誓
鬼畜に愛して
老若男女を問わず人気があるというのは、親代わりの立場としては実に喜ばしい事だ。
街を歩けば、知った顔から見知らぬ連中にまで、よく声を掛けられる。
小さな、彼がピノッチアと呼ばれる人形であった頃から、誰にでも好かれる子だった。 端正な顔立ちに柔らかな物腰、身の内から滲み出る高貴さは、街の者だけでなくサロンで出会う貴族達にも評判が良かった。
そんな我が子を誇らしく思うと同時に、――…胸に大きな穴が空いたような感覚を抱えるは何故だろうか。
どちらかと言えば表情が無く、他者を遮る気配を纏っている。
けれど無意識のうちに人目を惹く、大勢の者を魅了する。
自身の生き方が功を奏して、誰彼に声を掛けられる好ましくない状況には至らずに済んでいるが、それも厚顔無恥な輩には通じない。
艶を纏う華。綺麗な闇色の青年。大切なマスター。
彼が、自分以外の者と言葉を交わすだけで、どうしようもない焦燥を募らせてしまう。
行き過ぎた愛情が、独占という形を成して。
まるで、底のない沼で藻掻き続ける哀れな道化のように、この想いに捕らわれてゆく。
昨年の事だ。
生きた人形【ピノッチア】の品評会であるサロンで、一年間連続優勝してみせた人形がいた。
彼の存在は既に貴族の好事家連中の間で語り草となっており。また、その人形のオーナーの事も噂となった。
品行方正にて眉目秀麗、非の打ち所のない完璧な翡翠人形を育て上げたオーナーを、ピノッチア愛好家の貴族連中はこぞって己の邸宅に呼びたがった。
何かと理由をつけては招待状を出し、自らの人形達の出来映えなどをみて貰い。あわよくば、育成のコツを授かろうという魂胆だ。
しかし、元来華やかな場所を好まない謙虚な性質の青年は、その多くを丁重に断った。
本音を言えば、貴族連中の人形自慢などにつき合っていられないといった処か。
大抵の貴族ならば一度招待を蹴られれば気を悪くし、二度とお誘いの声は掛からないのだが。
中には本心からピノッチアに心酔している者もおり、そういった輩からは懲りずに何度も何度も招待状が送りつけられる。
そういった場合、遂には根負けし、人形のオーナーである青年は不承不承招待を受ける羽目に陥ってしまうのだ。
本日の盛大な、そう、無駄に華美なパーティも、嫌々ながら承諾した招待の一つであった。
パーティの名目は、主催者である貴族のピノッチアのお披露目らしく、会場の中央に鎮座する舞台の回りでは何やら準備が進められていた。
「……ふぅ」
片手に給仕から受け取ったグラスを持ち、華やかな野外会場の片隅で、正装に身を包んだマスターは軽い目眩を覚えて溜息を吐いた。
タキシード姿でこの場に臨む連れは、こういった雰囲気や場所と水が合うのか、堂々とした立ち振る舞いで貴族の紳士淑女達と談笑していた。
緩やかな波を描く若草色の髪、高貴な翡翠の双眸。美しい雪白の肌と黒の正装はよく似合っていた。端正な横顔に洗練された物腰は、彼が元々『ピノッチア』であった事実を全て否定するかのようだ。
こうして少し離れた場所で第三者的な視線で観察してみれば、改めて彼の圧倒的な存在に驚かされる。
(……白馬の王子様…か…)
孤児院経営を行う教会に身を寄せる少女が、頬を赤らめて彼をそう呼び倣わした事を思いだして、的を射た言い様だと今更ながらに感心した。
と、
「どうされました? 浮かない様子ですね」
「っ、いえ…」
見知らぬ貴族に声を掛けられ、マスターは戸惑いながらも微笑で応えた。
「御気分でも優れませんか? なら、向こうの噴水の辺りで休んで来られるといい」
「いえ、お気遣いなく」
「いいえいいえ、ほら、お顔の色が悪い。やはり休んだ方がよいのではありませんか?」
「……あの…?」
