少年人形
パラノイア・ピノッチア
生き人形ピノッチアは、通常は全てオーダーメイドだ。
依頼者の希望によく耳を傾け、話し合いを繰り返し、世界に一体だけの愛おしい存在を造り上げる。
作成費用はそれなりに高額であるが、維持費は意外なほど手軽だ。
ピノッチアは兎にも角にも高価だというイメージが強いが、それらは全て、人形遊びに己の沽券をかけ、大金を注ぎ込む貴族たちの道楽精神故だ。
人形師の手によって生み出される無垢なる命に必要なのは、金ではなく、愛情。
愛されないピノッチアは、たとえ、主人に最高級のオイルやパーツを与えられようとも、短命に生涯を終える。
「酷いな…」
人形油の独特の香りが漂う作業場で、中央に据えられた木製の台に彼を寝かせて、漆黒の髪に深い艶と憂いを帯びた闇色の眼差しが麗しい青年は、溜息を吐いた。
「…ごめんなさい…ゆるして…ごめんなさい……」
虚脱した朱色を天井に彷徨わせたまま、虚言のように、許しを請い続ける彼に、マスターは心を鋭く抉られる感触を覚えた。
「大丈夫だよ。もう、君を傷つける者はいないんだ。……大丈夫」
そっと、ボロボロになった髪を指先で撫ぜる。
そんな優しい仕草にも脅えて、彼は、小刻みに震えていた。
保護された当初に比べ随分と身綺麗になった彼は、放心したままソファに腰をかけていた。そんな、傷ついた人形を一瞥し、高貴な雰囲気を纏う王室然とした青年は、己の愛すべき人に紅茶を差し出した。
「お疲れ様です」
「ん。ありがとう」
淹れ立ての紅茶からは、心地よい芳香が湯気と共にゆっくりと薫る。
一口、二口と味わいながら、隣に座る人形――利発そうな少年の容姿をした彼へ気遣うように声をかけた。
「何処か、調子の悪いところはないかな? 気になったところは全部直しておいたけれど」
「……だいじょうぶです…」
弱々しく返す人形に痛ましそうに漆黒の双眸を細めて、マスターは言葉を続ける。
「ひとまず、ここで暫くは預かるようになっているんだ。
カラダの細かい治療とか、精神面の調整も必要だからね」
「……はい…」
「ここは、俺とそこのアレンの二人暮らしだ。
何も遠慮しなくていいからね。不都合があるようなら、言っておいで」
「……はい…」
必要最低限の返答だけで、顔を上げようともしない少年人形に、マスターは心無い元の持ち主に強い怒りを覚えた。
「それじゃ、とりあえず二階で休むといい。アレン、案内をいいかい?」
「分かりました、マスター。さ、こちらに来てください。キーア」
「……はい…」
のろのろと立ち上がる華奢な後姿を、マスターは居た堪れない気持ちで見送った。
キーアを部屋まで案内して、それからまた一階のリビングまで戻ってきた若草色の青年は、開口一番、批難の言葉を発した。
「今回も酷いですね。マスター」
「ああ、そうだな。…全く、ギルドの監視体制のいい加減さには、心底呆れるよ」
人形師によって作成されたピノッチアは、人形師協会に登録されるのが義務となっている。そうして、引き取られていった彼らが大切に扱われているかや、主人から不当な扱いを受けていないか等の監視が行われるのだ。
この管理・監視のシステムは、ピノッチア文化の浸透によって発足した、彼らの人権等を訴える団体と、正統な人形師達の強い後押しで成立した。
にも、関わらず。こうして、実際に大事に至って後、事が発覚することなど、日常茶飯事だ。
マスターは、ギルドの一員として、ピノッチアの人権保護思想を唱える一人として、積極的に虐げられるピノッチアの保護活動に参加していた。
「マスター、彼はどうされるおつもりですか?」
「ん? うん。まだ決まってないけどね。落ち着いたら、ギルドの検査をパスした――保護家庭(で預かってもらう予定だよ」
「何時ものように、ですね」
