人形の館
〜わんこはオバケが苦手〜



 そもそも、アンティークの修繕というのは金が掛かる。
 古い時計から年代物の人形、鏡や、精巧な細工。
 元々は腕利きのピノッチア人形師である黒衣の青年は、今は人形作製は趣味研究の範疇に留め、古物やピノッチアの修理依頼を受けて生活を営んでいる。
 さほど儲かる仕事というわけでは無いが、そもそもアンティークやピノッチアといった代物が金持ち連中の嗜好品である感は否めないこともあり、修理修繕に支払われる金額は、相当にあたる。
 よって、ひとまず生活苦に追い込まれる事無く、生計を立てているわけであるマスターだったが。
 ある日郵便物に混じる奇妙な手紙、その中にしたためられた依頼を受ける事にしたのだ。



 他を圧倒する威風堂々たる佇まいの邸。しかし、かなりの歳月を経て今に至ると思わせる重層な造り。出入りの気配が途絶えて久しいそこは、異質な雰囲気を醸しだしていた。
「なー、マスター。止めようぜー」
「駄目だ。一度引き受けた仕事なんだ、そんなことしたら信用問題に関わる」
「別にいーじゃん、一件くらい。
 マスターが優秀な技術者だって事、有名なんだろ。大丈夫だって、なーなー」
「駄目。何度言ったらわかるんだ。こういう仕事は一つ一つが大事なんだ。一度離れた顧客は二度と取り戻せないんだぞ」
 そうだけど…、と、小さくなってぼやく聞き分けのない恋人に、マスターはやれやれと肩をつく。
「……全く、仕方が無いな」
 その言葉に譲歩の気配を察して、ぱっと明るい顔してみせるランパートに、マスターはピシャリと言い切った。
「契約は破棄しないぞ、言っておくが。
 ただ、そんなに嫌ならお前はホテルで大人しくしておきなさい。無理してついてくることもないだろう?」
 くしゃりと、癖に強い赤毛に指を絡ませ、駄々をこねる子どもに言い含ませるようにすると、恨みがましげに睨み付けられた。
「……マスター一人で放っておけるわけないだろぉ〜…」
「へっぴり腰のお前がいたところで、却って足手まといだよ。ランパート」
「……〜ヒデェ。」
 その依頼は、本当に奇妙な事尽くしで。
 手紙には、依頼内容と報酬について詳しく書かれていたが、その内容も他の物とは明らかな違いを見せていた。
 丁寧な女性の字で綴られたのは、亡くなった夫の別荘であった館からある人形を探し出し、必要があれば修繕して依頼主に渡す事だった。
 依頼主は、未亡人となった貴族の貞淑な妻よりのもので。
 子どものお使い同然の内容であった。
 人形探しなど、本来ならば屋敷の使用人の誰かを遣いに出せば事は足りるはずだ。それをわざわざ――高額な報酬を支払ってまで依頼する意図が理解出来ない。
 理解出来ない――ながらも、やはり、成功の代価は無視するには惜しかった。
 元々、人間的な欲に疎いのが、マスターなのだが。
 どうしても今回は――…纏まった金が入り用だったのだ。
「ほら、入るぞ。暗くなれば目当ての物を探し出せなくなる。
 ……電気が通っているようには見せないからな」
「……うぅ、マスターのバカヤロウ〜」
 鄙びた屋敷、その門の鍵を開けながら、儚い美貌の主は涙目の恋人の背中を軽く押して急かしたのだった。



