act.4 接触
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 尾瀬イクミ…タレ目の新緑がチャーム・ポイントの二枚目。名実共に、リヴァイアス三強の男が内一人であり、特に最も『キレたヤツ』と影で囁かれる彼は、昴治に予告したとおりパイロット・ルームでディスプレイに向かい合い、難しい顔をして唸っていた。
「う〜ん。思いつきはスバラシイと思うんだよな、我ながら。
 けど〜、これは厄介だ〜」
 先ほどからエラー音ばかりが、ヴァイア艦の無機質な黒壁に反響している。
 唸っては、指先を動かし。ひたりと止めては、考え込む。その繰り返しで、作業は遅々としていて、決して芳しくなかった。
「やっぱ容量不足か…組み替えの無駄を省いて負担を軽くすれば……」
 手元のキーボードを慣れた手つきで叩いて、ソリッドの完成に腐心するメイン・パイロットの少年は、はふっと硬質な天井を仰いで眉間をもみほぐす動作をする。
 随分と疲れた様子で、イクミは誰もいないコクピットに響き渡る大声を出してお手上げポーズをとった。
「ダメだ〜っ、そうするとランスピードがおちるか〜っ、うにゃ〜」
 そのまま後ろに凭れかかると、ゆっくりと瞼をおろす。
「第一、VGのソリッド組みのマニュアルなんてないもんねー、ホント。手探りだし、……はぁ。祐希くん、こういうの得意そうだよなぁ、俺は専門外ですぅ」
 コキコキッ、と。首の筋を伸ばして、こりを解そうとするイクミは、再びディスプレイに視線を戻して、小休止状態だったコンピューターに息を吹き込む。
「レベル3まで組んだソリッドを恒久的に発動できれば……?」
 迫力すら感じさせる真剣さで、翡翠の眼差しの少年は作業に没頭していた。口をついて出るぼやきは苛立ちを紛らわす手段なのだろう。
 と、少しだけひんやりとするパイロット・ルームで孤軍奮闘する少年の背後から、いやに白さばかりが目に付く腕が差し出されディスプレイに映し出されたあるファイルを指した。
「これ、省けンじゃねーの。ホラ、こっちのソリッドで代用出来るだろ」
「え? あ…。そ・だな。基本は似たようなもんだし、起用の仕方が違うから見落としてた…。けど、ランスピードがおちるんじゃないのか?」
「シミレートしてみろよ、多少なら問題ねーだろ」
「…多少の度合いにもよるんだけどね〜、っと。お。いい感じっぽいねー」
「後は――……そうだな。ソリッドの容量に応じてレベルを落としたほうがいい」
「…だよなぁ、やっぱ。けどそーっすっと、ベースから組替えをやんないとなんだよねー」
「ああ、それならコッチでやってみろよ。ほら、こうやってドラッグさせて……」
「あー…、成る程」

