act.12 昔日
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 謎多き青年、レイン・シルエの正体を、もう一つのヴァイア鑑ゲシュペントのスフィクスだときいて、驚きよりも得心の部分が感想の多くを占めた。
「成る程、ねぇ…」
 尾瀬イクミは狼狽の気配すらなく、しきりに感心している。
 祐希に至っては、興味すら見せずに、面倒そうに頬杖をついて、
「……ふかしじゃねーのか…」
 と、レインの言葉を全面的に否定してみせる。
「…証拠とかあるわけじゃないしな…」
 昂冶は弟の攻撃的な言い様を曖昧にかわす。
 是とも否とも、決定打に欠ける今の状況では、一方的な視点に片寄ってしまうのは危険だ。
「けど、ぜーんぶ嘘だったとして、だったらホントの正体は何だって話だよねぇ」
 小難しい顔でネコ科の少年は呟いた。
 綺麗に澄んだ翡翠を忌々しげに細め、柳眉に皺を寄せている姿は、なかなか様になっている。
「…あいつの正体が何だろうと関係ねーな」
 真剣に思い悩むのがバカらしい程にスッパリと言い切って、目つきの悪いエースパイロットは兄の細い肩に背中から抱きついた。
「な、兄貴。あの野郎が妙なチョッカイかけてくるようなら言えよな」
「チョッカイって…そんなのかけられるわけないだろ。第一、俺なんかより祐希たちのが同じパイロット部署で接点があるだろ?」
 背後に懐く弟の硬めの癖毛を撫でつけながら昂冶は返す。
「まーねぇ…、祐希くんの言うとおり、ここで論議してもしょーがないしね。
 に、しても…封鎖区画で倒れてたって? どっか具合悪いとか?」
「あ、…うん。
 本人はちょっと寝てただけだって言い張るんだけどさ。……そんなワケ無いと思う」
 生気のない白さの肌に、紅履いた口唇だけがいやに鮮やかに。まるで、常永久を眠り続ける死人のように。冷えた体、感じられない鼓動――、
 ………。
「あ、れ……」
「? なに、どーかしました? 昂冶くん」
 ふいに、顔色を変えた親友のまなこを、イクミはそっと覗き込んだ。
「……その、今気がついたんだけど。
 スフィクスって何かしらの生物を素体として利用してるんだよな…?」
 すると、兄の言わんとする先を読んで、祐希は鋭く返す。

「ヤツが本当にスフィクスだとすれば、オリジナルは何らかの原因で死んじまってンだろーな」




という詛いの言葉を吐き捨てる。



「……そーゆーことだよねぇ」
 軽く、イクミは相槌をうった。心持ち、声のトーンが沈む。
「…そっか、だから……」
 鼓動を止めた細い躯。白さばかりが目に付く肌は蒼く透き通って、冷や水に触れるような錯覚すら起こさせる。暗き淵を見据えんばかりの紅色の宝玉は、時に踊る火炎を思わせ、時に無機質さを湛え、彼自身と同じくとらえどころのない。
 ふとした瞬間に感じる彼の中に巣食う紅い闇は。
 無慈悲な断命がもたらした産物なのだろうか。
「……? なーに、一人で考え込んでるんだ。昂冶」
「えっ、ああ…。大したことじゃないよ。
 それより、二人ともこの事、秘密だからな?」
 一際感の冴える友人の問いを濁し、昂冶は二人へ念を押した。
「わーかってますって、昂冶くん
 イクミ君は口がかたーいので、秘密は守りますよ」
「…ああ、大丈夫だって。兄貴。それくらいわかってる」
 ぎゅーっ、と。
 両の腕に力を込めて兄の首筋にすり寄る祐希。
 すると、昂冶はくすぐったそうに身を竦めて弟の悪戯を窘めるように、その硬い癖っ毛を、わしゃわしゃと掻き回す。
「っわ、何すンだよっ、兄貴!」
「お返しだよ」
 くすくすっ、と。
 上機嫌に微笑まれたなら、そこは惚れた弱みで文句なんて引っ込んでしまう。余りの可愛らしさに、目の前の怨敵の存在なんて忘れて押し倒したくなる位だ。
 無論、そんな暴挙に出た日には――どうなるかなどと。火を見るよりも明らかだ。なけなしの理性を総動員して衝動を抑え、その華奢な肩のラインに顎を乗せて懐く。
 そんな兄弟のじゃれ合いを、苦笑いを浮かべながら、翡翠の眼差しも深く澄みきった少年は黙って見守っている。長い間仲違いを乗り越え、情と絆を確かめ合う間柄を、そう毎度毎度せっつくほど人が悪くということか。
「ま、いいかね」
 イクミは食後のお茶を一吹きすると、熱さを楽しんだのだった。

