片恋 6



 暫くの間、その場に縫い止められたようにして、年若い騎士は微動だにせず。
 オスカーは、彼の心の内の葛藤を察して、ひたすらに無言を保つ。  さわり、と。
 夜の冷えた風が、二人の間を通りすぎていった。
「……オスカー先輩、俺…」
「諦める?」
「…………」
「おエライ連中っていうのはなかなか手を焼くよ。僕たちも若い頃は煮え湯を飲まされた口だからね」
「………俺、は…」
「――止めておいた方が賢明だよ。
 身を焦がすような想いもいずれは朽ちてゆく、忘却の中でね。一時の激情で未来を失うこともないだろうね」
「…………っ、け、ど」
「――それにね、君だけじゃない」
「……?」
「…彼にも、辛い事になるよ。それでも、想いを貫きたい…?」
「!! ………、…………」
 若い騎士は沈み込んだ。生き生きとした小犬の姿はそこにはなく、苦悩を抱えた一人の若者が。
 愛しい気持ちが、あの人を傷付け苦しめる。
 なら、――どうすればいいのだろう?
「………でも、俺はっ…」
 緩やかな時の流れに任せて忘却を待つなどと、到底、応じる事など出来ぬと。
 ――…黒曜の眼差しが、激情に切なく歪められる。
「……俺は……、あの人が…あの人をっ……」
 優しいもの全てを静かなままで拒絶して、何処までも、孤高な英雄。
 世界を救い、人々を護り、……その英知讃えられる華やかな影に、落ちる腐敗。
「――………」
 想いは募り、胸を締め付ける。
 あの、綺麗なひとを護りたいと願うのは傲慢だろうか。
 年若いが故の、無謀と嘲りを受けるだろうか。
 ぎゅ、と、己の無力を呪うかのように握りしめられた両の拳が、戦慄(わなな)く。
 と、ふぅ、と一騎当千の強者と謳われる、バーンシュタインの騎士は軽く嘆息した。
 若い、真っ直ぐな……無垢過ぎる程の、綺麗な想い。
 その、狂おしいまでの愛おしさを、若さゆえの未熟と言い切ってしまうには、――最強の称号を戴くナイツもまた、……苦い悔恨を抱き続けてきていたから――。
「……? オスカー先輩…?」
 無言のままに、オスカーは後輩の掌に紙片を押し込んだ。
「どうするかは、自分で決めなさい」
「………?」
 何を? と、浮かんだ疑問のままに、紙切れを広げると、そこには丁寧な手書きの地図が描かれていた。
「………! オスカー先輩っ…、俺…………行って来ます!!」 
 瞬間、弾かれたようにウェインは視線を上げ、走り出した!
「……やれやれ」
 あれよあれよと言う間に小さくなる後輩の後ろ姿の、その妙な頼もしさに苦笑し、知的な美貌の騎士は一人ごちた。
「一緒に連れていってください、って、ゴネらてた時はどうしようかと思ったけど、やっぱり……これでよかったみたい、かな」
「……相変わらず、人が悪いヤツだな。お前は」
「っ!?」
 耳に馴染んだ、――独特の艶を伴う、怜悧な声。
「……びっくりした」
 一瞬、――ほんの一瞬だけ、ド肝を抜かれて凍りついたものの、直ぐに、穏やかな微笑を取り戻して、返す言葉に笑いを滲ませた。
「…人が悪いのはお互い様だよ。  どうしてここに……?」
「――義眼の剣士にお前がここにいると」
「……そ、っか」
 オスカーは、かつての戦場では時に強敵てきとして立ちはだかり、時に、戦友(とも)として背を預け合った屈強な一人の男の姿を思い浮かべる。
 無骨な外見に反して、意外な程に人の心の機微とやらに通じる剣士の心遣いに感謝しつつ、バーンシュタイン屈指の騎士は満天の星空に向かい囁いた。
「…直ぐ、行ってしまうのかい? ……」
「………」
 返答の代わりに、二人の間に吹いた風がさわさわと梢を揺らしてゆく。
「……ずっと、逢いたかった」
「――今更、俺がお前に会わせる顔など……」
「…――逢いたいんだ」
「――……」
 王国を守護するインペリアル・ナイツとしての責務、叛逆の徒として刻まれし罪。胸の内に燻り続ける気高い誇りと、自尊心。後悔と――懺悔。
 二人、肩を並べあい切磋琢磨し、昂みを目指したのが、まるで遠い過去の出来事に――…いや、始めから存在すらし得ていなかったようだ。
 実際、王国の貴族達を始め権力者達は、汚辱にまみれたナイツと偽王の記録と記憶を出来うる限りに排除した。
 ――表向きには、双剣の騎士は戦死――、リシャール前国王は病死となっている。
 かつての戦乱で命を賭して戦った同胞たちとて、末端まで須く事情を知るわけではない。戦場いくさばの混乱の最中、正確であった情報は歪み、雑多なそれと混じり合って乱され、後々になってとってつけたように発表された情報を皆信じ込んだのだ。
 今となっては、真実を知る者は数少ない……更に、深き真を知る者など、一握。
「……行こう」
「? ――何処へ…」
 未だ、姿すら見せずに言葉だけで会話と情をかわす二人。
 そのもどかしさに焦れたのは、清廉たる美しさの百合を連想させる騎士が先であった。
「…カーマインの、彼の館に。
 二人とも、今晩は帰らないだろうから……あの場所なら誰にも邪魔されない」
「………」
「流石に二人並んで、ってわけにはいかないからね。
 ――場所、知ってるよね。待ってる……」
 伝えるべるべき事を全て吐き出して、オスカーは夜の静寂を乱さぬ足取りでその場を離れた。