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 ところ変わって、こちらはリヴァイアスのブリッジだ。
 事件の時のような緊迫した様子は無く、各々業務をこなしながらも雰囲気は柔らかい。みんなにお茶の用意をしているユイリィ・バハナ、副館長の肩書きを持つ彼女は、オペレーターの少年にストレート・ティを差し出した。
「はい、どうぞ」
「すみません…頂きます」
 ツヴァイもシフト制を導入しているため、今のブリッジには全メンバーの半分の人間しか揃ってはいない。
 戦闘時のような非常事態でもない限り、ごく少数の人数でも十分にリヴァイアスを運営して行けるよう、政府が黒のヴァイアの状態を仕上げたのでメンバーの交代制に支障はなかったが。それでも、新たなメンバーを検討するべきだという意見もちらほらとある。
「オペレーターには慣れた?」
 悪戯っぽい瞳でユイリィは昴治の顔を覗き込んでくる。
「前もやってましたから、多少は。けど、……勉強不足で。正直、なかなか難しいです」
 苦笑で応じる昴治に、ふふっとユイリィは魅力的な笑顔を咲かせた。
「けど、やっぱり交代要員って必要よね。オペレーターだって、あなたが不在の時は、ツヴァイのメンバーが兼任することになってるし、ちょっと不便よね」
 もともと、選民意識も特別階級意識も極めて低い彼女らしい意見だが、メンバーの一部には人員増員にあたっての命令系統混乱などを危惧して反対する声もあり、メンバーの募集は保留となっているのが現状だ。
「……そうですね、今ギリギリだし」
「そうよねぇ、ただ、他のみんなの言うことももっともだし、難しいわよね」
 常に副艦長としての責務を負わされる立場のせいか、少々やつれて見えるユイリィを気の毒に思いつつ、金茶の髪をした小柄な少年はそういえば、と口を挟んだ。
「あの、副艦長」
「? なにかしら?」
 昨日、友人から聞かされた興味深い事柄について。昴治は思い切って尋ねてみたのだ。
「VGのメイン・パイロット志願してる人がいるって、イク…尾瀬から聞いたんですけど」
「え? ええ。そうみたいね」
 やんわりと肯定する副艦長に、各々ブレイクタイムを楽しんでいたブリッジ・クルーが、ざわりと騒ぎたった。
「うそだろ〜?」
「チャレンジャーだよな、それって」
 そこへ、神経質そうな容姿をしたクルーの一人。ヘイガーが、感情を匂わせない口調で、手元のディスプレイを指した。
「興味がおありでしたらこちらの方で名簿と照らし合わせますよ、ご覧になりますか」
「え? あ、いや。そこまでしてもらわなくても」
 焦る昴治とは好対照に、野次馬根性の染み付いているブリッジクルーの面々は自分の業務をほうってヘイガーの席へわらわらと集まった。
「遠慮しなくていいのよ、いきましょう?」
「は、……あ。そうですか」
 いいのかな、とは思うものの、今更断りにくい雰囲気につられて、昂治も皆の輪へ加わった。
「クルー名簿はこちらのファイルですね。名前は、なんといましたか。副艦長」
「確か――レイン。レイン・シルエよ」
 ユイリィの返答を得て、ヘイガーは手際良くデータを引き出した。
「ありました、これですね。『レイン・シルエ』データを開示します」
 名簿ファイルには、本人の顔写真と履歴のデータがインプットされている。集団となったブリッジクルーは皆一様に期待と好奇心で瞳を輝かせながらパイロット志願の人間を検分しようとかかっている。
 言い出した当人は特等席といわんばかりにーディスプレイの真ん前まで導かれた。
 短い電子音の後に、一瞬暗くなる画面が、再び色彩を取り戻したときには、望む人物のパーソナル・データが表示されていた。
 流石に、個人情報の保護観点から、詳細な内容とはいかないが。名前と顔写真、出生地だけが確認出来る画面だ。
「は〜〜〜……」
「ひゃぁ〜」
「ほぉぉ〜〜〜」
 やがて、意味をなさない感嘆のため息が、メンバーから自然に漏れていった。
「すごぃ、……美人。男の人、よね?」
 ツヴァイの女性陣のうち、今この場に居合わせたカラボナが恍惚とした表情でもらした。その頬が微かに赤いのは、空調設備の不備の所為などでは、決して無い。
「本当……きれい」
 人の顔立ちの美醜に対し、かなり疎く大らかであるユイリィさえもがタメイキ混じりに賛美を零した。
 成るほど、オープンにされたデータに映るのは、ブラッドルビーの眼差しも鋭い艶やかな黒髪の麗人。生きている気配をさせない肌は透けるような白さで、顔写真だけでも十分にその美貌は窺い知れた。妖艶、とはかような者のことを指すのだろうと感想を抱かせる迫力だ。
 リヴァイアス名物美形の四人とはまた一味違った美青年に、女性はいわずもがな、何故か男性陣までもが色めきたっている。
(この人が、か。でも年上っぽいよな。20歳位…? 事件時の人間じゃない、よな…?
 うわー、でも、本ッ当にカッコイイなぁ。イクミやブルーも二枚目だけど、この人はなんていうのか……)
「艶っぽいよな〜、くぅ、おっしぃ。これが女だったらな〜」
 ブリッジのメンバーで最もナンパなブライアンが心底残念がってみせる。
 丁度同じ感想を抱いていた昴治は一瞬、ギクリと四肢を硬直させるが、まさか心を読み取られるはずもない。
 オペレータの少年の焦りも知らずに、うんうん、と同意の意を示すクルーの面々だが、データを食い入るように見つめていたカラボナが、あら? と素っ頓狂な声をあげたことで注意が彼女へ集まる。
「どうかしたの、カラボナ」
「え、うん。ほら、このデータ変じゃない? 今、あたし、次のページを開けたんだけど……」
 ペン状のポインタを『NEXT』へ合わせてクリック動作をすると、出生地などの詳しいデータを読むことができる。無論、此方のページは一定権限以上の者にしか開示されず。通常であれば、パーソナルデータは全て『NO DATE』と表示される。それが、全て――『LOST』と。
「ロスト…? データが消えてるのかしら? 変ね」
「ただ単に入力ミスなんじゃないのか?」
「そうかもしれないけど。――『LOST』って、なんだか…気味悪い感じよね」
 別に気に留めるほどの事で無いと、カラボナ自身も理解してはいるのだろうが。それでも、本能的な不安は拭い去れずに、副艦長である少女へ同意を求める。
「気にしすぎよ。この件は後から担当部署に私が確認しておくわ。
 さ、皆。休憩はもうオシマイ。そろそろ、席に戻って」
 付け入る隙の無い毅然とした態度で、ポニーテールの愛らしい少女は場を収めた。確かにここで口論したとしても所詮、詮無き事ではある。息抜きも終了かと、各々が職務へと戻ったのだった。

