人形遊び
セックス・ドール



 深く――深く口唇を合わせて、互いを求め合う。
 残滓を引いて離れる濡れたそれを、再び噛み付くように捕らえれば、戸惑うように舌が差し出されて鼓動が跳ね上がった。
「……マスターっ、どうしよ俺…」
「……ん…?」
 ほんの数センチ先で潤む黒曜の宝珠が、切羽詰まった青年の声に応じて瞬いた。
「――止まりたく無い、このままマスターを抱きたい…」
「………ッ、ぁ」
 耳朶を甘噛みされ、そのまま舌のぬめった感触で首筋を愛撫される。
 背筋を駆け上がる快感の波に浚われそうになりながらも、黒衣の人形師は理性をもってして、我が儘な恋人を制した。
「――…ランパートっ、…ここじゃダメだ……」
「……嫌だ…」
「ンッ、…ふ・ぅ。ダメ、だって言って……ァ」
 手慣れたもので、コートの前を素早く肌蹴ると、素肌に手を差し入れて恍惚の表情を見せる赤毛の青年。
 まるで躾の行き届かない犬のようだと、体内の熱が上がってくるのを自覚しながら、マスターは頭の片隅でそんな感想を抱いた。
「……こら、ホントにダメだって…。
 もっ――!」
「ん、むぐっ?」
 聞き分けのないワンコの、熱っぽい唇を浚って咎める。
「マスターッ?」
 色事には淡泊なマスターから仕掛ける接吻は非常に珍しい、思わず口元を手で覆って目を見張るというウブな反応を返す我が儘坊主に、胸元を乱れさせた黒髪の青年は艶やかに綻んで見せた。
「続きはホテルで、だ。――いいな?」
「〜〜〜…マスターの卑怯モン」
 滅多に無いキスと微笑のダブルサービスを前に骨抜き状態の恋人が、これ以上マスターの意志に逆らえる道理は無い。
 ――…その辺りをよおく理解した上での行動だけに、タチが悪いというか役者が上というか。
「卑怯でも何でもいいから、ほら…退きなさい。重いだろう…?」
 コートの襟を綺麗に直しながら、何気なく囁くその声、目つきにすらグラリと傾ぎながらも自制を効かせるランパートだ。
 今を堪え忍びさえすれば、ホテルでの甘く濃密な一夜が待っているのだと。

