独占欲
愛し過ぎて毒を飲む



 手間も暇もかかる子どもが一気に成長してしまい、一抹の寂しさを感じると共に手に入れた自由の時間をマスターは新たな人形作成に費やしていた。
 元々、人形師を生業としていたこともあり、転がり込んできた暇を持て余したマスターは今後の生活のことも考え仕事に復職を果たしたのだ。
 とはいっても、一年以上のブランクがあるために、玩具や普通の人形、時計やアクセサリーなどの細々とした修理を請け負って生計を立てているのだが。
 なんの宣伝もなくても仕事が舞い込んでくるのは、心優しいシスターのお陰。
 彼女が教会に顔を出す人々に、腕のいい修理屋がいると振れてくれているのだ。
 可愛い養い子がピノッチア人形であった時にサロンで稼いだ賞金は破格で。既に働かなくても一生どころか二生はゆったりと暮らしてゆける蓄えはあるのだが。それは皆子どもが稼いだものだからと今は手をつけず、細々といした修理業で生計を立てるマスターを、時間を見ては個人的に新たな人情作成に没頭するマスターを。
 アレンは決して快く思ってはいなかった。



(マスターは、まだ仕事か…)
 開けはなった窓から潮の香りが届く。
 今日はもう休もうかと、自室へ戻ったアレンはマスターの仕事部屋に煌々と明かりが灯されていることに微かに表情を苦くした。
 マスターが人形師に復職してからというもの、めっきり逢う時間が減った。
 それでも仕事始めの頃は依頼も少なく、二人の生活を多少制限する程度であったものが、今ではこうしてすれ違いが多くなり、折角手に入れた愛しい人を前に我慢の日々だ。
 生来の気質が穏和で思慮深くあるだけに、思う不満をマスターへぶつけることも出来ずに、内に秘めてしまう。恋人の仕事に理解のある自分を演じてしまう。そのことが、どんなにかマスターを喜ばせるか判っているだけに、嘘を吐(つ)く自分が居る。
 それでも。
「僕は、寂しいです…マスター。
 貴方は違うのですか、こんな気持ちになるのは僕だけですか…? マスター」
 人の体を得て、色んな事を学んだ。
 最もショックを味わったのが、温度というものだ。
 寒さ暑さ冷たさ。
 それらは、人の手に造られた肌では決して感じることの出来なかった存在だ。

 マスターの肌の温もり。
 内部(なか)の熱さ。

 それを知って、より以上、あの愛しい人を手放せなくなった。
 それまでの感情が子どもの遊戯にしか感じられないほどに。

「貴方は…僕を必要としてはくれないのですか…?」
 醜い感情だ。
 幼い頃――まだ、命を持たぬ人形だった頃はお休み毎にマスターに連れられて教会へ赴いたものだ。
 教会で学んだ道徳では、人の美しい心を尊ぶすばらしいものばかりであった。