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「よぉ〜っし、これでランっと…。いけるかっ?」
 ENTERキーを押して気合一発。祈る気持ちでソリッドのチェックを行う生き生きとした声がリフト艦、パイロット・ルームの四方の壁に反響した。
 既に時刻は昼を少し過ぎたようだが、空腹感も感じないほどにシステムに夢中になり新緑の双眸を輝かせるのは、VGメイン・パイロットが一人、尾瀬イクミだ。
 ソリッドを組み始めた時には耳障りなエラー音ばかりが鳴り響いていたが、不愉快なそれも回数が減り、今はほとんど問題もない。
 スムースに流される組みあがったばかりのソリッドの出来映えに満足して、イクミは思わず拳を振り上げた。
「よぉぉぉ〜し♪ エラーなーし! システムダウンなし! ランも問題無し。オールグリーンってやつ?
 やー、ホント助かったぜアンタ……って、あれ?」 
 挙動不審者よろしく過剰なアクションで周囲を見渡すイクミだが、既にその場には何物も存在してはいなかった。
「ありゃ〜? いない、ねぇ」
 コクピットのメインパワーを落としながらイクミは不思議そうに、瞳を大きく瞬かせた。
「ま、いっか。あーっ、それよか腹へったー! 飯メシ♪ 昴治くん誘って食堂へいくべし行くべし♪」
 根っこのところが楽天気質なのだろう。突如、リフト艦の、それもパイロット・ルームへ現れた人物について深く考え込むこともせずリヴァイアスきっての甘いマスクの持ち主は、腕を伸ばしたり軽いストレッチ運動をしながらリフト艦を後にしたのだった。

