り色のようだ……」
ふと、足を止めて見事な赤橙に染まる天空を見上げる。
このところ忙しさ追われ空の美しさを堪能する暇もなかった。そう思うと、今度の休暇はゆっくりと骨休めに使おうという決心もわいてくる。
「………、オスカー?」
と、ふいに気配を感じてカーマインは視線を正面へ戻した。
求めた先には、そう、隣国バーンシュタイン王国の誉れ最強の騎士と呼び声も高い、インペリアル・ナイツが一人、オスカー・リーヴスが、夕照る光の中佇んでいた
眉目流麗、品行方正、そのような四文字熟語が似合う青年で、穏やかな性格や人当たりの良さが万人に好まれる王国きってのナイツだが、その彼が何故ここに、と。
何事にも動じない冷静さを持ち合わせる救世騎士にしては珍しく、驚いた顔をしている。
「……やあ、久しぶり。
っていっても、この前の祝賀パーティからたった一週間だけどね」
対して、オスカーはにこやかな表情だ。
こんなところに突然、隣国の最強ナイツがわいて出るモノだろうかと、夜の色香をその身に纏う青年は難しい顔をしたままだ。
「ちょっと話がしたくてね、君が明日から長期休暇に入るときいたものだから♪」
「……話?」
「ああ、うーん。話というより『お願い』だね」
インペリアル・ナイツ直々のお目見えで、しかも休暇中を見計らっての『お願い』だ。カーマインは何事かの事件かと……それこそ、ケヴェル関係の厄介事が持ち上がったのかと真剣な面もちで切り返した。
「…なんだ?」
辺りは徐々に薄闇に染まり出す。
近しい距離にいなければ、相手の顔すら判別つかないだろう。
「ふふ、そんな恐い顔しないで。別に不穏な話じゃないよ、もっと個人的な頼みなんだ」
にっこりと微笑んで言う姿が、夕闇に霞んで見える。
「……?」
このように、目の前の人物が上機嫌でいるときは、何かしらよからぬ企みが腹にあることを、長くもないつき合いで知り得ているカーマインは微妙に嫌そうな顔をする。
しかし、相手の変化を知りつつも素知らぬ振りで、小悪魔的な所のある王国騎士は嬉しそうにわけのわからない事を訊いてきた。
「君、年下に興味在る?」
「………は?」
思いっきり綺麗な顔を顰める、その反応は、在る意味真っ当で。
やだな、年下を恋愛対象とみれるかってことだよ。
などと、相変わらずにこにこと裏のある笑顔を振りまきながら、オスカーは益々救世の騎士を混乱に陥れる。
「あぁ、ゴメン。訊く順番が違ったね。
今、恋人とか意中の相手(ひと)とかいる? 君」
「………いや、」
「そうだよね、今のところは君から想いを寄せる対象はないんだよね」
周囲の人間の熱い想いを、それは様々な形ではあるが、一身に集める一輪の月下美人。その彼の鈍さをよーく把握しているオスカーは、少しだけ報われぬ人々に同情すら覚えてしまう。
が、今は可愛い後輩の恋心を実らせてやるのが先決だ。
歩きながら話そうか、と、誘いかけて。
ローランディア随一にて唯一の騎士に与えられている領地に向かい、歩を進める。
「先週の祝賀パーティなんだけど、主役の少年を覚えてるかい?