 醜い感情、背徳の想い。
 それでも……。

「マスター、僕は貴方を愛してます」
 幼い無垢なる愛情を、無惨な醜悪さへと変えてしまったとしても。
「貴方が…欲しい」
 喰らい尽くしたい。



 少しだけ、肌寒いマスターの仕事場。
 成人の腰の位置に据えられた大きなテーブルの上には、作成中の人形のパーツが所狭しと並べられており、黒髪の人形師は立ったまま終始人形造りに没頭する。
 彼の目の前へ、一人の青年が紅茶を差し出した。
「……! アレン…」
「お仕事に熱中するのも構いませんけど、余り根を詰めすぎるとよくないですよ?」
 優しい微笑みと気遣いに、黒い髪とコートが闇に溶ける艶やかな容貌の青年はほぅ、と息をついた。
「ああ、そうだな…。
 わかってはいるんだけどね、どうしても取りかかり始めると時間を忘れてしまって」
 湯気を立ち上げるカップを受け取るマスターの言い様を、アレンは苦笑でもって受け止めた。
「人形師としての…性分というものですか?」
「…そんな大層なモノじゃないよ」
 大仰な表現に、マスターは軽く肩を竦めて小さく笑うと、カップに視線を落とした。
 ふぅふぅ、と。
 猫舌らしく何度も熱い液体に息吹きかける姿が、何処か子どもじみて可愛らしい。
「…マスター、熱いの苦手でしたね」
「そういうアレンは平気なんだな、羨ましいよ」
「ふふ…」
 なにやら意味深な含み笑いをする恋人へ、視線を上げて何事かと問えば、そんな貴方も可愛らしくて好きですよ。などと、口説き文句紛いの台詞を吐かれて赤くなる。
「………あ、アレンっ、お前は休まないのか」
 照れる自分をごまかすために、違う話題を捜せば愛しい育て子はふるふると首をふる。
「マスターの仕事をする時の顔、好きなんです」
 そして、さらりと告白してくる。
「〜〜〜そ、んなもの見てても楽しくないだろう…?」
 困り果てたマスターはしょうがなくカップに口をつけ、顔を隠してしまう。
「うー…ん、そうですね。
 一番愉しいのは、やはり、あの時のマスターの表情かおですけど」
「?」
 顔を上げず、視線で意味を問いかけてくる、その純朴さが愛おしい。
「感じている時の顔ですよ、マスター。
 とても淫らでいじらしくて、酷く官能的ですね」
「!」
 カーッ、と。
 一気に首筋まで赤く染め上げるマスターへ、アレンはにっこりと。
「そういう表情の貴方も可愛らしくて好きですよ
 と、付け足すのを忘れない。
「あ、アレンッ。紅茶ありがとう、俺はもう少し仕事をするからっ。お前はもう休みなさい」
 もう、どんな顔をしていいのやら。
 困り果てたマスターは赤い顔のまま上品な美貌の青年に背を向け、飲みかけの紅茶は仕事台の隅へ置いて、慌てて仕事へ戻る。
「………? アレン?」
 しかし、返事をするわけでもなく黙って立ち去るでもなく、無反応な相手に困惑してマスターは背後を伺った。
 と、
「! あ、アレンッ! こらっ、……んっ」
 唐突に背中から抱きすくめられ、首筋への熱いキス。
 そのまま、舌を這わされ全身の力が抜けるのを感じるマスター。
「アレ…ンッ、な・にを…」
「ふふ、マスター。相変わらず、首、弱いね」
「あッ…」
 耳朶をくすぐるように囁かれ、一気に肌が泡立つ。
「……ふ…ぅ…」
 気持ちいい。
 背徳的な感覚に、一度は慣らされた快楽に。
