act.15 痛み
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政府から、特別に受けた命令内容は、嫌悪の一言に尽きた。
全てが全て、道理に甚だしく反したものとは限らず、彼らの言い分にも一理はある。
人類の希望を負う事となる、未知の鑑、ヴァイア・リヴァイアス。
政府の危惧と対応は、黒の艦の重要性を思えば然るべきとも言えるのだろう。
だが、理解と同調は別物だ。
対岸の火事の間は良いが、此方に飛び火してくるとなれば話は違ってくる。
特に、異常な性癖でも抱かぬ限り、誰しも己の手が染まるのを好ましくは思うまい。
それでも、理不尽な命令に従ったのは。
彼らの抱く考えに、それなりに理にかなっていた所為と。
同種族の自分にしか果たせない内容だったことが最大の原因か。
わからぬでもないのだ。
それ、が、真実であったのなら。
彼の存在は、危険だから――…。
人類を害する純粋を背負うには、余りに少年たちは幼くきれいなまま。

希望の場所で、笑って
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展望台と名付けられる場所で、黒のリヴァイアス随一の人気者、相葉昂冶はぼんやりと時間を過ごしていた。
幼く可愛らしい容貌、人当たりの良い態度、愛らしい笑顔、と。
一見平凡な、彼の実際は非凡である。
無意識的な行動ではあるが、凡庸であろうと勤める彼自身の努力の結果、人目を惹く容姿の愛らしさや秘めたる能力の高さが封じられてしまっているのだ。
無論、そのような所謂『見せかけ』の印象など、彼自身と触れあうことで全て払拭されてしまうのだが。
外見や才能といった後付の価値観も無論であるが、それ以上に、少年には得難い性質があった。
他者を惹きつけて止まない、最大の魅力が。
本能的に求める美しさが。
ひとの、きれいな部分をもちつづけていられるひとは、そうはいない。
だけど、うしなったそれをうめようと、ひとは失くしたきれいな部分を求める。
黒のスフィクスである少女が、相葉昂冶という存在にだけあれほどの執着をみせるのも、やはり彼自身の魂が抱く高潔さに惹かれての事であろう。
「……はぁ」
溜息。
灰のヴァイア鑑奪還作戦の概要について一通りの説明を受けた昂冶は、少し頭を整理したいと席を外したのだ。
――…こういう非常事態は、なにも初めてというわけではない。慣れているとは言い難いが、全くの未知の領域でもない分冷静にもなれる。
過去のリヴァイアス事件で異様な度胸がついたというか、おそらく、事件を経験した者の多くは、大概の事でパニックに陥りはしまい。
「……ふぅ。」
それでも、事件の時は特に重要な位置にいたわけでもなく。ただ、自分に出来る事を捜して足掻いて藻掻いて……その後どうなるかなんて考えなくて良かった。自分の後ろに何もなかった。だから、なりふり構わず行動できた。
けれど、
「………400余名の安全だもんな…。
こうやって改めて考えると、祐希もイクミも凄いよな…。VGでみんなを守りぬいたんだから」
そう考えたのなら、
「…ユイリィさんも凄いよな、あの状況で艦指揮をとってたんだし。
……プレッシャーとか、感じなかったのかな…感じないはずないよな……」
それをはね除けて生徒達を守り、導いたのだ。数名の犠牲者があったようだが、それは彼らの落ち度ではないだろう。
「でも…俺とネーヤにしか出来ないことなんだから……。うん。よしっ、やるしかないよなっ」
ただの一人も犠牲者を出すこともなく、全てを解決しなければならない。なので、結果の如何に限らず頑張ればよいというものではない分、やはり精神的に辛いのだが。
「なーに、一人でぶつぶつ言ってンだ?」
「ぅわっ!?」
と、急に後ろから抱きすくめられて、昂冶は慌てふためいた。
「れ、れ、れ、」
「れれれ?」
「レインさんっ、いきなり抱きつかないで下さいッ!」
後ろを確認せずとも、声で誰だか推測出来る。
傍若無人な弟か飄々とする親友か、彼ら以外にこのような行動に出る人間は限られてもいるので、推理は簡単だ。
「レインでいいって言ったろ?」
しかし、腕の中で微かに抵抗をしてみせる少年の言い分には耳を貸さず、漆黒を纏う青年は以前に口にした事柄を再度言葉にする。
「え、……と。
呼び捨てで、って、事ですか……?」
戸惑う昂冶に、ああ、とレインは頷く。
「でも…、レインさん年上だしそういうわけには…」
「お前の弟とかお友達とか、ブルーとか、余裕で人の事呼び捨てだぞ? タメ口だし」
「……え、えぇと。」
確かに。
なんだか違和感なく呼び捨て、普通に話しているので気が付かなかったが。
「それは…けど、でも俺は…」
「特別って感じしないか?」
「え――?」
「あいつらのことは敬称無しだろ? ま、弟は当然だろうけど」
兄弟だしな、と。
付け加えて困惑する少年を紅色の珠玉に捕らえるレイン。
「けど……」
「それに、俺に年上だとかそういう概念持たなくていいぜ?
