ファースト・キス
ご無体な王子様
清楚、という言葉がしっくりとくる可憐な容姿をした優秀なピノッチア。
サロンでの優勝を全て浚っている、卑しき身分の人間が育てる人形の名は、アレンといった。
「はぁ、また勧誘か」
サロンで連続優勝し続けるアレンの元には、毎度の事ながら勧誘の手が煩い。
しかも、人形の持ち主であるマスターを通さずに、直接話を持ってくるのだから、困ったものである。
無論、アレンに誘いを受ける気は全くもって皆無である。ましてや、マスターを介せず自分と直接交渉を行うなどという、礼儀に欠ける相手とは話す気すら起こらない。 そう、敬愛するマスターを無視するなど、万死に値する行為だ。
どうにも、世間一般のマスターの評価は過小評価もいいところだと思えて仕方がない。いや、世間一般というのは多少の語弊があるだろう。
マスターの冷遇に腹立たしい思いを抱くのは、サロン、貴族階級のピノッチア品評会の時に限っていたのだから。
そのマスターは、サロンの優勝賞金の受け取り手続き中だ。
主人が不在なのをいいことに、次々とアレンを勧誘する人間が絶えない。一度はっきりと断ったにも関わらず、何度も誘いかけてくるような失礼な者もいて、迷惑極まりない状態ではあるが、ピノッチアの少年は黙って耐えていた。
貴族相手に問題を起こしたのなら、自分だけではなくマスターの身柄までもが拘束され、冤罪を被る危険性が高いことをよく理解した上での最良の対応だ。
貴族の特権階級が廃止されたのが、先代国王でのこと。
現在にわたり、人の身分はこれ、家柄に左右されないものとする、と、新たに制定された法律で定められてはいるのだが。
長年の間に凝り固まった特権社会意識がそうそう消えて無くなる道理もなく、いまだ貴族階級を名乗り富と権力を笠にきて無体を働いているのだ。
「ただいま、アレン。待たせたね」
「あ、マスター。早かったですね、手続き終わりました?」
小難しい事を考えている場合ではなく、愛しいマスターを満面の笑顔で迎えるピノッチア。それに、黒髪の青年も嬉しそうに応える。
「ああ、賞金はいつものように振り込みでね。
今日はおつかれさま、よく頑張ったな。ご褒美は何がいい?」
サロンの日には、いつもこうしてマスターはご褒美をくれる。
無論、以前優勝を逃した時にも、よく頑張ったよ、と言って好物のアップルパイを教会のシスターに教わって焼いてくれたのだ。
元々、マスターである青年は、育て子である少年ピノッチアをサロンに出場させることを嫌っているのだ。まるで見せ物にしているようだと、よい顔をしない。
アレン自身がマスターに無理を言って出場を強請っているのだ。
エメラルドの眼差しと若草の髪が美しい、楚々たるピノッチア少年は非常に真面目で優等生タイプ。マスターが望まぬ行動は己も望まぬ従順さだ。それが、こればかりは無理を通すのにはきちんとした理由(わけ)がある。
至極簡単明確。
要するに、貴族階級の人間が余りにマスターを小馬鹿にするので腹が立つのだ。せめて、マスターの人形である自分がサロンを総なめし、意趣返ししてやろうという腹づもりなのである。
以外に気の強い面も持ち合わせている少年だ。
「有り難うございます、マスター」
ご褒美。
その言葉に、アレンは何時も『それじゃあ、アップルパイが食べたいですv』と可愛らしくお願いするのだ。
慎ましく心根の優しいピノッチア、アレンは努めてそうであろうとしていた。
実際、そのような性格なのであろう。いわゆる、優等生である自分に不満を抱くこともなく、何処か抜けてる人の良いマスターに仕えるのも好きだから。
けれど、最近。
優秀なピノッチアと優しい主人の今の関係に焦れったさを感じている自分を自覚していた。
今日は、それを確かめようと。サロンでいつもよりも張り切ってみたのだ。優勝すれば、いや、そうでなくとも『ご褒美は何がいい?』とマスターは訊いてくれるだろう。
その時に、是非一つ、強請(ってみたいことがある。
「…マスター、いいですか…」
「ん? なんだ、どうかしたか?」
「僕、……マスターに貰いたいものがあるんです」
「? アレン、どうしたんだ?」
いつもなら、控えめな態度をとってはいても決して己の意見を述べるのに躊躇をする性格の子ではないのに、と。
常らしくない育て子の様子に、少々面食らって心配そうにするマスターだ。
「キス、してもいいですか?」
「? え、って、え??」
養い子の突然のおねだりに、さしものマスターも驚きを隠せずにいる。と、そこへ間髪入れずにフォローを入れるアレンだ。