 数刻後の愉悦を思い口元をニヤつかせる赤毛の青年の様子が、一変したのは、地下室から出てエントランスホールから二階へと直接続く階段の傍で、だった。



「………マスター…」
「ん? どうした、ランパート」
 図体ばかりが急激に成長した我が子の変化を、未だ、黒衣の人形師は察せずにいた。
「……人形を…探さないと…」
「? あぁ。けど、それはまた明日にしよう?
 もうほら――随分暗くなってきたし。これじゃ、どうしようも……」
 優しく諭すマスターの声は、不意に訪れた異常に、途切れた。
「……え」
 絶句して、瞬きを繰り返す。
 古き時代の香りに包まれ、ひっそりと佇む人形館は、まるで透明な使用人でも雇っているかのように、次々と燭台に火が灯していった。
 流石にこの現象は気味が悪い。
 頑なな無神論者や、現実主義者であったとしても、目の前で常識を以て計り知れない怪奇が展開されれば、決して心穏やかではいられまい。
「……っ」
 直接、生存本能を揺さぶる恐怖を感じて、見目の良い人形師は思わず一歩退いた。
「……マスター、大丈夫」
 と、何時の間移動したモノか、先ほどまで自分の前にいたはずの我が儘な恋人が、背後から華奢な肩をそうっと抱き竦めてきた。
「…ランパート…、――…ああ、大丈夫だ。
 それより、早くココを出よう…嫌な感じが……ッ」
 する――と、言いかけて。
「…怖くありませんよ、愛しいマスター、美しい私の…ご主人様」
「! ランパートッ、おま・え…っ!」
 決定的な異常に、マスターは硬直した。
「……認識コード64Y−124。金の髪、赤いドレス、黒い靴の人形。個体名称『リリス』。ご案内致しますよ…麗しい方。私の、ご主人様…」
 切なげに耳元で囁いて、ランパートに取り憑いた存在は魅惑的に妖しい微笑みを履いた。
「……お前はなんなんだ…」
 愛しい恋人の肉体――)いては、その命までもを握られているのでは、下手に逆らう事も出来ない。苦々しく思いながらも、ランパートの後を追う人形師の呟きに、その『異質』は、物憂げに答えた。
「…セイレム、と申します。
 かつて、その名を戴きました…高尚なるお方より」
「………セイレム…」
 確認するかのように名を紡いだマスターに、恋人の肉体を支配する彼は、物悲しい笑みにのせて、零した。
「…認識識別の為の名前です、コードナンバーと大差ありませんね。
 それでも、名を呼ばれると心が騒ぐのは何故でしょうか…愛しい…マスター」
 切ない吐息と共に遠くを見つめ、セイレムと名乗った意識はエントランスから続く階段を上りきると、その突き当たりに位置する壁絵の裏側を慣れた様子で探った。
「この絵の裏には隠し金庫があるんですよ」
 尋ねられたワケでも無いが、セイレムは淡々と説明した。
 カチカチ、と、なにやらダイアルを回す小さな音が、少し離れた場所で警戒する人形師の耳にも届いていた。
「――…どうです、この人形ですよね?」
 ややあって、抑揚の無い声が取り出してきたアンティーク・ドールは、館を彩るそれらとは確かに、蝋燭の儚い光の中にあっても、一目でソレと判る違いが感じられた。
 豊かな金の髪、目に鮮やかな深紅のドレスといった容貌に、特筆すべき事は何一つとして無い。だが、何より印象的なのが、その蠱惑的な表情。慈愛と自愛で共に満たされた女の顔で微笑む、無垢な人形。
 意思の無い存在に、何故か背筋がゾッとするのを感じて、マスターは一歩、退いた。
「…そう脅えなくても大丈夫ですよ、マスター。
 この子を見て恐怖を感じとれる者に、リリスは取り憑く事は出来ませんから」
 残忍な美しさを孕む人形を大切そうに胸に抱いて、セイレムは肩越しにマスターを見遣った。
「――…さぁ、此方へ」
 促す先は、先程の屋敷探索の際、最後に行き着いた寝室。
 一体何を――と、不安を募らせる黒衣の人形師の後ろで、古びた扉が大きく軋んで、口を閉じた。
 部屋は夜を謙虚に彩る細月の、神秘の輝きだけに照らされ、足下すら心許ない。
 相手の輪郭をやっと目端で追えるだけの闇の中で、セイレムが手にしていたリリムを傍の棚に飾るのが確認できる。
「彼女はココに置いておきます、ご主人様。お帰りの際にはお忘れなきようお連れ下さい。
 この子も鄙び朽ちてゆくばかりの屋敷の中で忘れられるよりは、刺激的な外の世界で享楽に潰えるのが本望、と」
 ランパートの姿借り、自らセックス・ドールを名乗るセイレムは妖艶に微笑む。
「ふふ、ご主人様…、もうおわかりですよね。
 その無粋なコートを脱いで…さぁ、来て…?」
「……ッ」
 手招きながらも、己自身も躊躇う事なく肌を晒してゆくセイレムに、マスターは息を呑んだ。
「…馬鹿な真似は止めてくれ、……セイレム…」
「――…マスター、貴方に愛されたい…愛したい。存分に夜の果てまでも」
「ランパートを返してくれッ!」
 切羽詰まった悲鳴を上げる清廉な美貌の主に、セイレムは何処か夢見るように応じた。
「…私を満たして下さいませんか…マスター。
 貴方の愛しいこの子を…返して欲しいのでしょう…?」
 既に衣服を全て脱ぎ捨てたセイレムは、、柔らかなしとねの上、惜しげも無く鍛えられた裸身を晒す。
「……さぁ…」
「……っ」
 冷徹そうな美貌に反し、養い子に対して非常に甘い一面を併せ持つ人形師に、選択肢は残されてはいなかった。



