act.13 絶対命令
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 衝撃的な通信内容にも関わらず、幸い集団パニックは起きなかったものの、皆が呆然自失の体で話し合いどころではなかった。
 休眠中にたたき起こされたメンバーはとりあえずそのまま解散、自室へ。
 鑑長と副艦長が部屋を変えて今後の展望について議論をかわすこととし、他は通常業務をこなすよう指示を。
 情報漏洩に対する注意だけされて解放されたクルー達は、それぞれが押し黙ったままブリッジを後にした。

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 ブリッジの近くに設置された会議室で、ルクスンとユイリィは不毛な論議を延々と続けていた。
「連邦政府には既に連絡をしてあるのだが…未だ回答が得られん状況か……」
「事の真相を知る必要はあると、…私も思うわ。
 けど、ルクスン…政府は決して私たちの味方じゃない。もし、私たちの命を軽んじる決定を下したとしたら……」
「――…そう、…か。ありえんとはいい切れんな…」
 ほぼ、その制御に成功している『灰』とは違い、『黒』は不完全なまま。
 俗に言う、リヴァイアス事件の当事者達を鑑内に取り入れていなければ、起動すらしないのだ。
 灰を制圧した組織もその辺りの情報を掌握していたのだろう、鑑体を奪ったとしても、起動しなければただの巨大オブジェだ。
 ……裏を返せば、事件の当事者を抹消してしまえば、黒のヴァイアは沈黙したままということになる。
 つまりは……―。
「私たちさえいなければ、リヴァイアスは無力だわ。
 ヴァイア鑑を二隻とも敵に奪われるくらいならば、いっそ……。そう、考えたとしても可笑しくはない」
「…………」
 副鑑長の少女の考えを、杞憂だと笑い飛ばせる程ルクスンとて愚かではなかった。
 あくまで可能性の一つということを忘れてはないらないが、絶対正義だと信じていた大人達から裏切られた事実は、リヴァイアス事件を体験した少年少女達の強烈なトラウマとなっている。
 今はもう。
 二度と昔のような悲劇を繰り返すわけにはいかない。
「……とにかく、私としては、真偽をはっきりさせねばと思う。
 しかし、もしもの時に備えてVGのメンバーと治安部に話を通しておく必要があるな。
 夜が明けるのを待って、…再度、彼らに対し召集をかけよう」
 昔の彼ならば、狼狽え怯え、まともな判断など出来たものではなかったが。すっかり、艦長としての姿が堂に入っている。
 あの、人が人としての尊厳すら失う極限の中虐げられた経験は、少年を一人の男へと。精神的な成長を促していたのだ。
 そんなルクスンに頼もしさすら感じつつ、ユイリィは小さく頷いたのだった。

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 展望台から見つめる母の姿は、何時でも美しかった。
 人工投影された、そう、彼女は精巧なマガイモノ。
 それでも、深淵に気高き輝を放つ聖母は、汚れなく蒼かった――…。
「……どういう事だ」
 愛しき母を両の瞳に映し込み、夜を飾る青年は何時になく厳しい口調で、誰かを問い質していた。
「とぼけるな、灰の事だ。知らねーで通じると思ってンのか」
 一層、声に険が増す。
「…素直にそう言えばいいんだよ。
 ああ、…そうだ」
 追求は、逃れを許さぬ激しさで充ちていた。
「で。……どうするんだ。灰にまともに戦力ぶつけても、イイトコ返り討ちだゼ。そこンとこ、判ってンだろ」
 前髪を片手で掻き回して、レインは苛立ちも顕わに、語気を荒げる。
「あぁっ!? 何考えてンだ!! 今、そーゆー事っ……!
 いーや、無理だって。リンク切られてンだよ。
 直接灰へ戻ればなんとか出来ねーこともねーけど」
 はぁっ、と。
 艶やかな彩を纏う口唇から、投げやりなため息が零れる。
「だーから言ってンだろ、ム・リ。
 は? ……おい、ジョーッダンじゃねーぞ!
