※死にネタ・オリキャラ・性格改変注意※
「……あれ」
きょとん、って顔された。
ぬくぬく大切に育てられたっぽい、血統書付きのお犬様。
野犬(ノラ)どころか、狂犬な俺とは住む世界が違う。
こんな掃溜めで暮らしてるのには、理由があるんだろう。
パシリの帰りなんだろう、荷物を両手に持っていた。
――探偵事務所の、所長の弟。
「ちゃっす…」
ぺこ、って会釈で頭を下げる。
この手合いは脅えさせたら駄目だ。
怖がられたら話を聞き出すどころじゃなくなる。
「え、と……。
……香織さんの、とこの……?」
「っす。この間は世話になりました」
「あ、いえっ! 俺は何もっ…!」
わたわた慌てる姿に、人の好さを感じる。
ああ、こういうタイプはあれだ、付け込まれて借金とか押しつけられるわ。
周りにいる連中がひと癖もふた癖もあるカンジだから平気だろうけど。
「…俺、聞きたい事があるんすけど」
「え、俺に?」
兄さんじゃなくて? って目をぱちぱち。
「ちょーさとかじゃないんで、いま、時間いいスか?」
「…少しなら」
ちょっと警戒された、場所変えない方がいいな。
「じゃ、ここでいいすか? 少しで済みますんで」
「うん」
「カオリさんの事なんスけど」
「え? …う、うん」
「あの人が持ってる銀色のベレッタって誰のスか?」
「……え、」
これは、知ってる。
けど、言っていいのかな、って迷ってる。
じゃー、もうひと押し。
「あの人、すげー大切そうにしてて。
……誰のかって聞いたらスゲー怒ったから、気になって」
「……うぅん…」
「教えてくれませんか?」
「……でも、」
「お願いします!」
ぐっ、って頭を下げる。
「えっ、えっ!?」
案の定、人の好い室内犬はうろたえて、困惑。
「まっ、待って! 兎に角、頭を上げてくださいっ」
「教えてくれるッスか?」
「……それは…っ」
「ねがいしまっす!!」
更に頭を下げる、うぅ、と困り果てた反応に手応え。
言いふらすような事じゃないんだけど、と。
弱り切った様子で口を開く。
所長の弟が提供してくれた情報は。
予想通り過ぎて、何だか嗤えてきた。
銀のベレッタの持ち主の名前は"メラ"。
『米』に『良』って書くらしい、ちょっと洒落てる。
どっかの大会社の社長の護衛の仕事をやっていたらしく。
相棒で恋人。
イマドキ野郎同士でそういう関係なんて別に珍しく無い。
カオリ、さんの、あの様子から"そう"だろうなって思ってたし。
案の定、"死"んでいた。
「………」
冷めた珈琲のカップを傾けて。
飲むわけでもなく、ただ、黒色の表面を眺めた。
カオリさんは、まだ戻ってこない。
数日、ホテルに帰らない事も珍しく無い。
「………」
ぴぴぴぴぴ、ぴぴぴぴぴ。
「っ!?」
ビクッ、ってした。
静か過ぎる部屋に強烈に響く、電子音。
きょろ、と音源を探して見渡す。
ベッドサイドのチェスト上に銀色に輝く携帯電話。
「カオリ、さんの?」
蝶と百合の透かし模様のそれ。
どう見ても、あの人の趣味じゃ無さそうな。
こんな大事なものを忘れていくなんて、珍しい。
長く続く呼び出しの音。
近づいて、手に取ってみる。
勿論、出るわけにはいかないけど。
液晶には非通知の文字が点滅。
暫くして、電子音はブツッと途切れた。
「………」
カチカチ、無意識に動く指。
アドレス帳やらメール履歴やらはロック済。
当たり前だと、少し期待した自分の落胆に毒づく。
「…アホらし」
何やってるんだよ…、俺。
こんな身辺を嗅ぎ回るような真似して、どうしたいのか。
不意に馬鹿馬鹿しくなり、二つ折りの携帯を閉じ――…、
「あれ?」
アラームの音源がデフォルトじゃ無く。
録音されたそれだった。
わざわざ、自分好みの音を差し替えたのだろうかと。
物珍しさから、再生キーを押す。
『香織。大好きだよ』
「っ!」
知らない、声。
息が止まる程に、驚いた。
思わず携帯を取り落としそうになって、冷や汗をかく。
『香織。愛してるよ』
「……っ、……、」
慌てて掴み直した携帯の、アラーム停止キーを反射的に押す。
これ以上、聞いていられなかった。
携帯を元の場所へ戻して、無言のまま、ソファの上で毛布にくるまった。
(……いまのが……)
多分、メラ、さん。
耳に心地良い低音の、甘い、声。
少し、寂しそうに聴こえたのは気のせいだろうか。
何故か、胸が詰まる。妙に、息苦しくて。
見っとも無く、次々と涙が溢れて止まらなかった。
これは何の痛み?