
#14
心臓が、破れそうだ。
普段は余り利用しないバイクに跨って、闇医者の隠れ診療所まで乗り付けて。
地下に続く階段を駆け下りた。
表面の塗装が剥がれて、如何にもアングラといった雰囲気の扉の前で。
深呼吸。
血相を抱えている姿なんて、あの医者の前で晒したくない。
呼吸を整えて、懐から取り出した手鏡で身なりを軽く整える。
それから、天井からぶら下がっているブザーを押した。
ちょこんと顔を出して出迎えてくれるのは、看護婦――といっていいものか。
闇医者の助手として一緒にいる幼子だ。
「いよーぅ。まぁはいり」
「失礼します。…米良の容体はどうですか?」
「弾は貫通しとったんやけど、失血が酷かったんですわ。
もう、縫合も無事すんどるし、感染症の併発の可能性も低いです。
命に別状はあらへんから、そんなに青白い顔しなくて平気ですよ」
「……そう、ですか」
精神的に随分成熟している彼女だが、外見は幼女なのだ。
どうにもこのギャップに、俺は慣れる事が出来ない。
知らず、口調が硬くなってしまう。
「今は薬でよー眠っとります。詳しいことは、先生から聞ぃてやもー」
「分かりました」
そこまで説明を受けて、通されたのは、個室の病室。
ドロシーと名乗る助手の幼女は、医者を呼びに直ぐ出て行った。
俺より随分と色の薄い腕から繋がるチューブが、視覚的に痛々しい。
と、感じると同時に、酷く米良に似合っている気がした。
奇妙な倒錯を感じる自分自身に嫌気が差す。
「米良…」
そっと、指先を頬に添えると。
酷く冷たくて、ゾッと心が震えた。
薄い唇を掠めるようになぞると、微かに、呼吸をしていて。
当たり前の事に、安堵した。
ふと、堪らない程の愛おしさが、胸を圧し潰しそうになる。
「…――メラ…」
キス――したい。
ギッ、とパイプベッドが、俺の重みで軋む。
ザワリと、肌が粟立った。
どうしようもなく、米良に触れたい。
――コンコンッ。
「!」
頭から冷水を浴びせられたかのように、俺は一瞬で正気に返った。
「…はい」
気まずさから、少し、声が上ずる。
「やあ、香織君。いらっしゃい」
案の定、扉の向こうにいたのは、この闇診療所の主だった。
「お世話になっています」
「うん、お世話しちゃってますよー。まぁ、気にしないで。
僕のドロシーちゃんから簡単に説明されてると思うけど。
取り合えず心配は要らないから。
――ただ、ちょっと気になってね。君に確認しておこうと思って」
「……? 何をですか?」
この医者――尾杜先生は、正直、苦手だ。
世話になっておいて、こういう事を思うのは失礼だとは重々承知しているが。
早めに用件を済ませて欲しい。
「米良君の、ココの傷」
トントン、と白衣と眼鏡が異常なまでに似合う医者は、自分の左肩を指した。
「一発だけ、近距離から撃たれてるんだよね」
「……?」
「襲撃に逢った時に一緒にいた恒ちゃんの話だと、遠くから撃たれたはずなのに」
「――…」
「それに、銃創の質が違う。
多分なんだけど、一発は自分で撃ってるよ。米良君」
「……―ッ!」
米良、の。
自虐的な部分は、理解していたし、ある程度容認もしていた。
けれど、改めてそういう行為をしている事を聞かされると。
やっぱり――それなりに、ショックだ。
「まぁ、僕はその辺のカウンセリングは専門外だからさ。
恋人の君が一番適任っしょ?」
「!!」
余りに頭に血が上りすぎて、否定も疑問も言葉に出来ない。
ただ、真っ赤な顔でぱくぱくと。
間抜けさを披露してしまう。
「米良君がメンテナンスでココに来るたびに、香織君の事思いっきりのろけるんだよ。知ってて、当然だよー」
にっこりと、人の悪い笑みを見せる闇医者。
――あぁ、やっぱり俺はこの人が苦手だ。
「もう少ししたら、麻酔も切れるから。
出来れば、そのままついてあげてて欲しいんだけど?」
「……はい」
「僕とドロシーちゃんは、診察室にいるから。用事があるなら、ナースコールを押してね」
「分かりました。ご迷惑をおかけしまして、大変申し訳ありません」
「いやいや、僕と米良君の仲だし。気にしなくていいよう」
ツキン、と。
何気ない会話の端々に、自分の知らない米良の姿を窺い。
その度に、嫉妬で胸が疼く。
昏々と眠り続ける米良と二人きり。
取り残された薬品と消毒の匂いばかりの病室で。
酷く、世界は閉塞していた。
「メラ――…」
慎重に呼吸の音を拾う事で。
漸く、大切な俺のアルビノが生きていると、理解する。
でも、直ぐに不安になる。
無情の病棟に繋がれた年上の恋人は。
白蓮華のように、綺麗に、咲いているから――。
カオリたんは淡白な振りして、激情家です
オズ先生にも、妬いちゃいます。
そして、そんな見境ない自分に自己嫌悪。
でも、メラっちは、かおりたんが妬いてくれると
ものそごーく嬉しい。愛されている実感が欲しいお年頃・・・(ウワァ
すみません、痛いのは分かってますんで、放置で。
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