 こんな素人の寄せ集めで巧くいくと思って……。
 ………、………はっ、成る程な」
 忌々し気に、青年は頭を左右に振る。口の端が皮肉気に歪んで、世界に毒を吐いた。
「そーゆー事なら、一度、コッチに話を持ってこい。俺からってわけにゃいかねーだろ。
 ああ、……ああ。そうだ。その辺りは、ソッチでうまくやっとけ。
 得意だろ? 情・報・操・作。
 それから後な。……下手な真似してアイツに何かあったら――赦さない。
 俺の言葉の意味を、理解出来無い程バカじゃねーだろ?
 ああ、…ああ。分かってる。上の根回しもしておけよ。じゃあな」
 艶やかな黒髪に隠されたブラッド・ルビーのピアスから、まだ何事か言いたげな様子が窺えたが、無視して通信を一方的に切る。
 そして、遣る瀬無い表情のまま、展望台のアルミ製の柵に両腕を組んで顔を沈めた。
(…くそ、俺がアイツの傍を離れなきゃ……)
 灰はソリッドによる完全制御が可能だが、スフィクスの介入によって無理矢理制御を奪う事は難しいことではない。
 反連邦組織だかなんだか知らないが、自分が本艦にいたのならバカ共に勝手な真似などさせなかった。鑑そのもののが己の分身のようなものなのだ。しかし、遙か遠く離れたこの場所からでは手も足も出ない。
「………カイリ」
 しらず、漏れた吐息に混じり零れるのは瞼の…。

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「……誰のことだ」
「!」
 バッ、と。
 後ろを振り返るレインは、最も厄介な相手を視線の先に認めて、肩を竦めた。
「…ブルー。何時からいたんだ?」
 全く気配を感じなかった。冷静さを欠いていたとは言え、こんなお子さま相手に不甲斐ない事だと自嘲する。
「カイリといったな、誰の事だ」
「………」
 此方からの質問は受け付ける気がないらしく、淡々と尋問を繰り返すブルーに、しかしレインは応戦の態度をとった。
「…ガキが首を突っ込むんじゃねーよ。オトナの事情ってヤツだ」
 今までの、流雲のような印象を覆す激しさをみせ、レインはブルーの脇を早足ですり抜けようとする――…が。
「…カイリ・朔原。
 品行方正、頭脳明晰、おまけに眉目秀麗と三拍子揃ったエリート。
 けど、出生が平凡であることと、人当たりの良い社交家な性格で、下には好かれ上にはおぼえがめでたい、天才博士号の青年。
 でもって、だーれもなり手の無かった『灰』の艦長を志願した変わり者。これで関係ないってことはないんでない?
 ――灰のスフィクスなんだろ。アンタさ」
「……尾瀬」
 一体、どこからそんな情報を探りだしたのか――これでは、今更、カイリとの関係を惚けてもおそらくは徒労に終わるだろう。どうしたものかと、迷いを紅玉にゆらめかせ、
「――…カイリは俺の……」
 観念して、その一言を。
「………」
 口にしようとするが、弱味を握られるようでいい気はしない。年上の沽券にも関わる由々しき問題だ。
 レインは思い直して、当たり障りのない返答をした。
「灰の鑑長、それだけだ。
 あんなんでも一応、知らない仲じゃないしな。心配してやってンだよ」
「ふー…っん?」
「…ンだよっ!」
「いーえいえ、別に」
 これはまーだ何かを確実に隠してるなぁ、と。
 第六感を働かせつつも、これ以上の詮索は下手に相手を刺激するだけだと判断して、イクミは話を逸らせた。
「じゃー、それはいいとして。今の話はなっんなのかな〜?