「…好きな人とするものだと訊いから。僕、だから、キスしても…かまいませんか。マスター」
と、補足説明を受けて、ははぁ、と納得得心の黒髪の青年。
誰から聞いたものなのか、間違ってはいないのだが微妙にニュアンスの違う説明を真に受けてしまっているらしい。
「えーっと、ね。アレン? その、だな」
「はい、マスター」
「その、そういうのはね、普通は異性とするものなんだ」
「…なら、シスターとはいいのですか」
「………えーっと」
どうやって説明したモノやら、困り果てるマスターへ、少年は悲しげに瞳を伏せた。
「……やっぱり、ダメですか。僕がピノッチアだから……」
あらぬ誤解に、マスターは慌てて弁明した。
「! アレン、それは違うっ!!」
「なら…かまいませんか、マスター」
真っ直ぐな瞳で見つめられて、純粋な願いをぶつけられては、もはや首を横にすることは出来ないのがマスターのマスターたる所以といおうか。
「………わかったよ、けど家に帰ってからだ。いいね」
「はいっ♪」
とんでもない約束をしてしまったと苦く思うと同時に、無邪気にはしゃぐ我が子の姿が嬉しくもある。
「それじゃ、帰るよ。アレン」
「ハイ♪ わかりました、マスター」
月日は過ぎて、可愛いばかりであった養い子は既に青年の姿となり。背丈も追い抜かされて、昔の愛らしさは何処吹く風。今や、不敵なばかり。
礼儀正しさなどの、きちんとした折り目正しい性格はそのままで、けれど。
声が、深みを増して。
仕草が、少年のそれから男のモノとなって。
性質(の悪いことに、同性でかつ育て親の青年から見てみても、かなり二枚目に見事に成長を果たしたのだ。
そう、性質が悪いことに、である。
「ふ、っ……」
甘くひそやかな喘ぎに、ゆったりと紳士風な美貌の青年は微笑んだ。
「ッ、アレ、ンッ……。も、やめなさっ……」
食事後。
夕餉の片づけをするマスターのエプロン姿に欲情したのは、成り行きだ。ふいに、欲しくなって。衝動を抑え切れ得るほどには大人ではなく、洗剤で両手が塞がっているのをいいことに、背後から悪戯を仕掛ける。
立ったまま、というのは初めてだが。
なかなかオツなものだと、今知った。
「ふふ…、マスター。いやらしいカッコだね?」
「〜〜〜〜っ!」
耳元へ直接囁きを押し込められて、黒髪の青年はかぁっと頬を染め上げる。
流し台に両手をつき、両足を大きく割られて。
上は少しサイズの大きな白いTシャツにエプロン、ズボンは下着ごと抜き取られ、足下に絡みつくようにして塊になっている。
日に焼けることのない白い足が、誘うように震えて、羞恥を伝えている。
「ほら、濡れてる…」
大腿の内側を撫で上げられれば、はっきりと粘着質な音がして。
マスターは身を竦ませるようにして、肩越しに無体な真似を働く青年を睨み付けた。
「………アレ、ン…ッ」
「そんな顔したってダメだよ、マスター。
ね、ここ、どうして欲しい…?」
「っ、ひぅ…」
背後から、足の下を回るように恥部を触れられて、異様な程に昂ぶってしまう。
つい、と。
意地悪く、指先で微かな刺激を与えられ、マスターはゆるゆると首を振った。
「い、…〜〜いい、かげんっ、に……」
「……あれ、余裕あるんだね。マスター。
なら、コッチにも悪戯しちゃおうかな…?」
なかなか素直になってくれない恋人に焦れて、アレンは片方の手で後ろの窄まりをほぐし始める。
「っ!?」
はっきりと、息を飲む気配が伝わって。
綺麗な脚線美を描く両足が、限界を伝えてふるふると大きく震えた。
(……そろそろ、かな)
「、や。………レンッ、くぁ…!」
と、ついには愛撫に降参の悲鳴を上げる青年の躯。
かくん、と。
膝を折って倒れ込もうとするのを、それは絶妙に腰を支えてやり、そのまま床へと俯せに押し倒す。
絶景とはこのことか、受け入れる場所を存分に光に曝す格好で息を整えるマスターの、痴態にくらくらする。
倒れた拍子に、ズボン一式はどこへやら遠くへけ飛ばされて、両足は完全にフリーの状態だ。それをいいことに、アレンは両足の間へ身を潜り込ませる。
「! あ、レンッ!」
己のとんでもない姿にやっと気がついたのだろう。
慌ててマスターは逃れようとするのだが、今更遅過ぎる。
「だめですよ、マスター」
双丘を割り開けるようにして潜まった場所を存分に見聞する、その行動に、マスターは一気に首筋まで赤く染まる。
「や、やめなさ…っ! アレン、やっ!」
「ふふ、綺麗な色。こうやってじっくり見るのは初めてだなぁ、流石に。
ね、欲しい? ヒクヒクしてるよ、マスター」
