理由とか原因とか、そんなものは感情の後からもれなくついてくる付随品みたいなものだ。
 一目惚れ、なんていうものは、多分そう。
 理屈が先ではなく、どうしようもなくただ本能が暴走してゆく感触。
 欲しくて、欲しくて、ただそれだけ――…。





 自覚したのはリヴァイアス号事件の後。
 それまでにもなんとなく違和感を感じていた確かな事実で。
 リーベ・デルタで実習のパートナーを組んだのは本当に偶然だ。ランダムで選択された相手。それだけのはずだった。
 だけど、――どうしてもその他大勢の存在でいるのが我慢ならなかった。
 ――…珍しいとは、自分でも自覚している。
 何時も、どんな場所にいても、『友達』なんて大抵向こうから愛想のいい顔をして近づいてくる。それが敵意の場合もあるが、こちらから手を伸ばす必要などなかった。
 適度に話を合わせて、笑顔を装って、そうしていれば不都合なことなんてなかった。
 なのに、理性が灼き切れる程の渇望を抱かせた対象は、決して触れあえる場所までやってくることはなかったのだ。
 もう少し、手が届きそうな所まで近づいて。普通に話して、笑って、けどするりと逃げてしまう。
 腕の中に捕らえることの出来ないもどかしさに、とうとう手を伸ばして引き寄せた…。