ただ通りすがりに心配してくれただけの善意の貴族は、何故か異様に食い下がった。
「本当に大丈夫ですから、…連れもいますし」
困惑するマスターだったが、仮にも相手は貴族様。無下な対応で不興を買えば、後々面倒な事になる。
「そうおっしゃらずに、さぁ」
「……、ッ?」
ふいに相手の声色が変化し、細い腰を無遠慮に抱き寄せてきた。
何を? と、混乱のままにはじめてまともにその貴族の顔を見上げれば、紳士的な顔立ちの中に爛れた欲望が見え隠れしていた。
「行きましょう、…美しい方」
そっと、耳元に囁かれそのまま耳朶を軽くはまれ、背筋に悪寒が走り抜けた。
「っ、はな…」
「マスター、此方にいらっしゃいましたか」
「「!!」」
マスターと呼ばれた黒髪の青年はその声にあからさまに安堵を、紳士とは名ばかりの狼藉者は不満を、それぞれの顔に浮かべて声の主を見遣った。
「レドック様が捜してらっしゃいましたよ。行きましょう?」
「あ、…ああ。
申し訳ございません、所用の方が出来ましたので」
「………」
レドック、とは。
正にこのパーティの主催者であり、ピノッチア愛好家の中でも五指の指に連なる存在だ。逆らっては分が悪い。乱暴を働こうとしていた貴族も不承不承、手を放した。
「さ、行きましょう。マスター」
「ああ」
もう少しだったのに、と、呑気に歯噛みする男は、逃した獲物の連れの青年の瞳が空恐ろしい程に底光りした事に全く気が付くことはなかった。
「何、あんなのに好きにさせてるんですか」
「アレン…?」
会場から少し離れた邸の陰まで連れてこられた見目麗しい黒髪の青年は、思い掛けない台詞に面食らって、その綺麗な黒の眼差しを瞬かせた。
レドック卿が呼んでいるという言葉は、あの変質者紛いの男の手から後の憂いを残さず逃れる口実であった事は流石に察してはいたが。
此方に背中を向けている為、その表情を読むことは出来ないが、丁寧な物言いの中に含まれる棘が不機嫌さを物語っていた。
「…すまない、助かった」
とりあえず謝ってしまえと、謝罪と感謝を口にすれば、思わぬほどの鋭さで見返された。
「……! アレン…」
普段は温厚な人柄だけに、目の前の情炎を滾らせる若者の姿は見慣れぬもので、マスターは息を呑む。不安気に愛しい養い子の名を呼べば、怒りの為か炯々と輝いていた翡翠は、哀しげに滲んだ。
「……っ、マスターッ…!」
そうして、堰き止めていたもの全てを堪え切れず吐き出すかのように、抱き締めてくる。
「愛してます…、愛してます。愛してますっ…、マスター」
「…ア、レン?」
キツク戒められ、艶やかな黒が麗しい青年は息苦しさに喘いだ。
「………愛して、います…」
情熱的な告白に倒錯的な歓喜を覚え、マスターは心を震わせアレンの背中にするりと華奢な腕を回した。
「……どうした…?」
――抱擁を是と受け止めて、高貴な風貌の青年は渇きのままに牙を剥いた。
「ンぁっ…、ァ・はぁ…」
華やかなパーティ会場の陰で、艶を多分に含んだ嬌声があがる。
抑えようと堪え、それでも漏れる色艶が、淫靡さを増して木霊した。
「……ダメ、ですよ…。マスター。
服、……濡らしたら大変…。まだ、…我慢して……?」
「く・ふぅ…」
意地の悪い言い様に、切なげに黒髪の麗人は喉を鳴らして返す。それは了承の証というよりは、愛撫の手を強請っているように見える。
上は、僅かに胸元をくつろげただけ、下肢は膝上の処まで乱されて、まるで強姦でもされているような格好でマスターは花心を攻め立てられていた。
立位のままで背中を建物の壁に押しつけられ、暴かれた下肢に息づく欲望を散々弄ばれ、その上吐精の直前で焦らされる。
後一歩の昂みが与えられず、凄烈な美貌の持ち主は眦に涙すら浮かべて懇願した。
「やっ、……ぁ。レンッ、…ふ」
