act.14 会議
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 一端、IDで連絡を取り、小会議室へとパイロット達、それに治安部特務の任を負う猛き少年と、艦長であるルクスン。それに、一、オペレーターであるはずの相葉昂冶といったメンツが勢揃いしていた。
 椅子にそれぞれが腰を落ち着け、ブルーだけは入り口近くの壁を背にした格好で腕を組んでいる。
 ルクスンは先程政府の人間が送って寄越した通信記録を再生するために、ごそごそと作業をしており、その合間に隣り合わせた友人が、両の翡翠に驚きを隠そうともせず訊いてきた。
「昂冶? なんでここに?」
「う〜…ん、なんか艦長に一緒に来いって言われて…なんでだろうな」
 自分自身で、この場に居合わせる違和感に戸惑っているらしい幼い顔立ちの少年は、困惑気味に苦笑を浮かべる。
「さっきさ。ブリッジに政府から連絡はいって…。今から艦長が流すと思うけど」
「――どうせロクでもねーことだろ。ったく」
 そこに、イクミの隣に不機嫌そうにしている祐希が悪態づいた。
「確かに、ロクでもないというか…いい事じゃないけどさ。
 ……多分、VGを動かすパイロットが一番矢面に立たされる事になると思う……から」
「ま、その辺はしょーがないッショ。そもそもVGそのものが、対外戦闘を主な目的としてるしね。そーんな顔しないでよ、昂冶? 笑ってる方が可愛いぞー?」
 へたっとデスクに突っ伏して、イクミは親友の暗い瞳を覗き込むようにする。そうして、強き意志の力と絶妙に交えた冗談で、想い人の不安を払拭してしまう。
「……そーゆー口説き文句はお前のファンの()に言ってやれよ。バーカ」
 ちょっとだけ照れて、顔を赤くしてる姿が真に愛らしい。
 はー…昂冶ったら、ホントに可愛いなぁ…、などと、にやにやするイクミが気に障ったのか、いきなり気の短いエースパイロットは椅子を蹴倒して立ち上がった。
「? どうかしました、祐希くん」
「祐希?」
 二人の疑問には答えず、少年は憮然としたまま倒れた椅子を起こすと、兄と同僚の間に割り込んだのだ。
「兄貴。こんなのと話すと尾瀬菌が伝染る」
「………祐希…」
 弟の行動と吐いた台詞に、お兄ちゃんは乾いた笑みを浮かべる。ちょっと拗ねたようにしている辺りに可愛げを感じてしまい、勝手な行動を諫める事も出来ない辺り、大甘だ。
「〜〜〜君、そのネタ引っ張るねぇ。
 第一、その尾瀬菌とやらについて、感染後の詳しい症状でも聞かせてもらおうか?」
「はっ、訊きたいなら言ってやるよ。
 『バカ』が伝染るんだよ、バカが! わかったら兄貴に近寄ンな、大バカ野郎!」
「……んじゃ、君も昂冶から離れてね、祐希くんみたいなおっきな虫にウロウロされると目障りなんだよね〜。
 わかったら離れてね、はい、こっち」
 にこやかな笑顔で応戦する猫科の少年は、兄に甘える弟の二の腕ひっつかまえて自分の方へと、思いっきり引っ張る。
「っわ! テメ、何しやがるッ!!」
「邪魔な虫を昂冶から遠ざけただけっしょ。問題でも?」
「っざけんなよ! 誰が虫だッ!!」
「君。」
「〜〜〜〜お〜ぜぇ〜……」
「…もう…、二人とも止めろよなー……」
 寄ると障ると何故か衝突してしまう弟と友人に昂冶はすっかり呆れてしまい、投げ遣り気味にしている。
「毎度恒例行事って感じだな」
 脱力し切っている昂冶の背中に声を掛けてくるのは、艶を纏う青年だ。こちらも、喧々囂々言い争うパイロット組を制止する気は皆無のようで、しょうがねーなぁ、といった雰囲気でいる。
「レインさん…。
 すみません、煩くして…」
「俺に謝ることなんて無いだろ? それに、これはこれで面白いけどな。俺は」
 享楽的なレインらしい感想だ。これが並のクルーなら、リヴァイアスの実力者同士の喧嘩にいたたまれず、逃げ出したい気持ちに駆られることは必死だろう。
「でも、艦長も困ってるし。そろろろ止めた方がいいかもな?」
「え――…」
 指摘され、ルクスンの方へ視線を流せば、すっかり途方に暮れている所を拝めることが出来た。例え艦長といえど、リヴァ三強と呼ばれる彼らの諍いに口を挟む気概は無いようで、後ろ姿が惨めなほど黄昏ている……哀れ。
「は〜…、ほら、祐希っ!」
「うわ!? あ、にきっ?」
 非生産的な行動を止めるべく、昂冶は弟の首に細い両腕を巻き付けてぎゅ〜っと抱きついた。
「いい加減、しょーもない喧嘩は止めろよな」
「………っ」
 耳元を掠める優しい声、鼻孔をくすぐる甘い香り。至近距離にある兄の、想い人の気配に、純情にも赤くなって固まってしまう祐希だ。
「わ、〜〜わかったから。兄貴ッ、ちょ、」
 理性のタガが吹き飛びそうだ。
 そんなイチャイチャ仲良しっぷりに嫉妬の炎を燃え上がらせるのは、同じく、昂冶に懸想している少年だ。
「こ〜じくんったら、抱きついて止めるならコッチにしてねー♪」
「わ、わ? ちょっと、イクミ?」
 言って、兄の腕から弟を無理矢理引き剥がすと、にんまり微笑んで愛嬌たっぷりに昂冶にすり寄るのは尾瀬イクミだ。
「て、っめぇ! 兄貴から離れろッ!!」
「や〜だよ〜ん♪」
「……いい根性してンじゃねーか…」
 血管がコメカミに浮き上がる。
 さりげな〜く、尾瀬の手が昂冶の腰やら肩やらに回されていることが、更に彼の怒りに拍車をかけている。
 と、そんな収集のつかない騒ぎの中に、非常に控えめな声が掛かった。
「あー…コホン。
 その、…話を進めたいのだが、いいだろうか?」
 実を言うと、黒のリヴァイアスの艦長こと、不肖ルクスン・北条。
 リヴァイアス三強が暴走した時の為の保険として、昂冶に同伴してもらったのだ。
 パイロットメンバーの実兄であり、最も親しき友人。そして、何故か孤高の蒼狼であるエアーズ・ブルーにも相葉昂冶は効果があるらしい。……これは、副艦長であるユイリィ・バハナからの助言なのだが。
 そう、政府の余りな言い分に、彼らが勝手な行動を起こす危険性を考慮した上での配慮であったのだが……やっぱり、連れてきたのは間違いだったか、と。すこーし後悔していたりする。
 と、――…。
「……さっさとやれ……これ以上の馬鹿騒ぎはご免だ………」
 それまで、彫刻のように微動だにせず壁に寄りかかっていた少年が、鋭利な瞳を閃かせてルクスンを睨んだ。
「え、あー……」
 返す言葉に詰まり、脂汗を浮かべる艦長。
 いくら事件時の極限状態を乗り越え精神的な飛躍を果たしたとはいえ『恐いモノは恐い』のだ。凶悪な彼の命令に狼狽えてしまう。
 すると、ブルーの言葉に従うではないのだろうが、それまで乱痴気騒ぎの中心だったイクミと祐希がそれぞれ、椅子を元に戻し所定の位置へと帰る。
「いいぜ、始めろよ」
 天才の異名を獲る少年の、余りに尊大な物言いに、そもそも君たちが騒いでいたから話を進められなかったのでは…等の不平不満を感じないではないが、言わぬが花という諺もあることなので、そこについては触れず、
「まず、私の方で昨日の通信記録の真偽について政府の方へ確認を行ったのだ。その返答として、先程通信が入った。その記録を聞いて欲しい」
 と、話を切りだしたのだった。

