幻の雪



 しんしんと。

 空より舞い落ちては、溶けて消える。
 真白い妖精の演舞。
 儚くも美しき、舞姫たち。

 ホームの地球であるならともかく、黒のリヴァイアスの中で、これは一体何事か、と。
 頭に血が昇り易いのに、一見クールに見えるエースパイロットの少年は現状を把握できずにベッドの上で固まった。
 と、直ぐ傍で微かに笑む気配がする。
「兄貴……」
「驚いた? 立体映像だよ、雪の。ニックスに貰ったんだ。きれいだったから見せたくて」
「………。………、ドア」
「あ、うん。ロックされてたら諦めようとおもったんだけど、開いてたよ? 不用心だよな、気をつけないと」
 その不用心さにつけ込んで、ぬけぬけと部屋まで侵入しこんな悪戯を仕掛けた人間が口にする言葉でもないが。
 起き抜けに頭が働かないという弟の唯一の弱点をついて、一気に捲し立てる兄がいたり。
 意外にしたたかな一面を持ち合わせる兄を、今更責める気もない。
 自分に見せたいといった雪の擬似映像は、それぞれが仄かに白く輝いて、確かに美しかった。
「他の惑星(ほし)には、自然の雪はないからさ……。本物に憧れる人って多いみたいだぜ?」
「…あんなの、ゴミと水の塊じゃねーか…」
「夢壊す言い方するなよ、いいじゃないか…奇麗だし。それに、これなら寒くもないし濡れないし」
 却って、それが本場の醍醐味だと力説する人間もいるが。
 とりあえずは、これで満足だ。

 生体艦黒のリヴァイアスに降りゆく、雪、は。
           この上なく幻想的な光景であった。
 

 再び、うとうとと微睡み始めた弟を見遣って、昴治は軽く安堵の溜息をついた。
 ニックスに『雪ん子』(投影装置の名前らしい)をもらって、その夢のような光景を目にしたときに、直ぐ、祐希にも見せてやりたいと思ったのだ。
 昔から、雪にはしゃいでいたから。
 今となっては、興味もないかもしれないが。それでも、ただ美しいものとしても一見の価値はあった。
(寝ぼけてよかった…、相変わらず低血圧なんだよなぁ、祐希って)
 祐希の寝起きの悪さは天下一品。
 流石にリヴァイアスで生活するにおいて、寝坊や遅刻などのヘマはしないが。それでも、起きたばかりの彼はいつもに増して不機嫌だ。
 更に、思考がうまく回転しないことで、色々つけ込める。
 この辺りは、長い間兄弟をやってきただけあって、お兄ちゃんは詳しい。
 昔、まだ自分の後を付いて回っていた頃は、ぐずって泣き出したこともある程だ。
(こうやってると…昔の祐希とあんまし変わんないんだけどなぁ……。ホント、ぐんぐん凄くなっちゃってさ。嬉しいけど…ちょっと寂しいかな)
 くしゃり、と。
 指の間で黒の髪をすいて、昴治は静かに腰を上げた。
「さて、と。怒られないうちに」
 ドアの内側から、自動ロックの設定をすると。幼い顔立をした少年は、来たときと同じように、そっと足音を忍ばせて部屋を後にしたのだった。


昔に書いて放置していたのを発掘しました。
2010/5/9 初稿