スフィクス相手に、年功序列もなにも無いだろ」
腕の中の小さなぬくもりが愛おしい。
既に人では無くなった器は抜け殻で、体温だとか、鼓動だか。命を感じさせる一切喝采を失ってしまった……から、だろうか。
人間として在った頃には特別なにをか思う事もなかった、人肌が心地よい。
一方、昂冶といえば、まるで駄々っ子のように己の要求を突きつけてくるレインに困り果てていた。
叶えられぬような無茶な望みというわけではなく、ちょっとした可愛らしい我が儘。それが、昂冶のお兄ちゃん気質に見事に撃抜いて、無下に断る事も出来ない。
「……わかりました」
「よーし。」
遂には、根負けし承諾する昂冶の背中に懐いて、灰のスフィクスは上機嫌だ。
と、レインは小柄な少年の肩に絡ませた己の腕を、名残惜しそうにするりと振り解いた。
「?」
余りに呆気なく解放されて、キョトンとした表情でいる昂冶に、奔放な麗人は例の不敵な笑みを浮かべた。
「呼び出しだ」
見れば、確かにレインのIDから忙しなくコール音が響いている。
「じゃ、俺は戻るな。お前はどうする? まだここにいンのか?」
「…あ。それじゃ、俺も戻ります。いつまでも抜けてるのも悪いし」
「そうしてくれると助かるなー…」
しみじみと返すレインに、昂冶は訳が分からないとの素直な反応をしてみせた。
「……?」
この目の前のほんわか天然仕様の少年は知らないが、少し一人で出てくると言ってから、ブラコン大王とラブラブ親友がぎゃーぎゃーと騒いでいた。
一人っきりにさせると危ないだとか、一緒に行くだとか。で、どっちが行くかとか。
流石にブルーは参戦してはいなかったが、本心、似たようなものだっただろう。気付けば、部屋の入り口辺りを例の三白眼で睨んでいたから。
結局収集がつかないので、レインが迎えに来たのだが。帰ってくるのが遅いので、何をやってるんだとの、催促の呼び出しが掛かったという。リヴァイアス三強が揃いも揃ってなんて様なのだろうと、苦笑が漏れる。
「じゃ、帰ろうぜ」
「あ。」
「? どした、昂冶?」
何かを言いかけて口を噤み戸惑う、幼い貌をした少年の、そんな様子に闇色の青年は甘く優しく問いかけた。
基本的にというか、根本的に、昂冶には大甘らしい、人型スフィクス連中。
「えと、……その」
「ん?」
「作戦の…ことなんだけど……。
ちょっと色々考えてて、」
「………」
気持ちの優しい子なのだ。無論、強さも兼ね備えてはいるが、人として生きるには少年は純粋過ぎた。
おそらくは、もし失敗したらだとか、犠牲者を出すような事態になったらだとか。他人(ひと)の事を優先的に考える余り、己を信じ切れないのだろう。
在る程度他人を切り捨てられる――勿論、心の痛みは抱える事にはなろうが。尾瀬や祐希とは著しく対照的な存在だと。
……ちなみに、ブルーは必要に応じて他者を切り捨てられる類の人間だ。心を氷塊の棺へ封じてしまえば、苦痛はただ肉体を通り過ぎるのみとなる。
「不安、か?」
「はい…。俺は…俺には、祐希やイクミみたいな能力(ちから)はないから……。
ブルーみたく、強いわけでもないし……」
「……あいつら異常だからなー…」
黒の戦艦リヴァイアスにおける三強掴まえて、凄いとは言わずに、異常と言い切るレインの度胸もかなりのものだが。
そんな些末を気にする余裕もなく、昂冶は沈んでいた。
「……けどな」
「……?」
小さな子を慰めるように、宥めるように、灰のスフィクスは茶金の頭を撫でた。
「そんなあいつ等じゃなくて、他の誰でもなくて、ネーヤはお前がいいってさ」
「―――!」
「…んじゃ、俺は先に帰ってるからな」
ぽふぽふっ、と。