 閑静な装いの高級住宅街。
 その昔、身よりない孤児だった頃には、足を踏み入れる事すら子ども心ながらに禁忌を感じさせた場所。
 栄えあるインペリアル・ナイツの一員として認められた今でも、微か、胸の奥がさざめいて落ち着かない。
「……え、と。この辺のはず…なんだけどっ……」
 手元の地図と周辺を見比べながら、騎士たる少年は首を捻った。
 どこもかしこも似たような邸の造りで、おまけに周囲は闇に閉ざされている上、土地感はゼロ。八方塞がりの状況であったが、ウェインは諦めずに一つ一つを確かめていった。
「――あ。」
 淡い黒髪が洗い立ての小犬を彷彿とさせる少年は、一つだけ、異様な風体の建物に目を留めて、声を出す。
 そこは、――明らかに他の邸とは建築そのものから違っていた。
 無駄な程に煌びやかさを競う他の建物達とは異なり、木造の重厚さ。月日を得て、更に味わいを増すどっしりとしたその館は、おおよそ、貴族趣味とはかけ離れていた。
「……ここだ」
 手入れこそ行き届いてはいるが、生活感が欠落した邸の窓には、一つだけ灯りがともっていた。
(居る――帰ってるんだ…)
 呼び鈴に手を掛ける。
 大きく深呼吸をすると、覚悟を決めて鳴らした。
 暫く待って、開いた扉の向こうから覗いた色違いの対が、驚愕に大きく見開かれていた。



 気まずい沈黙、重苦しい空気。
 今はもう、そう使われることもないキッチンで茶の用意をする稀代の英雄は、困惑のままに嘆息した。
 どのような経路で若きナイツがこの場所に現れたのか、問いつめる気も起こらない。
 おそらくお節介な連中が気を回したのだろう事は、想像に難くない。
「………」
 一方、ウェインも、これからどうしたものかを考えあぐねていた。
 逸る心のままに愛しい人の元へ訪れたものの、何を言うべきか、何を行うべきか、未熟なお子さまの手には余る問題なのだ。
(……お、おこってる、…のかな?)
 第一、――ウェインは今、余裕の一欠片すら持ち合わせてはいなかった。
 先程から無言のままの救世の騎士。扉を開け放ち、その先に姿を現した人物の意外さに、ほんの一瞬だけ目を丸くしたものの、それからは能面のような無表情だ。
 こうして一切の感情を押し込めている様子は、彼自身の人外の美貌と相まって、奇妙な迫力がある。
 ――自らの考えの無さが、ローランディアの誉れたる英雄の不興をかったのではないかと、一時として落ち着かない。
 コトリ。
 小気味の良い音がして、カップが目の前に置かれた。
 それに、無造作にテーブル上に置かれたシロップを充分に注ぎ込む甘党な少年。
 優しい芳香、微かにアルコールの香がするのは気のせいだろうか? 一口、二口と味わって、強い苦みに内心で首を捻りながらも平静を装いウェインは礼を口にする。
「……ありがとうございます…」
 それっきり、若き騎士は口を噤んでしまう。
 身じろぎ一つしない相手に焦れたわけでもないだろうが、意外にも、先に口を開いたのはカーマインが先であった。
 向かい合うようにして設置してある椅子に座るでもなく、煎れたての茶を片手に壁に背中を預ける姿勢で一言。
「………何の用だ」
 とりつく島もないとはこの事だ。
 弁明を赦さず、虚言も寛せず、ただ一筋の真実だけを求める鋭き眼光。
「あの、俺…。……。カーマインさんを探しに来たんですっ。
 ……どうして黙っていっちゃったんですか?」
 人生経験の浅いお子さまなどあっさり怯んでしまうが、萎縮している場合ではないと、自らを発起させ、ウェインは尋ね返した。
「――お前には関係」
「ありますっ!!」