いいながら、ぺろりと入り口を舐め上げられる。
「〜〜〜っ、」
余りの羞恥に、最早顔も上げられない様子で伏せっているマスターに、追い打ちをかけるようにアレンは囁く。
「言えないなら、…このままこうしてるよ? マスター。
僕はそれでもいいですけどね、マスターの恥ずかしい部分をじっくり見せてもらえるんだし」
悪魔。
はっきり、きっぱり、そう感じて。
昔はあんなに素直で可愛くて、なんでもよく言うことをきいていたのに。どうしてこんな子へ育ってしまったのかと後悔の嵐が胸の内に吹き荒れるマスターである。
「………アレンッ、も……」
肩越しに哀願の眼差しを送るマスターに、敏感な躯を愛撫する青年はくすりと微笑した。
「ふふっ…ずるいですよね、マスター。
そんな目で見られたら…ガマン、効かないよ……」
囁きを耳朶へ押し込んで。
熱さを求め震える場所へ、アレンは多少性急に腰を押しつけた。
キス、ときいて。
なにせ、本当に子どもの言うことだから。
ほっぺにチュウとか、おでこにチュウ。
その程度のモノだと確信して、素直に目を閉じたら、口唇に柔らかい感触。続いて、口内へと無遠慮に進入してくる生暖かいそれ。
驚きと共に、思わずひけた体を強い力で引き戻されて。
逃れられぬ接吻(くちづけ)に、ついには腰が砕けた記憶がある。
それから、可愛い育て子ピノッチアは、事在る毎に、キスを強請った。
もう、あんなキスはダメだと散々言い含ませたお陰で、軽いくちづけが概ねだったとはいえ、時折、至極切ない表情で迫られて押し切られた。
今から思い起こせば、あのファースト・キスが曲者だったと、後悔するしかない。
「はぁ…」
「? どうかしました、マスター」
甘い夜も終焉を迎え、閨での睦言を楽しむ恋人達の時間。
結局あのままベッドへ移動して、そのまま年甲斐もなく連続のフルコース。ぐったりとしたマスターの躯を労るかのように、アレンは顔をのぞき込んできた。
「……どうしてこんなことになったのかと、ね。すこーし、考えてしまうんだよ」
「――…マスター、僕とセックスするのはお嫌ですか」
「……余り直接的に聞かないでくれないか。
言っただろう、こういう事には慣れて無くて…凄く、恥ずかしいんだよ。アレン」
実に優秀なピノッチアであった少年は、何事もそつ無くこなす天才肌の実に優秀な大人となった。
しかしながら、生まれてこの方一年少し。
時々、人の心の微妙な動きに天然な反応を返してしまうのは、目をつぶる所だろう。
「じゃあ、マスター。
僕と恋人関係でいるのは、嫌ですか…? こうなったこと、後悔していますか…?」
何処か、所在無さ気な表情が、罪悪感を募らせた。
「…そうじゃないよ、アレン。
ただ、…一応、親としては、育て方に問題があったかなぁ、とね」
「僕はマスターのお望みに添いませんか?」
心根が真っ直ぐに育ってくれた可愛い我が子は、真摯に訊ね返す。
「…………………事の最中はね」
「? はい?」
「だから、……最中。
無茶はするし、トンデモナイ事は言うし、………こっ、この前なんてっ……」
カァッ、と。
頬を染めて俯いてしまう仕草が、なんとも可憐である。
マスターの言わんとする事を察して、ああ、と。アレンは納得顔をする。
「でもマスター、それは仕方ありません」
「し、仕方がないって…アレン、あの時どれだけ俺が……っ」
「僕はマスターの事、愛してますから。ね?」
恋の駆け引きなんぞあったものではない、本当に真っ直ぐな掛け値なしの気持ちをそのままぶつけられて、赤い顔のまま固まるマスターだ。
「〜〜〜お前は、どうしてそういうことサラッと……」
「嫌ですか、マスター…」
ちょっとだけ、心配そうにしてくる我が儘な恋人が、可愛らしいと思う程には。
自分も骨抜きにされているのだからこれは仕方がないのかもしれない。
「…嫌じゃない…嬉しい…よ」
「よかった♪」
満面の笑顔をされては、愚痴も飲み込むしかない。
色々言ってはみても、幸せそうなアレンの顔を見ていられるのは、決して嫌な気分ではないのだから。
「ねぇ、マスター?」
「? どうした?」
ふいに、清楚な美貌の青年がなついてくる。
優しく、キスを仕掛けて。
「愛してます」
と、囁いて。
腕の中へ抱き込まれる。
この温もりを、厭がる道理などあるものだろうか。
あなたと共に、何処までも。
あの、始めてのキスから今では数え切れぬほど。
これからも、時と口づけを重ねていこう。
アレンのエロはねちこです。それがアレン様
甘い鬼畜攻めがアレンのコンセプトですね!
アレマスは敬語の鬼畜攻めがしっくりきますよね