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 半年前の事。
 灰のゲシュペント。
 黒のリヴァイアスと並び、今となっては他の未完にて不安定なヴァイア鑑から抜きんだ存在だ。
 その潜在能力は『黒』より遙かに高く、しかし、制御に於いては問題が多いため。また、要の戦闘機がかなりの修繕を必要とするために、凍結状態となっていた。
 ――しかし、人類存続計画の推進を目指す世界政府は、灰の再稼動に躍起となった。その甲斐あってか、本艦の復興の見通しは立ったものの、新たな鑑長を選出するにあたって、計画は暗礁に乗り上げた。
 前任にあたる鑑長が自決という悲劇の死を迎えた事も問題の一つだ。
 また、既に、ヴァイア計画の強行によって多数の被害者が出る今、スフィクスによる精神浸食人格破壊の危険性は既に周知の事実となっており、まず志願する者はいない。
 一部、一般開示もされてある情報なので、無理な命令を強行すれば世間の批判が集中することもあり、上層部としても八方塞がりだったのだが。
 一人、――…特に、その優秀さで同期の者より高い評価を受ける青年が、自らを『灰』の鑑長の艦長に、と名乗りを上げた。
 誰もが敬遠する、人喰いのヴァイアの生贄の祭壇に、我が身を晒す者などいるはずもなく。計画に意欲的である派閥等は、一も二も無く青年を受け入れ、人道的な面から起用を渋る穏健派の意見を黙殺し、新たな『灰』の艦長は決定された。