 バンッ!!

 両の掌で机を叩き付け思わず椅子を蹴倒す勢いで立ち上がるウェイン。
 出鼻を挫かれたカーマインは、やれやれといった様子で軽く溜息を吐いた。
「あ。……その、…俺。………すみません…」
 そんな艶やかな青年の姿に、己の非礼さを自覚し、少年は身を小さくする。
「……急な呼び出しを受けただけだ…。
 任務を言い渡されてあるからな、暫く邸には戻らない。怪我が治るまで向こうは好きに使ってくれて構わない。
 ――足りないものがあるなら、近くに管理人事務所があるから―……」
「俺――…」
「……?」
 ふいに、カーマインの言葉を遮るようにしてウェインは呟いた。
「……貴方が……、………好き、です……」
 絞り出すようにして紡がれた告白に、冷戦沈着で淡泊な印象すらある救世騎士とて目を見張る。
 しかし――直ぐに、元通りの無表情で、
「好意は有り難いが、…余り俺に関わらない方がいい」
 拒絶を吐いた。
「………」
 真っ直ぐな心根の少年騎士、彼の沈黙をどう理解したのか、カーマインは更に続けた。
「俺ではなく…極身近に目標となる人物がいるだろう…? 国の誉れとしての呼び声も高いナイツ達が…。
 お前のようなヤツはアイツ等の背中を見るべき……、………」
 雨に打たれ、濡れて凍える子犬のような眼差しだった。
 何故だか得体の知れない罪悪感に苛まれ、言いかけた台詞を全て飲み込んでしまう。
「……好きなんです。
 …尊敬とか憧憬とか崇拝とか、そういうんじゃなくてッ……!
 ――俺、……貴方が『そういう意味で』好きなんです…」


