
#29
「と、いうわけなんだよね」
ため息を吐いて、事務所のソファに沈みこむ俺に。
巧美ちゃんは、白けた様子で、へー、そりゃ大変だー、と流し
…うぅ、冷たい。
「ひどいよ、巧美ちゃーん。
元はといえば、ビート版なんかでアンナコトするからでしょ」
「だからって、な・ん・で。
一週間もお預けで死にそうだー、なんて愚痴を聞かされなきゃなんねーんだ? あぁん?」
お土産の激辛煎餅をバリバリ齧りながら、億劫そうにする巧美ちゃんに。
俺は、畳み掛けるように語った。
「だって、今までは三日とあけずにHしてたのに。
ちゅーもNGでもう一週間なんだよぅ…。
だから、どーにかなんないかなーって相談にきてるんだってばー」
「知るか。この多情バカップル。
この美少年様を蔑ろにして盛ってっから、そういう天罰が下るんだよ」
「巧美ちゃん、冷たーい…。
自分が恒ちゃんとH出来ないからって、あたらなくってもいいのに」
さめざめと泣くふりをして、指の間からそっと伺うと。
巧美ちゃんが、鬼のよーな形相で仁王立ちしていた。
「で・て・い・け?」
「えー…」
まぁ、今の台詞は確かに怒るかも。
「折角、お土産だって持ってきたのにー。巧美ちゃんのケチー」
でも、ここで引き下がるもんかと粘ると。
降参したかのように、巧美ちゃんは舌打ちして、ソファに掛けなおした。
「ンなの、オズに精力増進のクスリでも作らせろよ。
ギンギンにおっ勃つよーなの調合してもらって、香織に飲ませりゃ一発だろ」
「そんな強制Hみたいなのさせたら、香織が傷ついちゃうよ。
まだ、十代の多感な時期なんだよ」
「やりたい盛りのクセに、枯れるなんざ、なっさけねーなぁ」
元凶のくせに、言いたい放題な巧美ちゃんに苦笑して。
俺は、むーと溜息をひとつ。
「ビート板って単語で、体が竦んじゃう反射は取れたみたいなんだけど。
Hの最中に勃たなくなったので、精神的にショックを受けちゃっててねー。
どーにかならないかなぁ」
このままだと、欲求不満で死にそうだし。
香織に触れたいし、香織に触れられたい。
けれど、もう一週間も、キスさえしてない。
「だから、インポの相談なんざ、医者に行け。医者に」
「行けたらとっくに行ってるもん…」
ただでさえ全く機能しなくなった己に打ちひしがれている香織に。
そんなこと、とても言い出せない。
それに、十代でインポテンツなんてコトで医者にかかるのも。
やっぱり、本人としては苦痛だろうしね。
「ンなの、その気にさせりゃいいんだろ。
フェラでもしてやりゃー、治るんじゃねーのか?」
「…しようとも思ったけど。
香織がキスも嫌がるんだよね…」
はぁ、とまた溜息。
「ンでまた…」
「んー、なんか、ほら。
ここで俺を頼っちゃうのがヤみたいでね。
やっぱり、男の子の沽券に関わる問題だし」
「…面倒くせーヤツ」
心底、煩わしそうにする巧美ちゃんは、なら――と切り出した。
「お前がヤッちまえばいいだろ。
ネコ専ってワケじゃねーよな。確か」
「あー…、まぁ」
最もな意見なんだけど、それが出来れば苦労してないんだよなー。
「何だ。問題でもあるのか?」
「うん…、俺はどっちでもイケるからいいんだけど。
やっぱ、香織が受身を嫌がっててね。
気持ちよくする自信はあるけど、無理強いしたくなくて…」
でも、もう香織欠乏症で死にそう。
「ンなん、どっちでもいーじゃねーか。わっかんねーなぁ」
激辛煎餅の最後の一枚を食べ終えて、巧美ちゃんはお茶をすすった。
「や、でも。ほら、考えてみて?」
「…何を?」
いやっそーな目でじとっと睨まれるけど、気にしない。