ギルドに保護されたピノッチアとの暮らしを求める人々は少なくない。例えば、パートナーを失ったお年寄りの一人暮らしなどで、実に重宝される。無論、介護ロボットのように無茶をさせられるような環境下は好ましくないため、純粋に、一人暮らしの寂しさを癒してくれる存在としてピノッチアを欲しがる人の下に、保護された人形たちは預かってもらうシステムになっている。
――人間に対しての不信感が根強い場合や、どうしても、社交性を取り戻せないピノッチアにおいては、ギルドの施設で養生してもらうようになっている。
「……前回の子は、人に対しての不信感はさほど強くは無かったからね。信頼出来る家庭に面倒を見てもらえるようになったけど…、毎回うまくいくわけじゃないからね」
「そうですね。いくら、ピノッチアが肉体的な痛みに鈍感でも、心は――何も感じないわけじゃありませんから、ね」
苦み走った口調で零すと、アレンは窓の外、降り止まぬ雪に視線を流した。
トントン、と。
樫の扉を叩いて、返事を待つ。
「キーア? 起きてるかな?」
昨夜から降り積もった雪が描き出す銀世界は、朝焼けの太陽にキラキラと反射して輝いていた。綺麗な風景は心の傷にも良薬となる。せめて、部屋の窓から一緒に眺めてみようかと、気にかけたマスターは、少年にあてがった部屋を訪ねた。
「…? キーア? 入っていいかな?」
ピノッチアは無機物で構築されているために、本来、休息は必要としない。だが、部品に利用されている鉱物や人格を形成する魂晶(が非常に繊細なため、人間と同程度のサイクルで活動停止を行うのが理想的とされている。
まだ、魂晶の休眠状態かと考慮し、マスターは更に扉を軽くノックした。
「……キーア? 入るよ?」
返答どころか、物音一つ無く静まり返る室内を不審に思い、黒衣の似合う端整な顔立ちをの人形師はそっとドアノブを回した。
冷え切った室内。
開け放たれたままの窓。
部屋の扉の開放によって、停滞していた空気が一気に吹き抜けてゆく。
遮光性のある、少し厚めのカーテンが、雪風に煽られ、大きくたないびた。
人形は、可哀想に、白い雪の上。
螺子回しても、もう動かない。
それから、丸二日。
生命の根源を司る神の御技とも、堕ちたる悪魔の所業とも、真逆の評価を受ける王国随一を謳われる漆黒の人形師は、その知識と技術の粋を凝らし、自壊したピノッチアを修復した。
「………」
顔色が優れないな、とアレンは愛しい人の頬に白い指先を添え、微かに首を振る。
主人に手酷い虐待行為を受けていたピノッチアの保護・修理が終わった、その次の日に、当の少年が部屋の窓から身投げをはかったとあっては、無理もない事だ。
更には、本来であれば復旧不可として廃棄されるはずのキーアの魂晶を、この二日間の貫徹作業で甦らせたのだ。
無事に魂晶の修繕を終え、安定状態となったピノッチアを前に、昏倒するように眠り込んだマスター。その細いカラダを受け止め、ベッドへ運んだのがつい今し方の事。
「……僕に、もう少し――ちゃんと、技術や知識があれば…」
とても綺麗で大好きなこの人に、ここまで無理をさせずに済んだかもしれない。
そう思うと、悔やみきれぬ苦い感情が寄せては返す。
将来の事を漠然としか捕らえられず、マスターの仕事にも、手伝い程度の気持ちはあったが、積極的に人形師として生計を立てようという考えは微塵も無かった。
――つい数ヶ月まで、人として生きてゆく必要が無かったのだから、無理も無いことではあるが。
「申し訳ありません、マスター。
僕は甘えてばかりで――マスターにこんなに負担をかけてしまって。情けないです」
貴方を支えたい。
貴方を濡らす雨を遮り、貴方を傷つける刃を跳ね除け、アナタを護る羽根になりたい。
「…愛しています、マスター」
切ない溜息にまじり、零れ落ちる愛の囁きは、冷え切った部屋に音も無く吸い込まれた。
微かな物音にも反応するのは、神経が過敏になっているからか。