 幾ら手入れ場行き届いていても、人の気配が途絶えて久しい洋館というものは、その存在そのものが薄ら寒い印象を与える。
 悲鳴をあげて開かれた扉が、その重みに耐えかね自ら口を閉じるのにも、ビクリと身を竦ませ涙目になるランパート。
 図体の割に臆病な子の頭をぽんと撫でて、マスターはカビ臭く冷えた館の中を勝手知ったる様子で歩き出した。
「マスターっ、何処行くんだよ」
「人形探しに決まっているだろう、何の為に此処に来たと思ってるんだ」
「……うぅ…」
 小さく唸って、長身二枚目という他者の羨望のスタイルの持ち主であるマスターの、その長いコートの袖口を、しっかと握りしめる我が子の姿には、最早溜息しか出ない。
「……全く。だから何度も言っただろう。せめて、門の外で待ってたらどうだ」
「………やだ。」
「………」
 強情もここまでくれば立派と、讃辞を送りたい気分である。
「じゃあ、せめてほら――」
 呆れ顔のマスターに、流石に勝手を言いすぎたかと反省の色を見せ、それでも譲歩出来ぬと潤んだ琥珀で見つめてくるランパート。
 その彼に、綺麗に指先まで整った右手をそっと差し出して、長身に黒のコートが似合う青年は、蠱惑的な微笑を履いた。
「そんなトコに掴まってないで、コッチにしておきなさい。動きにくいだろう?」
「………!」
 数秒ほどか、大口を開けた間抜け面を晒して固まった赤毛の青年は、飛びつくように差し出された腕に懐いた。
「マスター、マスター、マスター〜〜〜〜ッ♪
 もぉ、すっげぇ、スキーーーーー!」
「わっ!? こら、ランパートっ!」
 自宅では恋人らしく甘えてみても、その多くは許容されるが。誰の目に留まるとも知れない外では、この涼やかな美貌の人形師は明らかに自分との接触を嫌う。
 あくまで『弟子』としての距離での触れ合いですら煙たがる性格だけに、幾ら人目をはばかる必要の無い鄙びた屋敷の中とはいえ、こうして甘やかしてくれるのは本当に珍しいことで。
 それはもう、予想外に降って湧いた幸福に、赤毛のワンコが全開に喜ぶのは当然の事であった。
「へっへっへぇ〜〜♪」
 上機嫌で手を繋いでくる恋人の最高に幸せそうな顔に、その素直な反応に、マスターとしては苦笑するしかない。
 つい先程まで泣きっ面晒していたくせに、現金なものだ。
「じゃ、いくぞ?」
「りょーぉっかいっ♪」
 軽快な返事、その変わり身の早さに呆れつつも、儚げな風貌の人形師は傍らに甘えん坊を連れながら屋敷の奥へと探索へ乗り出すのだった。



 別荘、と言われた屋敷は二階建ての建築物で、至る所にアンティーク・ドールが並べられていた。
 それら一つ一つを検分してゆくのは、意外に骨が折れる作業となった。
 おそらく亡くなった主人の趣味なのだろう、どれも似通った格好の豊かな金髪の少女の姿をしており、確かにこれらから目的の物を探し出すのは、人形師の鑑定眼でも無い限り不可能と言えるだろう。
「楽な仕事と思ったのが間違いだった…」
 長時間拡大鏡を覗いていた所為で、いい加減視神経が焼き切れそうだ。
「マスター〜、これ上乗せ報酬貰ってもいいんじゃないのか」
 同じく、疲労した様子で赤毛の青年がぼやく。
「……まぁ、それでも結構貰ってるからな。そういうわけにもいかないだろ」
 人形の靴の裏に刻まれた製造年と土地の確認をしながら、マスターは投げ遣りに返す。
「けど、これじゃ日が暮れるって。マスター」
「暮れたら暮れたらで、また明日探せばいい事だろう。さほど急ぎじゃないそうだしね。
 ほら、文句言ってないで手を動かしなさい、ランパート」
「……了解。」
 これ以上何を言っても無駄だろうと早々に白旗をあげ、ランパート、と呼ばれた青年は大量にある陰気なアンティークドール相手に苦戦を強いられるのだった。



