act.7 兄弟
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 好きなのだと、自覚してしまっているから。
 この手を放せない。

 愛している、と。

 言葉に出来ない想いが募って、衝動的な抱擁に戸惑う兄へ何事をも言うことが出来ないでいる。
 そんな、情けない自分。
「祐希…?」
 背中を向けて、一歩踏み出した場所で。
 実の弟に、決して良い関係とはいえない兄弟仲の弟に、抱擁されている現実を受け止めきれずに。
 昂冶はただ、呆然としている。
「兄貴……っ」
「??」
「ごめん、兄貴ッ。このままで聞いてくれ…!」
「……祐希?」
 突然のことに驚きを隠せずにいるものの、久しぶりに弟に甘えられて厭といえるような性格をしていない『兄気質』な昂治は、黙って祐希の次の言葉を待つ。
「――…悪かった。後悔してる。リヴァイアスでの事!!
 尾瀬に兄貴が撃たれたとき、俺は止められたはずなのに、止めるべきだったのに。
 その後も、俺は兄貴のこと助けようとしなかった!!
 兄貴が――死ぬかもって、判ってたのに、俺はッ!! 俺はッ…!!」
 慟哭。
 胸の内を全て吐露する弟の姿が、兄には泣きじゃくる昔の姿と重なって見え。
 微かに、両の手が震えていることが、これが本心からの詫びなのだと悟らせる。元々、小さい頃から体温が高いはずの弟の、指先は青白く冷えて、緊張を伝えた。
「…祐希。」
 なんとなく、どうにかしてやりたくて。
 心がそわそわする。
「今まで、言えなかった。甘えてた。兄貴が何も言わないからって、黙ってた。
 最低なのは分かってる……!
 悪かった、後悔、してる…。兄貴にしたこと、全部、後悔してる――!
 ずっと、反発してきたことも。兄貴を殴ったことも、ホントは……そんなことしたくなんかねぇのに!!  体が勝手に動いて、気がついたらいつも、兄貴を傷つけるようなことばっかりしてて!!」
 叩きつけられるような贖罪。
 とも言うべき弟の告白を昂冶は驚愕の思いで受け止める。
「………後悔してるんだ。
 ホントに、後悔してるんだ。今更ってのは、解ってる。
 けど、俺、……前みたいに兄貴と……」
 語尾は消え入りそうにか細く。
 始めの頃の勢いは既に途切れ、今にも泣き崩れそうな風情だ。
 最も、実力を伴った弟の自尊心(プライド)は異様に高く、そんな無様な真似を曝す可能性は全く持って皆無と考えられるのだが。
「……なぁ」
 兄が何事かを発せば、びくりと大仰な程に背後の人間の肩が揺れる。そんな様子を感じて、昂冶は言葉を慎重に選んだ。
「今の、本当なんだよな…?」
 こくり、と、黒い頭が一度だけ沈み込むのを、目の端で捕らえて。
 まるで、昔に戻ったようだと苦笑してしまう昂冶は、
「手、放せよ」
 積年の恨み辛みの溜飲を下げるために、わざと冷たく言い放ってみる。
 無論、本音はこれとは全く違っているのだが、謝罪されたからといって今までの行動全てをすぐに許すというのは、それはやはり、ちょっとかなり痛かったし。
 びくり、と。
 おそらくは、兄の優しい赦免を待ち受けていただろう祐希は、想像外の拒絶に絶望的な気持ちで両腕を兄の体から放した。
 そこで、少し『大人げなかったな』と己の行為を責める辺り、やはり何処までいっても『兄』である少年だ。
 昂冶は、決して大きいとはいえない自分の手のひらで、くしゃりと黒髪の少年の頭を撫でつけて、柔らかいそれで言う。
「…今更、照れくさいけど。仲直り、しような?」
 揶揄いを混じえた兄の言葉は、長い決別の終わりを告げる祝福の鐘のよう。
 信じられないという風に固まっている弟の額に、昂冶はデコピンをくれた。
「イテッ」
 思わずの顰めっ面に、昂冶は堪りかねて吹き出した。
「ぼーっとしてるからだろ、ほら、もう帰ろうぜ? 祐希。こんな寒いとこに呼び出すなよな、ったく」
「………」
 じゃれ合うような優しい言葉、引っ込み思案だった自分を、何時も温かな場所へと引き上げていてくれた兄。そして、今は愛しいその人。
 感動の余りに、言葉どころか声も無い。
 夢にまでみた、幸福の情景だ。
 恋心を伝えられたわけでもない、ましてや、いわゆるなさぬ仲の恋人関係でもないというのに、たったこれだけで幸せ。
 そう、――…幸せ。
「…兄貴が軟弱なんじゃねーの?」
「冬でも上着の下にランニングシャツ一枚の人間と同じにするなよな、いっとくけど、お前の方が異常なんだからなっ」
 ムキになって言い返してくる様が、なんとも可愛らしいと感じてしまう辺り、末期症状だ。
「行こうっ!」
「…ああ」
 差しのばされた手を、今度こそ、振り払うようなバカな真似はしないように。
 しっかりと、捕まえて。
 二人、久方ぶりに心からの笑みがこぼれる。
 しっかりと、手を繋いで。
 歩いて行く、兄弟の後ろ姿。
 それを、静かな瞳で見送る少女は、ちょこんと小首を傾げて呟いた。


