掃き溜めの中で生きてきた
「ん……? ぶるー?」
舌っ足らずに名を呼ぶ幼い顔立ちをした少年の、小さく丸まった背中を撫でて再び寝かしつけるのは、怜悧な眼差しとスレンダーな体躯の野性的な美形だ。
惑星圏にしては珍しい目も覚める蒼の髪は長く。
常に何かに飢えた瞳は、凍てついた海の色をしている。
「大丈夫だ……お前は、…もう少し寝ておけ…」
「………ん、ありがと……」
極短く謝罪と感謝の言葉を述べてまどろむ少年に、疲れているのかと、ブルーは微かに嘆息した。
第一、今となっては艦の人間全員共通の敵である自分を、たった一人で匿う神経も信じがたい。言うなれば、大量虐殺を行おうとした凶悪殺人犯を匿っているようなものだ。自分の命すら危ういというのに、よくこんなに呑気にしていられるものだと呆れないでもない。
一度、尋いたことがある。腹立たしくないのか、と。殺してやりたいと思わないのか、と。
『ムカついてるよ』と、はっきり答えられた時には、流石に面食らった。もう少し、言葉を選ぶ人間だとばかり感じていたからだ。歯に衣着せぬ言い様は、確かに本心だったのだろう。
なら何故、今すぐに自分を突き出さないのか、と言う話になるのだが。
己に対して、身を焦がす程の憎しみを感じてるであろう相手は、しかし、ブルーの考えとは全く逆の選択をしたのだ。
「……可笑しなヤツだ…相葉、昴治…か」
心地よい低音でそう囁いて、ブルーは昴治の流れるような茶金の髪を長い指ですいた。
飢
え
ひんやりとした空気。
生活感のない黒の平面がまず目に入る。
なのに、身体は温くて気持ちよかった。
(………? あれ?)
一瞬呆けてしまってから、ああ、ブルーの所で眠ってしまったのだと自覚する。
このところ、よく眠れない日々が続いていた。
暴走してゆく人の感情に呑まれてしまわないよう、必死に藻掻いて、あがき続けて。不安と緊張の連続に、神経が憔悴しきっていた。そんな中、何故かブルーの傍でだけはよく眠れるのだ。
彼の強さに本能的な安心感を感じているのかもしれないが、実のところ理由はよく分からない。
ただ、居心地がよい事だけは確かなのだが。
(…今何時だろ…、そろそろ帰らないと……)
事実上のポイント制でも、仕事をしないことには必要な物資をわけて貰うことが出来ない。そうなれば、自分自身も困るが。なにより、ここに匿う人間に食料を届けることが出来なくなってしまう。それは困るのだ。他のことはさておいても、それだけは。
いくら部屋で休んでも、一向に取れない疲れが、彼の傍で眠りについたときだけ軽くなる気がする。
必要、だった。
ただ単に、心休まる場所としてなのかもしれない。それでも、今。昴治にとって、ブルーが与えてくれる安らぎは得難く大切なものであった。
(起きなきゃ、………? え、……あれ?)
少しだけ疲労が回復した身体を起こそうと、そうした時に至って始めて昴治は現在、己が置かれている状況を把握したのだ。
少年のそれにしては、痩せて筋肉質な腕と。
湖底の世界の香りのする、蒼の髪の流れ。
そして、緩やかに拍動を繰り返す、心音。
目の覚めた昴治は、そういうものに囲まれて安らいでいたのだ。
つまりは、背中を壁に預けたブルーの胸に抱き込まれるようにして、熟睡していたのだ。目覚めに受けるにしては、少々キツイ衝撃が疾る。
(うっっ………わーーーーー!???
なになになになになにっ?! どうなってるんだよ、これーーーーーっっ!!!)
