
#16
尾杜先生のクスリの所為なんだけど。
昏倒するように意識を失った米良さんは、先生に抱えられて手術を受けた。
男手が足りないと尾杜先生が騒ぐものだから。
結局、俺と兄さんと正宗さんは、色々と先生にコキ使われて。
事務所に戻ってきた時には、もう、21時少し回っていた。
本当は自宅に直帰する予定だった正宗さんも、忘れ物をしたといって、一緒に帰ってきた。
「んー…、くっそーオズのヤツ。タダ働きさせやがって。今度、救急セットの代金踏み倒してやる」
大きく背伸びをしてみせる可愛いアクションで、黒い台詞を吐く兄さんに。
俺はもうすっかり馴染んで、苦笑するしかない。
「イヤガラセにヘンな薬を常備薬に混ぜられるのが、オチだと思うんだけど…」
「そんなの全部お前で試してから飲むから、心配ねーよ」
「被害者、俺――――――――ッ!!!」
「あはははは、常に虐げられてるねー、恒ちゃん」
事務所の奥の私物置き場から戻ってきた正宗さんの手には。
――ムチムチぷりんネーチャンと、ネコ耳メイドのフィギュアの箱。
…いやまぁ、今更。
正宗さんの個人的シュミを、どーこー言う気はないけど。
「なんだ、結局帰ンのか? 泊まってかねーのか?」
兄さんが帰り支度をしている正宗さんに声をかける。
流石に美羽さんとかは女性なんで、事務所にそのまま泊まりはマズいけど。
正宗さんは同じオトコ同士だし、たまに仕事が長引きそーな時とか。
アサイチ依頼がある時なんかは、時々お泊りになるんだよね。
「ん? ああ。ちょっと用事もあるしな」
うん、絶対正宗さんの言う用事って、手に持ってるフィギュアの作成だ。
ほくほく顔だし、絶対そうに決まってる。
ホンット好きだよなー、って感心する。
「どーせ、そのくだらねーシュミに時間を費やすンだろ。気がしれねーな」
「はっはっは。美少女フィギュアの素晴らしさを理解しろっていうのが、まぁ、一般人には高尚過ぎて難しいかなぁ」
「おー、俺は一生一般人でいいわ。
それに、今回の米良の件はお前が恒から目ェ離したのも原因なんだぞ。分かってンのか。テメェ」
「あ、あははー。それについては、悪かったってば。
次からは、仕事中はなるべーく気をつけるから」
う。俺の所為で正宗さんが責められてる。
や。確かに、正宗さんが展示会場に行ってしまったのも原因だけど。
そもそもは、俺が勝手な行動をしたからだし。
「兄さん、今回は俺が悪いんだし…」
「オウ。それは分かってる。その上で正宗に文句つけてンだ。黙ってろ」
と、思って口を挟んだら、さも当然というように切り伏せられた。
うぅ…。
「あ、そーだ。恒ちゃん〜。奥のロッカーんとこにさ、コレ」
「はい?」
ひょいと右手で持ち上げられたそれは。
確かに、見覚えのある。
――あ。
「米良さんの眼帯!」
「だよね。やっぱ。渡した荷物の中に入れ忘れた?」
「…入れた、と思ったけど。あるってことは、忘れたのかも」
事務所の人間で眼帯を私物で持っている人なんて、いないし。
それに、大胆に白の飾り縫いをしたそれは、多分、特注のもので。
一目で、品がいいと判る。
一応、上流階級の生活をしていたから、それなりに俺も目利きなんだよね。
「明日にでも尾杜先生の処に届けてきますね」
「どーせ帰りにオズ先生トコの近く通るし。俺が渡してきてもいいけど?」
「やー、いいですよ。お見舞いにも行きたいし」
「そっか。じゃ、渡しておくね」
言われて手渡された眼帯に、その持ち主の姿を思い出す。
「米良さん…、大丈夫かな…って、わぁっ!!」
背後からの膝カックンが見事にキマる。
裏返った声で悲鳴を上げた俺は、床にべちゃりとすっころんだ。
「なーに、暗くなってンだ。屁タレ小僧。あー見えて、米良のヤツはプロだから、あれっ位でどーにかなりゃしねーよ」
「なっ、なにすんだよ。兄さんッ!」
「ダマレ、バイト。所長様に口答えするな」
「…兄さんだって、雇われのくせに…」
「おい、恒。ちょっとこっち来い」
笑顔の兄さんの両手に、いつかの乳首捻りマシーンが高速回転してる。
「い、いやだよっ…。なんだよ、その機械ッ」
「ん? ああ、気にするな。いいから、ほら、兄さんの胸に飛び込んでおいでー」
「ぜっ、絶対イヤダ!!」
正宗さんの背中に隠れて逃げに入る俺に、兄さんは相変わらず胡散臭い笑顔だ。
「まーまー、巧美もあんまり恒ちゃんを苛めるなって。ほら」
仲裁に入ってくれる正宗さんのありがたい事といったらもう。
「まー、確かに出血とかヒドかったもんなー。恒ちゃんが心配になるのも仕方ないよ」
「――そうですよね。あ、そういえば、米良さん全身に赤い斑点みたいな痣がありましたよね。
アレって、尾杜先生のクスリの所為なんですか?」
「え? 赤い斑点?」
不思議そうに聞き返されて、アレ、と逆に戸惑う。
「ンなもん、何処にあったんだよ」
兄さんまで不審そうだ。見間違いだったのかなぁと思いつつも、記憶を辿る。
「え、っと。鎖骨とか首筋とか…、胸のあたりと…、か?」
アレ。
自分で言ってて、何かが琴線に触れるけれど。
正体には、思い当たらない。
「っほーぉ? 他には?」
兄さんが面白がる口調で先を促すから、仕方なく続けた。
「他は――足、の内側と、か…――」
カァッ、と体温が跳ね上がった。
うわ、俺、すごいバカなこと聞いた、かも。
人の悪い笑みを浮かべたままの兄さんと、苦笑する正宗さんの顔がマトモに見られない。
「な、なんでもないっ! なんでもないから、気にしないでッ!!」
「ンだよ、気になんねーのか? 米良のあ・い・て」
「あ、いて…、って。その、やっぱり…」
ワケも無く鼓動が跳ねる。
身近な人の、そういう話は奇妙に気恥ずかしい。
「巧美〜、やめとけって」
悪ノリする兄さんを苦笑で咎める正宗さんは、仕方ないなぁって顔してるし。
ってことは、正宗さんも――知ってるんだ、よね。
米良さんの、その…きすまーく、のひと。
「どーなんだよ。恒。知りたくなきゃ、別にいわねーぞ」
「……知りたい、です」
好奇心に負けて、白旗をあげた。
だって、あの米良さんだよ!
綺麗で優しくてちょっと天然で、風変わりな年上の人。
あんな人の恋人になる女の人って、どういうカンジなのかなーって。
純粋な興味。
「…恒ちゃん。こーかいすると思うけどなぁ」
正宗さんの弱りきった声を聞きながら、俺は兄さんの言葉を待った。
「よーし、耳の穴かっぽじって聞きやがれ。米良とヤりまくってる相手は――」
兄さんの衝撃告白に。
俺はその晩、ずっと遅くまで眠れなかった。
趣向を変えて、恒ちゃん視点です
探偵事務所で、米良っちと、かおりんの関係を知らないのは
恒ちゃんだけです。純粋培養。無菌状態。
そんな弟を翻弄するのが純粋に楽しい、巧美様。
さすが、魔性の美少年
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