『ウレ…シイ?』


 そして、ゆっくりと瞼を下ろす。
『ウレシイ、ウレシイ、ウレシイ。うれしい、嬉しい』
 何度も何度も、同じ言葉を繰り返す後に、ふんわりと、彼女は微笑んだ。
『よかった』
 くうるりと、その場で回って華麗な舞姫のように。
『よかったね…』
 何処か流暢な話し言葉は、そう、誰の耳に届くこともない歓喜の声。
 その日、リヴァイアスの全性能が飛躍的な程にアップしていたことは、技術者たちにとって永遠に謎となったので、ある。

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「……ネーヤ、か」
 動かなくなった心臓の辺りを、服の上から押さえてレインは瞳を細めた。
 感情がダイレクトに艦隊に影響するってのは問題ありだよな、などと、知ったような口振りでいる青年は、展望台といわれる地球の人口映像が映し出される場所でぼんやりとしていた。
 尾瀬イクミと別れたのが、晩方。
 今は、それから少し経った位なのだが、展望台にまで足を運ぶ人間は滅多にいない。便の悪い場所に位置していることと、他にも色々な施設が充実していることから、この場所は静けさに満ちていた。
「……相葉、昂冶か」
 参ったな、と。
 星の海に浮かぶ恵みの豊かな母なる惑星ほし、地球を見つめるレイン。
「ホントに、キツイっての」
 全てのしがらみから解き放たれたのなら、どれほど清々しい気分になれるのだろうか。だが、忌々しきはこのカラダ。
 死からの永遠の解放を得たスフィクスと呼ばれる生物との融合。
「……死なないってのも、ま、善し悪しだよな?」
 望んだわけではない。
 生も死も、望むと望まざると関わらず、突然に押しつけられる面倒事のようなものだ。
 生きていたいと願ったことはない。
 死を待ちわびた覚えもない。
 なのに今、死なない(うつわ)で生きている自分がいる。
「……甘いよなぁ、俺も。今更…しょーがねーのに、な」
 自嘲の後、低く掠れた声に切ない調子で、歌が紡がれる。
 意味を聞き取ることの出来ぬ程に小さくではあるが、静寂に満たされた展望台には悲しく響いて、――…いた。