 ヒーリングルームと名付けられた場所が黒のリヴァイアスには用意されていた。生きた植物をそのまま植わえて、ちょっとした規模の公園となっているその場所。
 土も緑も、母なる惑星地球の香りそのまま閉じこめた箱庭のようなそこで、VGのパイロットという名誉ある大役を担っているはずの若者が、なが〜い溜息を吐いていた。
 と、そこに金茶の髪をした可憐な一人の少年が、下草を踏み鳴らしながら近づいてくる。
「イクミ? そこにいるのか?」
「ん〜、ちょっくら星見中〜」
 現在のルームの設定は真夜中だ。人工灯が無い代わりに、無機質な天井には、星々の楚々たる輝きが満天に灯る。その幻想的な情景は、まるでここが人類の未来を賭けたヴァイア艦の内だということを忘れさせそうだ。
 そのままぼんやりしているイクミに向かって、昴治はべちっ、と何かを投げて寄越した。
「わわ? なになに、コージくん?」
 仰向けに寝ころんでいたイクミの整った貌にそれは見事に被さる。慌てて振り払えば、そこそこ厚みのある紙の束だと気が付いた。
「? ナニコレ?」
 心の底から吐き出された疑問の言葉に、昴治はいささか呆れ気味だ。
「なにこれ、じゃないだろ? 今後一週間の業務シフトと予定表、艦内での規則なんかがまとめてある書類! お前も夕食後ブリッジへ呼び出しされてただろ。なのに来ないもんだから俺が押しつけられたんだよ、渡しとけって」
「あー…、はは。つい忘れてマシタ。けど、さーんきゅ」
 こう暗くては細かな文字など読みとれない。イクミは気になる内容の確認を諦め、書類をひとまず身体の横へ置くと、肺に新鮮な空気を送り込んで歓喜の声を上げた。
「こー気持ちいいと離れがたいよな〜。空気が美味なりですよ」
「なーにが美味なり、だか。…ったく、今度はちゃんと出ろよな」
 悪態をつきつつも、昴治も友の脇の青芝へ腰を落ち着けた。
 面倒見の良い友人の所作を目で追ったイクミは、再び夜空を模した天井を見上げる。
「……祐希クンはやっぱりVGのパイロットなわけ?」
「うん、そうみたいだ。政府から随分高い評価受けてるみたいで…。有り難いような、そうでないような感じするよな」
「俺達殺そうとしてた人間に褒められてもね〜、確かに複雑な心境だな」
 うんうん、と同意するイクミは、それでも、と付け足した。
「祐希くんはVG触ってる方がいいんでないの? 逆に、パイロット業務には就業するなって命令とか出て、あの暴走青列車が他の部署で上手くやれると思う?」
「……そうだけどさ。」
 そう切り替えされれば、納得せざるを得ないが。
「…イクミもVGのパイロットだってさ。 聞いてた?」
「…………………………え?」
 思っても居なかったのろう。思わず身を起こしたイクミは、新緑の瞳を丸くして間抜け面のまま固まる。そんな様子に昴治は軽く肩を竦めた。
「書類の中見たわけじゃないからな、言っとくけど。
 VGのメイン・パイロットとブリッジクルーは名前だけ全員に公開されてるんだ。パイロットの名簿にお前と祐希と、カレンが載ってたぜ」
「…………それはそれは。……俺がまた、ねぇ?」
 皮肉っぽく口端をつり上げる、リヴァイアス国家のかつて君主が一人。
「…止めとく? 申請書さえだせば部署変更きくみたいだぜ」
 言葉は労りを含むものではなく、ただの可能事項として述べられた。
「ん〜……」
 再びパタッ、と青芝に背中を預けると、脱力しきった様子をみせるイクミ。
「なんだかな〜、別にイイケドサ」
「腐んなよ、能力認められてるってことだろ。本当に嫌なら変更すればいいし」
 前向き思考な慰めも、今いち効果は薄いようで。珍しく凹んだままの姿をさらけ出すイクミの髪を昴治はさらりと撫でた。
「ほら、拗ねるなって。十七にもなった野郎がスネたって可愛くないぜ」
「別にいいです〜、可愛くなくって。俺だって『可愛い』なーんて思われたくないですしー。
 それより、なんか昴治、手…気持ちいい……」
「そう? 体温低いからかな…?」
 まるで大きな猫がなついてくるようだと昴治は微苦笑を浮かべた。決して嫌悪からくるそれではなく――…。
 どれほど、二人そうしていただろうか。時間の経過を肌で感じることが出来ない箱庭で、偽りの星空の下、愛を睦み合う恋人達のように。
「……………昴治」
「ん?」
「あのさ、……俺、その………」
「なんだよ、歯切れ悪いなぁ。なんか変だぞ、イクミ」
 ………いやあの。折角、今、一大決心していた所で、それは無いだろうというような、ちょっぴり酷いお言葉。
 昴治くんたら容赦ないなぁ、と呑気に凹みつつ、イクミは友人の右手をとって仰向ける自分の胸元へ引き寄せた。
「腕、痛む?」
「そんなこと気にしてるのか? 全然平気だって。少し不便なだけだよ」
「そんなこと、って…。凄く重要なことでしょ、それは」