「ふふ…、ダ・メ、ですよ? マスター。まだダメ…」
愉しげに囁いて、綺麗な顔立ちに対の翡翠がよく似合う青年は、己の掌で震える蕾にぬるりとした舌を這わせて快楽を増長させた。
「……ッ、……んァ……あっ・ァ…」
ひくり、と。
過ぎる快感と許されぬ解放に、甘い責め苦を受ける青年は大きく喘いでみせる。
眼前に恭しく傅く若者は、マスターの媚態に愉悦を覚え上擦った声で、優しく問いかけた。
「もう…立ってるのも辛いね…? ……マスター…」
「――…っ、」
泣き濡れた黒曜の双眸が、必死で何事かを訴えかけた。その、意図を計りかねる程、野暮ではない。
しかし、そう易々と攻めの手を緩める程…容易くは無いのだ、この身を焦がす想いは。
「マスター…、愛してる」
前の戒めはそのままに、後の窄まりをぬめった指先で探れば、欲望に支配された熱い体が確かな反応を返す。
「ん、やぁ…。ア、レン〜〜っ、前…、も・はな……」
絶頂を迎えぬ状態で、更なる快感を煽られても辛いだけだ。
「ダ・メ。
直ぐに悦くしてしまったら、……オシオキにならないでしょう?」
仕置き? 思いがけぬ言い様に、情欲に濡れそぼつ瞳は瞬間正気を取り戻した。
「……ッ…なに…?」
を言い出すのかと疑問を抱く心に、秀麗な面を上げ、若葉のような清々しい気品を纏う青年は、それこそ、春日の如く朗らかに微笑んで応えた。
「お仕置き、ですよ。
……こうでもしないと、自覚してもらえそうにありませんから。貴方が如何に魅力的で、無防備なのか。
少しは警戒して貰わないと、……危なっかしくて仕方ないですよ。マスター」
「〜〜〜っ、?」
切な気に肩で息を吐くマスターは、ただ困惑するだけだ。
流石にあのまま茂みにでも連れ込まれでもすれば多少の危険はあったかもしれないが、所詮は御貴族のご子息様。此方が力でねじ伏せられるとは到底思えない。何せ、箸より重いものは持ったことが無い…の世界の人間なのだ。
それに、結局実害と言えば耳朶に軽く悪戯された位で、この程度なら悪ふざけが過ぎると笑って済ませられる。
情熱的な恋人の過剰な心配を和らげようと、快楽に溺れる青年は濡れた声で返した。
「ぁ、んなのっ……、大したことじゃ…、ッあぁ!」
が、見事に逆効果。
「………ん、くぅ……」
綺麗な黒曜の人形師を攻め立てる青年は、それまで拗ねて甘えるようだった気配を一変させ、
「…そう、大した事じゃ無いんですね。
……あんなのマスターにとっては……、どうということも無いんですね?」
無造作に指を増やして、苦痛に近しい悦楽を無理矢理引き出す。
「ぁ、や・…ア、レッ……」
「なんです?」
「〜〜〜っ、、?」
はっきりそれと判る位に怒りを顕わにして、アレンは優美に微笑んだ。
対する艶やかな青年といえば、一体何が彼の逆鱗に触れたのか、皆目見当もつかなかった。
「……ア…レンッ…?」
許しを請うように哀願の眼差しを向けるが、手向けられたのは酷薄な笑み。
「そんな表情して…でも、今日は許してあげられそうにないよ……? マスター」
「……〜っ…」
官能的な囁きを耳朶に押し込められ、マスターはぶるりと身震いした。呼吸が浅くなり、鼓動は早鐘を打つ。微かに脅え潤んだ黒の珠玉は例えようもなく美しかった。
「ふふ、可愛いね…」
蠱惑的な微笑みを口端に乗せ、端正な横顔に、狂気の閃きが奔る。
「もっと…乱れてみせて……、マスター」
「〜〜〜っ、ァ、レッ!」
一気に引き抜かれた指の代わりに、ひやりとした触感の丸いモノが奥窄まる場所へねじ込まれた。異様な感触のそれは、事前に充分に解されていた事もあり、そう苦もなく入り込んだ。
「な、にっ…」
をするのだと、非難めいた視線を向ければうっとりとした顔で翡翠の青年は答えた。