 まさか、でっかい独り言じゃないでしょ」
「…おっ…前、ヤなヤツだなー…」
 最初から全部聞いてたなら、そう言えよ、と。毒づく青年に、猫毛の少年は悪びれない笑顔で応戦した。
「だーいじょうぶだいじょーぶ。自覚あるから」
 一体何が『大丈夫』なのか、甚だ疑問に思う所ではあるが。
「どーせお前等にも協力してもらうしな、事情通してもいいけどな…。
 俺が、スフィクスだって…信じたわけじゃねーんだろ」
 逆に尋ねられて、イクミはにんまりと人の悪い笑い方をしてみせた。
「いーんや、信じてるよん♪
 祐希君やブルーはどうか知んないけどね、とりあえず俺はアンタを信用するよ」
「……どーゆー風の吹き回しだよ」
 疑わしげな紅の視線にも退かず、軽やかな癖っ毛をした少年はオトメの感よ。と、意図の計れぬ回答をしたのだった。

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 翌朝。
 相変わらず食堂に人は多い。
 昨夜の騒ぎを知る由もない一般クルー達が、あちらこちらで和やかに談笑している姿は、とても、今ここにある危機を感じさせない平和の情景だ。
 モーニングセットCを注文して、空いてる席を見つけると、昂冶はそこにちょこんと座った。珍しく、一人で、である。
 いつ何時も、彼の傍には親友の尾瀬か弟が、まるで周囲を牽制するようについているのだが。その、リヴァイアス三強の護衛が今日は無かった。
 何も気付かず朝食の卵をつついてる昂冶の周りは、静かな戦いが繰り広げられていたりする。
 まず、昂冶の右となりに座っていた年上らしき少年が、
「おはよう。昂冶くん」
 と、気安く挨拶をしてくる。
「え? あ、お、おはようございます…」
 きょとーん、とする昂冶にも構わず、やけになれなれしい。
「俺、ロッゼっていうんだ。よろしくな
 今朝は一人なんだね、珍しいな」
「え? そうかな」
 相手の余りの親密さに、何処かで会った事あるのかなー? などと、一生懸命に記憶を探る昂冶だが、何のことはない、ただのナンパだ。
「そうそう、昂冶くんって、いっつも弟か友達と一緒だよね」
「うー…、言われてみればそうかもしれないですけど」
「だろ? だから、声掛け辛くて」
「?? 俺に何か用事があったんですか?」
「ま、用事といえばそうなんだけどね♪ 俺、前々から君と話してみたいなーって……」
「あ、祐希!」
 周囲の嫉妬と羨望渦巻く視線をものともせずに、爽やかな笑顔で昂冶にまんまと近づいたロッゼだったが、攻略中の少年が空恐ろしい名を呼んで、瞬間的に凍り付いた。
 一歩一歩と近づいてくる巨大な殺気を、確かに背中に感じて。
「あ、あー…。
 ゴメンよ、昂冶くんっ。僕はやぼ用を思いだしたからこれで失礼するよ」
「あっ、あの。俺に何かあったんじゃ…?」
 ロッゼと名乗ったクルーの言葉を丸々信じ込んでしまっている昂冶は不思議そうにしているが、その無防備に幼い表情は凶悪に可愛いが、今は後ろ髪引かれている場合ではない。
「いやっ、大した事でもないし。別に今度でもいいから! じゃ!!」
 一時の甘い時間と引き替えに、ここに一人のクルーがめでたくも、リヴァイアス三強のブラックリスト入りを果たしたのだった。
「兄貴、今のヤツ…」
「おはよう、祐希」
「おはよう、じゃねぇ! 兄貴、今のヤツなんだよっ!」
「………?? え、と。今の人?
 ロッゼって言ってたけど…何か俺に用事があったみたいでさ。
 でも、急に行っちゃって。……なんだったんだろ?」
 ほやや〜ん、とする鈍すぎる兄に思いっきり脱力して、祐希は何事をも申し立てる気力を失ってしまう。
 今ここで、どれ程自分の魅力について、兄に語って聞かせたとしても信じはしないだろう。天然仕様もここまでいくと、手の施しようがない。
(……まぁ、……そーゆーとこも……可愛いしな……)
 何とかこちらでガードを固めるしかないか、と。
 決意も新たに、黒髪のエースパイロットは想い人の隣に陣取り、周囲を牽制しながら朝食を摂る。
「そーいえば祐希、朝、どっか行ってたのか?」
「? なんで?」
「ここに来る前にさ、一緒にご飯食べようと思って誘いにいったんだけど…部屋にいなかったみたいだったから」
「………」