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 情報部。
 表向きは情報処理専門を主とする部門だが、リヴァイアス独自の情報収集を目的とした隠密部署でもある。
 かつてのリヴァイアス事件において、VGを駆る女性パイロット、美しき権力者の一人として鑑を支配した少女。
 しかし、彼女の自身は権力を掌握するといった志向は全く無い。
 当時、無法者(アウトロー)を信条としていた可愛げの無い少年の生き方が気に掛かり、彼に近づく手段としてパイロットという椅子を利用したに過ぎない。
 少年の事が無ければ、少女はおそらく鑑内で一クルーとしてしか存在してなかったであろう。
 柔らかな波を描くブロンド、知的にも見える彼女の風貌は目鼻筋が整っており、しかし、気さくで拘りのない、一くくりで言ってしまえばルーズな性格がその印象をよい具合に馴染ませていた。
 リヴァイアス再乗において早々に部署変動申請を出した甲斐があってか、今は情報部という最も水のあった場所に勤める彼女は、睨み合っていた画面から視線を外し、くーっ、と大きく後ろに伸びをした。
 キャスター付きの椅子が背中のしなりに合わせて、後方へと動く。
「はーぁん、もぉ。
 無理言ってくれちゃって、あーの我が儘お子ちゃまはぁ〜。なーんでアタシがこんな苦労しなきゃいけないのよね」
 すっかり冷めた自販機の珈琲を一口含むと、少女は厭そうに眉を寄せた。
「にっがーい。も、最低。
 全く、たかが政府中枢ホストにハッキングするだけだなんて簡単に言ってくれちゃって。
 バレたらただじゃ済まないってのに……、て、あれ?」
 ふと、金の髪をした利発的な顔立ちの少女は、画面上に不思議な単語を発見して目を丸くした。
「何これ……えーっとぉ?
 『黒の福音』? 何、このファイル。あれ、やだ。レベル3なんだ。ふぅーん…?」
 興味深そうにファイルのタイトルを読み上げた後、旺盛な好奇心を大いに刺激されたらしく、少女――カレンは、当初の目的とは違うソレを探索する。
「パスワード、は……っと。
 えー、うぇぇぇえ〜。やだ、これマズイかも。洒落になんない位厳重にセキュリティがされてる。
 うわ、しかも番犬付。うーん、ちょっとヤメといた方が賢明かな」
 普段はどちらかといえば挑戦的なハッカーであるのだが、流石相手相手なもので、慎重にならざるを得ない。特に、政府などの金に糸目をつけない組織の間で対侵入者撃退用プログラムとして搭載される【X023式ZERO-03型】、通称『猟犬(ハウンド)』は厄介で、迂闊に手を出せば、侵入者側が自滅する。
 非常に優秀な性能に比例して高額なため、一般普及はしていないプログラムだが。
「まぁ。あの鈍感ブラコン男にバカにされるのも癪だしね。
 やれるだけやってみるか、何か関連した情報も得られるかもしれないし?」
 流石の手強い相手に挑戦を躊躇うものの、このまま尻尾を丸めて引き下がるのも、情報部の沽券に関わると。
 生来の気の強さを発揮して、カレンは、細い指先で軽やかなタイピングを魅せ、次々と情報隔壁を突破していった。