 王都より少し離れに位置する光の救世騎士グローランサーの領地は、一部一般公開される施設や公園を除き、水を打ったような静けさが支配する場所だ。
<  元より、騒々しいのを嫌う彼らしい邸宅といえばそうだが、世界的な英雄として奉りあげられる救世主の屋敷にしては、余りに寒々しい。
 佇まいだけはやたらに立派だが、生活感に乏しいその建物は、屋敷というよりは何か、博物館や美術館といった建造物のようだ。
 キィ、と。
 甲高い悲鳴を上げて外門が蝶番を(きし)ませた。
 その耳障りさに微かに眉音を寄せながら、バーンシュタイン王国における最古参且つ最強のナイツ、オスカー・リーヴスは邸の扉の方に歩く。
 そして、懐から五つほど違う鍵の下がる束を取り出して、その内の一つを迷うことなく鍵穴へ差し込むと、重厚な扉は呆気なく左右へ口を開けた。
 戦火の折り、流石に互いの邸を行き来するようなつき合いはなかったが、世界が平穏を戴いた後何度か訪れた場所だ。勝手知ったるとはこの事。
「ふぅん、……目利きがいるようだね…趣味がいい」
 とりあえずは茶の用意でも、と、茶器と数十種類の茶葉を保存してある場所までゆき、その見事な品揃えに感心するオスカー・リーヴス。
 白磁に鮮やかな色使いの唐草模様が美しい、独特の絵調の茶器【ヴァリ・ヴォーリ】。 値段そのものもそれなりに高価な品だが、金銭的な優越だけで比較すればさほど高級品とは言えない。だが、金持ちの道楽連中ならいざ知らず、真に茶を愛する人間から最も好まれる茶器がこの銘柄だ。
 それに、用意されている茶の葉はどれも最高級の品。
 欲しいと思う三種類の葉は探すまでもなく見つけられた。分かり易く整理されているのにも好感が持てる。この邸で働く人間は余程上質の人間だろうと機嫌良く必要な用具を運び出すのだった。
「……美味しいね」
 二番煎りのブレンド・ティーを一口含んで、見目麗しき菫の青年はほうっと息を吐く。
 救世の騎士の邸を訪ねる度に宛われる部屋は、西館の最際。何時も同じ場所だ。既に専用の客室として用意されているそこで、オスカーは自ら煎れた香茶を味わっていた。
 目の前にはもう一人分の茶器が並べられている。
 品高いカップは程良く温められているものの、使われた形跡はない。
 待ち人はいまだ、来たらず。
 しかし、必ず『彼』は現れるという確信が、最強を謳われる騎士の胸中にはあった。
 肌寒い季節というのに西向きのテラスへの窓は大きく開け放たれいる。その様はまるで、両の腕を精一杯に伸ばし、愛しい存在を迎え入れようとするかのようだ。
「……ウェイン、巧くやってるといいけどね」
 琥珀色の甘味淡い液体を楽しみつつも、気を揉んでしまうのは可愛い後輩の色恋沙汰。「カーマインもいい加減、強情だから」
 そのどちらも、愛すべき不器用達。
 何処までも真っ直ぐに想いを伝えるだけしか出来ない、未発達なココロを抱えた子どもと、汚れ無さ故に呆気なく濁堕した、脆弱な美しさを秘める存在。
「……外野はなんとでも出来るしね。僕としては…巧くいって欲しいな」
 妖艶にて高潔の魂を持つ光の騎士と、まるで人懐こい子犬のように愛らしいナイツ。そのどちらもが、麗しのインペリアル・ナイツにとって甲乙つけ難く好ましき愛すべき存在。 彼らが互いを大切に感じあったとしたら、如何に幸福な事か。
「ふふ…っ、けどあの二人が恋人同士になんてなったら。
 ………可愛くてイジワルしたくなるなぁ…」
 カーマインの腰を抱いて、口唇を浚う直前にまで顔を寄せて、必要以上に触れて。そうしたら、あの素直な子犬はどんな反応を見せてくれるだろうか。
 想像するだけでも面白くて、口元が綻んでしまう。
 ばたばたばた……
「………」
 芳しい香りを楽しみながら、一人悪巧み中の優しい美貌の青年は、テラスの白いレース編みのカーテンが大きくはためいてみせたのに、気をとられた。
 そうして彼を包み込む雰囲気は、さながら、四角く仕切られた世界に未知の風が舞い込んできたように、柔らかく、軽やかに、変化した。
「……来て、くれたんだ」
 ゆうるりと、藤の華のように可憐且つ高貴な双眸は笑みを形取った。
「そんなとこいないで…ね、外は寒いよ」
 慣れた手つきで並べてあった茶器に、琥珀の煌めきを注ぎ込む。
「窓、……閉めて」
 囁きは、酷く甘い響きだけ残し夜に融けていった。