一気に混乱する昴治は、青くなったり赤くなったりと忙しい。
だがしかし、軽い寝息をたてるブルーの寝顔をみて、騒ぎ立てるのも悪いかと大人しくなるのは、なんとも人の良い計らいである。
(うぅ。なんでこんなことになってるんだよー、はぁ。起きて欲しいような、このまま寝ていて欲しいような……)
再び蒼き獣のようなブルーの腕の中で眠りに就けるはずもなく、どうしたものかと気をもむ少年だ。
途方に暮れて己を優しく戒める相手を見上げると、意外に寝顔が幼いことに気付いて見惚れた。
(あー、なんかこうやってみると可愛いかも……、目つきが鋭いから印象が怖くなるんだよな。………あ、眉根寄せて眠ってる……)
新たな発見を前に、細かく両肩が震えてしまうのは、仕方がないのかもしれない。
寝ているときにまで眉間に皺を寄せているなんて、とてつもなく『らしく』て、可笑しさが込み上げてくる。
と、視線を下へやったおかげで長い蒼の色が目についた。その一房を絡め取って、指先で遊ぶ。
(ブルーの髪の色って珍しいよな……染めてる風でもないし。…キレイ…、だよな)
魅入られたように指先に流れる蒼を見続ける昴治に、起き抜けのくぐもった声が直ぐ傍で響いた。
「なにをしている」
「!! ッブルー! ごめっ、直ぐ退くから放して……っ」
慌てて身体を引き剥がそうと力を籠めるが、逆に強く引き戻されてブルーの胸へキツク抱き留められた。
困惑する昴治を余所に、まるでぬくもりを求める幼子のようにブルーは華奢な肢体に力を込めた。
「ブルーっ、なに? ………ん、くるしっ……」
背骨がきしむ程の圧迫感に、線の細い昴治の身体は直ぐに悲鳴を上げた。
「ブルーッ! ごめっ、ダメ……、痛いよっ…」
相当の負荷に、秋の空色をした瞳が潤む。
それでも強い拒絶が出来ないのは、何処か、ブルーの必死さを感じ取ってしまったからか。
腕の中のか弱い獲物が、苦痛を訴え、蒼の獣は我へと立ち返った。
「…すまない」
そう長くもない人生の中で、口にしたことなど数えるほどしかない謝罪を、すんなり言葉にするブルー。
締め付ける痛みが収まり、ほっと息を付く少年は、しかし蒼の野獣の腕から離れることはしなかった。
そのまま腕の中で、微睡むかのように頬を寄せる。おそらくは、無意識な行動なのだろう。
「……行かないと」
「ああ…」
「また来るから……」
「わかった」
「ここに居てくれよな?」
「…待ってる」
初めて存在を請われたことにくすぐったさを感じて、昴治は華のように可憐に微笑んだ。
「ああ、待ってて」
振り向きもせず去ってゆく、非力な、しかし誰よりも強い少年の背中を見送りながら。
ブルーは己の滑稽さに、口端をあげた。
未来(あす)の来ない、海の底の牢獄のようなこの艦(ふね)で。
交わす約束に、どれ程の信憑性があるというのだろうか。
それでも、想わずにはいられない。
明日が来ることを
艦内は殺伐とした空気に包まれていた。
誰も彼もがピリピリと張りつめ、ほんの些細な事で諍いが起きる。
そうして、ガーディアンズを名乗る警備隊の連中に暴力的な制裁を加えられて。
全てが、疲弊しきっていた。
無秩序を正すはずの秩序が、更に混乱をうむ。
その、繰り返しだ。
「ふぅ。…これくらいあれば、大丈夫かな」
自分のIDカードを確認して、溜まっているポイントを物資に換算する昴治だ。
人もまばらな通路を歩きながら、疲れた身体に鞭打って、物資管理の場所へ移動する。
ブルーの所へ食料を運んだのが、三日前。成る可く保存のきくものを少し多めに運んでいるので、まだ随分と余裕もあるだろうが。
いつ何時、彼の元へいけなくなる事情が出来るかも知れないという不安が常にある。
出来るときにやっておかなければ、後悔するかも知れない。
しかし、そう頻繁に足を運んでは他の人間に気取られる危険性もあるのだが。
ガーディアンズが見張りに立つ物資倉庫の前で、IDのチェックを受け、本人確認をとると必要物資の受け渡しがされる。
その際、中に入ることは許可されていない。不正を正すための処置なのだろう。見張りに立つ人間に欲しいモノを言って、持ってきて貰うシステムだ。