 しらず、躯は反応をかえす。
「ああ、よかった。マスターも…寂しかったんですね」
 感度の良く応える恋人に満足するように、アレンはうっとりと微笑する。
「こら…、アレンッ、やめな……っさ、ン」
 コートの前あわせからひやりと冷たい指先を差し入れて、薄い胸元を存分に堪能する。時折、悪戯をしかけるように小さな尖りを爪先でひっかく仕草が何処か手慣れていて。
「ン、ん・っ……」
 逐一、反応を返してしまう自分の躰が恨めしい。
「マスター、マスター……」
 熱に浮かされたように幾度となく恋人の名を呼ぶアレンは、焦がれる想いとは裏腹にもどかしさすら感じさせる優しい愛撫を繰り返す。
「ふ。………ん、」
 隅々まで開発された躰は敏感で、一度快楽の虜となれば、後は本人の意思ではどうにもならない。
 ここのところ仕事にばかり根を詰めていて、無自覚であったにしろ、物足り無さを感じていたのはマスターも同じ事。
 既に着衣は乱されるまま、コートはそのままで下を全て抜き取られ、なんとも扇情的な格好で両足の合間に膝を割り居られ、大きく足を開かされる。
 羞恥に、マスターは仕事台の上に俯せて両肩を震わせる。
「……あっ、アレン……! やッ……!」
 と、弾みで人形の腕が大きな音を立てて台の上から転がり落ちる。
 ゴトンッ、という物音に我へと立ち返ったマスターは、精魂込めて造ったパーツが乱雑に扱われている事に顔色を無くした。
「!? あっ、アレン! ちょ…、放しなさい…!!」
「…………!?」
 途端、それまでの濡れた雰囲気は何処へやら、年下の恋人を無理矢理引き剥がすと、床へこぼれ落ちた腕を大切そうに拾い上げる。
「……よかった、傷になってない……」
 人の肌によく似た硬度の無機質で造られたピノッチアのパーツは、その出来が精密であればあるほど、直ぐに傷つき壊れやすい。
 人形師であるが故、十二分に脆さを理解している。
 そんなマスターなればこその慌てっぷりなのだが………。
「……マスター」
 感情を押し殺した声音に、ビクリと黒髪の青年は身を竦ませた。
 おそるおそる、自分が突き飛ばした相手を見遣れば、その、常に穏やかな碧の輝きを湛える双眸が剣呑として。
(―――ヤバイ、相当怒ってる)
 と、今更理解したところで覆水盆に返らず。後悔先に立たず。要するに、手遅れ。
「マスター。
 ……今のは流石に、いくら僕でも……怒りますよ?」
「ごっ、ご免。悪かったっ、アレンッ……」
 まるで蛇に睨まれ四肢の竦んだカエルさんよろしく、その場に縫い止められて動けない青年は、恐ろしさの余り向き直って謝る事も出来ない。
「あ――…あのな、アレン」
「なんです?」
 返す言葉は、一言一句に棘混じり。
 自業自得とはいえ、針のむしろに、マスターは内心ビクビクとする。
「も、もう今日は休もうかと……ほら、時間も遅いしっ……」
「……何、ふざけたこと言ってるんですか。マスター」
「………! ア、レン……?」
 手塩にかけて育て上げた、それこそ、物語の『王子様』のような我が子。
 良識を持ったお手本のようないい子であるはずの青年の、その言葉が。
「――夜は長いんですから…、存分に愉しみましょう?」
 不穏さに満ちているのを感じ取って、マスターは迂闊な自分を呪うのだった。