小柄で、柔らかい黒髪をした新しいナイツ・メンバー。素直な性格でね、とてもいい子だよ」
「………あの、小犬のようなのか」
「そうそう、ウェインっていうんだ」
少し考えて、なにせ一週間も前の、それも一回遠目に視界に入れただけの相手だ。
記憶の片隅に残っていたらしい新たなナイツをおぼろげながらに思い出せば、何故か酷く嬉しそうに微笑まれる。
「で、」
「?」
「最初の話に戻るけど、君。年下は恋愛対象として見られる?」
「………それが、今の話とどういう関係があるんだ……?」
軽く脱力するカーマインを余所に、人が良さそうに見えて実は結構いい性格をしている最年長のインペリアルナイツが、大いに関係するからとっとと答えてね? と、最早脅しにも近い質問の仕方で回答を急かしてくる。
はぁ…、と。
なんとも投げやりな気分で、しかし、キチンと救世騎士は答える。
「――余程、童女とかでもない限りは……」
「だいじょうぶ?」
「…だと、思うが…?」
得られた言葉に、オスカーは満足そうに、にっこりとした。
「それはよかった」
なにがよかったのかについては、とりあえず言及せずに。
「それで、まさかそんなことをわざわざ訊きに来たのか……? ナイツが守護するべき国を留守にしてまで……?」
至極尤もな疑問を口に出して、話題を逸らそうとする。
「それだけでもないんだけど……。
それに、あっちの方はジュリアがいるから、彼女に任せておけば大丈夫だよ。彼女がどれ程優秀で頼りになる人物かについては、今更僕が語ることじゃないだろう?」
なにせ、君たちは共に戦った経験もあるのだから。
そう、言外に含みを持たせてオスカーは前方へ視線を投げかけた。
「あぁ、そろそろ君の館だね。
……って? ゲル、だね。この辺にはまだ居るんだね」
何処までもマイペースを貫く古参のナイツに振り回されっぱしの会話は、突如わいて出たゲルモンスターによって中断されてしまった。
緑色の、半透明半流動体型。
陸クラゲなどという俗称もついている、結構ポピュラーなモンスターだ。強さの程度といえば、素人が適当に武器を振り回しても追い払える位のものだが、それでも毒を受ければただでは済まない。
無論、一騎当千のインペリアルナイツや、救世騎士の敵ではないが。
「……そうだな、…そこまで目の敵にする程のモンスターでもないからだろ」
軽く応えて、片手に火種を召還すると、カーマインは一気に手元の炎をゲルへと踊らせた!
ギュギュ、ギィッ!?
ダメージを負っての悲鳴、というより、降ってきた炎に驚いてのモノなのだろう。
慌てて逃げ出すゲルを、しかし救世の騎士たる青年は視線で追っただけで、あえて追撃を避けたようだった。
「トドメは?」
さらっと酷な言葉を吐く隣人へ、カーマインはゆっくりと頭を左右にふった。
「そこまで、……する必要はないだろう…?」
在る意味、慈悲深きともとれる隣国の騎士の行動を、しかし王国のナイツは賛同せずに否定的な態度を示した。
「……けれど、一般市民にとってみればゲルも十分な脅威だよ。根絶やしにしろ、とまでは言わないけどね……。
こんな王都の直ぐ傍まで現れるようなのを、そのまま放置しておくのは同意しかねるね」
他国のこととはいえ、王を、国を、民を、我が身より重きにするインペリアルナイツにしてみれば、見過ごすことの出来ぬものなのだろう。
「……悪かったな…」
だが、他人に命令や意見をされることを極端に嫌う傾向がある救世騎士は、少しばかり顔を顰めて無言で背中を向けた。
そんな様子に、機嫌を損ねたかな? と、己の失言に気づくオスカー。
ここはバーンシュタイン王国ではなく、その上、相手は部下でも同僚でもないのだという事実を、すっかり失念してしまっていて。
つい、いつものように――…、配下の者を窘めるようにしてしまった。
「…すまない、過ぎた口出しだったね」
「………いや。」
常にも増して口数が少ないのは、不機嫌な証拠だ。
これが双剣使いの元・ナイツだとすれば、色々と手の施し用はあるのだが。相手は可愛い後輩の想い人。無体な真似はしたくない。