「ほら、これで全部だな。確認しろよ。ポイントは減らしておくからな」
管理者意識が強いのか、居丈高な物言いのガーディアンズに、それでも昴治はありがとう、と小さく礼を言って荷物を運ぶ。
「はぁ…、ちょっと重いかな」
物量はさほどでもないが、質量が結構ある。昴治は遂に根をあげると、通路の端へと荷物を落ろした。
小さめの箱に詰めこまれたそれは、一見食料には見えない。無造作にほうり投げられていれば、ただのゴミのようだ。
その荷物の上に座り込みながら、昴治は背中を冷たい壁にあずけて、両足を伸ばす。
どうせ、人目もない、と。
油断していた。
「ん――――ッ!??」
突然のことに、四肢が強張る。
しめった布で口を塞がれ、腕を引かれ、おそらく複数の人間に。
何が起こったのか、事態を把握する以前に、目隠しまでされて、身動きがとれなくなった。
そんな中で思うのは、ブルーに届けるはずだった食料のことだけだ。今の状況では、窃盗なんて日常茶飯事だ。目を離した己に責任があり、盗られたものはどうしようもなくなってしまう。
元居た場所から3分も歩かされただろうか、掴まれていた腕をそのまま背中で一括りにされると、乱暴に突き飛ばされた。
「おらっ、よ!!」
視界がきかないので、二、三歩、よろめいて、その場で立ちすくんでしまう。
猿ぐつわを噛まされなかったのが、幸運なのか、そうではないのか。
「――どういうつもりだッ!?」
誘拐まがいの真似をされた少年が声高に問うと、下卑た笑い声がいくつも重なって響いた。
「どぉいうつもりだって、なぁ?」
「あーあ、そりゃ決まってるよなぁ?」
「…リンチかよ、俺に当たったってアイツ等には関係無いと思うけど」
今までにも何度か、イクミや祐希の恨みをぶつけてくる人間はいた。彼らにとって、強者であり、支配者でもある少年達に牙を突き立てるのことなど出来るはずもない。
そこで、昴治に不満のしわ寄せがやってくるという寸法だ。
多少の分別のある人間ならそんな利にならぬどころか、己の身の危険すら伴う行為など、あえて実行することはないが。
たまりに溜まった欲求のはけ口を求めるだけの、愚鈍な人種にはそんな理屈は通用しないらしい。
今回もまたその手合いのいざこざか、と。心底から、うんざりする昴治だ。
「おっいおい、そりゃ関係ないって。アイツ等はアイツ等。アンタはアンタだ。別にリンチにかける気なんてねーって」
しかし、リーダー格らしき人物が昴治の考えを、軽い調子で否定した。
「……じゃ、なんで?」
私刑を行うつもりがないと聞いて少しだけ安心したのか、困ったように問い直す昴治に、相手はゲラゲラと野蛮に笑い声を立てた。
「イイコト、させてもらいたくってよォ」
「そーそー、なんたってこんな生活だろ!」
「なにか、こー、潤いがよ」
口々に捲し立てられるが、全くその真意が掴めず、昴治はただただ困惑するだけだ。
ただ、何かイヤな感じがする。集団での暴力行為とは質の違う、それよりもずっと陰湿な。粘着質な欲望。
「ブッちゃけた話だけどな、俺達あんたに相手して貰おうと思ってよぉ」
「そぅそぅ、優しくするから」
「怖くないって」
「?? 相手、って…、何の……?」
暴漢達との会話を成立させながらも、昴治は後ろに縛られた腕をふりほどこうと躍起になっていた。幸い、結び目は大味で、時間をかければなんとか解けそうだ。問題は、それまで時間を稼げるかということだが。
「なんの? だってよぉ!」
「やっぱり初物だなぁ、こりゃ」
「とっくにあの優男に喰われちまってンのかと思ったぜ!」
……わけが分からないが、侮辱されていることは察したらしい少年は、苛立ちのままに声を荒立てる。
「用があるなら早く済ましてくれ! 急いでるんだ!!」
周囲のヤジがぴたり、と止んだ。
地雷を踏んだか、と。内心焦る昴治に、奇妙に優し気な口調で一人が近づいてくる。
「そうだよな、悪かった。じゃ、早めにすますさ。まぁ、そんなに緊張するなよ。俺は巧いからな、安心しな」
相手の様子に、ただならぬほどの生理的な恐怖感を感じて、昴治はじりっ…と後ろへ下がる。が、結局呆気なく捕らえられ、両肩を捕まえられると床に引き倒された。
「……ッ!」