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 エアーズ・ブルー。
 人をも射殺せるような獣の眼差しに、スラリとした長身。目にも鮮やかな蒼の流れを背なの中途までするその人物。
 孤高の狼を思わせる彼は、その腕っ節と荒事に対する的確な対処能力をかわれての治安部署を担当している。治安部という存在があるのだが、それとは別に単独での艦内治安維持の特務である。有事には治安部の人間を自由に動かせる権利があり、その権力は実質上治安部のトップだ。
 かつては黒の牙を片手にブリッジ占領までしてのけた人間にそのような役目を……と、危惧する声もリヴァイアス内部では多少上がっているのだが。政府の決定ということがあり、とりあえず問題が起こらない限りは、と様子見の状態である。
 何より、今回の旅路は以前とはまったく異なっているのだ。状況が違えば、人は変わる。
 その傍若無人さから誤解される機会の多いブルーだが、実際、理由無き反抗といった、どこぞのパイロットの愚行をなぞる気は皆無である。
 ブリッジを占領したのは、ツヴァイのやり口が信用ならなかった所為。
 リヴァイアスを裏切ったのは、……認めさせたかったからだ。自分の存在を、あの愚鈍な人種に突きつけてやりたかったからだ……。
 今となっては、繰言に過ぎないのだが。
 艦内巡回――、同時に来るべき時に備えてリヴァイアスの内部構造の把握を行っている治安部の獣的な美形は、詳しく調査を行うために滅多に人の出入りのない区画まで足を進める。
 たとえば、封鎖区画の暗がり、コンテナ通路やそれぞれに伴ったデッドスペース。そして、日用品や食料などの搬入された物資を貯蔵しておく巨大コンテナ倉庫など。
(D区画はデッドスペースが多い…、各々は大して広くはないが、麻薬の類や小型の武器を隠しておくにはもってこいか……)
 設計図には記載されていない細かなデッドスペースを記憶してゆきながら危険性を憂慮する凛々しき蒼狼のような少年だ。
 こういった手合いの場所は犯罪に使用される可能性が非常に高い。根っからの平和ボケ副艦長など、有事の時ならばいざしらず、今のリヴァイアスで犯罪なんて…と、声を顰めてしまうのだろうが。
 人間なぞ、信頼に値する生き物ではない。
 事件時に眼前につきつけられた、あの醜悪さこそが人の本質。
 己が両の眼で見、経験してもなお、人の心の内の正義を信じようとする姿勢を崩さぬ彼女は確かに器が大きいのかもしれないが、行動が伴わなければ、どれほど立派な口上もただの文字の羅列に過ぎない。
 その点で、既にブルーは彼女に対する特別な興味を失っていた。
 頭もよいし、身につけている技術は役立つ。優秀な能力とは反比例するような人の良さも多少気に入っている。その他大勢の人間よりは視界に入れてやってもいいが、それ以上ではない。
 巨大コンテナのひとつひとつを、不法に使用された形跡がないか確認をして回るブルーに、その頭上から済んだ音色の声がかけられた。
「つまんねーな、ってカオしてんな。アンタ」
 野生の動物並みに感の働くブルーだが、完全に虚をつかれたようだ。僅かに動揺を見せるが、直後に冷静に立ち返って酷く低く詰めたそれで鋭く返した。
「………誰だ?」
 順序よく並べられるコンテナ上に人影が疾るが、丁度証明が逆光となって目視することは不可能だ。状況に内心で舌打つ。
「この区画は封鎖されている…許可の無い立ち入りは違法行為だ」
「んな白けるこというなって、おおらかに生きようぜ青少年?」
 リヴァイアスきっての実力者の警告にも、一向、意に介す様子もない不法侵入者に対し、ブルーは淡々と尋問を開始する。
「名前と部署をいえ」
「おいおい、会話しようぜ、会話。コミュニケーションってな」
「進入経路と目的もだ」
「アンタ、つまんねーって顔に出てるぜ? 平和な日常じゃ満足できない、か?」
 しかし、コンテナ上に居座り見下ろしてくる人物は質問には答えずに、一方的に話をつなげた。
「………どういうつもりだ?……」
「ギリギリのトコじゃねーと生きてる実感ねェんだろ?」
「…………」
「人が死ぬトコ見ないと、自分が生きてるって思えないだよな」
「…黙れ」
「っと、ンな物騒なモン、人に向けるなよ。第一、奥の手ってのは常に隠しておくべきだぜ。覚えておいて損ないんじゃないか?」
 不機嫌さを滲ませたニードルガンを構える蒼き狼の本気を察したのか、無礼な違法者は姿を隠してしまう。
「……!」
 不法侵入容疑者の逃走については当然、十分な警戒を行っていた。反射的にブルーはコンテナの裏へ回りこむが、既に姿は消えうせていた。
 敵もさること、早々に行方を晦ませ追跡は徒労に終わってしまったのだ。見事な気配の殺し方といい、引き際の鮮やかさといい、とてもただのクルーとは思えない。不審者の取り逃がしに、治安特務の少年は苛立った。
「……チッ!」
 心の奥底から湧き立つ怒りのままに拳を黒の壁に打ち付けても、闇に塞がれた胸の内が晴れることはない。

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『死』が、何より近くに在った。
恐怖に慄いた絶対的な存在に、安らぎすら抱くほどに。

 いつか、求めずには要られない程に―――。



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 見透かされる不快に、ブルーは苦悶の表情のまま掠れた声を絞りだした。
「……ここは、遠いな……」
 酷く緩慢に膿んでゆく己を自覚しながらも、今はもう、望むことすら赦されぬ、