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「レインッ…!」
 落ち着いた色合いのダークブラウンの髪を後ろに撫でつけ、紫光を放つ、知的でいて何処か少年らしさを残す眼差し。襟元まで完璧に着込まれた連邦服が厭味無く似合う、古風な雰囲気の青年。
 ――…新たに任命された『灰』の艦長、カイリ・朔原(さくはら)に呼び止められ、夜に身を窶すスフィクスは振り返った。
 ヴァイア艦復興計画の中心となる基地の、その屋上で。
 建物が地下に深く潜る構造となっている為、地上からは一見三階建て程度の建造物だ。山間に位置するため、四方を木々に囲まれる。あいにく、周りは闇に包まれ、爽やかな青さの自然は今、ただ一繋がりの黒塊としてしか目に映らないのだが。
 代わりに、控えめに主張する虫の涼やかな鳴き声と、満天の星空が愉しめる。
 基地に勤める人間の多くが昼夜を通して続けられる作業に追われるために、その多くが、贅沢な天然のプラネタリウムを目にする機会など皆無に等しい。
 灰の艦長としての名誉と栄誉を受けた青年とて業務に忙殺される人間の一人で、滅多に屋上などには足を向けない。
「…捜しましたよ。何をされているんですか?」
「星見。」
「………」
 屋上の柵に背中から体重をかけ、此方に挑み掛かるような眼差しを送る青年に、新任の艦長は軽く脱力してみせた。
「みんな忙しいってのに…アンタは……」
「バーカ、知るかよ。ンなこと」
 不遜な笑みを浮かべ、レインは享楽的な口調のまま、己に関係の無いことだと切り捨てた。
「…はいはい、すみませんね。こっちも、アンタなんてアテにしてませんよ。
 どーせ、システム混乱させるだけなんですから」
「なんだ、わかってンじゃねーか」
「前回で懲りました。
 お陰で吹っ飛んだデータの復旧作業に丸二日掛かったんですよ、誰かのせいで」
「他力本願はダメだってことだな?」
「…すみませんね。他力本願で」
 何処までも傍若無人っぷりを見せつける青年に、一般常識というものを説くの終ぞ諦めたカイリは、夜の天蓋に感嘆の吐息をついた。
「…綺麗ですね…」
「ああ、綺麗だ。こうして地球(マザー)から見上げるだけなら、星の海も悪くないな」
「?」
「実際には、命あるもの全てを拒む死の海だ。
 綺麗なのは見せかけだけ、ってな」
「……レイン…」
 謳うように吟じる青年に、掛けるべき言葉を失い苦悶の表情を浮かべる青年。それを、レインは軽く笑い飛ばした。
「なーにボサッと突っ立てンだよ。俺に用があったんだろ、カイリ」
「あ、はい。
 いえ…別に用と言う程のものでは。邪魔でしたね。…もう、帰ります」
 歯切れの悪い物言いをする相手に、灰のスフィクスはしょうがないな、と。
「俺の姿が見えないから気になった?」
 いつもの、自信に満ちあふれた表情で、若き艦長の想いに惑う瞳を覗き込む。
「う……」
 図星だったようで、耳まで赤くし硬直する青年に、死の海より産まれた神秘の存在は弾かれたように笑い出した。
「っ、あっはははははは!!
 なーに、固まってンだよ。いい年こいて、まだまだだなー、カイリ。
 あーと、プライベートでは敬語ヤメロ、って何回も言ってンだろ。
 次、破ったらゲシュペントのソリッド、ぜーんぶ引っかき回すからな?」
 妖艶な容貌を際立たせる紅眼で、おどけるようにウィンクするレインに、カイリは慌てた。
「は!? 冗談じゃないッ、そんなことされたら、ただでさえ計画がおくれっ……、
 …………ッ!?」
 煩いとばかりに、掠める様な、くちづけ。
「……イキナリとは、卑怯な。」
 頬を染め上げたまま、憮然としするカイリだが、色事を仕掛けてきた本人は何処吹く風で。
「油断してる方が悪いンだろ? ごっそさん」
「! ちょ、レインッ! 何処に行くんだ!?」
「…お前が戻る頃にはバズローブ一枚でベッドで待っててやるよ。
 早く仕事終わらせて戻ってきねぇン。あ・な・た」
「〜〜〜〜っ!」
 余りな物言いに絶句する初な青年をほっぽって、レインはさっさと屋上を後にしてしまう。
「はぁ…、全く。
 アレが『憧れのお兄ちゃん』だってんだから……俺も昔は純粋だったんだよなぁ…」
 自分よりも頭一つ分は背丈の小さな存在を相手に、振り回されるだけの自分が情けなくて、若く優秀な青年は盛大な溜息を吐いた。
 士官学校主席の肩書きも、最年少博士号の実績も、彼の前では効力を発揮しない。これらの履歴を耳にすれば、誰でも相応の態度を見せるものだが。
 ピピピピピピッ。
「! はい。此方、カイリ・朔原です」
 と、僅かの休息も許されぬ現実がIDの発信音を鳴らした。
『艦長っ、どちらにいらっしゃるんですか。
 艦体の構造問題でβチームのメカニックが相談したいことがあると…』
「ああ、わかった。
 直ぐ、現場に向かう」
 必要最低限のやり取りで通信を切ると、カイリは疲れを滲ませた声でぼやいた。
「ったく、能力あるんだから、少しは協力してくれたっていいだろうに。あの人は。
 俺(ひと)の嫌がる事なら積極的だし、頼むと逆にやってくれないし」
 我が儘だわ、天の邪鬼だわ、強情の意地っ張りだわ、おまけに気紛れで手に負えない破天荒な性格をしてる。

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『 けど、そんなアンタに惚れてるんだから、しょうがない 』