「例えば、巧美ちゃんは、恒ちゃんに抱かれてみたい?」
「キモ」
「早。」
即答。しかも、『キモ』ってあんまりな感想のよーな。
恒ちゃんを、どーこーしたいって思ってる癖に、素直じゃないねぇ。
流石、天邪鬼キングな巧美ちゃん。
「ま、そういうコト。やっぱ、好き同士でも譲りたくないトコってあるしね。
俺は香織のそういう矜持とか大事にしたげたいんだよね」
「めんどくせーから、もうショック療法でいいんじゃねーの」
「香織が再起不能になっちゃうよぅ、巧美ちゃん」
あのビート板の恐怖を何度も味あわせるなんて、とんでもない。
めっ、と反対すると、面白がるように巧美ちゃんの表情が変化した。
「バーカ。誰が、もう一回ビート版でタマ潰すったよ。
そーじゃなくて、お前のオ○ニーとか見せてやればムラっとくんじゃねーの」
「……巧美ちゃんの、えっち」
「黙れ。マゾパンダ」
「えー」
一応、巧美ちゃんってば、見た目は美少年だから。
そんな可愛い外見で、卑猥な単語がぽんぽん飛び出すと、どきりとしてしまう。
「それに、俺だってそれなりに羞恥心とかあるんだよー?」
「…あぁああああ! もう、イラッイラする! オズ! やっちまえ!!」
「はーい。ター坊」
背後から、尾杜センセの声。
来たのは気配でわかってたけど、特に警戒してなかったから。
がっしって簡単に背後を捕られてしまった。
「尾杜センセ、こんちゃー」
メンテナンスさぼって、よく先生に怒られてるので。
取り敢えず、へらっと愛想笑いでご機嫌を取ってみる。
「はいはい。こんにちは。
じゃ、これね」
何を――、と思う間も無く、腕を捲くられ静脈注射完了。
痛みは無論ないのだけど。
何を仕込まれたのかと、慌てる。
「えぇええ? 何、これ?」
「僕特製。夜のお薬『いやーんナイト』。効き目は三時間後から一晩だね。
めちゃくちゃ効くから、早めに帰宅したほうがいいよー」
「……えぇー。これって、効くってどれくらい?」
つまり、催淫剤なんだろうけど。
明日までに報告を上げなきゃいけない書類が、まだ残ってる。
しかもそれは、担当部からの報告待ちだから、何時になるか不明で。
場合によっては、夜中に帰宅になるかもしれない。
それを説明すると、巧美ちゃんが逆に質問してきた。
「一人で作業すンのか?」
「んー、まぁね。俺と香織のバディに任されてる依頼内容だから。他の人には見せられなくって」
「香織は?」
「社長の護衛周りの後、直帰予定だねー。
ほら、何時になるか分かんない書類を二人で待ってても、仕方ないっしょ?
それに、今は一人になる時間が必要かなって思って」
何時もなら香織に我侭を言って、なるべく二人の時間を増やすのだけれども。
「ハン、なら丁度いいじゃねーか。
思う存分、会社でマスかいとけ。香織も他の社員もいねーんだろ」
「……他人事だと思って。尾杜センセ、これ効果消すクスリとかは?」
「はっはっはっは。駄目な子だなぁ、米良君は。
そんなもの、あるわけないじゃないか!」
いや、そんな胸を張られても。
と、突っ込みたくなる程、自信満々に言い切られてしまった。
「…うー。
なら、もーいいや。とにかく、一度会社に戻るね」
まぁ、何とかなるだろうと。
軽い気持ちで、俺は、美国探偵事務所を後にした。
なんともなりません。
オズセンセは、妙なクスリに関しては抜群の開発力です
それ以外は、砂糖ぎっちりカプセルとか
(薬が)透明になる薬とか
わけわかんないもんばっか作りますけどね。
そして、巧美様は結構口は悪いので、スラング語じゃんじゃんばりばり
ぜひ、言葉攻めをさせてみたいキャラです