「お仕置きですよ、マスター」
そうして、微笑みを浮かべながら後ろの蕾に楕円形をしたそれを最後まで押し込む。なにやらコードらしきものを残し、しっかりと後孔でモノをくわえ込まされるマスターだ。
「………っ、?」
内側から押し広げられる圧迫感はあるものの、それ以上でも以下でもない物体に、黒質の人形師は途方に暮れて意地の悪い征服者を見遣ると、何事も無かったかのようにアレンはマスターの衣服を戻して行く。
「アレンッ…!?」
「しっ、マスター。人が来ますよ」
驚愕するマスターの反応は、当然在るべきだと予想していたのだろう。悲鳴を一切取り合わず、気品漂う青年は手際よく乱した服を元通りにしてしまう。
マスターとて誰かが此方へやってくるとなれば、アレンの行動に従うしかない。確かに、まさに情交の最中といった格好でいるわけにもいくまい。
内部でくっきりと存在を誇示する物体に、結局一度たりとて得られなかった絶頂に、半端に熱を煽られた肉体を持て余すようにして、マスターは背後の壁にもたれ掛かる。
すると、丁度のタイミングで、人影は現れた。
「おや、これはこれは。お捜ししましたよ。
主賓である貴方がこのような外れで…おや、お弟子の方もご一緒ですか。どうかされましたかな?」
宴より少し離れた暗がりの中。恰幅のよい老齢の男が朗らかな物言いで近付いてくるのを、美貌の人形師は茫洋とした表情のまま目端に捕らえた。
腹は少々出っ張り気味ではあるが、小柄で白髪の、品の良い紳士――レドック卿だ。
「これから私所有のピノッチア達の舞台が始まりますので、是非、会場の方へお越し下さい」
「………え、ええ」
返答がぎこちなくなってしまうのは仕方なかろう。
なにせ、内壁を押し広げ確かな質感でそれは未だ後蕾を侵しているのだから。
「さ、此方へ。お急ぎ下さい。お弟子殿もどうぞ」
しかし、客人の微妙な変化など感づくはずもないレドック卿は、親しげにマスターの肩を抱き、背に手を回して会場の方へと誘った。
「……ッ! 、!?」
が、途端に息を詰まらせ体を細かに震わせる賓客の人形師に、レドックは不思議そうな顔をした。
「おや? どうかされましたか?」
「え、…〜いえっ……」
「そうですか、では早く此方に」
「…っ…はい」
闇が幸いしてその変化を悟られずに済んだ事にマスターは胸を撫で下ろした。そして、卿の案内に従いながらも、一瞬だけ背後の青年を恨みがましげに睨み付ける。
と――、
これ見よがしに上げられた右手の中には、華奢なデザインのコントローラが握り込まれていた。コンパクトサイズで、片手ですっぽりと収まる大きさだ。
「〜〜…、アレンッ…」
そう、あれは紛れもなく内に銜えこまされた楔に振動を加えるモノ。先刻、一瞬だけ卿に触れられたその瞬間、狙いすましたかのように内部を犯されたのだ。
『今日は許してあげられそうにないよ……? マスター』
つい今し方、甘い響きを伴って意地悪く囁かれた台詞が脳内でさざめいていた。
ピノッチア達の舞台が始まり、会場に招待された全ての人間は華やかなステージに注目していた。
立っていることも辛く、会場の成る可く端に設置され人気のないテーブルに、マスターは落ち着いた。
場を抜け出せば後から舞台の感想を聞かれた時に答えに窮する。あしらいを心得た者ならば適当な賛美で言い逃れる事など、容易であろうが。何せ、生真面目が服を着て歩いているような人間だ。器用に小賢しい芸当は無理というもの。
それに、少々意固地になっている部分もあった。
何が恋人の逆鱗に触れたのかは全く思い当たらないが、それにしてもあまりなやり口だ。
このような不当な怒りを受ける覚えは無いと、多少の腹立たしさもあった。
(…大丈夫だ。
