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「翼――、か」

 傲慢な王シャングリラの干渉――侵略により、世界は一斉に様相を変えた。
 一人の女性の祈りにより、人々――いや、ありとあらゆる命が生まれ変わり。
 素粒子化した不安定な存在となり、ラクリマ時空界が創造された。
 そして、戦う意思と力を認められし者は、竜騎士の名の下に。
 異形の姿と、天翔ける翼を手に入れた。
 世は、激動の時代と相成った。

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 その存在すら安定しない素粒子化後の人類の中で。
 力を駆使し、滅びの危機にあるラクリマ時空界を、守り抜く使命を託された若者達。
 特に――時空すら越える耐性を持つ彼等は。
 シャングリラの襲撃に備え、訓練室で日々鍛錬に精を出していた。
「今日もまた、訓練、か?」
 皮肉そうな口調で問いかけてくる同僚に、悲しく澱んだ灰色の空を思わせる髪の青年は、ただ俯いた。
「おッ前なァ。その無愛想ぶり、なんとかしろよな。
 こえーこえーって苦情が出て、ぜーんぶ俺のトコにそーゆーの集まってくるんだぞ?
 ただでさえ、ンなキレーなカッコになっちまって迫力あるんだからよ」
「……悪い」
 あるべき感情がすとんと抜け落ちた虚ろな声に、隻眼の男――フクロウは、苦虫を噛み潰した顔でカラスの隣に立つ。
「また【飛ぶ】練習でもしてたんだろ」
「…ああ」
「そう、か」
 ――竜騎士は、その力を解放する事を【飛ぶ】と称する。
 それは異形の姿を代償にシャングリラと対峙する能力を発揮する彼等の、ささやかな抵抗。そして声にならぬ悲鳴。
「カラス。あまり先走るなよ。
 確かに俺達の中で――。恐らく、お前が一番能力も高い。素粒子化への適用も早い。
 だからといって…こんな、自分を痛めつけるようなやり方は止めろ」
「…俺は、自分の役割を果たすだけだ」
「――カラス…」
 足音が、独特の反響で、窮屈な箱庭のような歪んだ世界の狭さを物語る。
「……昔、」
「ん?」
「羽が、欲しかったんだ」
「なんだ、随分なロマンチストだな。何時頃の話だ?」
 フ、と掠れた笑み。
 決して戻れぬ過去の苦さ。
 求めて、名残すら記憶から掻き消える――思い出。
「…昔だ。皆が――、一緒にいられた頃の…話だ」
「…そう、か」
 あの頃とは、何もかもが違っていた。
「羽があれば、辛さから逃げられると思ってた」
「……」
 反響が、もう一度。殊更大きく。
「誰にも見つからない遠くへ――行けると、思ってたんだ」
 傍の、男の気配が酷く近くなる。
「――フクロウ」
「…なんだ」
「俺達の翼は、何処までも【飛べ】るけれど――何処にも行けないな」
 相変わらずの細い肩に片腕を回し、隻眼の竜騎士は痛みを堪えるように、囁いた。
「…ばァか。考えすぎだ。
 飛べるさ――何処までも、高く、遠く、俺達が望むだけ――」
「……」
 ただの、気休めに過ぎない言葉だと。
 誰よりも深く正しく理解しているけれども。
「…そう、だな」

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今はただ――この、箱庭ラクリマで、瞳を閉じて、空の低さを嘆こう。


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