 寒い、と。
 反射的に思い浮かべて、目を開ける。
 すると見慣れぬ月明かりの部屋と、大切な大切な恋人が、苦渋に満ちた顔で佇む姿が飛び込んできた。
『マスター?』
 何かあったのかと尋ねようとして、違和感を受け止める。
『………?』
 華奢な肩を抱き締めたくて手を伸ばしたつもりなのに――どうした事か、己の意志に反して肉体は全くの無反応であった。
『な、なんでっ――マスターっ?』
 軽い恐慌状態へと陥ったランパートは、次の瞬間から、我が身に降りかかる厄災、異常を確信したのだった。



 重たげなコートを椅子の上に放り投げ、シャツをその上に脱ぎ捨て、一瞬の逡巡の後、スラックスに手を掛けたマスターの行動を、優しげな声が咎めた。
「ああ、いけませんよ。マスター。それ以上脱がないで下さいね?
 そのまま、此方に来て…」
「……どうしろと、言うんだ…」
 促されるままに天蓋付きのベッドという無駄に豪奢な寝台へ、乗り上げるマスター。
 その華奢な腰をそっと掌で一撫ですると、セイレムは鬼才と謳われる人形師の肢体を、些か乱暴に俯せにした。
「……何ッ、ァ!」
 晒された、闇夜にうっすら白く浮かび上がる項や背中のラインに、セイレムは噛み付くような口付けを落とした。
 ――…そう、正に噛み付くような、だ。
 キリッ、と奔る鋭い痛みの後を追って、ジワリとした鈍さが広がった。
「……っ、…セ・イレムッ…」
 暴力的な行為――可愛いピノッチアから恋人に昇格してのけた青年との交わりにおいては決して経験しない感覚に、マスターは怯んだ。
「…こういうのはお嫌ですか、マスター」
「……〜〜っ」
 嫌というならば、無理強いされる性交そのものが嫌悪の対象でしか無いのだ。
 恋人の姿を借りた存在を無言で睨み付け、その麗しい面に険を増すマスターに、セイレムはさも愉快そうに口端を吊り上げた。
「――…屈辱、ですよね。
 誇り高き我々の神であるべき人形師の貴方が…こんな出来損ないの為に、いいように嬲られるなどという事は……」
「〜〜〜っ」


『何をやってんだよ、俺ェーーーー!?
 いや、俺だけど、俺じゃ無い俺、ななな、なっ、なんて事マスターにぃっ!!』
 いっそ愉快な程にままならぬ己の身体は、何故か、此方の意思にお構い無しで、儚くも凄烈な美しさの人形師を散々に嬲っていた。
『噛み付いてんじゃねェよっ、俺! じゃない、セイ、レムッ?
 マスター、肌弱いんだから傷になるだろ痕残っちゃうだろ、ああ、血ィでてる…。マスター、ごめん…』