倒れこんだマスターを寝室へ運んだのは昼過ぎ。
それから夕刻まで一人、リビングで考え込んでいた新緑の眼差しも麗しい青年は、キィという微かな蝶番の軋みに、顔を上げた。
「………」
マスターならば、まず階段を下りる足音が響くはずだ。
となれば、今この屋敷に存在する者は他にいない。
アレンはソファに投げ出していた純白のコートを拾い、袖を通しながら玄関へ向かった。
内鍵が――開けられている。
木目細工の美しい紺の傘を片手に、高貴なエメラルドの美貌の持ち主は、小雪のチラつく空の下へ歩き出した。
「――何を、しているんですか?」
「!」
ビクリ、と。
憐れな程、少年は身を竦ませた。
まだ踏み固められてもいない淡雪に残る足跡を辿れば、彼を見つける事など容易だ。
「……ぁ」
屋敷の裏手にある冬枯れた雑木林に、ピノッチアの少年は、重たい樞を引き摺るようにして逃げ込んでいた。
純白の外套をスラリと着こなした凛々しき青年の立ち姿が、己を害する鬼畜か悪魔とでも、虐げられし少年の双眸には映りこんでいるのだろう。
白樺の白く剥げた幹に両腕で縋りつき、必死で、身を縮め脅える少年人形。
ハシバミ色の外側に毛先を跳ねさせた髪に、白い結晶が斑に降り積もっている。
ビュオォォと、粉雪混じりの北風が、頬を弄ってゆく。
「何をしているんです?」
「……めん、なさっ…」
「謝罪を求めているわけじゃありません。
何故、屋敷を出てこんなところへ? まだ、魂晶も不安定でしょう?」
「………」
一歩、雪に足を踏み出すと、昏い紅眼が不安に大きく瞬いた。
これ以上追い詰めれば、何を仕出かすとも知れぬと、アレンは動きを止め、少年の答えを辛抱強く待つ。
「用が無いなら、帰りましょう。いくら、ピノッチアといえども。この寒さの中では、関節も魂晶も傷んでしまいます」
「………だめ…、ぼく」
「どうして? マスターは貴方に優しく接してくれるでしょう? 恐れる事なんて、何もないはずですよ。どうして、貴方は壊れようとするんですか?」
ビクリ。
少年は、酷く大きく見開いた二つの、硝子玉のような瞳に絶望を彩る。
「だ、……、って。
ぼく――は、い……なくならなきゃ、いけない…から」
「何故、そんなことを?」
「……ゆるされない、存在だって…。
神サマへの、ぼうとく…だって…。だから…ぼくは、こわれる……べきなんだ」
少年の主人は、偏執的な創教信者だった。
唯一絶対の神を創造主として仰ぎ、人の手による【命】の生成に疑問を投げかける人々。
行き過ぎた信仰心は、本来の人の心を蝕む。
独善的な正義に酔った狂信者は、ピノッチアを買い、侮蔑と憎悪の呪いを吐き散らす。暴力と中傷の捌け口とばかりに飼われる――奴隷人形。やがて、行為に耐え切れなくなったピノッチア達が、自らを壊すのを、彼らは愉しんでいるのだ。
「……キーア、でしたね?」
「………」
酷く、静かな声音に、少年は俯いたままコクンと首を振った。
「実は、僕も元は【ピノッチア】なんですよ」
「……え…?」
驚きの様子を隠せずにいる少年ピノッチアを、アレンは凍りつく白さの息を吐きながら、昔を懐かしむ。
「今でこそ、人の姿ですけれどね。
僕は、マスターに――僕の、最愛の人に最大限の愛を貰いました」
「………」
「マスターは、人もピノッチアも、分け隔てなど無く愛してくださる。
赦されない存在など――この世界に命を与えられたモノは全て、愛されています。貴方が、気付いていないだけで。誰にも愛されない魂など、有り得ません」
淡く降り積もる雪を踏むと、足跡の重みに、綺麗にくり貫かれる。
「さぁ、帰りましょう。貴方には、幸せになる権利がある」
「……ほ、」
「?」
「……ほんと、うに」
キシ、と関節の軋む音。ピノッチアの少年は、唯一の寄る辺のように縋り付いてた白樺から離れ、自力で立ち上がった。紅色に染まる瞳は、まだ、微かに躊躇いが見て取れる。