 たっぷりとほぐされた窄みを、幾度となく犯されて、マスターは霰もない嬌声を上げ、何度目かの絶頂を迎えた。
「あ、ぁっ……ひっあァァ!」
 甲高い悲鳴を、それこそ、心地よいとばかりに満足気な表情でいるのは、優しげな美貌を何処か暗い悦びに満たした青年。
 足下まで届くロングコートはそのままで、下を全て剥いでしまうのは趣味なのか。なんとも倒錯的な格好で床に引き倒され、マスターは何度となく啼かされていた。
 仰向けに、闇に白く浮かび上がる両足は大きく開かされ、その間へ腰をすすめたままの姿勢でいるアレンは、未だ分身を内部へ突き立てたままで。
「まだ……だよ、マスター。
 まだ、もっと……全然足りない。もっと虐めて、もっと啼かせて……僕以外じゃ満足できないカラダにしてあげる」
 ぐぃ、と。
 内部の存在を誇示するように腰を軽く揺すれば、ひくん、と喉を逸らせる獲物。
「ッ、アレン……、ンも、む……りっ」
 嫌々と。
 まるで幼子が駄々をこねてみせるような、愛らしい動作で厭がるマスターを、しかし青年は赦さない。
「ふふ……泣き顔も可愛いね、マスター……。
 次はどうしてあげようか……?」
 繋がったまま、そう、うそぶく恋人が。うっすらと酷薄な笑みを張り付けて囁く。
「………っ」
 漆黒の双眸に怯えすら滲ませてマスターは以上の無体を強いぬように、声を震わせ哀願する。
「アレン……ッ、たの……っ・も……やっ… 」
「嘘。」
「ンっ」
 やんわりと、花心を握り込まれたのなら、素直に感じてしまう。
「ふふ、マスター。………まだまだ元気だね?
 じゃあ、どうしよう…かな」
 実に愉しそうに笑う陵辱者は、ふと、ある存在を目に留めた。
「…………」
 特殊な鉱石で仕上げられたピノッチア人形の肌質はなめらかで、在る程度の柔軟性を持ちしなやかだ。
 反面、傷を負いやすいのが難点ではあるのだが。
 そう、先程マスターが取り乱した原因。そして、アレンの逆鱗に触れた忌々しいそれ。しかし、この酷く愉しい状況においてはさほど嫌悪を感じない。
 それどころか、いい口実。
「ねぇ…マスター、先程の僕の言葉、本当なんですよ」
「…な……に?」
 掌にある蕾をゆるゆると愛撫しながら、アレンは耳元へ吐息を押し込む。マスターはといえば、前と後ろの感覚に追い上げられ感じ入っているのだが。
「マスターの人形師としての表情、……好きだと言ったでしょう?
 凛と張りつめていて、酷く刹那的な美しさで、まるで聖域のように感じられる……」
 大袈裟な恋人を揶揄る余裕もなく、マスターは息を詰めて耳を傾けている。
 こんな場面でもなければ心のこもった告白に感動のひとつでも覚えたのだろうが、如何ともし難い現状ではそれどころではないのが正直なところ。
「マスターにとって、『人形師』であることが、如何に大切なことなのか…思い知らされます」
 思い知らされて、
「僕は……」
 こんなものにまで。
「嫉妬…してしまうんですよ。マスター」
「っぁ、・ぁっっぁ!」
 随分とほぐされて柔らかくなっているとはいえ、一気に肉塊を引き抜かれ代わりとばかりに何をかをねじ込まれ、マスターは小さく悲鳴を上げる。
 ひゅうひゅうと喉を鳴らして堪え忍ぶ姿が酷く扇情的で、甘美だ。
「どう…です、マスター。貴方が心血注いで造られたモノですよ……」
 結合部位を指先でなぞられ、ぶるりと身震いしてしまうマスターは、言われる意味をくみ取る事が出来ずに困惑の眼差しを送る。
「『腕。』ですよ、人形の。正確には指の部分を銜えてるんですけどね、ふふ……。どうです、気持ちいい…? マスター」
「ッ!」
 かぁ、と。
 一気に体温が跳ね上がる。
 冗談ではない、なんてものを、と。
 羞恥と憤慨に言葉を失くすマスターの様子に満足いったのか、アレンは気分良く人形から繋がるいくつもの糸を絡め取った。
「内部(なか)…グチャグチャに掻き回してさしあげますよ、マスター」
「…………ッ〜〜〜〜!!!」
 悲鳴は、接吻に遮られて音となることはなかった……。



 散々に嬲られて泣き腫らした顔で気を失うマスターをベッドに運び寝かしつけ、その体を丁寧に湯にしめらせたタオルで清めながらアレンは軽い自己嫌悪に陥っていた。
「少し、やりすぎた……かな」
 酷い事をしたいわけではない。
 いいや、寧ろ逆。
 無上の愛情を際限なく捧げて、甘やかして、優しくして。
 そうしていたいのに、そうしたいのに、何故か沸き上がるのは醜い感情ばかり。
 ガウンを着せて、布団を掛けると、そうと頬を撫でる。
 痛そうな、辛そうな、やるせない表情で瞼を閉じる姿はいじらしく、痛々しい。そうさせたのが自分であるという自覚があるだけに、痛烈に己の愚かしさを感じてしまうのだ。
「マスター……」
 優しい、振れるだけの口づけを冷えた唇に落として、アレンは静かに独白する。
「愛してます…。けれど、この愛がいずれ貴方を傷付け貶めるのならば……僕は……」



小さな囁きは、夜に溶けて…消えた……。



アレンは、マスターの事をふかーくふかーく
それはもう、非常時期な程に愛してます。
愛が過ぎて、苛めたくて仕方が無い
タイヘンなヘンタイに愛されたものですね。