 伸ばされる指先が、容赦なく下肢を暴いて、中心に繊細な愛撫を加えた。
 肉体(うつわ)を支配するこころはどうであれ、馴染んだ感触に、知らず官能の吐息を切なげに漏らすマスターに、陵辱の意思は歪んだ愉悦に満たされる。
「……や・めっ…ぁ」
 戦慄く口唇から耐えようとして、堪えきれない喘ぎが零れる。
 震える長い睫毛の先にぷくりと盛り上がった滴を、そうっとセイレムは接吻で払って、その感触を愉しむように舌なめずりした。
「――…そう頑なになる事も無いでしょうに、マスター。
 中身は『私』ですが、この器は貴方様のご寵愛を受ける人形のモノなのですから…」
「〜〜…っ、くぅ」
 その中身の違いが大きな問題なのだと訴えたいが、迂闊に口を開けば際限無い嬌声が零れてしまいそうで、闇色の青年は必死にシーツを噛んだ。
「……あぁ…、濡れてきましたね。マスター」
「…い、うなッ…」
 羞恥を駆り立てる為、耳元に囁かれる言葉にも呆気なく翻弄される、その純潔さに、セイレムは崇拝にも近い陶酔、心地よさを感じていた。
 と、セイレムは神秘的な輝きの下、仄かに紅さした綺麗なカラダの、その中心を嬲る手の動きを休めた。
「………?」
 浅い呼吸を繰り返すマスターは、肩越しの視線で意図を問う。
「…ふふ、愛しいマスター。可愛らしい方。
 ――…貴方の嬌態が私を満たしてくれる…その、目…ゾクゾクしますよ……」
 とろりと蠱惑的な微笑み、そして――、
「ねぇ、マスター…。もっと…もっと、私を満たして下さい。足りない…まだ、もっと…。
 ……腰を上げて?」
「〜〜〜っ」
 セイレムの望む己が、如何に恥知らずな格好かを察して、嬲られるままの青年は、サァッと屈辱に頬を染め上げる。
「……さぁ…。腰をつきだして…物欲しそうに、大きく足を開いて…?」
「……ッ、あ、悪趣味、だっ…、こんなっ…」
「…いいえ、とてもステキな眺めですよ?」
 是非、明るい場所で拝見したいものですね、と。  満足そうに嘯くセイレムの目の前には、秘部と恥部の両方を淫らにさらけ出したマスターの、痴態があった。
「…ふふ、それではそのまま…ご自身を慰めて下さいませんか?」
「!」
「……そうですよ、その可愛らしいお姿のままで、吐き出して見せて下さい。
 愛しい私の…マスター。…私は、貴方様の遂情の瞬間を、この目に焼き付けたい…」
「ッ!?」
 熱に浮かされるようにして囁くと、恥辱に震える青年の後ろの窄まりに、セイレムはちくりと吸い付いて、ぬめった舌で執拗に嬲り始めた。
 双丘に両手を添えて左右に割るようにし、卑猥な音をたててむしゃぶりつく。
 その異様な感覚にさえも、甘い痺れを感じてしまう己のあさましさに戦く人形師へ、セイレムは微塵の容赦も無い。
「…どうされました、ほら…ちゃんと、前をご自分で触って下さいね?
 私の言い付けを守って頂けないのでしたら、ココに火のついた蝋燭でも挿れてしまいますよ?」
「……〜く、」
 詩を吟じるような涼やか声に暗い本気を感じ取って、マスターはおそるおそると前に手を伸ばす。
「そうですよ…、ふふ。なんて眺めでしょうね。
 ああ、なんと甘美な事でしょうか…これが、支配者の悦楽というものなのですね…」
 己の言葉に盲目的な隷属を強いられる存在……そう、性奴隷として従うマスターを見下ろし、セイレムは陶酔した。
「……ぁ・はっ」
「そう、ステキですよ。
 どんどん…濡れて溢れて…、ああ、そんなに腰を揺らして…感じていらっしゃるのですね。ココも物欲しそうですよ。マスター」
 闇の意思に犯された琥珀の対に視姦される中、強要された自慰を拙く続けるマスターの、秘部の襞をくにくにと揉むように押し広げて玩ぶ。
 時折思い出したように先走りを指先ですくい上げ、それを潤滑油代わりにして、更に更にと奥へと長い指は挿入されてゆく。
「い、やッ、〜〜〜もっ」
「ふふ、ダメですよ。……ほら、前が留守になってらっしゃいますよ、マスター。ちゃんとされて頂かないと?」
 ね? と、猫なで声を出すセイレムに、マスターは絶望的な思いを抱いた。
「……ふっ、ぅ…」
 過ぎる快感に意識を飛ばしながらも、闇色の人形師は何処までも従順だった。



『マ・スター…』
 左右に大きく足を開き、一糸纏わぬ姿で腰を高く突きだして自慰に耽る恋人の媚態は、若すぎる性を持て余す赤毛の青年には衝撃的だった。
『あ、あのマスターがっ……こ、こんなヤラしー格好……』
 ゴクリ、と、思わず生唾を呑み込んでしまう。
 食い入るように事の成り行きを見守ってしまったとしても、おそらくランパートには罪は無かろう。
『すっげぇ。……これ、部屋明るくしてたら、俺鼻血で死ねたかも…』