「きみ…は、――マスターに、あいされて…るの…?」
「愚問ですね、キーア。
そうですね――論より証拠といいますから、見たほうが早いでしょう。さ、帰りましょう。今の僕は人の体ですから、余り長時間冷気に晒されていると、凍えてしまいます」
静かにして下さいね、と言い含まされて、キーアは部屋の隅で膝を抱えた。
かつて人形であったと嘯く気品漂う青年は、少年の姿を覆い隠すように、自分のコートを脱いで、頭から被せる。
「貴方が欲しがる【愛の証明】を見せて差し上げますから、何が起こっても、動かないでくださいね。分かりましたか、キーア」
上等な純白のコートに全身で包まり、こくりと、素直に頷く小さな人形。その従順さを満足気に見下ろし、翡翠の結晶の如き稀有な輝きの青年は、口許に微笑を浮かべた。
そして――部屋の奥、泥のように眠り込む愛しい人の寝台へと、足音も無く近づいた。
頬の輪郭を、羽のような手つきで辿り、深く閉じられた目蓋に口唇を落とす。耳朶に吐息を吹きかけ、甘えるように食めば、敏感なカラダは微かに反応した。
「……ん…?」
「お目覚めですね。マスター」
「……? アレ…ン?」
蜂蜜紅茶のように甘いトーンの声が、微笑を含んで、くすぐったく響く。
「申し訳ありません。お疲れの処ですが――抱かせてください」
「………? な、に…?」
二日間の貫徹作業の後だ、猛烈な睡魔に意識を半ば引き摺られるようにしながら、天才の名を冠する闇色の人形師は、呂律の回らぬ様子で、瞬きを繰り返した。
「愛してます。マスター。今すぐ、貴方が欲しい」
「……、――んっ…」
反応の鈍いのを良いことに、首筋に接吻を移し、布団の隙間から忍び込ませた手で、胸元を部屋着の薄い布の上から感触を確かめるように、撫でた。
「アレ、ン?」
流石に己に降って湧いた災厄を理解してきたのだろう、マスターは上擦ったそれで恋人の名を呼び、息を呑む。
「ちょッ…、急になに――をッ…」
「フフ…。固くなってきましたよ。本当に感じやすいんですね」
刺激に尖りだす胸の蕾の弾力を愉しみながら、アレンはマスターの肢体を覆う毛布を完全に剥ぎ取り、その服を器用に脱がせながら、指先を更に下へと滑らせた。
「あ…っ、だ、め、って。言っ……ん、」
下肢に奔る甘く強烈な感触に、マスターは喉を逸らせ、切なく喘いだ。
普段は知的な輝きを閃かせる対の黒曜が、間断なく襲い来る官能に潤み、凄絶な色香を匂わせる。
「マスター、とても素敵です」
「やっ…、アレ、んっ…」
与えられる快感に素直に喘いて、顕著な反応を返す花芯を、無体な王子は巧みな手技で存分に嬲り続ける。次第に昴ぶり質量を増し、その先端から溢れ出す蜜で、己の手が濡れる――感触に倒錯的な悦びを覚え、青年は牙を剥く。
「ここからは、寝かせませんよ。マスター」
「アレ…ッ、ン。どう、――して」
瞳を濡らし切なさに吐息を零しながら、喘ぐマスターの首筋に優しく噛み付いて。
「恋人同士の行為に、理由なんて必要ですか? マスター」
「……そ、れは」
蹂躙を続ける雄の顔をした愛しい子――いや、恋人の強気な台詞に、美貌の人形師は頬を紅潮させ躊躇える。逸らされた視線を追って、アレンは答えを強要する。
「でも…、あの子が――」
「大丈夫。心配要りませんよ」
「ま、だ――、びちょうせい、も、必――。やッ…くぁ」
可愛く愛撫の続きを強請り快楽に泣き濡つ中心の、その先端を咎めるように親指の腹で擦り付ければ、強い感触に喉を反らせ嬌声を上げた。
「これ以上強情を張ると、酷くしてしまいますよ。マスター?」
微かに弾むそれで愉しげに囁かれ、弱い場所を掴んだままの右手は、そのまま後ろの窄まりへと移動した。
「アレ、ン…ッ」
批難の色合いを滲ませた不安に潤む目元を、傲慢な愛しき征服者は、羽のような接吻で宥めた。
「ふふ、嘘ですよ。――怖がらないで、マスター?