 余りにもあっけらかんとする昴治に、イクミは却って焦った。
「そんなこと、だよ。気にするなって、あんまし悩むと若ハゲになるぜ?」
 真剣に思い悩んでいる所へ、若ハゲの一撃が深く決まる。
 思わず想像して、思いっきりイヤそうに顔を歪めるリヴァイアスの名物美形が一人。
「あー……、それはちょっと……」
「だろ? だったら、もう止める。」
「へーい」
 巧く言いくるめられたというか、誤魔化されたというか、甘やかされているというか。
 傍にいて、同じ場所で寄り添って。緩やかな時間(とき)の中で。このまま永遠に続くのなら、危険な艦旅(ふなたび)も、呪鎖のような使命も、悪くはないと思う。
 だから、その言葉が出ない。
 今のままで、ずっと。
 以上を望まずに、『親友』のスタンスを保って。
   願わずにいたのなら、この幸福を手放さずに済むのに。
「…昴治くん、ちょっと聞きたいのですが」
「え? 何」
「部署は何処デスカ?」 
「え、……う、ん。オペレーターをさ、やってくれないかって、みんなに言われて。
 でもほら、俺、ちゃんとした知識ないだろ、だから断ろうと思ってるんだけど。何か別の、出来そうな仕事を……」
「オペレーター部署、やりたくない?」
 と、戸惑う少年の言葉を遮って、拠り所を求めるような頼りない声でイクミが聞き返した。
 その異様な反応に少々面食らいながらも、昴治は言葉を選んで答えた。
「…やりたくないとか、そういう問題じゃないよ。知識のない人間が、相応の知識が必要な部署に就業することに問題があるんじゃないかなって、俺は思うから」
「前はやってたのに?」
「不可抗力だよ、仕方がない状況だった。けど今はそうじゃないだろ? 然るべき人間が然るべき部署を担当するべきだよ」
 ぐぅの音も出ない程の正論だ。
 これでは、異論の挟みようもない。昴治の語る言葉は常に正論だが、欺瞞は籠もっていない。だから、より、心に深く刺さるのだ。
 けど、――…正しき論理だけで、人は人を動かせない。
「俺も、昴治にオペレーターやってもらいたいけどな」
「…イクミまでそういうこと言うなよな、もぉ」
「ホントだって…、部署が違ったら顔もみなくなるしさ。俺は、昴治と接点が無くなるのは寂しいけど、……昴治は違う?」
 卑怯な手口だ。
「そっ、…んなことはないけど」
 微かに頬を染めて口ごもる姿が、なんとも初々しい。
「そういうことだろ…? 迷惑かけたのは本当だし。イヤになるのも仕方がないってね…」
 わざと、寂しげに瞳を伏せてみる。
「違うって!! なんでそんなこと言うんだよ!? 俺はそんなこと考えてないっ!」
 みえみえの罠に、呆気ないほど簡単に誘導されてくれる。
「だって、オペレーターやりたくないんだろ?」
「やりたくないわけじゃないって、俺はっ…」
「じゃ、別にやってもいいわけ?」
「そりゃ構わないけど…でもっ…」
 その瞬間。キラリッ、と。尾瀬イクミの悲しげな瞳が、底光りした。
「はいー。コージ君、オペレーターけって〜い。ばんざーい」
「………………へ?」
 友人の否定の言葉と不審の心を拭おうと必死になっていた昴治は、百八十度態度を変えた親友を前に、目を丸くした。
「別にやってもいい、ンだろ? オペレーター」
 呆気にとられる隙をついて、更に二段攻撃。
 ね? と、満面の笑みを向けられて、やっと昴治は友人の計略を察する。
「イクミッ……!? ちょっ、なんだよ! 今のは!?」
「男に二言はないよね〜? 昴治くんっ。さーて、明日から忙しいよな〜、お互いガンバロウなッ」
「〜〜〜〜っっ!!」
 極限状態で築き上げた絆を利用してまで自分をオペレーターに据えたいのかと、もはや言葉も出ない様子の昴治だ。
 流石に、余りに一方的で勝手な言い分は腹に据えかねる分もあるのだが。
 しかし、それ程望まれるのも決して気分を害するだけではない。
 何より、裏のない友人の笑顔を消したくない思いもあった。
「はぁ…、ホントに俺オペレーターなんて出来ないんだからな」
「これから勉強すれば、問題ないっしょ?」
「軽く言うなよな、ったく。なんで俺なんか、そんなにオペレーターにしたがるんだよ。お前といい、みんなといい」
 ぼやきつつも、表情は軟らかい。
 そんな昴治の様子を優しい翠の眼差しで見守り、愛を語るような熱っぽさでイクミは吟じた。
「みんなはともかく…、俺は昴治と一緒にいたいからだよ。ホントんとこさ。
 俺、正直他の連中とかどうでもいいし、VGで護れっていわれてもピンとこない。けど、俺は――…昴治が…」
 造りモノの空、張りぼての星達、在るはずのない緑。
 何もかもが虚像の、世界に囲まれて。
 神の箱庭のような、この場所で。
 まるで、彼の人も陽炎の如く儚く思えたのだ。
 少しだけ、困った表情で、微動だにせず、瞬きすらせず、こちらを振りあおいで、耳を傾けて。