「ぁっ、アぁ…」
 程なく己自身の慰みによって精を吐き出したマスターの、その何とも扇情的な表情にセイレムはいたく満足気な様子だった。
「どうです、悦かったですか?」
 後ろの窄まりを擦っては奥まで抉る、その指の動きを止める事無くセイレムは囁いた。
「〜〜〜っ、ふ」
 息つく間もなく追い上げてくる快楽に理性は呑まれ、陵辱を受ける青年には応える術あ無かった。
「さて、そろそろ前戯はしまいにしましょう?
 此方も、もう…すっかり熟れて物欲しそうですしね…」
 セイレムは、ワザと卑しめる台詞を吐いて、美しい人形師の羞恥を煽った。
「……っ、ぅ」
 己自身すら比べるべくも無い愛しい恋人の声で、決して、ランパートは口にしない台詞を吐かれると、酷く心が乱れた。
 受け入れる為の準備を周到に施された場所を、殊更、指先で嬲ると。可愛い育て子の姿を借りた存在は、猛った己をヒタリとあてがった。
「ッ!」
 馴染んだ感触に、嫌が応にも肉体は緊張し強張りをみせる。
「ああ、いけませんよ。そんなにガチガチになってしまっては…貴方様を傷つけてしまします、愛しい方…」
 猫なで声で宥められてもこればかりは仕方がない。
 これから先の苦痛に対する不安と、それを越えた快楽の期待に震えてしまうのは――。
「……マスター、御身を大事にしたいのですが…これでは…」
 すっかり硬く立ち上がった雄の象徴を使い、悪戯めいた仕草で、何度か襞の辺りをつついて様子を見る。
「困りましたね…」
 苦笑を伴った、溜息。そして、美貌の人形師を月明かりの下、散々に玩ぶ存在は――、
「……マスター、力…抜いて?」
 不意に、纏う気配を一変させた。
「………ッ、?」
 それは、セイレムなどと名乗った見知らぬ者では無く、可愛い己の養い子――恋人の『声』だった。
「…な、マスター。大丈夫…優しくするから。酷くしないから…俺」
 青白い首筋を大きな掌で撫で、艶のある髪をサラサラと指先に流し、肩口の辺りに接吻の痕を残す。
 先程までの――凶暴さを伴った愛撫とは、明らかに様子が違っていた。
「……好き。すっげぇ…好き、マスター…」
 熱心な愛の言葉に、陶酔すら覚えて――蹂躙される闇色の青年は、無闇な抵抗の意思を薄れさせてしまう。
「…マスター、好き…」
 遠慮がちに伸ばされた指先が、やんわりと前を握り込んだ。
「ん、っ…ラ、ン…」
 強引に吐精に導かれた花心は酷く敏感になっていて、少し触れられただけでも、切ない吐息を漏らしてしまう。
「……大丈夫、な? 力…抜いて…」
「っ、ン…」
 可愛く強請られるがままに、マスターは詰めていた息を解放した。
「ア、ぁあっ!」
 すると、緊張の解れた瞬間を狙い、灼熱に猛るモノを背後から突き立てられ、華奢な肢体を晒す人形師は痛みに仰け反った。
「……〜〜ふっ、…ぁ」
 グイグイと最奥までを貫かれて、熱を煽られる。
 確かに感じる己の中の存在の、その質量が生み出す強すぎる快楽に、美しい青年は必死になって手放しそうになる意識を追いかけた。
「……余程、この人形を愛してらっしゃるのですね。これほど従順に身を委ねて頂けるとは、思いもしませんでしたが」
「……? ッ! や、なっ…なん、で」
 幼さの名残を感じさせる声をした恋人の、その言葉が酷く冷静である事が、マスターの飛びかけた理性を刺激し、正気を保たせた。
「先程、申し上げましたでしょうに。
 私はセックス・ドール。『演じる』性交を望まれる方もおりますからね、貴方様のご寵愛を戴く人形の口を真似てみたのですよ…」
 ここまで覿面の効果とは、完全に予想外でしたがね、と。
 猫撫で声で囁いて、セイレムは均整のとれた身体に突き入れ己の楔を使い、前後の運動を始めた。
「あ、ッ……、く、ぅ」
 乱暴な抽出を繰り返されて、快楽よりも苦痛が勝る。
「……やッ、あ」
 眉根を苦しげに寄せ、肩で息をつくマスターの様子を、セイレムは実に愉しそうに見分していた。



