
#11
空は――薄く雲が掛かり、日差しを翳らせていた。
「一雨くるかなぁ」
情報屋との約束の場所に足を運びながら、俺は、北風の冷たさに首を竦める。
「う〜っ、寒ッ」
灰色のコートの前を掻き合わせ、ぼやいてみる。
こんなに底冷えする日には、香織と一緒に、暖房の効いた部屋で。
甘いココアを飲みながら、イチャイチャしてるのが幸せ。
――なのに、本日は残念ながら香織とは別行動。
それなりに危険を伴う仕事をしてるので、二人一組のバディ行動が基本なんだけど。
今回は、諸事情により、ってヤツだ。
「はーっ、早くお遣い済ませちゃおうっと」
香織が傍にいないと不安。
何時でも抱き締めて、存在を確かめていないと、苦しくて堪らない。
だから、早く帰ろう。
大好きな、可愛い俺の恋人の下へ。
「あ! 米良さん」
「? やー、恒ちゃん。やほーい」
香織もいないのに、こんな仕事マジメにやってられるかーって。
ささくれ立って目的地まで早足になっていたら、道の反対側から、よく知った声が届いた。
そして、警戒心ゼロの無防備さで、小走りで近付いてくる。
「こんにちは。仕事ですか?」
「ま、ね。そっちは買出し? この辺りは、探偵事務所の辺りよりもちょっと治安も悪いし。あんまり一人で出歩くもんじゃないよ?」
情報屋と約束した場所は、旧三番街ストリート。
元々街全体の治安は悪いんだけど、その中でも、突出してガラが悪い場所だ。
そんな辺りを、こんな箱入り毛並みもピカピカのワンコがふらふらと。
――ヘタすれば、ちょっと口に出すのも憚られるよーなイケナイ事の餌食だ。
「あ、あはははは。本当は正宗さんと一緒だったんですけど――」
誤魔化すように笑って、
「その、……まぁ。正宗さんが例の如く美少女フィギュア館に夢中になっちゃって…。で、手持ち無沙汰になって、ウロウロしてたら――その、迷っちゃって…」
バツが悪そうに、恒ちゃんは、しどろもどろに答えた。
うーん、つまり迷子、と。
「ケータイは?」
「――持ってないんです」
「え? ――…あぁ、そうだよね。んじゃいいよ、正宗君に俺が連絡してみるねー」
「…ごめんなさい」
今時の若い子が携帯を持ってないとは、とちょっと驚いて。
そういえば、恒ちゃんは家出して来たんだと思い出した。
契約には身分証明が必要になるし、場合によっては、それで居場所が割れてしまう。
「いいよいいよー、気にしないでー」
正宗君の携帯の番号は、っと。
「あ、正宗くーん?」
「あははははは、やっぱり探してた? ダメだよー。お母さんが、目ぇ放しちゃ」
「うん、――うん。
そう、葉山通りの交差点前から。うん。コッチも用事があるから早目にいいかな?」
「おっけーおっけー、じゃーね」
ピ、と。
通話を終了して、不安そうにする迷子のワンコに向き直った。
「正宗君も探してたみたいだよ。この場所から五分くらいのトコにいるらしいから、直ぐ迎えに来るって。一緒に待ってよっか」
「あ、ありがとうございますッ。はー…よかったー」
安堵の溜息を吐く恒ちゃんに、あははーと気の抜けた笑顔を向ける。
「もう知らないトコ一人でふらふらしちゃダメだよー。この辺、こわーいお兄さんがイッパイいるからね」
「え! そうなんですか?」
途端に心許無さが倍増したらしく、恐々周囲を見渡すワンコ。
「まー、そんな心配しなくても、ヘーキヘーキ」
そんな恒ちゃんを宥めるように、ふさふさの頭をよしよしとする。
「う〜…、でも、こんな危ないトコで一人でなんて。米良さんは大丈夫なんですか?」
あや。これは予想外。
自分の身だけじゃなく、コッチの心配もしてくれてたようだ。
うーん、いい子だー。
惚れちゃいそう。
「だーいじょーぶだよー。心配してくれてありがとーね」
「……今日は、香織さんは?」
「ん? 香織は、別のお仕事」
「そう、なんですか。珍しいですよね」
大体、何時も一緒にいますよね?
と、真っ直ぐ訊かれてきて、子どものストレートな一撃は効くなーと苦笑いした。
「俺と香織はバディ組んでるからね。大概、一緒に行動し――…て」
一瞬――背中を違和感が這い上がった。
頭で考えるよりも先に、懐の拳銃を取り出し。
無防備に見上げてくるワンコをの腕を引っ張り。
咄嗟に、自分の背中に――庇った。
「――…米良さんッ!!!」
左肩に二発、腕に一発。
大丈夫、致命傷じゃない。
利き手は幸い、無事。
「恒ちゃん、いい子だから――ココで、じっとしているんだよ?」
「……米良…さ、ん」
狼狽する無垢の瞳、涙に濡れる眦にキスを落として。
俺は――その場を離れた。
米良っちは、いい意味で多情です。
可愛いものが好き、きれいなものが好き
好きなものは、大切にしたい
まぁ、一番は香織たんなワケですけどネ☆
そんなこんなで、ブラウザは「×」ボタンで閉じてくださいネ。