無機物の冷たさの代わりに、肌に伝わるのは段ボールの感触。どうやらここは、いらなくなった空箱を積んでおく場所のようだ。
そのまま仰向けになった腹の上に馬乗りにされて、昴治は全身が総毛立つ思いをする。
よく分からない。
よく分からないが、このままでは、とんでもなくヤバイことになりそうな予感がする――。
「よーしよし、そのまま大人しくしてな」
さわり、と。
悪漢の手が昴治の薄い胸元を探るように蠢いた。
「ちょっ…、なにしてっ…」
なんとか身を捩って逃れようとするが、全体重をかけられるように押さえつけられていては、元々非力な上に体力も落ちている昴治の力ではどうしようもない。
「まぁ、そのまま大人しくしてろって。痛い目あいたくはねーだろ」
脅しをかけて。乱暴を働く人物は、獲物の足の間を割り、衣服の上から指を這わせる。ベルトを外して、チャックを下げる。
ビクリと、大仰なほどに反応を返す少年は、ここに至っても、正しく現状を理解してはいないのだ。
一連の動作に、周囲の人間が期待に唾を呑み込んだ。
「な、ちょっ! ほんとになんなんだよっ、あんた達!? 退いてく……ッ、!!」
と、不躾にも昴治の細い身体へ乗り上げる狼藉者は前触れもなく、その場所を肌着越しに擦り上げた。
思ってもいない事態に息を呑むのは、哀れな生贄だ。
「なにっ…、どこさわっ……、・やめっ!!」
恐怖と混乱で、恐慌状態に陥る昴治だが。それに一向に構わず、男は劣情のままに、獲物を昇めさせる。
「ッ、……、ッ!」
性的な意味合いで触れられれば、意思とは関係なくカラダは昇りつめてゆく。
他人の手で導かれるという、衝撃的な状況において、やっと少年は理解したのだ。
自分が、そういう対象として襲われている、この現実を。
「………イヤッだ、やっ!!」
必死で抵抗を試みる姿さえ、欲望に沸き立った人間には媚態としてしか映らない。
体中、なめ回すような視線が絡みついて悪寒すら覚える昴治だ。
誰か―――ッ!!
声にならない絶叫をあげた、その瞬間に。
おそらくは、ガーディアンズの一人だろう人物が、警笛を鳴らした!!
「おいっ!! そこでなにをしている!?」
怒号に、乱暴を働いていた人間達が、蜘蛛の子を散らすように逃げ出すのが分かった。
チッ、と忌々しげに舌打って、昴治の馬乗っていた人物も駆けだしたのが、気配で伝わる。
「大丈夫かっ!?」
「はい…なんとか……、ありがとうございます」
両手の戒めを解いてもらい、着衣の乱れを整える少年に、正義感一杯のガーディアンズ・メンバーはしきりに「けしからん」と繰り返した。
「多人数での暴力行為とはっ! これこそ、我らガーディアンズが制裁すべき悪だ!!」
悦に陥りやすい性格なのか、声高に自分の理想社会について熱弁をふるい始めた恩人から、そーっと離れる昴治。
このまま現場に留まって、色々なことを根ほり葉ほり聞かれるのはどうしても避けたかったからだ。男に押し倒されたなどと、証言したくもない。認めたくすらない。
それにもう一つ、ブルーの元へ運ぶはずだった食料の事が気がかりだった……。
辺りの様子をさりげなく伺いながら、昴治はブルーの元へとやってきた。
盗難の難を逃れた荷物を大事そうに抱え込んで、そうっと逃亡者の名を呼ぶ。
「ブルー…?」
応える代わりに、カツッとくブーツのかかとを床に打ち付ける音がして。
物音の方へと進めば、背中を壁にあずけ長い足を組む蒼色の獣が潜んでいた。
「これ、持ってきたから」
よいしょ、と、かけ声も可愛らしく荷物を床へ降ろして座り込む昴治だ。
いつもなら、そのまま艦内であった出来事などを話してきかせ、そして眠り込んでしまうのだが。
今日に限っては、小さく膝を抱えて黙り込んでしまった。
「……どうかしたか」
「え? うん…。何もないよ、いつもの通りだ……」
「………」
はんなりと微笑むその笑顔が作りものだと直ぐに感づくのは、短くとも濃密な時間を共有してきた所為か。
「…何かあったな」
確信で以て、昴治に問いかけるブルーだが、それを少年は慌てて否定した。
「ほんとに何でもないよっ、…いつものことなんだ、今日はちょっと驚いたけど……」
今日?