 西の空が朱色に焼け付き、墨に滲んだように紫の雲が懸かり、日没を伝えていた。
 最後の小部屋で十数体の人形のチェックを終え、その見事な技巧と卓越した美貌が巷で人の口端に昇る黒の人形師と、世間的には彼の助手という立場にいる明るい髪色をした青年が、困惑した顔を見合わせていた。
「………ない。」
「……そんなはずは、ないんだが…」
 流石に疲れが足腰にきたのか、床にへたり込んだまま、気難しい貌をしているのは麗しき人形師その人。
「そんなはず無いっていっても、実際無いじゃんか…。
 俺、も一回全部見て回るのヤだからな……」
 今度こそ、完全にへそを曲げてしまったお子さまに、マスターは疲労の滲んだ黒曜の眼差しを優しくさせた。
「ああ、ここまで手伝ってくれただけで充分だよ、ランパート。ありがとう」
「………」
 拗ねてしまったワンコの赤い毛並みを何度か撫でてやってから、マスターは辛そうに立ち上がった。
「……一旦帰ンのかよ、マスター」
「いいや、最後に地下まで見てこようと思ってな」
「地下?」
 そんなものがあったのかと目を丸くするランパートに、整った横顔に疲労の影を落とす人形師は、念のためだけどね、と付け加えた。
「依頼主の話だと地下室には人形は保管されていないらしいから、無駄だとは思うけどな。念のため」
(………行きたくない)
 無尽蔵にあるアンティークドールの住処と化した古びた洋館の、その地下室ともなれば、怪談話の格好の舞台とされている。
 ザーッと血の気を引かす恋人のあからさまは変化に、マスターは思わず吹き出した。
「ホンットにお前は…」
「なっ、なんだよ、マスターッ!」
 耳まで赤くして吠えてくる恋人の、その体躯に似合わぬ可愛らしさに微笑ましさを感じながら、儚き美貌の主は一人ごちる。
「いや…まぁ、人間、苦手なモノは一つ二つあるもんだからな」
 お化けがコワイなどと、可愛らしい一面を背丈も体格もご立派な青年に披露されても、そのギャップの可笑しさに笑いが込み上げてくるだけだが。
「どうせ地下には何もないだろうし、サッサと行って帰ってくるから……お前は外で待っていなさい。一人で屋敷の中にいるのも嫌だろう?」
 まるで大きな犬を甘やかすように、そのふさふさ赤毛に指を絡ませてマスターは優しく言い聞かせる。
 その愛玩動物を可愛がる仕草に懐きながらも、ランパートは強情を張った。
「……マスター、一人で行かせるのはイヤだ」
「それじゃ、一緒に来るのか?」
「……………それも嫌。」
「……あのなぁ…」
 普段からも多少の我の強さは感じていたが、こうまで聞き分けが無いのも珍しい。
「じゃあ、どうしろっていうんだ、ん?」
 柔らかな手触りの赤毛に絡めた指先で何度も髪を梳くマスターが聞き返すと、切羽詰まった琥珀が見上げてくる。
「……明日でいいじゃん…、急ぎじゃないって言ったのマスターだろっ!」
 余程心霊現象の手合いが苦手と見えて、必死で訴える。その姿はまるで、自分よりも幾分も大きな対象に、決死の思いで威嚇する子犬のようだ。
「そうだけど、…直ぐだから」
「いーやーだー!」
「………わかったよ」
 遂には涙目となったランパートに、マスターは微苦笑と共に降伏の意を示した。泣く子には勝てない、というヤツである。
「ぅよっし! じゃ、早くこんなトコ出よーぜッ、マスター!」
 恋人の左腕に飛びつくようにして絡むランパートは、実に嬉しそうな顔だ。
「…全く」
 そんな我が侭放題なコドモを愛おしく見下ろしながら、夕闇に包まれる部屋の中、艶を増した美貌の人形師は溜息を吐いた。
 しかし、そうして二人一つの影となって屋敷の出入り扉まで来た処で、突如異変は彼らを襲った。
「……ラン、パート?」
 無言のままで組んでいた腕を解くのに、マスターは不審気に相手を窺った。
 それまで一刻も早く館を後にしようと、グイグイ腕を引いていた若木のような肉体の青年が、ピタリと歩みを止て不意に背中を向けてしまって困惑する。
「…どうかしたのか、早く帰らないと暗く……」
「………」
「? ランパート?」
 いかな時でも悪戯っぽい笑顔と天真爛漫なお喋りを忘れない恋人の、その余りにらしくない態度に、首を傾げるマスター。
 再度、赤毛の青年の名を呼び、その意図を尋ねようとするが――。
「ランパートッ!?」
 愛しい人を置き去りに、若者は一人屋敷の奥へと足を進めてゆく。
 突然の変貌に戸惑うマスターだったが、とは言え、放っておくわけにもいかない。慌てて後を追うと、その先には――先導する本人があれ程恐れてみせた地下室が、あった。