   それはまるで、キレイな、   のよう。

 ……器用な指が、するりと伸ばされた。
「……イクミ?」
 そっと頬に触れられる感触が心地よく、昴治は友人の突然の行動に惑いながらも瞳を閉じて無防備な姿をさらす。
  「なんだよ、急に……?」
 口端がつり上げられた。例えようもない高揚感に包まれる。今、――…。
「くすぐったいって、こら…」
 この諸手に力を込めたのなら、――…。
「イクミ………?」
 赤子のように真っ白な君を、朱に彩るのはどんな気分がするのだろうか。
「ッ、…イクッ、ミ?」
   キシッ、と僅かに指先の力が込められる。
「………昴治、ねぇ。俺、さ……、昴治のこと………」
 夢心地な告白が、偽物の夜に解き放たれようとしていた……。
 と、静寂を乱す無粋な物音に、数人の怒声が続いた。
「おいおいおい!! 誰かと思えば、尾瀬イクミ様じゃねーのかぁ、あん!?」
「「っ!??」」
 二人して、品のないヤジが飛ばされた方向を振りあおいだ。
 か細い少年の首筋に添えられた殺意の指は、一瞬にして呪詛からの解放を得た。
 かつての狂王は、己の両の掌を驚愕のままに凝視し、両肩をわななかせている。
「おやおや、お姫様もご一緒とはなァ。なに? 今から、イイコトしようとしてたとか?」
「だーって、僕たち恋仲だもーん、ってか!?」
「邪魔して悪かったよなぁ、いや、本当によぉ。そんなつもりはなかったんだけどな?」
 次々と、口汚く心ない毒を吐きかけてくる低俗な輩に、昴治は酷く憤慨したが、そっと隣の友人へ耳うつ。
(……イクミ、いこうぜっ。相手にしない方がいい…、イクミ?)
 争い事を嫌い、人の死を忌む、尊き精神の持ち主である親友が、この手合いにマトモにとりあわないのは、いつものことだ。
 口八丁手上手、とでもいうのだろうか。回転の良い頭で、どのような場面でも巧い具合に切り抜けてみせる手腕は、同じ天才肌の相葉祐希には、持ち合わせのないものだ。
 しかし、イクミの様子が奇妙だった。異変を感じて、昴治が(こうべ)を深くたれたままの友人を覗き込む。
(イクミ…? 気分でも悪いのか……、なぁ?)
「おいおい、なんだ尾瀬様よォ! ビビッちまって、顔も上げられねェってか?」
「ひゃははははははは!!! なっさけねーーーーなぁ、これがあのテロ野郎かよ!?」
「これなら、俺にだって出来るぜぇ! リヴァイアス占拠!!」
 御し難いバカどもだ。  しかし、ここでキレてしまっては、元も子もない。
「……悪いけど、連れの様子がおかいしんだ。そこ、退いてくれないか」
 尾瀬を背中へ庇うようにしながら、昴治は真っ直ぐに男達へ視線をやる。
 と、思ってもみない反応をされた。
「あーあぁ、お姫様はやっさしいねェ。惚れちゃいそうだぜ?」
「その、ほっせー腰で一晩に何回もヤッてんだよなぁ?」
「ああぁ〜ん。イクミ様、はやくぅ〜んっ」
「随分はしたないお姫様だなぁ、そりゃ」
「………!?」
 この、余りに失礼きわまりなく、かつ、下等な発言に、流石の昴治も顔色を無くすほどの怒りに襲われた。
 伊達に、リヴァイアス号事件を経験しているわけではない。以前なら、このような誹謗に気付かずにいられたのだろうが、今は、ハッキリと意味を理解できる。
「っ、ふざけ……!」
「ざけてんじゃねぇ!!」
 だがしかし、昴治の台詞に重なって、イクミが吠えた!
 伊達に、リヴァイアスの王として君臨したわけではない。境界を越えた少年は、誰の手にも負えるはずがない。
「やめろって、イクミッ!! イクミッ!? あぁっ、もぉ!! 副艦長ッ、聞こえますかっ!?」
 その後は、ブリッジに連絡を入れて、クルーに手伝って貰い、やっと事なきを得た。



 医局で怪我の手当をうけながら、イクミは沈み込んでいた。
 バカどもに大切な想い人のことを良い様にヤジやれて、プツッと線がキレてしまった尾瀬は、全員をブチのめして地に這い蹲らせ、更に暴行を加えたのだ。
 一方的なそれは、いくら非が向こうにあるとはいえ、同情すら覚える暴力で。
 愛しき人の制止をも振り切って、暴走した己に嫌悪すら感じる。
「俺……」
 今さっきまで、手当を手伝ってくれていた親友の姿はここにはなかった。
 包帯が足りないと呟いた医局勤めのクリフと共に、倉庫へ行ってしまったからだ。
「……………おれ、は………」
 じっと、指先を見つめ、壊れたステレオように同じ言葉を繰り返す。
「なんで………?」
 確かに、込められていた殺意。
 そんなはずはないのに、ただ、大切にしたい。
 優しくしたい。
 護りたい。

 なのに、……何故?