 深い蒼の瞳を白黒させながら、口に詰め込んだクロワッサンを無理矢理流し込み祐希はああ、と、素っ気なく返事を寄越した。
「ちょっと、な」
「ふーん? イクミもいないみたいだし…何処、ウロウロしてるんだか…」
「尾瀬野郎も?」
「ああ。二人ともいないから、俺はてっきりパイロットに呼び出しが掛かったんだと思ったんだけど…違うんだ?」
「俺は全然別件。尾瀬野郎の事なんて知ったことじゃねーよ」
 相変わらずの犬猿っぷりに、お兄ちゃんとしては苦笑するより他にない。
 どちらかというと、イクミの方は一つ年下の天才パイロットを『面白がっている』節の方が強く。鼻っ柱の強い祐希としては、それが益々気にくわない、といった所か。
(……別に、決定的に仲が悪いってわけでもないけどなー。二人とも)
 どちらかといえば、良い方ではないかと。
 二人とも、本当に気に入らない相手なら歯牙にも掛けぬ態度をとるタイプの人間なのだ。それを、なんのかんの言って互いに気に掛けているのだから。
「ま、いいけどさ。
 それより、祐希……」
「? なんだよ、兄貴」
「ニンジン残してるぞ。」
「う゛っ………」
 きっちり丸ごと取り残されている赤味がかった野菜さんを箸で指して、お兄ちゃんは、めっ、という表情をする。
「…まーだ食べらんないのか、ニンジン。昔っから苦手だったよな?」
 和食セットについてきたニンジンと大根の和え物に、祐希は一口も箸をつけていない。後、みそ汁の具の細かなニンジンさんも綺麗に椀の底に置き去りだ。
「………いーんだよっ、別に。ンなもん食べられねーからって、どーってことないだろ!」
「まー、そりゃ死んだりはしないけどさ。
 天才とか言われてるくせに、ニンジン食べられないなんてイクミに知られたら余計にからかわれるぞ」
「ぐっ………!」
 確かに。
 あの性悪な同僚パイロットにこんな情けない弱点が知れたら、何を言ってくることか。
 綺麗なオレンジの野菜を前に真剣な顔をして固まる弟。
 と、何を思ったのかお兄ちゃんが弟の皿に残されたニンジンを箸でちょいちょいと掻き集めると、まだ口を付けていないスプーンを取り上げて全部それに乗せてしまう。
「ほら」
 優しく促されて、ものすごーくイヤそうな顔をしてみせる祐希君だが、ほんわか笑顔が眩しくて、いらねーよ! などと、口が裂けても言えないらしい。
「………っ!!!」
 ニンジン独特の甘い臭気も、苦手な人間にとってみればただの異臭にしか過ぎない。目に鮮やかなオレンジも、まるで警戒色だ。
「〜〜〜〜っ、」
「………ぷっ。」
 いや〜な汗を吹き出す弟を目にして、遂に昂冶は吹き出してしまった。
「なっ、……、……! ………!!
 〜〜〜兄貴ッ!!」
「あっはははは、ゴメンゴメンッ。だって、すっごく真剣な顔して悩んでるからっ……!」
 ちょーっと、お兄ちゃんの悪戯心が騒いだらしい。可愛いとつい虐めたくなる、そんな心理なのだろう。
 ひとしきり笑った昂冶は、そのつぶらに愛らしい眼に浮かんだ涙の露を払って、拗ねる弟の肩に甘えるように体を凭れ掛けた。
「ごめんって、祐希。機嫌なおせよ、な?」
「……………」
 反則技とも言える、お兄ちゃんの上目遣いに、優しいお願い。
「…別に、もういいって。兄貴」
 これで更に意地をはるような天の邪鬼っぷりは、数日前に脱ぎ捨てた。
 なんだか、昔みたいな仲良し兄弟に戻れたのはいいが、すっかり主導権を握られて告白どころではない、と。自らの行き先の前途多難を呪いつつ、天才エースパイロットたる相葉祐希は吐息に諦めを交えたのだった。

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 リフト鑑に向かった黒髪の少年パイロットは、その場に居合わせた意外過ぎる組み合わせに、傍目にもはっきりと目を見張った。
「……何やってンだよ。てめー等」
 そこには同僚パイロットの尾瀬イクミと、灰のスフィクスを自ら名乗るレイン・シルエ。そして、エアーズ・ブルーというそうそうたるメンツが揃っていたからだ。
 中央コクピットで、脇に腰を掛けるようにしてイクミとレインが、蒼の獣は席の後ろで背中を向けて立っている。
 彼らがただその場に居るだけで、異様な迫力があるのだ。