さて、どうしてものかと考えを巡らせるオスカーの視線の先で、太陽が完全に遠き山々の影へ沈んでいった。
……闇が、迫っていた。
そして、その闇を振り払うかのような灯火が近づいて。
「……寂しげな風情だね、ここは。
――…世界は、喜びに沸き返っているというのに……」
なぜだか、切なさ募り胸が詰まる光景に、秘めるはずの繰り言がこぼれ落ちる。
「――そうだな…」
無二の存在を同時に失った苦い経験を持つナイツの、皮肉まがいの寂しげな台詞に、ローランディアに籍を置く唯一騎士とて通ずるところがあるのだろう。
小さく相槌を打ってみせる彼の言葉に、既に険は感じられなかった。
ガゴゴゴゴッグギュ、グググググギュギィィィィィ………。
獣の激しい遠吠えに、バーンシュタインの若きナイツは思わず茂みで身を竦ませた。
慣れない野戦。
慣れない地形。
慣れない相手。
その、どれもがウェインにとって不利に働いていた。
更に付け加えるならば、日は既に傾き、辺りは夕闇が迫りくる。
最も、戦闘における優れたセンスを発揮する彼だからこそ、未だに無事であるのだが。
(……まずいな。
こんな山中じゃ、大鎌で戦うのは却って不利だし……かといって、他に武器にできそうなものも……)
魔法は、例えば、ソウルフォースやメテオといった大呪文ならば結果はわからないが、通常の攻撃魔法を試してみたところ……全く功を奏さなかった。
(〜〜〜こっ、んなことなら。日頃からマジメにやっとくんだった、魔術鍛錬ッ!)
魔法全般が苦手なわけではないが、それでも剣術の腕に比べれば話にならない程度だ。
元々、体を動かす方が性に合っていることもあって、人並み以上の腕はあっても人智を越えた能力は無い。
(おまけに、あの再生能力……。
厄介なんてもんじゃない…これが……あの、ゲヴェルの尖兵ユング……)
話にはきいていた、……いや、話にしかきいたことのない、特殊で強力なモンスター。白い甲殻を持ち、鋭い牙と爪を持った、大型の怪物で。性質の悪いことに、魔法や自己再生の能力も有している。
この手強いモンスターが世界を闊歩していた時代といえば、まだまだ見習い一兵卒。王国の守護者たるインペリアルナイツの加護の下、ただ、街の人々を先導するだけの兵士として国に仕えていたので、実際、戦闘の経験は愚か、目にするのもはじめてだ。
(……こんなに、手こずるなんて……)
しかも、相手は二頭。
当初は四体もいたのだが、なんとか二頭は倒し、残りは半分だ。
一頭は既に見失ってしまっていたが、もう一体がしつこく自分を捜し回っていた。その腕には、もはや再生を終えた傷がうっすらと痕を残している。おそらく、自らを傷付けられた怒りが収まっていないのだろう。
(どうする……? このまま潜んでいれば……見つかることはないだろうけど)
新米とはいえ、かりにもナイツの称号を受ける身でありながら、みすみすユングを取り逃がしたとあっては、一騎当千の名が泣こうというもの。
ここで、逃げるわけにはいかない――…!
リングウェポンの、冷えた表面を確かめるように撫で、ウェインは呼吸を調えると意識をユングに集中させた。
(せめて、……あの気が立ってるのだけは倒しておかないと……)
位置を特定するために、心を落ち着けて気配を辿る。遠くで下草や枯れ葉を踏みならす荒々しい足音が、仕留め損なえば却って危険な相手だ。慎重に狙いを定めなければ、と。
気配を消して、ウェインが移動を敵を追尾しようとした、……その時!
丁度、少年騎士が身を潜ませていた茂みの上から、思っても見ない身軽さで見失ったはずのユングの片割れに強襲をかけられたのだッ!!
「ッ!?」
低い呻り声、続く脇腹への鈍痛。
咄嗟に身をかわすも間に合わず、穿たれた傷からは目にも鮮やかな色をした体液が、溢れ出す。独特の、生臭い暖かさが脇を伝い、下肢を濡らして地面に血溜まりを作る。
「くっ……、」
その、むせ返るような臭いに、一層ユングは沸き返り雄叫びを上げた。
「なっ、めるなよッ!!」
左の脇腹に深手を負いながらも、ウェインはリングウェポンを具現化させ、ユングに向かい一閃する!