「昴治を……おれは……」
「俺は……正気か………? 正気なのかっ……? なんで、こんな…っ。」
「こんなことがおもえるんだっっ!!!」



 シュンッ。

 軽快なそれと共に、医局の扉が開けられて、一人の可愛らしい顔立ちの少年が帰ってきた。
「ごっめん、イクミッ。お待たせ! 途中で、チャーリーと遭ってさ、クリフと二人で動かないもんだから俺一人で帰ってきたよ」
「昴治……」
「あの二人、ホント仲良いよな? なんかもー、一緒にいるだけでアツイアツイ」
「……あぁ、そうだな」
「俺に、チャーリーの明日の弁当のおかずは何が良いかとか、きいてくるんだぜ? もー、逃げてきたよ」
「…二人らしいよな。
 ってと、ごめん昴治。俺、もう今日は休むわ。迷惑かけて、悪かった」
 視線を合わそうとせずに、イクミは友に背を向けた。
「え? ちょ、待てよイクミ!」
 背中越しの声すら、愛おしい。
 抱き締めたい、抱き留めたい、そして、――…。
 己自身すらを裏切る奥底の欲望に、イクミは瞳を切なげに歪ませた。
「ゴメン…、」
「もーっ、待てって! イクミッ、ほらっ」
 その場から逃れるように立ち去ろうとする友人の腕をとって、無理矢理、昴治は相手をとどまらせた。
「っ?」
「なに、凹んでるのかは知らないけどさ。とにかく、手当くらいは最後までさせろよな。炎症とか起こしたらどうするんだよ、ったく」
「………」
 意外に手際よく消毒を済ませ、倉庫から運んできたばかりでおろしたての包帯を巻く昴治。
 イクミはただ苦しげに眉根を寄せ耐えるだけ。
「ほーら、終わった。ったく、あんまり手間とらせるなよな、これじゃもう、祐希のこと言えないぜ?」
 揶揄る口調に悪戯っぽい苦笑。
 無邪気な手放しの、愛情。
 ふいに、暗澹たる心の闇の中、わだかまっていたしこりが決壊した。
 今先ほどまでの、あの、どうしようもない殺人衝動はウソのように消え去り。代わりに生まれるのは、無限の暖かなそれ。
(――…ちょーっと、待てよ。俺って、単純スギ)
 と、自覚はするも。どうやら、愛されたのなら問題はないらしい。例えそれが、友人としての愛であったとしても。
 結構お手軽なモノだと我ながら呆れるイクミを余所に、昴治は治療器具を片づけるけてしまう。
「よしっ、と。じゃ、部屋戻ろうぜ、イクミ」
「………りょ〜っかいデス、昴治クン」
 ニャニャ〜ン、と人に懐いた猫のように、毛並みのいい少年は細い肩にじゃれついてご機嫌に返事を返した。
「わぁっ? っ、も〜。ビックリするだろ、イクミ」
「ゴメンネ〜、昴治クン」
「……ま、別にいいけどさ。急に抱きつくなよな、驚くし」
「んー、それもなんですケドネ。イロイロ」
 珍しくも殊勝な態度の友人に、今更、と笑い飛ばしてみせる強い少年へ。
 この、言葉を、この想いを、告げることが出来るのだろうか。

 諦めた方が、いい。

 わかっている、おそらくは、それが最良の選択だ。
 それでも、理屈ではないこの気持ちを止めることなど、出来はしないのだから。
「なぁ、昴治。色々、感謝してる。スキ、だぜ……」
「ばーか。何、真面目な顔してるんだよっ」
 友人としての告白にも、照れた顔をするその人がだけど、優しい言葉を返してくれるから。
「……俺も、イクミのこと好きだよ」

 今は。

「へへ〜っ、さんきゅ。昴治」

 それだけで、充たされていたい。

 


2008/7/3 レイアウト修正。
文章はあまり触らないでおきます