 普段通りに出勤してきたサブ・メンバーは、触らぬ神に祟り無し、を決め込んで、さっさとサブルームへ引きこもってしまう。自他ともに認める恐い者知らずニックスとて、げっ! という表情でこそこそサブルームへ逃げ込むのだから、場の緊張は推してはかるべし。
「や♪ おっはよーさん、祐希くん。待ってたよん」
「よう、一応、今日から俺もここの一員なんでな。よろしく?」
「………」
 イクミとレインはそれぞれに気安い挨拶を、ブルーは相変わらずの鉄面皮で言葉一つないが、いつものことだ。
「…待ってたって、……何か用かよ」
 ずかずかと三人に近づいて、祐希はめんどくさそうに尋ねる。
「まね〜、昨夜のことで。ちょっとね?」
「ここでかよ」
「問題ないっしょ、平気へいき。はい、ここ定位置に座ってね〜、リーダー」
 中央席をたふたふっ、と掌で叩いてイクミは祐希を導く。とりあえず、黙ってコクピットに腰を落ち着けると、闇の濃い視線で三者を窺い、
「………で?」
 この異常な状況についての説明を求める。
 と、最も饒舌であるはずの同僚はひょいと肩を竦めると、チームリーダーの問いを隣へと流した。
 そう、灰のスフィクスへと。
 人外めいた美貌の主である彼は、挑戦的な黒の眼に怯むことなく朱の双眸に意志の炎を秘めて、静かに口火を切った。 
「灰を討つ。協力してくれ」
「……占拠されたゲシュペントのことかよ?」
「そうだ。政府の奴らとしては、リヴァイアス引き渡しに応じると見せかけて灰を強襲しシステムの掌握を考えている。……ここのクルーを使って、な」
「………!?
 俺等でテロ組織とゲリラ戦やれって事かよ…バカげた話じゃねーか……」
 第一 ――、
「なんで、てめーがンなこと知ってンだ」
 黒い瞳が剣呑と細められ、対象を睨みあげる。どうにも不審を拭えぬ様子で。それも、仕方のない事かと、レインは何処か他人事のように受け止めた。
「お前も聞いたはずだけどな、俺が灰のスフィクスだと。
 『これ』で特殊回線開いてどっからでも通信可能なんだよ、政府のお偉方とな」
 艶やかな黒髪を掻き上げて顕わになる耳元には、極小サイズのピアス。紅石を使用した鮮やかな装飾品は、一見そうと知れぬ造りの通信機となっているようだ。
「いー加減認めたら? 祐希くん。
 君だってそこまで鈍くは無いんだし、薄々感じてるっショ? ―――彼が、特別だって事」
「………」
 痛いところをつかれて、瞬間、鮮烈な強さを閃かせる野生の双眸が、脆くゆらめく。妙に素直な所がある天才少年だが、それでも人並み以上のカンの鋭さを持ち合わせている。
 そう、尾瀬の指摘した通り、なんとわなしにではあるが感じていたレインの異質さ。
 無愛嬌に黙り込んだまま、リーダーの少年はどかりと席に腰を落ち着け直して詰めた声音で一言。
「――…で? 言ってみろよ。尾瀬が絡んでるんだ、どーせなンか悪巧みでもしてンだろ。一枚噛んでやるよ、のりかかった船だしな」
「……な〜んか、ひっかかる台詞なんだけどねー…。
 ま、いいや。君の相手してる場合じゃないしね、んじゃ祐希君もおっけーって事で。積極的に協力してね」
「……フン」
 裏のある笑顔を振りまく同僚の嫌味を聞き流して、祐希はうっとおしそうに瞼を下ろした。
「さぁ〜っそく、非協力的だねぇ。祐希くん?
 それに、そこの君も。もう少し近づいてくんないと、あんまし大きな声で話す内容じゃないしね。
 せめてこっちむいててね」
「………」
 三白眼で睨みを利かされて、イクミは降参とばかりにおどけてみせる。それでも、一応方向だけでも変えてくれたのは、協力の意志ありということなのだろう。
「んじゃ、悪巧みの内訳といきますか♪」
 何時になく子どもっぽい笑顔で、リヴァイアス一の策士は『無謀』の一言に尽きる作戦説明に入ったのだった。

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「――…以上が、我々の決定である」
 照明を落とした画面の中、老練たる一人の政府高官が言い放った。
 朝勤務のブリッジクルーも居合わせる最中、昨夜の内に送った真偽確認への急な返信。突きつけられた決定事項。
 意義を申し立てるなという方が、無理がある。
「まっ…待ってください!!