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 次の日の朝。
 人類の希望を繋ぐ戦艦(ふね)リヴァイアスの食堂において、世にも珍しい光景が繰り広げられていた。
 黒のヴァイア鑑における名物四人衆が内、二人。
 相葉兄弟。
 硬質な黒髪と鋭い黒曜の眼差しが、その無愛想な性格を非常によく表している弟、相葉祐希。華奢な体つきと幼く可愛らしい顔立ちが人目を惹く、優しい愛想良しの兄、相葉昂冶。
 この二人が、朝食のために食堂にいることは別段なんら驚くべきことではない。リヴァイアスの食堂は第一、第二と用意されているが、朝は第一食堂だけ。朝をきちんと食べるのならここへ集まるのが当然なのだ。
 しかし――…。
「兄貴、ちゃんと食べろよな。いっつも少しだけしか食べないだろっ」
「って、しょーがないだろ。こら、勝手に足すなよ」
 二人、仲良く向き合って。
「兄貴。今日、何時上がりだっけ?」
「ん? え、と。昨日と同じ位かな。ま、その日によって微妙に変わってくるけど。祐希の方はどうなってるんだ」
「VGだろ、交代制にするわけにもいかねーとこだし、ほとんど自由選択だよな。
サブルームは交代制で常勤してるみたいだけど、俺は好きなときに好きなほどらしいぜ」
「…なんだよそれ、むちゃくちゃアバウト」
 仲良く言葉を交わし合いって、いた。
「っていっても、一応、全員が出勤する曜日も決められてるんだけどな。
 ま、おいおい決まってくるんじゃねーの。そういうの尾瀬に任しときゃ、好きにするだろあいつが」
「…祐希、お前だってメイン・パイロットなんだから。
 就業システムについてイクミに任せっきりってのはよくないぞ」
「なんかあったら文句つけるからいいんだって。
 な、それより兄貴v 仕事ひけたら俺の部屋に来ないかっ?」
 嬉しそうに提案してくる弟を冷たく一瞥すると、お兄ちゃんはわざと冷淡な物言いをしてみせる。
「そーゆーいい加減な態度をとる人の所になんか、行きません」
「………」
 ぐっ、と。
 言葉に詰まる祐希くん。
 昂冶は、わざとらしくツーンとそっぽを向いている。
「………………うー。
 わかったよ、ちゃんと尾瀬と話す。それでいいだろ、兄貴」
 すこーしだけふてくされている姿は、なんとも年相応で可愛らしい。
 昂冶は思わず吹き出してしまって、ほわんと微笑みながら弟の頭をぽむぽむと撫でる。
「よしよし。」
「〜〜〜っ、ガキ扱いすんなよなっ。バカ兄貴」
 照れくさいのと嬉しいので、顔を赤くしている祐希へ、ちょとした悪戯心が芽生える昂冶だ。
「はいはい。じゃ、バカな兄貴は部屋に行かない方がいいよな?」
「……………………すげぇ、ムカつく。」
 むぅ〜っと、唇を尖らせて抗議する姿は、全く持って昔のような剣呑さに欠け。何処か甘えるような感じでいる。
 それに対して、昂冶は上機嫌でほんわかした雰囲気を纏い、クスクスと微笑っている。
『おい、………あれ』
『みっ、見間違いじゃないよなっ?』
『相葉兄弟、だよな……』
『どーなっちゃってるわけ? 仲良くご飯食べてるわよ??』
『ひゃ〜、それだけじゃないわよ。あの弟くんがあんな風に顔するの始めてみる』
『いっつも、ムスッてしてるわよね?
 そこがまたいいんだけどねー、それにしても異様な光景よね』
 周囲が、ヒソヒソと騒ぎ立てるが、幸か不幸か天然仕様の昂冶くんの耳には当然の如く届いてはいず、幸せ絶頂の相葉弟にも全く聞こえていない。
 まるで、長年の溝を埋めるようにして二人距離を縮めている。
 語弊が生じる言い方だが、熱愛状態だ。
「さて、そろそろブリッジに行くよ。祐希も来るよな。
 昨日の人にちゃんとお礼言わないとな。助けて貰ったんだって?」
「…あぁ、まーな」
 兄につられるようにして、黒髪の少年もゆっくりと椅子から立ち上がる。
 どこから見ても、レインに礼を言うのを煙たがっている弟を優しくし昂冶は諫めた。
「言いにくいのは解るけど、な?」
「っかってるよ、……チッ」