貴方が嫌がる事なんて…。僕が、出来るわけありません」
だから――、
と、無体な支配者は長く器用な指先で、蕾の花弁を丁寧に解し始める。
「マスターが気持ち良い事しか、しませんよ?」
「…――ッ、ん。や、ゆび、ダメ…っ」
「ダメ、じゃないですよね。マスター?」
衣擦れのような微笑に耳元を擽られ、甘い責め苦を受ける美しい白磁の膚をした青年は、ビクリと身を竦ませた。
「や……、めっ――ァ」
抵抗をものともせず秘所へ潜り込ませた指先が、容赦ない優しさで、愛を穿つ為の用意を周到に行う。敏感な場所を掠められ、絶え間ない快楽に息も絶え絶えとなる愛しい人の媚態に、倒錯した充足感を味わいつつ、蹂躙者は所在すら掴めぬ焦燥に追われるように、更に奥深くを抉った。
「ン―――ッ、」
カクカクと小刻みに震えだす腿の内側に接吻を捧げながら、翡翠の煌きで彩られる毅然とした端正さの青年は、先端から溢れる蜜でとろけるそれに、軽く、歯を立てた。
「やぁッ……!」
ビクンッ、と弓なりに背を反らせ、悦楽とも苦痛ともつかぬ感覚に戦慄くマスターに、己の内に巣食う仄暗い激情が揺さぶられるのを自覚する。
「――…愛しています。マスター」
「…あ、――ッ、ふ・ぅ」
戯れに牙をつきたてた部位を、宥めるように舌を絡ませる。
「ア…レンっ、はっ…」
「誰よりも、何よりも、貴方が大切です。マスター」
飲み込ませる指の数を増やし、狭い内壁を掻き回した。
「――くぁッ!」
淫らな収縮を繰り返す蕾が己の蜜に濡れ、貪欲に快楽を求める様子に、双眸で弧を描く。
「もう、何処も彼処もとろとろですね? マスター」
「……っ、あ、レン――」
「分かっていますよ。そんなに可愛い顔で急かさないで下さい。
――もっと、虐めたくなってしまいますから」
「〜〜〜ッ」
朦朧とする意識の中でも、不穏な気配を過敏に感じ取ったマスターは、黒無垢の瞳を潤ませた。
「アレ、ン……っ」
「――愛しています。マスター」
不安に震える声を攫うように接吻け、無体な真似を働く翡翠の彩も麗しい青年は、幾度も幾度も、思いの丈を籠め愛の言葉を繰り返した。
失神するまで間断無く快楽を与え続けられた愛すべき人形師は、泣き腫らした目元を伏せ、濃密な一夜の痕を肢体の隅々にまで残し寝台で眠り込んでいた。
「………」
灼熱の行為により、汗で張り付いてしまった前髪をそっと払い、
「――愛しています」
神聖な存在にそうするように、恭しく額に接吻した。
そうして何より誰より大切な人の、安らかなる寝姿を堪能した後に、王侯貴族のような優雅にて悠々たる所作にて気高き造作の青年は起き上がる。
普段は一部の隙も無く着込まれた白のブラウスの前が大きく肌蹴られ、情事の痕跡を隠そうともしない堂々たる様子は、酷く扇情的であった。
倦怠感漂う横顔に流れ落ちる新緑の髪を肩に掻き揚げ、アレンは部屋の片隅に蹲る彼に近付いた。
「――どうでした?」
柔和で丁寧な口調の端々に、面白がるような色が滲むのは仕様も無い。
「………え、…と。あの……」
十分な面積の布地に包まる少年人形は、酷く、戸惑った様子で返答に詰まった。
ピノッチアの一般規格として一般知識や感情面は、年相応に設定されてあるのが常だ。無論、年月を経ることによる内面の成長は当然の流れだが。狂信者の傍で暴行と侮蔑の対象として飼われていた少年に、精神的な成熟があるはずもない。
よって――俗世の垢を知らぬ幼さの人形は、非常に揶揄り甲斐のある反応をしていた。
「可愛いでしょう? 私のマスターは」
「……よ、よく分からない、ですけど。…すごかった、です」
これが血の通う人の子であったならば、頭から湯気でも噴きだしそうなほど、真っ赤に茹で上がっていただろう事は、想像に難くない。
「…理解出来ますか?」
初々しさが微笑ましい無垢なる人形に、王者の素養と高潔を抱く翡翠の青年は、ゆったりと語る。
「私たちは、愛されるために生まれ――愛する為に存在し続けるのです。
それが、人に生み出された私たちの価値。普遍の真実であり、事実」
「……愛される、ため…」
それまで、幾ら想いを籠め心の傷を癒そうとしても、全てを拒絶し、耳を塞いで聞き入れようとしなかったキーアは、乾きに与えられた水を飲み干すように、言葉を受け入れた。
「愛するため――、僕も、貴方のように大切な人が欲しいです」
未来も自由も意志も、狂信と妄執によって無残に引き裂かれていた繰り人形は、朱色の眼差しに確かに希望を宿した。
それから程なくして、組織に登録された保護家庭(に引き取られていった少年ピノッチアから、幸せの便りが届く。
嬉しそうな表情で手紙の封をペーパーナイフで切り、煎れたての珈琲を片手に、その優しい文字を目で追っていたマスターが、赤い顔をしながらご無体な恋人へ詰め寄るのは、また後日の話である。
とにかく、アレン様はゴウイングマイウェイです。
マスターは、そんなアレンに振り回されつつ、でも逆らえない
だって、王子様ですから! 王子さまレベル1
王族は、公開エロだって恥ずかしくありません。だって、王子さまですから