 行き詰まる空気に曝され、幼い騎士と世界の英雄はまるで永劫とも思われる長い間、視線を絡ませていた。
 しかし、互いの視線の意図に、少しの相違点も無かったが。
 光の救世騎士と謳われる稀代の英雄は怪訝な表情を崩さずに、呆然と。
 新任のインペリアル・ナイツで最年少騎士称号を受ける少年騎士は、切なさを秘めて。
 見つめ、合っていた。
「……言う意味が…」
 長い膠着を破ったのは、艶やかしい美貌の主、カーマイン・フォルスマイヤーだった。
「…よくわからない…」
 冷淡な拒絶の言葉ではなく、途方に暮れた声で零す。
「………」
 これには、物怖じしない少年とて答えに窮した。
 口にして伝えられる全てを差し出して、それでも理解に苦しむと返されてしまっては、更なる手だては皆無だ。
 はっきりと性的な意味合いを含む愛情だと、それこそ『貴方に欲情してます』とでも明言してしまえば、色恋沙汰に疎い救世騎士とて流石に解するであろうが。
(………なこと、言えるわけ…)
 かぁっ、と。
 頬を熱くさせて口籠もる小柄な騎士に、カーマインはほんの少しだけ小首を傾ぐ。
「ウェイン…?」
 困惑のままに可愛らしく整った容姿の少年の名を呼ぶと、つぶらな黒の(まなこ)がしっとりと濡れていて、上目遣いに見上げてくる。
 緊張の為か、頬が見事な桜色に染まっている姿はいつもにまして愛らしいウェインだ。
「………カーマインさん……」
「………?」
 返答の代わりに、絶世の面に翳りと憂いを帯びる妖眼を閃かせる騎士。
(……綺麗……だな…)
 その眼差しの凄烈なまでの美しさに灼かれて、ウェインは暫し見惚れ、意識の外で言葉はするりと零れて落ちた。
「……キスしていいですか…?」
「………っ!?」
「…俺、こういう意味で告白したんです…」
 ソーサーにまだ中身の残るカップを直し、ウェインは壁に寄りかかるようにして立っている青年の傍へと距離を詰めた。
 まるで、悪質な病に冒されているかのように。
「………ね、……させて?」
 奇妙に大胆になれた。
 男の気配を纏い迫りつつも、子どもらしい物言いで我が儘を押し通す。
「ウェインッ…!?」
 間近に迫った淡い黒の双眸が思いがけずに真剣で、息を呑むカーマイン。咄嗟に相手の体を押しのけようと両手を突っぱねた。それが、丁度脇腹の傷口に触った。
「痛ッ」
「……!」
 小さく悲鳴を上げる少年ナイツの、痛々しい反応に、抵抗の腕から力が抜ける。その一瞬の隙を見逃さず、強引に、若い騎士は口唇を合わせた。
「っ、〜〜〜〜!」
 逃れようにも存外力強い腕でかっちりと躰を絡め取られ、背中に感じる冷たい感触と、柔らかな温もりの合間で混乱してゆく。
 ……長すぎる接吻は、光の救世騎士たる青年の強固な理性を、ゆるやかに侵していった。
 やがて濃厚な愛の行為は、残滓を引いて終わりを告げた。
 無理矢理駆り立てられた熱情に潤む瞳は、片は悩ましげな夜の色、もう片方は快に溺れた聖者の黄金の色をして、己を攻め立てた小さな存在を見下ろした。
 ――…すると。
「………?」
 胸元に掛かる重み、安らいだ寝息。
 今し方、飢えた獣の如く牙を剥いて襲いかかった若い騎士は、穏やかな顔ですっかり寝付いていたのだ。
「……――っ、」
 一気に緊張の糸が解けて、カーマインは幼い寝顔でいるお子さまを掻き抱いたままその場に崩れた。
「……っ、なに…」
 をされたの、だろうか。今。
 呆然と、あった出来事を反芻すれば、瞬間的に体温が跳ね上がった。
「こんな…」
 無鉄砲なお子さまの何をも顧みぬ行いに翻弄され、カーマインはただ溜息一つ零し。
「……酒…?」
 と、幾ばくか落ち着きを取り戻して呟いた。
 己の舌に摂取した覚えもないアルコールの残り香を感じ取って、怪訝そうに眉を寄せたのだ。
「………!」
 思い当たって、慌てて視線をテーブルの上へ向ければ、案の定。
「…シロップと…間違えて……」
 アルコール度数50度の強烈な酒は、一滴残らず、ウェインの紅茶に注ぎ込まれたらしい。洒落たデザインの小瓶では、違えたとしても仕方がなかろう。
「……この…酔っぱらい…」
 くしゃりと柔らかな毛並みを撫ぜて、冷酷な外見に反し意外に面倒見の良い青年は、極めてプライベートでしか見られない年上然とした微苦笑を浮かべるのだった。



カーマインは少し浮世離れしてるので
色々なコトが感性的なモノで決まります
多分Bが強いAB型(変人扱い)。ウェインはO型だと思います。

初チュウは勢いに任せてがセオリー

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