 カシカシッ、と。

 乱暴に髪をすいて、幾ばくか兄へ従順な姿勢を見せるようになった少年は、不承不承ながら了解した。
「じゃ、行こっか?」
「う〜……」
「ほーら、祐希、早く。先に、行っちゃうからな」
 低く小さなうなり声を上げる弟の様子に苦笑して、それでも世話焼きの兄は根気強く誘いかける。
「…かったよ」
 誘い出される、その小さな掌を。
 二度と、放さないと。
 二度と、振り解かないと。
 誓ったばかりなのだ。
 そう、もう同じ過ちを繰り返す気は毛頭ない。
「行こうぜ、兄貴」
 背中から抱きついてくる過剰なスキンシップにも、親友のそれで感覚が麻痺してしまっているのか、なんら抵抗を示さない昂冶は、はいはい、とお兄ちゃん顔。
 元々、仲良しだった頃にはこの程度の接触は当たり前だったので、特に違和感もないようだ。
 一般的な兄弟であれば、逆に十台後半ともなれば、お互いの領域意識が強くなり、場合によっては疎遠になるものだが。相葉兄弟の場合は、幼い時期の事故によって一気に関係が硬化し、異常な緊張状態であった経緯から、今までの距離を取り戻すかのような異常なまでの親密ぶりを発揮していた。
『だっ、抱きついてる!?』
『昂冶くんも、何にもいわないの? そこ、言わないでいいトコなの!?』
『なにこれ、どうなってるの〜!?』
 そして、周囲の混乱と驚愕は更に深くなる。
 相葉兄弟和解――…を既に通り越して、異常な兄弟愛っぷりを見せ付ける状況は、瞬く間に艦内に伝わっていったのだった。