甘美な毒よ

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 VGのエース・パイロット。リヴァイアスの名物美形衆の一人相葉祐希は、焦がれる想いを持余して本日何度と無くこぼれたタメイキを追加する。
 昼食時で食堂へ移動して行く人の波に、通路備え付けのベンチに腰掛けながら頬杖という、なんとも怠惰な姿勢でぼんやりと兄を探しているのだが、一向に待ち人は現れない。
 それもそのはずで、昴治の業務は後二時間程残っている。どうせ今は忙しくないから、と。中途で抜け出しても構わないという副艦長の言葉に甘えて、チラホラとブリッジの人間の姿が見られるのが良くないのだろう。すっかり、兄の業務も終了したのだと思い込んでいるらしい暴走弟くんは、まるで捨てられた子犬のような風情だ。
 昴治の真面目さと頑固さは折り紙つきだ。いくらユイリィの薦めとはいえ、そうそう業務時間内に持ち場を離れて食事などという真似はしないだろう。
 自分の気持ちに整理をつけるべく、とりあえずは兄との関係を修正 ―― までは難しいにしろ、とりあえず、腕の怪我のことを謝罪するべく一念発起して待ち伏せなどという古典的な手段で兄との接触を得ようとがんばっているのだが、どうやら無駄に終わりそうである。無論、あと二時間待ちぼうけを覚悟するなら昴治を捕まえることも可能だろうが。
 しかし一方で、祐希は兄の姿が見えないことに安堵してもいた。
 待ち伏せて、見つけ出して……その先が見つからない。
 馬鹿な弟を省みなくなった兄。誰よりも強く優しき存在を、最初に手放したのは自分自身だ。
 いや、手放したというよりは、突き放したというほうが的確だろう。
 一旦は捨てておいて、必要になったからといって拾い上げる。
 『愛情』ナンテ、ソンナ単純なものではない。
 第一、一度捨て去った存在(モノ)が、何時までもそこに在るとも限らないのだ。
 本当に、都合のいい話だ。それこそ、殺そうとまでしておいて……、ムシのいいことこの上ない。
 散々、古いオモチャにもう要らないと、新しいのがいいと騒いだ挙句。いざ、失えば勝手な自分の理屈で泣き喚く馬鹿ガキと同レベルだ。いや、自覚がある分、性質(タチ)は悪くなっているのかもしれない。
「……みっともねぇ……」
 大きな相違点を挙げるのなら、ガキはすぐ、古いオモチャのそれのことなど忘れてしまえるこということだろう。
 新しいオモチャ、新しい服、新しい環境。
 他のものに気を取られ、いずれは記憶すら薄れて思い出さなくなるのだろう。
 しかし生憎、新しい代わりのモノなんて必要としていないのだ。
 彼でなければ……、兄でないというのなら意味を持たないのだ。
「チ。」
 苛つく。心が騒いで仕方がない。誰か彼かに殴りかかりたい、強暴な気分に悪酔いしそうだ。
 本当に、……どうにかなりそうだ。
 と、己の内なる思考の海をたゆたっていた黒髪の少年は、ふいに視界が陰りを得たことに不審を感じ顔を上げた。
 そこには、同じ十代にしては体格のよいリーダー格の男と、同じグループの仲間とが仁王立ちの状態でいたものだから、祐希は胡散臭げに睨みあげる。
「おい! テメー、相葉祐希!! おまえの所為で、俺等二週間の謹慎処分だぜ! 事の次第によっちゃ、艦を降りてもらうとまでいわれたんだぜ、どうしてくれる!!」
「フン…、自業自得じゃねーか。ンで俺を逆恨みか、バカのやることはどこまでいってもバカだぜ……」
「なっ、てめっ! よく、そんな口が叩けるもんだなぁ!? 状況わかってんのか、気取りやがって!!」
「はッ、状況!? バカがツルんで難癖つけにきてンだろ、じゅーぶん把握してるぜ!」
「ナメた口ききやがって……!!」
 一気に殺気立つ暴漢共を前に、祐希はあいも変わらず涼しい顔だ。
 食堂へ向かう中央通路での騒ぎとなれば、嫌がおうにも人目を引く。自然と周囲には人垣が出来、騒ぎの中心を取り囲むようになっていた。
「ブッ殺す!!」
「…やってみろよ、今度は前みてぇに途中でなき入れても誰も助けてくんねーぜッ!!」
「それはこっちの台詞だ、覚悟しやがれぇ!!」
 観衆の悲鳴とも歓声ともつかない叫びを合図に、派手な騒ぎが始まった。

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2007/07/14 加筆修正



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