
崩落
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
左目の上を、額から頬にかけて斜線に走る傷跡が、強面の容貌に拍車をかける竜騎士は、古き幼きより傍で時を過ごしてきた親友の姿を求めていた。
昔から、何をさせても器用に人より才覚を目覚めさせる友は、終焉の未来、竜騎士という立場にあっても、その才能を存分に開花させていた。
これまでの常識の一切を覆す、素粒子化による、世界の変動。
得体の知れぬ破壊者との闘争。
掛け替えの無いひとの、喪失。
それら全てを呑み込み、彼は――刹那的に暴走気味に、己を戦闘に酷使していた。
「カラス」
ラクリマでも珍しい、白銀の髪が視界の端に留まり、体格の良い竜騎士は足を止める。
「…フクロウか」
名を呼ばれた痩身の青年は、億劫そうに低く応じた。
元々は優しい亜麻土の髪と鳶色の双眸であったものが、データ転換時のトラブルにより、白銀緋眼の凄烈な容姿に変化した青年――カラスは、その風体のお陰で何処にいても目立つ。
カラス自身は異様な姿だと嫌っているが、頻繁に姿を晦ます彼の悪癖を思えば、逆に好都合な位だと言うのは、常に彼を探す役目を言い渡されるフクロウの言い分だ。
「どうした、こんな処で」
ラクリマの地下街を一望する――といっても、低い天井に押し込められた暗い箱庭の世界なので、決して美しい風景、というわけにはいかないが。その展望台の頂上で、変異した世界を象徴するような容姿の青年は、不安定に緋色の眼差しを揺らす。
「召集か?」
此方の質問には答えず、逆に用件を問われる。
閉塞された地下街の明かりを見下ろしたまま、視線すら合わせようとしない幼馴染みにフクロウは鈍い痛みを覚えた。
「――いや、そうじゃない」
「なら、……一人にしてくれ」
昔から――後先顧みずに無茶が出来る性格ではないだけに、内に溜め込んでいる感情の行き場がないのだろうと、隻眼の男は嘆息した。
「そのまま、そこにいる気か?」
「………」
「部屋に戻って来い、ユウ。即物的だが、一番効果的だ」
素粒子化された肉体の動きに合わせて、独特の音響がする。
「――…イサミ」
感情の色が失われていた声に、微かに、温もりが戻るのに安堵し、竜騎士の中でも最強の双璧と謳われる隻眼の男は、幼馴染の肩を抱いた。
「来い。忘れさせて――やる」
「………」
忘れられられるはずなど――ましてや、忘却の罷免など受け入れられるはずも無い非情の現実を、重々承知しておきながら。
それでも――浅ましく、狂おしく、求める悦楽。
快楽という名の――己の消失。
この時空に最早、未来など、無い。
「……イサミ」
「ん?」
「――…」 … もどり たい …
「……ああ、そうだな」
控えめすぎる程弱々しく、疲弊した声でそれを口にすれば、隆々と張った肉体の男は応えるように背中から――己と肩を並べて戦場へと駆り出すには心許無い肢体を、精一杯に抱き締めた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