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 会議室にて、各自手元に配布されたヴァイア鑑『灰のゲシュペント』の艦内見取り図を睨み付けながら、今回の作戦における話し合いの場がもたれていた。
「……灰のシステム掌握については、とにかく本艦に乗り込むことさえ出来れば俺の方でなんとか出来る。問題はそれまでだ」
「ああ、一旦非武装で相手の懐に入る必要があるからな…」
 レインの言葉に、VGのリーダーである少年が忌々しそうにした。
「ま、虎穴に入らずんば虎児を得ずっていうしね。その辺は覚悟を決めるしかない、か」
「灰の方を無事解放できたとしても、此方側のクルーが代わりに人質にとられては元も子もあるまい。その辺りを憂慮する必要があると私は思うのだが…」
 艦長らしい発言に、尾瀬が一つ頷く。
「確かにね、俺達の行動の邪魔になっても困る。
 非戦闘クルーの対処についても考える必要があるな…」
「非戦闘クルー、か…。
 そもそもこの鑑に戦闘員なんているのかよ、治安部の連中たって戦力にはなんねーぜ」
「そこが問題なんだ。
 中にはそれなりに使える連中もいるけどな、どうしたって素人の寄せ集めだしな」
 吐き捨てる祐希に、尾瀬は軽く嘆息してみせた。
「いや、…それならなんとかなるぜ。多分」
 と、そこに一筋の光明をもたらすのは、紅の眼差しも刹那的に美しい青年だ。
「…どうやってやるってんだよ…」
 どう考えても打開策の見つからない問題を軽く、なんとかなる、と言い切られて、胡散臭げにするのは、短気を絵に描いたような少年だ。
「昂冶」
「っえ? は、はいっ?」
 突然自分の名前を呼ばれて慌てるのは、熱を帯びる討議に居場所を無くして困り果てていた少年だ。
 何ですか? と、つぶらな眼をぱちくりさせている様子がなんとも愛らしい。
「に、協力してもらえば、今のは何とかなるだろ」
「え ――俺?」
 名指された本人は勿論、艦長以下二名も訳が分からず、納得していないといった様子だ。
「そこは後で説明するから、とりあえずリヴァイアスの心配は要らないって事だ」
「………」
 多少、猜疑心に駆られるものの、提案者である青年とて、気を許す人間の命が敵の内に握られているのだ。
 滅多な行動はするまい、と判断して、イクミは場を仕切りなおした。
「おっけぃ、了解。
 んじゃ、そういう事で話、続けよっか?」
「! おい、尾瀬っ!?」
 いまいちレイン信用し切れていない祐希は当然のように反論の意を示す。
「まーまー、リーダー」
 立ち上がりかけた少年の右肩を、片手で軽く押し留めてイクミが宥める。
「後から説明するって言ってることだし、とりあえず、ね?」
「………」
 何を考えてるんだ、とばかりに尾瀬を睨み付ける祐希だが、確かにこれ以上一人でごねても仕方がないことだ。
 半端に浮いた腰を荒々しく椅子に直し、
「後で全部説明しろよッ…」
 と、レインに向かい牙を剥き出しにすると、見取り図と作戦展開について集中したのだった。