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 男は浅い夢の縁から現実へと戻ってきた。
 しかし、光と希望に溢れた夢から醒めれば、そこは闇と絶望が混じり合う泥流の中。
「………」
 彼は薄闇で落胆をみせ、それでも二の眼(まなこ)に強き意志の力を灯していた。
(ここには俺一人だけか……。
 他のクルー達は……無事だといいが……)
 両手には鉄製の枷が成されており、冷えた独房には結構な広さがあるにも関わらず、彼一人しか監禁されていない。
 一瞬、空恐ろしい想像が脳裏を掠めたが、直ぐに思い直す。
 ヴァイア鑑の操作は実に難解で、一朝一夕でマスター出来る程易くはない。熟達したクルーの腕があってこそ、その操舵が可能となるのだ。
 無論、そこに特別な存在が加われば話はまた違ってくるのだが。
 黒のリヴァイアス――…灰と兄弟鑑であるそれが、一年ほど前の事件時に、知識も経験も乏しい子ども達の手によって八ヶ月以上もの間操縦されていた事は衝撃の事実だ。
 ヴァイア鑑に宿る人格ネーヤの存在が、彼らを手助けしていたことは疑いようもない。
 スフィクス――…ヴァイア計画において、最重要視される神秘の生命体。
 黒には可憐なる少女。
 灰には……、
(……レイン…)
 テスト飛行だった。
 ゲシュペントのスフィクスは奔放で、鑑を不在にすることは何時もの事だ。なので、その時も特に問題とすることもなく出航した。
 四十八時間の宙行テストは、何事も無く終了するはずだった……。
(…アンタに…逢いたい……)
 兄さん――…。

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 リヴァイアス、ブリッジ。
 深夜過ぎ、突然の召集にも関わらず、ほぼ全員が短時間で集まった。
 それぞれが不満そうに、また安眠を妨げられて非常に不服そうにしてはいるが、それでも緊急召集とあって、場の空気は張りつめている。
 何事であろうかと囁き合う声が混じり合って奇妙に静かな、騒がしさを醸す。
 無論、リヴァイアスの最重要メンバーも揃っていた。
 生欠伸を噛み殺す尾瀬は、親友の小柄な背姿を見つけて嬉しそうに近づいた。
「やほ〜ん、昂冶。やっぱ、呼び出されたんだ?」
「あ、…イクミ。そうなんだけど…寝付いた頃にたたき起こされたからさ……」
 幾度となく瞼を擦りあげる仕草が異様に愛らしい。
 やはり、優しい茶の髪をした少年とて友人同様に、眠気と戦っている様子だ。
「……あれ、…祐希は?」
 と、お兄ちゃんは寝起きの悪い弟を心配して周囲を窺った。
 すると、イクミは肩を竦めて無人のはずのオペレーター席を指す。
「あ。」
 流石にVGを駆るエースパイロットの自覚があるのか、一応、自力で起きて召集に間に合わせたようだが、すっかり寝潰れてしまっている。
 パイロット組は夕方までコクピットに詰めていた事もあり、疲れが溜まっているのだろう。同じ部署に勤める尾瀬も随分と辛そうだ。
「ま、しょーがないね。
 俺はてきとーに手ェ抜いてたけど、ゆーき君たらリフト鑑待機、ずっとソリッドいじってたし。
 どうする? 起こしときます?」
「んー…、」
「まだでいいんじゃないのか、全員集まってないしな」
「!? ッ、レインさん?」
 降って湧いた自称・灰のスフィクスに驚いて、昂冶は慌てて後ろに向き直った。
「よ。ブルーがいないな? どーなってんだ、今回の呼び出しは」
 気さくに挨拶を交わして、レインはちゃっかり昂冶の隣へ陣取る。
 飛び上がるほど驚いてみせた昂冶とは対照的に、イクミは自然に話しを続けた。
「ブルーもじきに来るっしょ。緊急召集だしね。
 それよか昂冶。祐希君、話が始まる前には起こしてやるんでしょ?
 だったら、近くに行ってた方がいいんじゃないのか」
「あ、そうだな。ったく、手の掛かる弟だよな…」
 口ほどには嫌がる素振りもなく、昂冶は入り口付近のオペレーター席に行ってしまう。
 仲直りしたばかりという事情もあり、不肖の弟にかけられる手間は面倒というよりも兄の特権として楽しくあるらしい。
 昂冶とすっかり離れてから、翡翠の両眼(りょうまなこ)の好奇心を隠そうともせず、尾瀬は小さく隣に囁いた。
「きいたぜ、昂冶から」
「……」
「すっごーく不躾だとは思うケド、ちょっと興味あるんだよね。きいてイイ?」
「………? 言ってみろよ」
 互いにだけにしか届かない潜めた声で、腹の内を探り合うような会話がなされる。
「キミが死んだ理由。」
 挑発的に突きつけられた質問。
「…趣味ワリィな?」
 ふつーそういうこと本人に聞くか? と、軽口を叩いて黒の麗人は艶やかな毒を纏った。
「事故でな。
 もう十年以上も前になるか…」
 紅の双眸を悪戯っぽく輝かせ、その表情は不敵に歪み、レインは己の死について語る。
 まるで、他人事のような口振りに真実味が増す。
「事故?」
「…ああ、宙行事故だ。
 別にお前等みたく宇宙を放浪してまわったわけじゃねーケドな?」
「ふー…ん。なんか想像してたよりマトモだねぇ。もっと派手かと思ってたけど」
 酷く頭が切れるくせに妙にとぼけた所のある少年が、少しズレた感想を持つ。
「……派手な死に様って…どんなんだよ。それ。
 第一、宇行事故も充分インパクトあるだろ。満足しとけ、それ位で」
「まーねぇ…。
 でもほら、俺達リヴァイアス事件経験してるし、そこんじょそこらじゃ今更驚かないというか……」
「…ま、そりゃそーだ」
 確かに、子供等だけで頼る術も無く八ヶ月間宇宙を漂流し続けた経験があれば、少しの事では動じないだろうと、逆に納得するレイン。
 と、そこに控えめながらも芯の強さを感じさせる女性の、きびきびとした声が響く。
「艦長、点呼終えました。メンバー召集完了です!」
 副艦長のユイリィが主要メンバー全員の点呼を取り終わって、艦長へ集合完了の報告を行ったらしい。すると、ルクスン・北条は渋面のまま、艦長席の上で立ち上がった。
「皆、休息の時間であったのだが、急な召集で申し訳ない。
 しかし、大変な事が起こったのだ!! 我が鑑、リヴァイアスの危機とも言い換えてよいかもしれない!!」
 オーバーな身振り手振りでルクスンは語った。
 クルー達の間に、ゆっくりと波紋が広がってゆく。
「今から、我が鑑が傍受した、連邦政府の通信記録を流す!! よく聞いておいてくれたまえ!!」
 言って、ルクスンはランへ目配せをする。ひとつ頷いて、女性クルーは手元を操作した。 静まり返ったブリッジに、最大レベルにまで引き上げられた音声が響き渡った。