 不安そうに周囲を見渡す細身の人形師の、闇に艶を増すその美貌が陰っていた。
 地下は自然の洞窟を利用したような形になっており、何処から光を取り込んでいるわけでも無いのに、適度な明度を保っていた。
(何処まで行く気なんだ…)
 まるで勝手知ったる様子で地下通路を歩く上背のある青年へ、憂えた眼差しを送り溜息をつくマスター。
 と――…、そんな思考を断ち切るかのように、不意に視界が開けた。
「………ここは…」
 随分と広さのあるその場所には、長年人形師としてその身を捧げてきた黒質の青年にとって、不思議に心落ち着く場所であった。
「――…工房?」
 洞窟の壁を加工して造られた棚には、人形の頭や胴体部分等、大きなパーツが。
 散乱する木箱には細かな部品が、その用途種類ごとに仕分けされ。
 部屋の中央に陣取る広い木造の作業台には、一面に白布が被されており。その横の小さな棚には、人形師ならば駆け出しから熟練者まで、必要とされる工具が一通り揃っていた。
「……どうしてこんな場所が…、随分使われていないようだが…」
 こうなると、先程までの奇妙な心地悪さは、最早影も形も無い。
 一瞬、恋人の奇行も忘れて目を輝かせる探求心の強い人形師だが、その探索中に、自分の工房には決して無い部品を見つけて、眉を潜めた。
「これは…じゃあ、ここは……」
 不快そうに声を詰める。
「…愛玩用ピノッチアの……制作工房」
「そうですよ、マスター」
「ッ!?」
 突然の声にビクリと身を竦ませるのは、白磁の肌に漆黒の髪の鬼才と謳われる麗しの人形師だ。
「…ランパート…」
 振り返れば、声の先には予想通りの人物が立っていたが、その気配が明らかに異質であった。
「私は、貴方の為に存在しているのです、マスター」
 恭しく頭を垂れ跪く、その有様は、決して怜悧な美貌に子煩悩な性質を宿す青年の『恋人』の姿では無かった。
「……ランパート、じゃ…ないのか?」
 疑問という形で音を成す言葉は、しかし、否定を拒む姿勢しか見せていなかった。
「…ランパート…ランパートというのですね、この素体は。
 ならば、その名で構いませんよ、マスター」
 此方の言う意味が正しく伝わっているのか――見慣れた容姿に異質を孕んだ青年は、琥珀の一対に感情の一片すら浮かべず淡々とした口調で、己の意思だけを突きつけてくる。
「…お前は…、いや……そんな事よりその肉体カラダを持ち主に返して貰えないか」
 その正体を暴くよりも、麗しき黒衣の青年は我が子の安全を第一に考えたようだ。
 なるだけ相手を刺激しないように、幼子の悪戯を優しく諭すような口調で願い出る。
「――返す、ですか?」
 すると、恋人の姿をした異質は、クッと喉の奥で嗤う。
 それは、『ランパート』が決して持ち得ない悪意に満ちた表情であった。
「……そうだ。その体はお前のものでは無いよ。返して貰いたいんだ」
 冷えた嘲笑に相手の性質の悪さを垣間見て、半ば諦めながらも説得を試みるマスターだ。しかし、予想通りソレは素直に立ち去る素振りも無い。
「私めの使命を全うしましたなら、その後に…」
 にっこりと品良く微笑む『ランパート』の、その常にない大人の物腰に一瞬目を奪われた、その隙をついて赤毛の青年は獲物の腕を捉え優しく首筋を啄んだ。
「――…ッ!? な、っにを…!」
 驚きに息を呑み、夜の神秘ような濡れた黒の対を大きく見開くマスターに、その耳朶をはんで熱の籠もった囁きを押し込む、底知れぬ陵辱者。
「……わかりませんか、私は愛玩ピノッチア…セックス・ドールですよ……」
「〜〜〜〜っ!」
 途端、言いようの無い感覚がビリッと背筋を駆け抜け、そのまま膝を折りそうになる。
 声だけで、一種の陶酔状態へと相手を持ち込めるその手管は、確かに『性交』を目的としたピノッチアだけあり見事なものだ。
 だいたい『生き人形ピノッチア』の開発は、人形が言葉を話せたら楽しいだろうな、などと、たわいもない、幼い夢が発端であったとか。
 より人という生物の種に近づけるようにと、その肌、動き、声までも、それと判らぬ精巧さで研究されていった。その中で、次第に夢は金に喰われ始めた。
 多くの子どもの夢を叶える為という名目で産み出された『生きた人形』は、次第に醜悪にその形を変化させていったのだ。
 人によく似た美しい人形の育成は、特権階級の人間にとって恰好の『遊戯』だった。
 彼らを養育し、その出来映えを競い合う。
 最初の内こそ一部貴族の道楽であったが、何時しか『ピノッチア』の出来が彼らの競争心を煽り、お披露目会である『サロン』優勝は、貴族達にとって最高名誉となった。
 これらのいきさつから、ピノッチアの研鑽は進み、次々と優れた能力華やかな容姿の人形達が開発された。
 その、煌びやかな歴史の影に――闇は潜む。
 貴族達が互いの面子を賭け、手塩に掛け育て上げる生き人形達。
 しかし、その能力が届かぬ場合は――?
 ある程度、情けある者が主人ならば、彼らは寿命まで養われる。次のサロンに向けての教育を施されたり、そのまま屋敷の使用人として利用されたり、内飼いの人形として愛される事となる。
 だが、主人の温情を受けられるピノッチアは極一部だ。
 大抵が、サロンで自分に恥をかかせたと手酷い仕打ちをうける。その多くは、美しい容姿を買われ――慰みモノ――それこそ、性欲処理の道具として使われるのだ。
 散々に嬲られる事で、肉体のあちこちに支障が出始めるが、そこで人形の治療を受けさせる主人は、皆無だ。
 痛覚の無いのをよい事に、対には手足が動かなくなろうとも、道具としての役割を全うさせるのが殆どで。
 いや、それ以前に飽きたとうち捨てられるのが先か――。
「愛しいマスター…、どちらがお望みですか?
 私に御慈愛を頂けますか、それとも…私に、愛されていただけますか」
 近すぎる囁きに、麗しき人形師はハッとなった。
「ッ…、結構だ!」