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 丁度、夜勤組と朝組との交代の時間のブリッジ。
 そこでは、ちょっとした騒ぎが起こっていた。無論、その騒ぎとは物騒な類(たぐい)のモノではなく、和やかな性質なのだが。
「いやぁ、凄いな君。
 これなら優秀なクルーになれる、VGのパイロットへ選出されたというのも頷ける。
 うむっ、私が保証しよう、太鼓判を押す! 君はすばらしいっ!」
 艦長であるルクスン・北条の大声が、ブリッジ中に響いて、
「艦長の保証なんて、あてになんないっての」
「破れてんじゃねーの、艦長の太鼓は」
「な! なんて失礼な事をいうんだ、君たちはぁっ!!」
 本気とも冗談ともつかないヤジを飛ばされ、ムキになって両肩を怒らすルクスンの様子が余程滑稽だったのか、周囲がどっと沸いた。
 その、艦長の隣りで微苦笑を浮かべているのは、時の人レイン・シルエだ。
 事の発端は、こう。
 リヴァイアス・ソリッドシステムにエラーを発見したクルーが大慌てでソリッドの修正を試みるも、厳重なロックが掛けられなんとも難しい状況だった。
 その行くも退くも難しの状況を打破したのが、レイン、だ。
 鮮やかな手つきでソリッドのロックを解除し、わずか五分でエラーを解決。
 その後、システムエラーの原因のチェックまで済ませてしまった手並みは、クルーを魅了した。
「ほ、ほんとにすごいよ。誰も、どうすればいいかわからなかったのに」
 ツヴァイでも、最もリヴァイアスやVGのシステムについて執心をみせる、病的な印象をした痩せ形のクルーが興奮さめやらぬ様子で賛美を送った。
「ヴァイア鑑のソリッドは癖が強いからな、手こずるだろ」
「うん、…そうなんだよね。
 既存の方法でなんとかこなしてるんだけど、必ず手直ししていかなきゃいけなくなる。
 全く別の方式ってわけじゃないんだけど…」
「それがクセモノなトコだよな。
 在る程度まではノーマルソリッドでも対応出来るけど、重要な所でエラーを起こしたり、な。
 ま、経験積むしかないな、こればかりは」
「はー、難しいなぁ」
「あっはは、ガンバレよ」
 まるで、事件時からのクルーのように、すっかり皆とうち解けているレインだ。物怖じしない態度に、ズケズケとした物言いは、却って好意的に受け止められたようで、その美貌と気安い性格から、すっかり人気者だ。
「しかし、君のような優秀な人材が我がリヴァイアスのクルーとなってくれたことは、実に喜ばしいことではあるなぁ、な! ヘイガー!」
 楽天的なクルーの中で、唯一、神経質そうな彼だけは否定的にしていた。
「ええ、優秀さは認めます。誰も、それこそヴァイア鑑を保有する政府ですらも御し切れぬリヴァイアスのシステムを、瞬きの間に制したのですから」
 含みのある言い様に、ルクスンは不思議そうに首を捻る。
「? なんだ、どうかしたのか。ヘイガー」
「いいえ。推測で物を言うのは好ましくありませんので、この場は発言を控えさせていただきます」
「? そっ、そうか??」
 ふぅん、と。
 静かに紅眼を細めるのは、謎多き人物である美貌の青年。
(あーれはヘンに疑ってンなァ。ま、しょうがねーけど)
 誰も扱い切れぬヴァイア鑑を熟知する様子の新顔への疑いは、言えば、当然わき起こるべき疑惑というものだ。
 予想の範疇なので、そう慌てることもない。
 反連邦軍の諜報員といった所が順当か。
(ま、平和ボケのお子ちゃまだらけでも問題ありだけどな)
 こういうアンチな人間も組織には必要だ。偏った思想集団と成り下がれば、それはもはや公務組織とは言えない。組織が組織たるには、それぞれの個が切磋琢磨し合い、かつ、一つの目的の元集うことが可能でなければならない。
 と、そこへ早朝出勤のクルーがやってきて、交代のために一時、ブリッジは人数を増やした。
 その中に、副館長のユイリィや相葉昂冶の姿も見受けられる。
「みんな、ごくろうさま」
 ふんわりと微笑む副艦長にご執心のルクスンだけは、上機嫌で挨拶をかわしているが、その他の人間はそれどころではない。
 皆、一様に。
 天変地異の前触れかと思われるような光景に、釘付けとなっていた。
「兄貴、なぁ、リフト鑑の方の専属オペレーターになれってば」
「何、我が儘いってるんだよ。祐希。
 第一、前の時は、めいっぱい人のこと邪魔扱いしたくせに」
「……それは、悪かったよ。ゴメン。
 でも、今は昔とは違うだろ、なぁなぁ、リフト鑑に専属が居た方がいいって」
 きゅんきゅん、と。
 まるで、可愛らしい子犬が鼻を鳴らしながらじゃれつくような、相葉祐希。
 そして、弟の我が儘に困った顔でいるのは、相葉昂冶、その人だ。
「……………!」
「…………………!?」
「…………………………………!!?!」
 犬猿の仲、と噂される。
 その兄弟仲の悪さが有名な。相葉兄弟の仲睦まじい様子に、誰も彼もが言葉を失ってあんぐりと大口を開ける。
「俺にいったってしょーがないだろ。
 そーいうのは、艦長とかに相談してからだろ、普通。順序が逆」
「ンなもん、俺が文句言わせねーって」
「………祐希」
 困ったヤツだと肩を竦めるお兄ちゃんは、オペレーター席へ落ち着いてから、改めて周囲の異常な視線に気がついた。
「?? な、なに??」
 きょとん、と。
 何度も大きな眼を瞬かせる仕草が、殊更愛らしい。
 そんな異様に張りつめた空気にあって、才気溢れんばかりの女性ながら天然入りの少女が、場を強引に収集してしまう。
「はい、みんな。
 夜勤のグループはお疲れさま、帰って休んでください。
 朝当番はこれからよ、それぞれ引継をしてください、さぁ、動いて!」
 ぱんっ、と。
 両手を打ち付ければ、ハッ、と、皆が我に返る。
 レインだけは、一人、面白そうに事の成り行きを見守っていたのだが、時刻近くとなっても必要なメンツが揃わぬ事を気に掛けた。
「なぁ、副艦長。尾瀬とブルーはまだか?」
 可愛らしくポニーテールを括ったユイリィへ近づき、そう、訊ねる。
「あら、おはようございます。
 二人、ですか? もう来るんじゃないかしら、…て、あら」
 丁度、彼女の言葉に応えるようにしてリヴァイアスが三強の内二人がブリッジへ姿を現した。
「お。噂をすれば何とやら。オッケー、オッケー。
 じゃ、メンツも揃ったことで…早速本題、ってな」
 楽しげに、レインは声を上げる。
 思わず、その絶対的な輝きに魅せられて目を丸くしてしまうのはヴァイア鑑の人気者の一人、優しげな風貌の少年だ。
 常に何処か享楽的な青年の在りようは、真摯な生き方を志す昂冶にとっては存在そのものが驚きの連続だ。
(…なんか、不思議な人だよなぁ…。モンモノは写真よりずっと綺麗だし)
 背中にゴロゴロと懐いてくる弟を片手で宥めながら、昂冶はなんとも天然な感想を抱くのだった。

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2007/07/14 加筆修正



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