※死にネタが苦手な方はご遠慮ください※






ほーむへ




「…死んだか」

 特級ランクSの任務につきものの。
 高揚も緊張も今は名残無く、世界は静まり返っていた。
 解体作業の途中で放り出された廃ビルから。
 剥き出しの空が見えて。
 夜を覆う厚い雲から、雨の気配を嗅ぎ取った。
「雨、か」
 どうするか。
 目標であった『雪豹』は死んだ。
 このまま組織に連絡を行って。
 死体を引き取らせる必要がある。
 確か、実験の検体にするとか聞かされた。
 組織を抜けた者の末路なんてそんなものだ。

 カチ。

 スーツの内ポケットから煙草を出して吸い込む。

「――…」

 まだ微かに温もりを残すだろう。
 目の前の遺体に視線を落とす。
 綺麗な男だと思った。
 片目では遠近が厳しいだろうに。
 反撃は無かったものの。
 かなり手こずらせてくれた。
 おそらく、市街戦のプロだ。
 実力は拮抗していた。
 正直、命があるのは運が向いたからに過ぎない。
「………」
 そして、それは『雪豹』も感じていたはずだ。
 手を抜けば、自分が狩られる側になる。
 なのに、緊迫した戦いの中。
 決して――『雪豹』から殺意を感じ取れなかった。
 そう。

 『反撃が無かった』

 最後の最期まで、相手から感じ取れたのは。
 ――…。
「…俺には関係ない…。
 それより、連絡――…っと?」
 胸の携帯が小さく震えて。
 相変わらず、上は煩い事だと。
 うんざりしながら、電話を取る。
「――俺だ」
『守備はどうだね』
「今、指令が完了した。丁度目の前に『雪豹』の死体がある。
 サッサと引き取りに――…」
『…そうか。その言葉が本当なら。
 もう後1分待ちたまえ。
 面白い事が起こる』
「…面白い事?」
『そうだ。さして手間じゃない。
 君はそこで待つだけでいい。
 また連絡するよ【殺人人形(マダードール)】』
 言うだけ言って、通話を切られる。
 上の勝手なんて今に始まった事じゃない。
 一体、何なんだと溜息をつきながら。
 取りあえず、周囲に不穏な気配が無い事から。
 俺を売るつもりで無い事は確かで。
 苦い煙草を、肺へ目いっぱい吸い込んで。
 もう一度、仕留めた獲物へ視線を遣る。
「――…」
 途端に、ぐらりと視界が歪んだ。
「………、……、え?」
 銜えていたいた煙草が。
 火を灯したまま、灰色へ堕ちてゆく。
「………」
 そのまま、ガクリと膝が折れた。
 けれど、瞳はある一点に固定されたまま。
 血みどろの、その人は。
 もう、温もりも感じられない姿で。
 かすかに、唇だけを微笑ませて。

「………め、………」

 何もかもが。
 まるで。
 止まってしまったように。

 ぴるるるる

 胸元の携帯が無遠慮に鳴り響く。
 バイブにしていたはずなのに。
 そんな事を頭の片隅に拾いながら。
 もはや、条件反射で通話をオンにする。
『…やあ、どうだい。
 思い出したかな。香織君。
 君の言葉が嘘で無ければ。
 今、恋人の遺体が目の前に転がっているんじゃないかな』

「………ぅ、し……て…」

 辛うじて紡がれたそれは。
 如何にも陳腐で無力で、けれど、男を歓喜させるには充分で。
『ははははははは、いい声だ。いい反応だ!
 どうやら、君は真面目に我々の指令をこなしてくれた様だね。
 実力も従順さも兼ね備えているなんて素晴らしい。
 君は、本当に優秀だねぇ』
 下卑た嘲笑が無遠慮に感情を踏み荒らす。
 どうして。
 喉元に迫りあがる嘔吐感に。
 ぐ、と声を詰まらせ。
 前のめりに、咳き込む。
 通話の相手はそれすらも愉しそうに。
『おやおや、大丈夫かい。
 そうそう、彼の遺体はそのままにしておいてくれればいいよ。
 ご苦労だったね。香織君。
 『雪豹』を仕留めるなんて。
 君じゃなければ無理だったと思うよ。
 これは、手放しの賞賛だ』

「……う……して、ど、……して」

『ふふ、何を今更。
 覚えているだろう? 君が殺したんだ。
 どうだい、アウターの最高傑作。
 【殺人人形(マダードール)】を葬った感想は。
 我々にとっては快挙も快挙だよ、これは』

「だまれぇええええええええええええええ!!!!」

 弾けた感情のままに。
 コンクリートの床に叩きつけた携帯は。
 まだ通話中のランプを点したままで。
 続け様の弾響で。
 それを消した。
 残されたのは。
 グシャグシャになって。
 原型さえ留めない金属の塊と。

「……め …ら……」

 両手から、拳銃が滑り落ちる。
 そのまま地面を這うように。
 まるで人形のような。
 綺麗なその人の傍へ近づいて。

「……う……そ、だ ……」

 伸ばした指先を。
 唇へ――…、
 触れる直前で、止めて。

「…うそ ……だ……」

 呼吸(いき)をしていない。
 イコールがうまく導き出せない。

「……う、そだ ……」

 愛しいその人の左手の傍に。
 見慣れた、銀色のベレッタの銃身。
 そっと拾い上げると。

「!」

 その重みから思い出したそれに。
 最早、涙など無く。

「……ばか…、なんで――、一発も…」

 撃ってないんだ。

 『反撃が無かった』

 どうして、自分は躊躇いも無く。
 無抵抗の彼を撃つ事なんて。
 ああ、貴方を喪った世界は、こんなにも。
「……米良…」
 震える唇を、そっと愛しい人のそれに合わせて。
 冷えた感触に、内に在る闇が濃度を増した。
「…あいしてる」
 銀の銃身は、酷く、重い。
 鉛を吐き出す口を、彼と同じように心臓に向けて。
 唇を食んだまま。
 瞳を――…。

『香織。大好きだよ』

「!」

 一瞬で、背筋が凍った。
 永劫の虚へ沈みこもうとしていた意識は。
 呆気なく、酷い現実へ引き戻される。
「…め、…ら…?」
『香織。愛しているよ』
 目の前にある【死】は確実で。
 でも、睦言のような甘い囁きは。
 確かに、彼からのそれで。
 音源を捜して拙い手つきで。
 胸元を探ると。

 携帯。

 二つ折りのそれを開くと。
 目覚ましのアラームの画面が。
 液晶に映し出されていた。
 彼は自力で起きることなんて無かった。
 だから、これは。
 この結末を予測して。
 予め、吹き込まれたメッセージ。

『愛してる』

「め …… 、」

『愛しているよ。
 世界中の誰よりも。
 世界中の何よりも』

「――… ら …」

 愛し貴方は。
 最期の言葉で、私を縛る。

『――どうか、生きて。
 愛してる。大好きだよ。大好き…香織。
 大好きだよ…』

 幸せな選択を、赦さない。
 残酷な貴方へは。
 もう。

「………ッ、ぅ、ふっ…」

 ザァ。

 アスファルトを叩き付ける雨。
 世界を濡らす音。

 もう、言葉も想いも願いも――…。







BAD END



ニコニコで切な系MADを流しっぱなにしてて
ふいに、やりたくなってしまったBADエンド
たまには、こういうのもありかなと思ったり
けれど、やっぱり二人は幸せえっちで甘アマがいいですね