十分程して会場を抜けだしてくれば…)
情けない話だが、エチケット・ルームに籠もり、自力で内部のモノを取り出すしかない。
とりあえず舞台のさわり部分だけを鑑賞しておけば途中、急な差込があったと言い訳も立つだろう。
「………?」
なんとか打開策を打ち立てたマスターだが。そこでやっと、この趣味の悪い悪戯を仕掛けた人物の姿が無い事に気が付いた。
中の物体の刺激を受けぬように緩慢に周囲を見渡すが、どうにも見つからない。
「………っ、!」
まさか自分をこのような目に遭わせていおいて、一人先に家路についてしまったのでは、と、危惧を抱く黒曜の青年だが。
「こんばんわ、素敵な夜ですね」
「……え?」
不安がるマスターの心情にはおかまいなしに、そこへ声を掛けてきた人物がいた。
「…ごきげんよう。貴方も卿のご招待を?」
縁取りの藤細工も美しい片眼鏡(モノクル)がよく似合う細面の青年貴族。
昨年のサロンで優勝争いを演じたピノッチアの主人である彼は、特権階級意識が低く、一般市民でありながらサロンに出席するマスターにも、気さくな態度で応じていた。
それは、今も変わっていないらしい。
「リィン子爵…」
思わぬ人物との再会に目を見張るマスター。
「此方、宜しいですか?」
「……え、えぇ…」
正直な処、余りよろしくも無いのだが。
「珍しいですね、貴方がこのような招待を受けるなんて」
隣りの椅子に腰掛けながら、子爵は和やかに言葉を続けた。
「えぇ、…まぁ」
「昨年以来一向にサロンにも出席されませんし、幾度となく邸へのご招待をしましたものを、色好いお返事を頂けた事がない私としては、少々、口惜しい思いですね」
「……それは…、その、申し訳……」
「いいえ、宜しいのですよ。貴方がこのような華やかな場所を苦手とされるのは承知していますからね。少し、意地が悪かったですね」
マスターの謝罪を遮って、印象の良い青年貴族はにっこりと、人好きのする笑みを浮かべた。
「けれど――、次回の招待は是非受けていただきたいものですね?」
そう、述べて。
気障な仕草でマスターの左手を取り、その甲へとそっと接吻だ。
「ッ、……子爵ッ!?…、………ァっ?」
「……少々、戯れ言が過ぎましたね。気を悪くなさいませんよう……。
………? どうかされましたか?」
左手をしっかりと包み込んだままで、リィンは孤高の美貌を抱く華のような人の、そのあからさまな変化に息を呑んだ。
「………ッ、つ、い・……いいえッ」
雪白の肌は鮮やかな紅に、怜悧な闇を讃える眼差しはしっとりと熱に潤んで、濡れて妖しく染まる唇は、熟して堕ちる寸前の果実のようだ。
「お加減でも優れませんか…?」
思わぬ媚態に、子爵は目を奪われる。しかし、そこを鋼の精神力で抑え込み外見だけ平常を装う。
「〜〜〜っァ、なんでも……、っあ…」
「……ど、どうされました…」
が、こうも挑発的に喘がれては、理性のタガも吹き飛ぼうというもの。
一方、健全な精神の持ち主である若貴族を知らぬうちに籠絡するマスターといえば、内部を暴れ回る容赦ない振動に、必死の体で耐えていた。
しかし、そのようなマスターの努力を嘲笑うかのように、後孔を犯す機械は徐徐にその動きを激しくさせてゆく。
始めの頃は規則正しい振動だけだったのが、それが、肉癖を擦りつけるように左右に振れ始めたのだ。
「……ゃ…、ッ」
機械的な刺激に翻弄され、それでも声を漏らすまいと乱れし美貌の人形師は、レース織りの技巧を凝らされたテーブルクロスに俯せ、空いた手でしがみついた。
容赦なく追い詰められる感覚に、マスターはひゅうと喉の奥で悲鳴を上げた。
そして――、
唐突に、ある事に気がついたのだ。
「……し、爵…っ。…お願いです………手、はな…し……」
「え、……手?