が、太刀筋に精細さは欠け、余裕の体でかわされる。
「………ッ、くそっ」
じりっ…と、後退する獲物の弱り具合を察したのか、ユングは一度距離を置いた。
おそらくはこの場にウェインを留まらせ、勝手に獲物が力尽きるのを待つ腹づもりなのだろう。証拠に、一向に敵は姿を眩まそうとはせず同じ場所で此方を伺っている。
逃げようと、背中を向けた途端に襲いかかられるだろうことは、想像に難くない。かといえ、真っ正面からツッこんでゆけるほど命知らずでもない。
「〜〜〜なぶり殺しか……」
は、ぁ、と。
大きく息を吐いて、ウェインは似合わぬ自嘲の笑みを浮かべた。
(……ナイツになって早々殉職なんて、洒落になんないよな…)
何が最強の騎士かと、おそらくは野次られてしまうのだろう。いや、そんなことはいい。けれど、やっと肩を並べたばかりのオスカー先輩やジュリア先輩にまで心ない言葉が投げかけられてしまうかと思うと、情けなくなる。
(……こんなとこでッ、死んで堪るかッ!)
強く思うウェインの心に共鳴するかのように、リングウェポンがピィンと張ったような音を鳴らした。
救世の騎士として、ローランディア国内は言わずもがな、全世界にその名を轟かす青年。その、彼の館といえば、勤務時間を終えた使用人が既に帰路につき、日が沈む頃には静かな佇まいとなっていた。
主の帰りを待ち侘びるかのように、館のエントランスには煌々と明かりが灯る。
「結構、距離があるものだね。王都から」
「ああ」
厳重な門構え、その鍵を開けながら館の主たる青年が短く応えた。
と、客人にあたる人物が、なにやら辺りをキョロキョロとうかがう気配をみせ、カーマインは魅惑の妖眼でもって意図を問いかける。
「えー…っとね、この辺に人を待たせていたんだけど……」
「人を…?」
珍しい。
素直にそう思って、青年はナイツの指す人物を周囲に求めるが、その痕跡すらない。第一、この、人当たりが良さそうに見えてその実、特定の相手と親しくなることのないバーンシュタイン王国に華麗に花開く『毒花』の連れなどと、想像もつかない。
「……カーマイン。今、君。なんだかとても失礼なことを考えただろう…?」
加えて、嫌になるほどのカンの冴え。
「……いや、別に……、?」
慌てて否定してみせる救世の騎士は、ふいに、夜風に運ばれる馴染んだ香りに表情を硬くした。
「……オスカー」
「ああ、これは……」
隣国のナイツたる青年も、遅ばせながら身に覚えのあるそれに気が付き眉を寄せた。
「「血の匂い…」」
二人の言葉が重なる。
微かなそれではあるが、風にのって香る程の出血量だ。したくもない想像が胸の内を占める。
「人を…待たせていたんだな…?」
「ああ」
「……見あたらないな…」
「悪いね、カーマイン。少し、様子を見てくるよ。
君は家にもどっ…」
「――れるわけないだろう…、俺をどんなヤツだと思ってるんだ……?」
呆れながら言う救世の青年へ、嬉しそうにオスカーは微笑んだ。
「そう言ってくれるヤツだと思ってるよ?」
ぬけぬけとはこのことだ。
けれど、必要以上他人へ求めないオスカーの、これは癖のようなものなのだろう。とりあえずは、他人の手を借りずに物事を進めようとする。
悪いことではなく、寧ろ、インペリアルナイツともなれば『そうする』方が余程効率がいい場面も多いのだろう。
なので、特に言及することもせずに。
「行くぞ…」
「あぁ。行こう」
騎士達は、闇一色に染まる森へと足を踏み入れたのだった。
オスカーは優しい人だと思います。
優しし過ぎて何もたくさんの事に縛られて
何も選べない悲しい人なんだと思います
孤独を"知らない"愛しき死神
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