昴治がなにげなく口にした言葉に、片眉をつり上げるブルーだ。
「ごめんっ、もう行くからッ!」
それ以上の追及を怖れた昴治は、そそくさと立ち上がる。
しかし、赦さず。
少々の力でも込めすぎれば呆気なく折れそうな腕をとって、捕まえた。
「これは…どうした」
「え? ――あ。」
囚われた手首の、縛られた跡。
昴治自身が激しく抵抗したために、表皮はこすれて破け、微かに血が滲んでいる。
しまった、という顔をしてみせる昴治に、ブルーは更にもう片方の腕を引き寄せて、同じように赤く擦れていることを確認する。
「あ、あのっ。ホントに何でもないから! いつものことなんだっ!
ほら、今。イクミとか祐希がムチャやってるだろ、だから逆恨みしてくるヤツ多くてさ…っ」
「襲われたのか…」
「え、うん…。けど、別になんともないから…。ガーディアンズに助けてもらってさ」
「レイプか」
「―――ッ!!」
蒼白となり、絶句する昴治の様子に、図星かとブルーは苛立った。
「ち、ちがっ…、そんなことっ……」
弱々しく否定してみるその姿は、なんとも悼ましい。
掃き溜め――ダウンタウンで長くもない人生の大半を送ってきたブルーにとって、男が男に性的な意味合いで襲われることは珍しくもない、常識の範疇の出来事だ。
しかし、温室育ちといっても差し支えない程の穏やかな生き方をしてきた少年には、衝撃的過ぎたのだろう。
吸い寄せられるように、ブルーは昴治の腕に口唇を寄せていた。
「っ……、!? なに…」
ぺろり、と。
ブルーに手首の傷跡を舐めあげられて大きく目を見開く昴治。
目つきも鋭い迫力美形にそんな真似をされて、どうすれば分からずされるがままになる。
(うわー、うわー、うわーっ。な、な、な、なにっっ!??)
先ほどの乱暴のような性的な意味合いではない、言うなれば、野生の動物が傷跡を癒す行為に似ている。
あまりの出来事に、色白の肌に紅がさす。
「…痛むか?」
「え? へ? あっ、ううんっ。平気だからっ、うんっ。全然っ、いたくないしっ」
文法を乱しながらも、なんとか意思を伝える昴治だ。混乱の余り、うまく頭が回っていないらしい。
ぼんやりと、ブルーってやっぱりカッコイイよなぁ、とか。なんだか野生の王国っぽいなぁ、とか。どうでもいい事が思考を駆けめぐる。
「…昴治」
「え、なに?」
呼ばれて顔を上げれば、ふいに、海の底のような瞳と視線が絡み合った。
瞬間、
抗い難い、情動が駆け抜けてゆく――…。
自然に、まるで求め合うのが当然のように。
合わされたくちづけは、かすかに、鉄の味がした。
全てを諦め、流され、傷つけ、殺し合い。
求めることも、願うことも、祈ることも放棄して。
魂までも汚水に浸り。
朽ち果て、堕ちてゆくだけの。
この、飢えを。
満たしてくれる。
無上の存在を。
うばわないで、くれ
……それだけが、望みだと口にすれば、君は、笑うだろうか。