軽く平手で昂冶の柔らかな髪を撫でつけると、レインはそれ以上は何も言わずに展望台から消えたのだった。
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決行日は五日後と政府から追って連絡もあり、それからは忙しない毎日だった。
一般クルーには作戦決行日は鑑の総点検と有事の訓練があるとゆうふれこみで、可能な限り部屋から外に出ないようにと。
事情を通してあるブリッジの面々の協力の下、見回りの担当などを決め、徹底させ。
作戦については黒のヴァイア誇る強者の面々が主に担当する事となった。
おおよそ、リヴァイアスにおいて荒事の適任者が彼らをおいて他に居ないので、不満を口にする者も無く。
嵐の前の静けさとはいえ、一応の平穏の中、三日の時が過ぎた。
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相葉祐希――小綺麗に整った顔立ちをしてはいるが、纏う印象は野性的で荒々しい。そんな粗野な印象すら人気に拍車を掛ける、天才パイロット。
最近は兄との確執も無くなり、可愛い表情を見せるようになったと、しきりに女性クルー達が騒いでいるが、時の人たる彼は只今、その兄をカフェの一角で待っていた。
いつものように小会議室の方へ連れだって足を運ぶ途中だったのだが、昂冶が医局に呼び出されてしまい、ここで待ちぼうけを食らわされているのだ。
本来ならば何処へでもついて回りたいのだが、……当の本人から、絶対来るな、と念を押されてしまい。『待て』をいいつけられた犬のように、大人しくしているというわけだ。
一見己の考えがなさそうに見える兄だが、実はかなりの頑固者で。言いつけを破ればその後のフォローが大変になるのだ。仕方なくの現状。
それに、昂冶が自分自身の考えや意見を通す時というのは余程の場合に限るのだ。なので、兄の意志を尊重してという部分もある。
「……遅い」
が、心配で気が気ではない祐希はそわそわし通しだ。
「〜〜兄貴のヤツ、大丈夫だろうな〜……」
医局のヤツに押し倒されてるんじゃないのかとか、途中で暗がりに引き込まれていないかとか、そういう不穏な事ばかりが頭を過ぎってゆく。
(兄貴……最近、特に可愛いからな…)
その原因の概ねが自分自身に因るとは思いもしないお子さまだが、確かにリヴァイアス一の人気者、相葉昂冶の愛想の良さと可愛らしさには拍車が掛かっていた。
長年の間袂を分かっていた弟と仲直りが出来たのだ。最近はよく一緒にいるし、普段はやはり仏頂面をしている弟なのだが、自分の姿を見かけるとしっぽ全開で懐いてくるのが酷く嬉しいらしく。……本当にいい表情(かお)をするようになった。
前回の航海の時にみせていた、何処か遠慮するような、控えめな微笑みも可愛らしかったのだが、今の心の底から幸せそうな微笑みはもう、筆舌に尽くし難い愛らしさだ。
「……迎えに行こうか…」
リヴァイアスの強者(つわもの)達に愛される存在に、おいそれと手を出すバカも居ないだろうが。その後の制裁も覚悟で事に及ぶヤツや、後先を考えずに暴走する奴らがいないとも限らないのだ。
悶々と悩み抜いた末、医療区画の通路まで足を運んでみるかと結論付けた祐希だったが、ぽんっ、と軽く頭を何かノートのようなもので小突かれ、バッと視線を上げた。
「兄貴ッ…?」
「………っ?」
しかし、待ち侘びた兄の姿はなく、目線の先にはかつて黒のヴァイアを共に支配した金髪の少女パイロット。――…今は、情報部のカレンがいた。
「……ンだ、てめーかよ……。紛らわしい真似すんなよな」
「あからさまに溜息つかなーい。そっちが勝手に間違ったんでしょ?」
相変わらずな性格の少年に呆れつつ、カレンは祐希の正面へと座った。