『なっ、ん、て、真似してやがるんだーっ!!
 マスターに触るなぁーっ! バカ野郎ーーーッ!!』
 まるで見せつけられるようにして、掛け替えの無い存在、愛しいマスターをいいように抱く、己を支配する得体の知れない『何か』にランパートは憤慨した。
『かえせーっ、返せ返せ! 俺のカラダを返せったら返せッ!!
 でもって、マスターに触るなぁっ!! 俺のなんだぞっ!!』
 少しの愛撫にも感じて震える敏感な肉体、愛の言葉に弱い可愛い心。
 頑なで色恋沙汰にはとんと疎い美貌の人形師を、時間をかけて籠絡し、ここまで磨き上げたのは自分なのだ。それなのに――!
 横からかすめ取るような横暴な行為に、腹立たしさが募る。
 だが同時に、常時には決してありえない第三者の目線でのマスターの痴態を、目で味わう事は忘れない。悔しいながらも、恋人の霰もない格好を前に釘付けというワケだ。
『……マスター、ヤバイくらい色っぽい…。くそぉ…なんなんだよ、どーなってんだよ、これっ! 元に戻せよ!! チクショー!!』
 ジタバタと暴れてみても、所詮は無駄な足掻き。
 ひとしきり叫んで鬱憤を晴らすと、ランパートはどかりと腰を据え憮然とした表情で、眼前の行為をに目をやる。
「っ、あ、……や・ぁ」
 と、一際甘く切ない喘ぎが丁度にあがり、ドキリとランパートは鼓動を大きくさせた。
 視界に広がるマスターは此方の意思に反して動く己のカラダの、その欲望に翻弄され、腰を高く上げさせられた格好で声を枯らしていた。
 理性を浚う途方も無い快楽に必死に抵抗する姿は、なんとも倒錯的で、そそられる。
『……マスターってヤってる時、こんなやーらしいカオしてたんだ』
 魅入っている場合でも無いのだが、状況を打開する術に思いあたらない以上、致し方ない。
『あ、そうか! コレ、夢だっ!!』
 と、抵抗を諦め掛けていた赤毛の青年は、しかし、ある事象を思いついてぽんっ、と手を打ち合わせた。
『そっかー、そうだよな。
 こんなこと、現実なワケないもんな。あー、ビックリして損した。よぉっし、夢なら何にも心配する事ないし、折角だから愉しんでもいいよなっ♪』
 なんとも楽天的な結論に達したランパートは、『夢』の中のマスターの媚態を存分に堪能すべく、見物を決め込んだのだった。



「はっ、あ、……くぁっ」
 幾度目かの抽出の果てに、互いに頂点へと達し、しなやかな躰が力無く寝台へと俯せた。
「…マスター、感じた? なぁ、気持ちヨカッタ?」
「……ばか、も、はやく…ぬ、けっ…」
 蕾からはトロリと白濁が溢れて、結合部位の隙間から溢れ大腿を伝ってゆく。
 背中に懐く重みが羞恥を煽るのを、情事の艶で更に色香を増した人形師が軽く肩越しに睨む。
「ん、イイケド。マスター、自分で抜いて?」
「ッ!」
「前にズレば抜けるから、ほら、早く?」
 精一杯左右に割られた肉の片方を掌で揉むようにして玩ぶ、そんなランパートの様子にマスターは恨みがましげな視線を送ると、砕けた腰になんとか力を入れて前へ逃れようとした。
「あっ、……ぅ」
 緩慢にではあるが、マスターは内部を犯す肉塊を引き抜きに掛かった。
 少しずつ匍匐前進でもするような格好で前を目指すと、逐一、たまらない感覚に襲いかかられ息を詰めてしまう。
「マスター、それ、煽ってる…?」
 そのもどかしい感触が、若い性を持て余す青年には毒となったようで。
 再び猛り始めた己の分身を、白濁の欲に濡れて艶を増した躰に深く打ち込んだ。
「ひ、ぁっ!」
 そのまま限界まで足を割られて、精一杯に貫かれてしまう。
「やっ、〜〜〜ば・かぁっ…」
 涙声で悪態をつくが、直ぐに声は甘く掠れてゆく。
 何度も何度も、無理な姿勢で奥を暴かれ、腰を揺さぶられて、とうに理性は吹き飛んでしまっていた。
 幾度目か見目の良い人形師を遂情に導いた後、ランパートからセイレムの声音に立ち返って、孤独の瞳をした人形は情事の最中というのに酷く冷めて、
「……マスター、愛してると…言っては貰えませんか?」
 そう、懇願した。
「っ、はぁ…ンっ」
 泣き濡れた闇色の瞳に理性の輝きなど一欠片も見いだせない、このような状況では、此方の言う言葉が正しい伝達を得ているのかすら怪しい。
 それを、理解しながら――いや、理解するからこそ、セイレムは哀願の声を幾重にも連ねた。
「…言って下さい…お願いです。
 私を、……愛して…いると」
 腰をゆるゆると動かしては、敏感な場所を狙いすまして打ち付ける。そんな動きを繰り返し、マスターの熱を激しく煽りながら、セイレムは愛の言葉をひたすらに欲しがった。
「あっ、あ、アァッ……、やぁ」
 当然ながら、息継ぐのすら困難な状況で睦言など囁ける道理は無い。