 姿形こそ愛すべき存在をしていても、その中身は異なるモノ。

 キッパリと拒絶の姿勢をみせ、ランパートの腕を振り払うと、マスターはその鍛えた体をグイと後ろへ押しやった。

「……マスター、私は失態を犯しましたでしょうか。そのように…私を……」

 己を否定されたのが余程堪えたのか、微かに震えて、ランパートを支配する存在は悲壮を顕わにした。

「……私を……っ、あぁアァァあぁァァ……っ!」
「っ!?」
 突如、断末魔の悲鳴を上げたかと思うと、赤毛の青年は戦慄の行為へと奔った。
「やっ、めなさい! ランパート! ランパートっ!!」
 二、三秒程か、己のまなこに映り込む現実を捉えるのに空白を要したマスターは、元より白皙の肌を一層病的にさせ、青年の凶行を妨げるべく動いた。
 自らの喉を、その両の手で容赦なく締め上げるという――悪夢を断ち切るべく。
「ランパッ…トッ……、ダメだっ…!」
 必死の形相で締め付ける大きな手を解こうとするが、一年という極僅かな歳月で己よりも体格を立派にさせた養い子の握力は、華奢な人形師の力で到底太刀打ち出来るものではなく。
「〜〜〜ランパート…、頼むっ……やめて、くれッ〜〜」
 及ばない現実に、視界が歪み滲んでゆく。
「〜〜頼む……やめてくれっ!」
 切願する、その悲鳴が高く天へ突き上げる…――!



「………ッ、?」
 不意に、凶暴な力が籠められていた指先がはらりと落ちた。と、同時に、琥珀の対を息苦しさに喘がせて、前のめりに倒れ込む恋人。
「ランパートッ!?」
 そのかしいだ体を支えてやりながら、マスターは長い睫を濡らす滴もそのままに、一縷の望みを賭け青年の名を呼んだ。
「……ぅ、コホッ…ゴホッ……!
 …………なん・だよ、…苦しっ……??」
「……ランパート……大丈夫か?」
 安堵の溜息を吐き、マスターは可愛い子の様子を窺った。
「っ、――マスター?」
 ようやっと呼吸の乱れを戻した青年が、その快活さを物語る澄んだ瞳で、優しく自分を気遣ってくれる綺麗な人を凝視した。
「……ん?」
「――…なんで泣いてんだよ…」
「ッ!」
 ハッと息を呑んで、マスターは些か乱暴に瞼を擦り上げた。
「なんでもないんだっ…大丈夫」
 無理に取り繕う笑顔が痛々しくて、苦痛の名残を微かに残す青年は、その逞しくなった腕で己の胸にマスターを抱き留めた。
「…そうやって嘘ついて笑うのって、マスターの悪い癖だぜ」
「………ラッ・ン…パート?」
「なんか分かんないけど、俺の前でマスターが無理するの、すげぇヤダ」
「………」
 男の独占欲と、子どもの我が侭。
 そのアンバランスが酷くランパートに相応しい気がして、力強い胸の鼓動を感じながら、艶めかしい人形師は、ふ、と口元を綻ばせた。
「マスター?」
「なんでも無いよ、平気だから」
 きょとん、とし。
 くりくりした琥珀を更に大きくさせて、覗き込んでくる仕草までもが、愛おしい。
「大丈夫だから…」
 愛おしくて――…どうにかなりそうだ、と。
 求めて当然と応えられた深い接吻に、心が甘く乱れ、肉体が熱く痺れていった……。



ランパートは、おばけの類は苦手。
得体が知れないのが不気味で苦手らしいです。
けれど マスター > おばけ な ワンコ。