#26




 香織とのバディ解消の危機が解決して。
 俺は、ご機嫌で巧美ちゃんの事務所に顔を出した。
 お昼時なので、お土産にピザを三枚持って。
 こないだのお礼、ってヤツのつもりで。
「やほー、こんちゃー」
 何時ものお気楽極楽な挨拶で、事務所の扉を開ける。
「よぅ、兄さん。ホールドアップってヤツだ」
 そして、ゴリっと頭の横に拳銃を突きつけられた。



「えーと」
 後ろ手に手錠をかけられて、事務所の奥に閉じ込められて。
 同じく人質にされている、恒ちゃんの様子を窺う。
 気を失ってるけど、怪我はないみたいで、ほっとする。
 他に誰もいないから――、
 多分、恒ちゃんが一人のトコ見計らって、なんだろうけど。
「うーん」
 こんなスラムのチンケな事務所を占領したって。
 正直、お世辞にも金目のものが置いてあるように見えないし。
 実際、何もないし。
 だから、物取りの類じゃなくて。
「――私怨、かなぁ」
 探偵事務所の仕事の中には、ターゲットから逆恨みされるものもある。
 時に、それが行き過ぎて事件になることも。
「どーしようかなぁ」
 巧美ちゃん達が戻ってくれば、多分、直ぐにケリはつくと思うけど。
 恒ちゃんをタテにとられたら、それもちょっと危うい。
 口でなんと言っても、結局、巧美ちゃん恒ちゃんの事見捨てられないしね。
「もしもーし。恒ちゃーん?」
 取り合えず、このままじゃ余りに動きにくいから。
 恒ちゃんには起きてもらおう。うん。
「…ん…」
 此方の呼びかけに微かに応じるものの。
 一向に目を覚ます気配がない。
 ――ので、ちょっと悪戯心が湧いてしまった。
「恒ちゃーん? 起きないと、チューしちゃうよぅ〜?」
「……ぅ、ん。あと…ご、ふん…〜」

 ……かわいい。

 香織は寝起きがいいから、こういう事言わないし。
 やっぱ、かわいいなー、恒ちゃん。
 チューしちゃえ。

 バンッ!
 って、思ったら、イイトコで邪魔が。
 ちぇー。
「お楽しみの時間だ。来い」
「えー? 何の用デスカー?」
 事務所を占拠するこわーい人達が、ズカズカ近付いてくる。
 あー、もー、ムサ苦しくてやだなぁ。
「おらッ。お前もいい加減、目ェ覚ませ」
「むにょむにょ…」
 この状況でも眠り続けてられるんなんて。
 流石、あの巧美ちゃんに日々虐げられてるだけあるなぁ。
 って、ちょっと的外れな感想を抱きつつ。
「まーまー、別に無理に起こさなくても。
 何の用か知らないけど、別に、俺だけでいいんじゃない?」
 にっこり、微笑んでみた。
「…フン。まぁいいだろ。来い」
 おー、納得した。
「はいはーい」
 やー、物分りが良くて助かるなぁって、しみじみと。
 両手を後ろ手にされたままで、連行されてしまった。


「えーとぉ、それで、お兄さんたちは」
 全部で八人、かな。
「ここの事務所に、何のご用件ですか〜?」
 うーん、所謂、チンピラだね。
 ぜーんぜん、訓練された気配なんてないし。
 これはホントに逆恨みの線が濃厚だなー。
「お前にゃ、かんけーねーよ」
「えー、訳も分からず拘束されている身としては、かんけーなくもないと思うんですけどー」
 ぶーぶー、と不満を申し立てると、リーダー格っぽい人が。
 うん、なんか爬虫類みたいなカンジなんだけど。
 ピザの空箱がほったらかしになった。
 食い散らかしーな、テーブルを。
 うるせぇぞ! って、ドンッと叩き付けた。
 やだなぁ、怒りっぽくて。
 カルシウム不足だね。うん。
 って、お馴染みの事務所のソファの上で、呑気に感想を抱く。
「リーダー。コイツ、どうするンすか?」
 グループの中で一番下っ端ってカンジの子が。
 おそるおそる、リーダーさんに窺って。
 ウーン、上下関係だなぁ。って、感心してみたり。
「ンなの決まってンだろ。輪姦すんだよ」
「「え、えぇええええっ!?」」
 あ、下っ端君とハモっちゃった。
「だ、だだ、だって、リーダー! コイツ、男ッスよ!?」
「そーだそーだ」
 いいぞぅ、下っ端君。
 意外に常識人だぞ、下っ端君。
 君は正しいぞぅ、下っ端君。
「はッ、だからお前は何時まで経っても、チンカスなんだよ。
 名前くれぇ聞いたこたぁあンだろ。コイツはあの【雪豹(パンサー)】だ」
「パ、ンサー、って…。
 あの、昇り龍のトコのっすか!?
 じゃ、逆にヤバイっすよ!」
 一気に色めき立つ若い衆。
 まぁねぇ。
 小遣い稼ぎのチンピラ君には、あの人の名前は重たいよねー。
 それに――、
「うげっ!!」
「ガッ!!」
 次々あがる悲鳴に、場が混乱する。
「なッ、なんだ! どうした!!」
 チャキ、って。
 カッコヨク構えられる、二丁拳銃。
 細身のカラダは、立ち姿がスラリとして。
 入り口の逆光に、シルエットが綺麗で。
 うわー、って見惚れてしまった。
「ホールドアップ」
 うーん、いい声。
 事務所の扉で臨戦態勢にはいった、俺の大事な恋人が。
 とってもメラメラしながら、低く、警告した。
 愛されてるなぁって、ちょっと幸せ。
「はッ、何処から忍び込んだかしらねぇが…、コッチには人質がいるんだ!
 その銃を下ろしな!!」
「わー」
 爬虫類君に襟元を引っ張られて、喉にナイフを突きつけられる。
 うーん、お約束だなぁ。
 もーちょっとこー、捻りが欲しいよね。悪役的に。
「…やるなら、やればいい。
 但し、そのナイフを引いた瞬間に貴様は死ぬ」
 カッ、って。
 靴音も高らかに、死刑宣告。
「はッ。はったりクソ度胸だけは一人前だなァ。
 美国の子飼いが」
「脅しかどうか――試してみるか?」
 微塵の動揺も自身に許さないプロとしての香織の覚悟は。
 とても、好きなトコロのひとつ。
 で、それはそれとして――、
 そろそろ、かな。
「ぐ、」
「うひぇょぅおえおえおえお」
「ぴひょりあわわ、わ」
 チンピラ君たちが、みーんなお腹を押さえて。
 くの字になって、悶絶し始めて。
 香織は、状況を理解出来ずに戸惑う。
「――なんだ?」
「あはははー、みーんな食べちゃったんだねー。
 俺の持ってきた、尾杜センセ特製強烈下剤入りピザ」
「米良ッ…」
 いつの間にか手錠を外して隣に立っていた俺に。
 香織は吃驚して、目を丸くした。
「今はまだ腹痛だけだけど、後30分もすれば、強制的にダダモレだよー。
 どーする? ここで粗相しちゃってみる?」
 クスクス笑う俺をチンピラ君たちは、ぎょろって必死の形相で睨んで。
 一目散に逃げ出していってしまった。
 そんな姿に、ばいばーい、と手を振ってみて。
 未だに呆気に取られたままの、可愛い恋人に、チュウをした。



かおりんは、徹底してプロ意識が強いといいと思います
逆に、メラっちは、あっさりかおりんを優先しそう
何をいても一番になのが香織だといいです
そんなダメM人間な、メラっちが好みです