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 受信状態が不良な為、所々でノイズが混じる、酷い記録だったが。
 その意味は、充分に解してとれた。
『……に、ものっ……』
『れっ、我は……、ヴァイアを手に…れた……』
『何っ!? おい! ……いう事だ……』
『…長、以下……数十名を……、……りょとして……。
 要求……を、……見せしめとして……一人………、………ろして……いく………』
『……にをっ、バカな事を…!! クルー……無事っ…』
『……なら、生きて…そう…………』

 随分とコンディションの悪い回線記録だが、ふいに、クリアな音声と切り替わった。おそらく、会話の様子に不穏さを感じ取り、チャンネルを探り当てて合わせたのだろう。
『条件だとっ…』
『そうだ、まずもう一つのヴァイア鑑を此方に引き渡してもらう。
 その際、添乗するクルーの解放は認めん。捕虜として、こちらで丁重に扱わせてもらう』
『!! 無茶な事を……!! 出来るわけがっ……!』
『無理、か?
 ……どうやら、少しくらい殺してみないとわからんようだな』
『まっ!! 待て!! 待ってくれ!!!
 わ、……私の一存で決められる事ではない!!!』
『……返事は三日後でいい。賢明な判断を期待している』
『………クッ、
 おい! 誰かっ、ゲシュペントの現在位置を確認しろ!! リヴァイアスもだ!! 至急上層部に連絡をつけろ!!
 おい、お前!! ぼさっとするな!! 今の通信記録をコピーしておけ!!』


 ブツッ。

 電子音の後、ブリッジは水を打った静けさに包まれ。
 誰一人として、声を上げることが、――…かなわなかった。

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 展望台に、たった一人で佇む少女の影が哀しげにゆらめいた。
「……マタ………アンナ思いスル……ノカよ…」
 地球(マザー)の映像の、淡い輝きに照らされる横顔は刹那、苦しげに歪む。
「…モウ…………イヤだ……」
 母を仰いで、痛みに眩み。
「なンデ……捕虜ナンテ、…」
 ひとすじの滴に、あどけない少女の頬が濡れた。

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ボク達、       コロサレルノ   ?


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2007/07/15 加筆修正



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