「…なンか用か」
「まね。例の頼まれ事なんだけど?」
「……収穫があったのか?」
「んー…、本来の方はさっぱり。けど、代わりに面白いものみっけたんだけど」
「ンだよ?」
勿体ぶらずにさっさと言え、と、剣呑な眼差しが脅しかけるように睨む。
「中央のデータにね、厳重に警戒されたファイルがあったのよ。ここと関係あるっぽかったし、一応、突破を試みてみたわけね?」
そうして、一層声を潜めるカレン。
「……お兄さんのことについて書いてあったのよ」
「兄貴、の?」
余りに意外な一言に、祐希は珍しく目を丸くして固まってしまった。
「そ。訊きたい?」
焦らすようにカレンは小悪魔的な微笑を浮かべた。
「………」
不機嫌な二の眼が不穏な空気を帯びる。すると、聡い少女はそれまでの態度を豹変させ、あっさりと情報を明け渡す。
「思いっきり睨んでくれちゃって。
ホント、お兄さんとはラブラブになったくせに、他人には相変わらずよね?」
「うっせェよ」
「はいはい。で、そのお兄さんの事なんだけど。
黒のリヴァイアス……人類の未来を左右するヴァイア鑑において最重要たる人物って事で、すっごマークされてるみたいね?」
「……兄貴が? ……なんで…」
知らず、疑問が口をついて出た祐希に、カレンは大きな瞳で尋ねた。
「意外?」
「…例え兄貴じゃなくても意外だろ。そんなの。
コイツは特定の人物が鍵を握る特性じゃないだろ。事件の当事者達が大勢リヴァイアスに在る事が重要じゃなかったのか?」
「んー…、そうなんだけどね。
なんか特に黒のスフィクスとの繋がりが確認出来るとかで、セキュリティが厳しくて深く潜れなかったから、あんまりハッキリしないんだけど」
そこまで言って、金の波を描く髪を弄びながらカレンは視線と声を落とした。
「こっからはアタシの――…ハッカーとしてのカンみたいなもんなんだけどね?
多分…あのデータ、良い事は書いてないんじゃないかなって」
「……どういう事だよ」
「言ったでしょ? 警備が厳しくて全部のロック解除出来てないって。
追尾をかわしながら、透かすようにして表面にあるデータを掠めて。そしたら、お兄さんの情報が出てきたのよ。
それも、この鑑のスフィクスとの関係を仄めかすような文章がね」
「…………」
政府の意図に思いを巡らせる黒髪の少年は、常にも増して凛々しい横顔だ。真剣な眼差しは、それだけで多くの人間をドキリとさせる荒削りなカリスマがある。
「で?」
「?」
「どーするの? やれってんならギリギリまでやってみるけど?」
「……出来ンのかよ」
胡散臭気に言い放つ祐希の、その勝手さに呆れかえりカレンは溜息をつく。
「……無茶なハッキング人に押しつけておいて、今更そんな事言う?
やるわよ、お兄さん絡みだしね。何かわかったらまた報告に来るから。じゃ、ね」
「………」
自己完結して早々に退散するカレン。そんな彼女と丁度入れ替わるようにして、兄が帰ってきた。
「祐希っ、御免! 待っただろ」
「――あにき…、いや……別に」
「? どうかしたのか?
て――…あれ?」
弟の微妙な返事をどう受け取ったものやら、昂冶は去って往く金髪を目に留めて、
「もう少し遅れて来た方がよかったかな? 邪魔だった?」
とんでもない誤解をしてくれる。
「…ぜっんぜんちげーよッ!」
ただでさえ同性の、おまけに兄弟ということで色々と障害が多いのにこれ以上ややこしくされて堪るかと、祐希は速攻で兄の言葉を否定した。
「そ…う、なのか?」
きょとん、と空色の眼を何度か瞬かせて、昂冶はふんわりと微笑んだ。
「ま、いいけど。それより、行こうぜ」
「……いいけど、って。
兄貴ッ、ホントに誤解すンなよなッ!!