『マスター、きっもちよさそー…。すっげぇ、エッチィ顔するよなぁ。
 にしてもヤバイよな、こんな夢みてるって事は、俺もしかして夢精しちゃったりしてんのかなー、うわぁ…』
 高まる鼓動とは反比例して何故か下半身は落ち着いたままだ。非常に納得がいかないが、夢である以上下手に興奮してしまうのも、虚しい事だ。
『暗くてハッキリ見えないのが残念だよなー…、次のエッチは明るいトコでするゼ!』
 そんな事言った日には、当然、マスターの猛反対を受けるだろうが心配は要らない。
 如何程に頑なな抵抗にあおうとも、愛しい人を籠絡する無敵の呪文を、年若い恋人は奥の手として持っているのだから。



「……マスター、愛しています」
「ッ、……は、んっ」
 声の代わりに、妖艶さを纏った人形師は肩越しに濡れた瞳で、己を隅々まで愛撫する青年に応えた。
 甘い熱にうかされた対の黒曜は、まるで濃密な夜そのもののようであった。
「ッ〜〜〜、ぁ」
 喘ぎすぎて乾いた喉がヒュッと短く鳴った。
 戦慄く口唇が、何言かを描く。
 そして――…、ふんわりと…まるで野に咲く素朴な白い花のように。
 優しげな、穏やかな。



 目を開けてまず飛び込んできたのは、細やかな装飾に凝った天井の模様。
「………アレ?」
 起き抜けで巧く働かない思考、喉に声が張り付いたような感覚。
 いつもより嗄れてはいるが、充分に間抜けな声音で、ランパートはすっとんきょうに呟いた。
 朝焼けの橙雲が帯を引いて、東の空を流れていた。
 夕暮れとは明らかに違う、冷え切った清浄な空気が頬を刺す、ベッドの外はきっと寒いのだろうな、などと感想を持って、更に寝床の奥へと潜り込もうと蠢いた。
(……? あれ??)
 と、直ぐ隣で恋人が安らかな寝息をたてていたのだ。
(マスター? あれ? あれ?? どうなってんだ、ココ…ホテルじゃない、よな??)
 つぶらな琥珀を混乱にグルグルとさせ、ランパートはマスターの寝顔にじっと魅入った。
 通った鼻梁、魅惑的な紅さの口唇、意外な程長さのある睫毛。
 一つ一つの完璧なパーツが合わさって、今、目の前ですぅすぅと可愛らしく眠り込んでいる。
(……ま、いっか。
 マスター、寝てるトコ起こされるのすっげぇ嫌がるし)
 そんな恋人の無防備さに、つられるようにして。
 穏やかな眠りの繭を壊さぬように、そうっと、ランパートはマスターに寄り添って再び意識を手放したのだった。



エロのみ! という、天晴れな作品です。
過去の作品は、文章は荒くても勢いがありますね。
この位が一番書いていて楽しい時期です。
今は楽しいと言うよりも、書かないと欠乏する感じです。