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 乱暴に投げ出された皿の上には、水っぽいスープとパンの切れっ端。傍には、コップ一杯の水が無造作に置かれていた。
「………」
 皿を床に叩き付ける音で覚醒したカイリはうすぼんやりとしたままで、目の前の粗末な食事を眺めていた。
 見張りらしき男は何事も告げずに独房から立ち去ってゆく。
 カシャン、
 と、無常な鍵音が狭い牢の四方に木霊した。
(……今時、レトロなものを……使ってるな…)
 電子仕掛けのロックキーが主流となった今、鍵穴式の施錠とは懐古主義ではないか。それとも、電子キーとの二重ロックになっているのかもしれない。電子的なセキュリティシステムは、一旦突破されると脆いものだから。
 と、気が付けば両手の枷が解かれていた。赤く擦れた痕がはっきりと残る腕は、自由に動かせる。
(……どういうつもりだ…?)
 余裕、なのだろうか。
 確かに、特殊軍人でもないでもない、ただの若造だ。
 たった独りで牢に監禁されて、何が出来るものかと、安易に判断する材料は充分過ぎる程にある。
 それに、
(………血、なんとか止まったか………)
 右大腿の銃痕。
 弾は貫通しているが、それでも当たり所が悪ければ失血死は免れないという重傷だ。
 とりあえずは生かすつもりがあるとみえて、簡単な処置だけはしてあるが、痛み止めや解熱の類は全く与えられていないのだから。
 死んだら死んだで構わないと、投げ遣りな様子が察せる。
(…なんとか隙を窺って脱出しなければ、…な)
 のろのろと上体を起こすと、カイリは周囲に視線を彷徨わせた。蟻の子一匹這い出る隙間もないとはこのことだ。四方を黒質の壁に阻まれ、後は出入り口からの脱出を試みるより他にない。
(……爆薬は……ダメか。……ゲシュペントの強化防壁が携帯用の爆薬でどうにかなるとは思えないしな……)
 幸いな事に、監視カメラ等は設置されていないようだが。それも、脱出は到底不可能だという判断故に、だ。
 せめて他のクルーの居場所でも分かればよいのだが……。
 決して希望を失わない紫水晶の眼が、闇の中、美しく輝いていた。

