※死にネタが苦手な方はご遠慮ください※
「おい、香織。お前、オカシナ遊びを始めたらしいな」
不躾な言い草に引き留められ、声の方向を振り仰ぐ。
「………」
説明も弁明も釈明も面倒だ。
好きに解釈して貰って構わない。
アレが戻ってこないなら、何もかもが無意味だ。
ふい、と視線を逸らして立ち去ろうとする俺の背中を。
不快なノイズが追い掛けてくる。
「――ま、お前がナニしようが勝手だがな」
なら、関わらないで欲しい。>
告げようとして、けれど、面倒だと口を噤んだ。
どうでもいい。
「今日の昼間な。
テメーの過去を調べてくjれっつー依頼があった」
「………」
そんな事になっているのか。
大した興味も無く、垂れ流しの情報に耳を傾ける。
「教えてもいいのか?」
「お好きに」
探偵としての仕事だ。
俺が、逐一口を挟む事じゃない。
「――…」
はぁ、と盛大な溜息の後。
手前勝手な性格の癖に。
面倒見の良い一面を持つ探偵事務所の所長は。
無言のまま立ち去っていった。
研がれたナイフの切っ先を、手の甲へ突き立てて。
革靴で、柄部分を踏み躙った。
場末のチンピラ男は、不様な悲鳴と共に悶絶し。
ひぃひぃ、早くなった呼吸と共に目を剥いて懇願する。
「し、知らねェ! マジで知らねぇんだよ!!
頼むよ、勘弁してくれっ!!!」
「………」
知らないはずがないだろう?
そう、うっすらと嗤いながら囁くと。
全身を殴打され立ち上がる事すらままならないソイツは。
ガタガタと恐怖に震えだした。
憐れみだとか。
同情だとか。
何ひとつ、浮かんはこなかった。
「――…」
別に、痛めつけたいわけじゃない。
ただ、情報を手に入れたいだけで。
だから、効率的な方法を実践する。
それだけだった。
地べたへ這い蹲っていた男は。
俺がクルマへ移動したのを。
恐怖に駆られた目で追って。
「……ぱ、 ぱぁ……」
そして『それ』を理解した途端――…。
勝者に媚諂い憐れみを請う負け犬の目玉が。
ギョロリと、剥いた。
「……っ、え、えりかっ!!」
「………」
後部座席から引き摺り出した。
幼い娘の喉元へ銀の刃を突き付ける。
何も謂わずとも、そうと理解出来るだろう。
「やっ! やめてくれ!! 娘は関係ないだろう!!!」
「……ぱぱっ、ぱぱぁ!!」
どうしてよいか分からずに。
ただ、ひたすらに感じる恐怖に泣きじゃくる娘。
その、泣き声が妙にカンに障った。
白く細く脆い首に片手を掛けて。
ギリ、と力を込めれば。
ひどく簡単に彼女は声を詰まらせた。
「……くぅ…」
まるで、犬の仔が鼻を鳴らすそれ。
「やっ…! やめれくれやめてくれやめてくれっ!!
頼む!! 本当に知らないんだ、やめれくれぇええええ!!!」
右手のナイフを力の入らぬ手で引き抜こうともがきながら。
男はそれまで一度も見せたことの無い必死の形相で。
咽びながら、懇願してきた。
「………」
それ、を見て。
不意に、馬鹿馬鹿しくなる。
「――…」
力を緩めると、少女はゴホゴホと小さく咳き込んだ。
「お前が知らなければ、誰が把握している」
「……っ、 わ、分かった、言う、言うからっ!」
逡巡を見せるものの。
娘の頬を這うナイフの刃を目にして男は慌て。
幹部の名前を口にした。
それを聞き出せれば。
こんな三下や娘になぞ用は無い。
どん、と娘の背中を押して解放し。
背中に感じる視線を黙殺しながら。
俺は、運転席へ乗り込んだ。
年間契約で借り上げのホテルへ戻ると。
デカイ拾得物がテレビの前のソファで。
無駄な図体を小さく折り畳んで。
物言いたげにしているのに。
素知らぬ振りをしながらシャワーを浴びた。
アレ、を見てもまだ俺の傍にいるなんて。
その度胸だけは大したものだ。
当面の生活費は渡してある。
世話役も紹介した。
何時でも出ていける状態のはずだ。
それでも、俺の傍に居続ける。
アイツの考えが理解出来ない。
……理解、する必要も無い。
「……… ら 」

後、どれ位生きれば。
お前の傍に逝けるのだろう――…。