 無茶です、我々にそのような作戦を遂行することなど不可能に等しくはありませんか!!」
 悲鳴に近い講義を声高にするのは、黒の最高責任者であるルクスン・北条だ。
 ブリッジの前方に映し出された男は、すこし嗄れたそれで淡々と語るだけ。
「……無茶は重々承知しておる。
 が、――人質をたてにとられ、灰の武力を奮われては我々としては打つ手などない。ここは、リヴァイアスの諸君の健闘に期待するしかないのだ」
「健闘と…言われましても……。
 ガゼット長官におきましてはご存知ではありませんか、我々リヴァイアス・クルーはほぼ全員が十代という異例の鑑です。腕も未熟、経験も浅く、真に遺憾ながらも、到底そのような任務に応えられる能力は持ち合わせておりません!」
「……そうだな。普通に考えれば、途方も無い話だ」
「! なら…っ!」
「しかし、我々は決定を覆す気はない。
 リヴァイアス受け渡しには応じる。そして、クルーの解放も認めない。
 理解したまえ、北条艦長。これは『命令』なのだ。君たちに選択肢などない。
 作戦が――君たちが失敗すれば、二隻のヴァイア鑑は反政府組織の有する所となり、君たちの命はおろか全人類の未来すら失われる事となる。
 ――…心してかかってくれたまえ。
 作戦概要については、先にVGにおけるメインクルーに話をつけてある。彼らとよく話し合う事だ。我らも出来うる限りの支援を行うので、必要があれば連絡をするように」
「…………まっ、長官!!」
 無常に断たれた回線、画面は暗く無意味なノイズを流すだけだ。
「…………」
 ルクスンは長すぎる吐息をついて、艦長席に深く項垂れた。
 無言のまま、辛い沈黙が過ぎ。
「……ムチャクチャだ。
 俺達に死ねって言ってるようなものじゃないかよっ………」
 遂に、静けさの重みに耐えかねたクルーの一人が、肩を震わせながら呻いた。
「――ブライアン!」
 副艦長を勤める気丈な少女が、過ぎた物言いを厳しく窘めるが。
「だってよ、ユイリィ! そうじゃないってのか!?
 俺達だけで『灰』に捕らえられた人質の解放、敵に占拠されたヴァイア鑑の奪取をはかれだなんてバカな話あるか!?
 俺等、特殊軍人でもなんでもないんだぜ!! 可能かどうかなんて、ガキでも出来る判断だ!! 俺達が死ねば、リヴァイアスは稼働しない!! ………しないんだぜ…っ。……しないんだ……クソォ…ッ!!」
 瞬間、ブリッジに絶望の合いまった戦慄が駆け抜ける。
「…それはっ、……そうだけど。……飛躍しすぎだわ、無闇にみんなの恐怖を煽らないで。ブライアン!」
 副艦長の強い叱責に、茶けた金髪が特徴的なクルーは口を噤んだ。いや、自ら発した言葉の持つ、思わぬ真実味に混乱したという方が正しいか。俯いたまま、既に物説く気力すら失い沈み込んでいる。
「……とにかくではあるが、諸君」
 と、それまですっかり意気消沈していた艦長が、少々疲れた声で皆へ呼びかけた。
「私は作戦について、我がリヴァイアスのパイロットである勇士と話し合いをしてくる。余計な混乱は避けるように。……以上だ。
 それから、えー…、相葉くん」
「! は、はいっ?」
 いきなりの名指しに、オペレーター席で事の成り行きを静かに見守っていた少年は肝を冷やし、ひっくり返った返事をしてしまう。
「すまんが、一緒にきてくれたまえ」
「え、? はい。わかりました」
 何故、自分が? と。奇妙には思うものの、ここで逆らってみても意味もないので従順な態度をとる昂冶だ。
 それに、今の話でいけばVGを駆パイロット達はかなりのリスクを背負う事となるのだろう。作戦が進んでしまう前に、可愛い弟や大切な友人と話をしたい気持ちもあるので、渡りに船という部分もなきにしもあらず、だ。
「すまんがユイリィ、後を頼む」
「ええ、わかったわ」
 そんな、艦長と副艦長の会話を背に、ルクスンからご指名を受けた少年はブリッジの入り口付近まで足早に駆けていったのだった。

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2007/07/15 加筆修正



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