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 一通りの作戦内容について話合うと、艦長のルクスンを外したメンバーで会議室に残り、昂冶に協力してもらう辺りの事情を通していた。
 一般クルーについては、航海に必要な最低限のメンバーを通常通りに。残りは各自部屋に待機という形でとなり。
 ヴァイア鑑占領事件については、一切の情報を遮断することに結論づけられた。
 集団パニックの事態を避ける為であり、何より、己だけ助かろうと密告等の恥知らずな真似をする人間が出てこないとも限らないからだ。
 必然的に、動ける人数というのは制限されるが、少数精鋭による電撃作戦を旨とする腹づもりなので不自由はない。
「で、兄貴に何させる気だよ。テメー」
 兄を背から抱きすくめ、相葉祐希が思いっきり警戒態勢を取りレインを睨み付けていた。当人必死なのだろうが、なんだか小さな体で毛を逆立てて怒り立てる仔猫のようだ。
「そう呻るなよ、別に危険な事じゃない」
 漆黒の色を纏う青年は、余りの剣幕に微苦笑を浮かべて答えた。
「ネーヤ…黒のスフィクスに頼んで、重力システムを操作してもらうだけだ」
「どういうことですか?」
 今度は、昂冶が内容の詳細について説明を求めた。
「つまり敵が妙な真似しようとしたら、そいつらにGをかけて、床と仲良くなってもらうって寸法だ。身動きできなくなった所を捕獲してけば、どんな素人でも問題ないだろ?」
「……なーるぅ。それが可能なら一番いい作戦だよね。
 銃撃戦になる可能性も低いし、犠牲者が出ることもない」
 うんうんと頷くイクミ。しかし、祐希の方は納得していないようで、なおも食らいついた。
「…な事、マジで出来んのかよ。失敗すればどーなるかわかってンだろうなっ」
 更に、それまでただ静かに耳を傾けていただけの人物が口を挟む。
「……黒のスフィクスは精神的未熟だ。
 到底、高等な判断、判別が出来るとは思えん……」
 そう、ブルーは一度だけネーヤの姿を目にしたことがある。
 外見に反し、幼い感情表現、拙い思考。会話を成立させることすら困難であり、緻密な作戦行動における高等な判断が出来るとは考えにくい。
 そのような彼女に、実際問題として、作戦の一旦を担う事が可能であるかどうか。
「まーな、で、そこに昂冶の出番ってわけだ」
「え、――…?」
「どういう事だ、勿体ぶらずに早く言えよ」
 先を急かす短気な少年に、レインは蠱惑的な微笑でもって応えた。
「昂冶にネーヤへの指示を仲介してもらう。
 どういうわけか、リヴァイアスに宿るスフィクスは昂冶の言葉に盲目的な服従姿勢を見せる。
 簡単な事だ、ただ彼女に『願うだけ』でいい。
 ――…なぁ、ネーヤッ?」
 最後の一言は、この鑑そのものに手向けたそれ。
 すると、奇跡の体現、神秘の少女が呼び声に応えるように、中空へ淡く花咲いて。
「………ッ?」
 VGを自在に繰る天才パイロットは素直に驚きを顕わにし、
「…………」
 底の浅く見えて、実は酷く複雑な内面を抱える少年も確かに驚嘆するが、それ以上に常識で計り知れない存在への警戒を抱く。
 そして、
 やはりと言うべきか、蒼き野生は表情一つ変えずに彼女を睨むだけだ。
 唯一、彼等に共通する点といえば、黒のスフィクス、世界の異質に対する確かな嫌悪。
「ネーヤ」
 だが、目の前にある異形に対する恐怖や憎悪の欠片すら見せずに、昂冶は微かな驚きと共に喜びを声に滲ませた。
 嬉しそうに表情を綻ばせて、少女を迎える。
 すると、少女の形を成したスフィクスも、無機質な仮面に歓喜をのせて少年の元へと舞い降りる。