あ、あぁ! 申し訳ございません、これは不躾な真似を!」
指摘され、慌ててマスターの左手を解放する若い貴族。
するとどうだろうか、先刻まで情けの欠片も感じさせない責め苦を与えていた物体は、その余韻すら残さず沈黙した。
「……、っ。」
質量そのものは蕾の中でしっかりと感じる事は出来るものの、動かないだけ余程マシだ。
何とか呼吸を落ち着けると、マスターは呆気にとられる細面の貴族青年に軽く会釈をし、その場より逃れるべく歩を踏み出した。
「……ぁっ」
「! 危ないッ!」
だが――、腰に痺れが残っていたらしく、半歩踏み出した所で見目麗しき黒の青年は体勢を大きく崩した。
当然の事ながら、リィン子爵は腕を伸ばし崩れ落ちようとするか細い躯を受け止めた。真っ当な親切心からの事であり、咄嗟の出来事によからぬ下心などあろうはずもない。
「……くぅ、ぁっ…!!」
が。
突然、腕の中で、黒き蕾は乱花した。
「………!!? どっ、どうなされました…っ」
余りの様子に心配した若い貴族はしっかりと、微熱に震える華奢な躰を抱き留める。それが、裏目に出るとも知らずに……。
「っあ、………くゥン、ふッ」
先程までの比ではない、異常な強さで内を掻き乱されて。
完全に虚を突かれたとあって、瞬間的に達してしまった事実が羞恥に追い打ちを掛ける。
なんとか子爵の腕の中から逃れねば後ろを犯す無粋な機械は、延々と無体な振動をし続けるであろうが、絶頂を迎えた所為で体に力が入らないのだ。それどころか、リィンの胸に縋り付いていなければその場に倒れ込んでしまいそうだった。
尋常ではない有り様に慌てふためく貴族青年だったが、ふいに視界が暗くなり、己の前に何者かが会場の灯りを遮るようにして立った事実に気付いた。
「……マスターがどうされました?」
「ああ…君は確か、」
「マスターの弟子、アレンです」
「そう、アレン君。その…彼が具合を悪くしたようでね。すまないが医者でも…」
「その必要はありませんよ」
「…?」
「そうですよね、マスター?」
すい、と。
陶器のように白い腕が差し出される。
何がどうかっているのか、全く状況を理解出来ない若い貴族は、ただただ面食らうばかりだ。
「……アレン…」
と、それまで腕の中で震え身悶えていたはずの人形師の青年は、肩で息をしつつも、どうにか立ち上がり、春に芽吹く若葉のような清々しい二枚目の弟子の手に縋り付く。
そのまま無言で去って行く二人の、何故か口を挟むのも憚られる雰囲気に圧倒され、哀れな貴族は暫し呆然と立ちすくむのだった。
エチケット・ルームの個室では、濃密な夜の情が交わされていた。
「…お仕置きは、もう充分ですよね。マスター」
首筋に軽く歯を充てられ、甘い痺れに酔う闇色の青年は濡れた吐息を吐いた。
そのまま着衣を乱され、躊躇いもなく愛撫を強請る中心へと指先を滑らせてゆく。
「……ん、」
「ふふ、……とろとろになっちゃいましたね。
そんなに感じました? …コレ」
ピン、と。
今に至っても抜いて貰えない愛の玩具の、そのコードの端を軽くつまんで引っ張るアレン。
「っや!」
切羽詰まった悲鳴に陶酔し、翡翠の一対も美しい青年は、優美な面に優雅な笑みを掃く。
「……可愛いですよ、マスター。
ね、――…愛してます。僕だけ見て…マスター」
貴方は、僕の所有物(モノ)
「………」
声なき慟哭に。
緩やかな愛撫を受けるしどけない姿の人形師は、その欲に塗れた黒き眼差しを、二度、三度、瞬かせて、手触りの良い翠の髪の一筋を指先に絡め取った。
「…マスター?」
愛しい人が何時にない行動をするものだから、その動向を不思議そうに見守ってしまうアレンだ。
と、愛という名の蹂躙を受ける黒き蝶は、そうっと、若草に口づけた。
「………莫迦」
などという、色気も素っ気もないお言葉付きで。
「マスター??」
それでも訳が分からないと訪ねてくる、その、何時になく幼い表情の征服者へ。
「そんなの、始めから…お前が生まれた時から……」
それに。
「お前も…、俺の所有物(だぞ…?」
嫉妬するのはこっちだって同じ。
そう言外に含ませて、拗ねたように睨み付ける姿が、一層愛おしくて。
「ええ、…わかってます」
誓約の、キスをした……。
アレンはやきもち焼きです。
嫉妬の炎は一千万度な感じです。
そんな鬼畜なプリンスに色々致されるマスターに愛。