あいつとは何でもないし、第一今のだって用事があっただけだからな!!」
「? ……わかった、けど…」
やたらと絡んでくる弟の様子に戸惑いながらも、お兄ちゃんは了解してやる。が。
「なんでそんなにムキになるんだ?」
と、総天然のくせに核心をつく質問をしてくる。
「………っ、別にっ。ややっこしいだろ、妙な噂とか立つと」
一瞬、返す言葉に詰まる祐希だが、なんとかそれらしい言い訳を作って口にする。
まさか好きな相手(兄)にいらぬ誤解をされたく無いが為とは言えず、苦肉の策というか、苦肉のこじつけだったのだが。昂冶はすんなり納得してくれた。
「あー…、ま、そうだよな。
祐希って人気あるし、変に騒がられるもの何だもんな」
………って。
「…一番モテてンのは兄貴だっての」
「ん? 何か言ったか?」
「何でもねーよッ。バカ兄貴ッ!」
「………? 何怒ってるんだ、祐希」
鈍すぎるのも問題だと、VGの責任者たる少年は小さくぼやいて兄に向かい暴言を吐く。勿論、突然の怒りに思い当たる節もない昂冶は困惑して不思議そうな表情をしてみせるのだが、そんな様子がまた愛らしくて。
(くっそぉ〜〜〜〜、…キス……したくなるだろっ。兄貴のバカ野郎っ、可愛いんだよッ!)
などと、的はずれな八つ当たりで、一人で悶々とする天才パイロットだった。
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夕餉の時刻も過ぎた頃、人気の無い医局で、一人の看護婦が知り合いに処方された薬を手に難しい顔をしていた。
手にするそれが好ましく無いのか、しきりに溜息ばかりをついている。
「……劇薬に近い痛み止め…か。」
はぁっ、と。
嘆息して、彼女は時刻を確かめた。そろそろ、約束した相手が来る頃だ。
と、丁度タイミングを計ったかのように医局の扉が開いて、待ち人が現れた。
そう――黒のリヴァイアスのクルーならば誰もが一目置き、また、憧憬にも近い感情を抱く少年、相葉昂冶、その人が。
「ごめん、クリフ。待たせたかな」
「…大丈夫よ。今日、アタシ夜勤だしさ」
申し訳なさそうに詫びてくる愛玩動物にも似た少年に軽く返して、クリフは女性のものにしては……元は女性では無いので当然かもしれないが、ハスキーな声で続けた。
「にしても、こんなもの要るなんて…。
結構キツイ薬だよ、これ。ねェ、腕、辛いんじゃないの?」
クリフの心配を、昂冶は杞憂だと微笑みでかわした。
「ありがと、心配してくれて。
……無理言って、御免な。ホントはこゆこと、良くないんだろうけど…」
「……余計な心配させたく無い。気を使わせたくない。ってンでしょ?
ホント、昂冶って貧乏くじ引くタイプだよね」
目の前の、優柔不断そうな少年が実はかなり手強い頑固さを持っていると知っているクリフはそれ以上言い募る事を諦め、頼まれた薬を手渡した。
「…ありがとう」
「別にいいわよ、これ位。ルール違反だけど、悪い事はしてないしさ。
後、約束通りこの事は誰にも言わない。その代わり、辛い時は絶対に言ってよ。じゃなきゃ、協力出来ない。いい?」
「うん、わかってる」
薬を上着のポケットにしまい込みながら、昂冶はしっかりと頷いた。
「……なら、いいけど。
また要る時は言ってよ、用意したげるから」
「うん。ありがとな」
「………」
リヴァイアスの誰もが一瞬で魅了される魅惑の微笑で感謝されても、クリフの心は晴れなかった。
普段なら、思わず抱き締めたくなるような可愛い笑顔なのに。
何故か、今にも消えゆきそうな儚さばかりが感じ取られたから――…。
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2007/07/15 加筆修正