「……コウ…ジ……コウジ…、
 …何デモ………スル、から……コウジが、……よろこぶ…ナラ…」


 そのまま淡く透ける両腕を少年の細い首に絡ませて、幼い仕草で懐くネーヤ。

「だ、そうだ。
 そういう事で、リヴァイアスの方は任せたからな、昂冶」
「え、えぇ? って、言われても……」
 狼狽えるばかりの少年は、このとんでもない大役から逃れる為に言葉を並べる。
「第一、レインさんが直接ネーヤに言った方がいいんじゃ…。
 今だって、呼んで来てくれたし。俺は、ネーヤと何時も連絡が取れるわけじゃないんだし…」
「俺は『灰』のシステムに集中する。正直、黒の方までフォローしてる余裕が無いんでな」
「……けどっ」
 尚も不安そうにする大切な存在(ひと)に、美しき少女は鈴を転がすような可憐な声で、

「……コージ…、…平気。……カナエル…よ……」

 アナタが願う、アナタが望む、全て、全身全霊で叶えるから。
 黒のヴァイアの化身は、そう、声でなく心で伝えた。
「ネーヤ…わかる?
 リヴァイアスのクルーが危ない目に遭わないように、俺達に協力して欲しいんだ。出来るかな……」

「…何…デモ……言ッテ………コージ…」

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スキ

大スキ。
アナタがスキ。
何でもするノ  どんなコトデモ  するノ 


たとえ すべてを こわしても
 アナタガ          ―― スキ 。

たとえ なにを ころしても

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「ネーヤ…?」
 多過な愛情を差し向けられ、逆に昂冶は困惑した。
 けれど、好意を持たれるのは素直に嬉しい。
 特に、この華奢な体躯の少年は他人の負の感情に鋭敏で、必要以上に気持ちを傷付けてしまう傾向がある。
 よって、例え過度のものだとしても、無償の愛情を拒む理由などあるはずもない。
「う…ん、じゃ。頼むよ、ネーヤ」
 すると、少女は全身の輝きを一際鮮やかにさせ、微笑みを浮かべながら姿を消していったのだった。
 可憐なスフィクスが失せると同時に、場の、詰めた様な緊張が一気に解れた。
「……あんなのがアテになンのかよ…」
「まー…、同族の彼が言い出しっぺなんだし、…ね。なんとかなるっしょ?」
「お気楽だな、てめェは」
「考えてもしょーがないしね、他にやりようないでしょが。
 文句言うなら代わりの手段を見っけてからにしてね、ゆーき君?」
 などと、不安材料の多さに二人のパイロットがこそこそとぼやきを交わす。
 それらを完全に無視して、レインは直接昂冶の傍へ寄ると、
「決行の日は俺の方からネーヤに、お前からの呼びかけに何時でも応えられるように言い聞かせておくから、ネーヤとの連絡については心配しなくていい。
 それより、指示のタイミングがキモになる…いいか、……」
 と、作戦についての詳しい説明に入ってしまう。
 二人も、何時までも決定した事項について異議申し立てした所で詮も無いことだと、さっさと頭を切り換えてレインの説明に聞き入ったのだった。

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2007/07/15 加筆修正



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