
#31
尾杜センセに状況を相談しようにも、もう遅い時間で。
きっと病院にはいないだろうなぁ、と予測して。
今晩は取り敢えず様子を見ようという事になった。
普段は俺が運転する車も、今日は助手席側。
荷物を纏めて、部屋に戻ったのは、二十二時前だった。
「米良、他に体に変調は無いのか?」
「ん? うん。ヘーキだよー」
縮んでいる分、普段と勝手は違うけど。
別に気になるような痛みとか違和感は無い。
「そうか…って、何してるんだ?」
「ん。この辺りに飲みかけの百年殺しが…」
冷蔵庫の横のラックを漁る俺に、香織が不審そうな声で尋ねてくる。
「それなら、こっちだ」
目的のものを右手でつかみ上げ、軽く瓶を振る。
「あ、それそれ。さんきゅーぅ。香織〜」
そういえば夕べ、テーブルの上に置きっぱなしにしたっけ、って。
思い出しながら、尻尾をふりふり、腕を伸ばす。
けど、香織は手にした瓶を頭上に持ち上げて。
半眼で俺を睨んできた。
「米良。まさか、コレを飲むとか言わないよな」
「え〜? 月見酒の散歩に出かけようかなーって」
思ったんだけど、と口にすると、香織が表情を曇らせる。
「ダ・メ・だ」
「えー、香織のケチー」
駄々をこねると、ギロリと睨み付けられてしまった。
「黙れ。考えなし。
お前は自分の今の状況を分かってるのか?
子どもが夜中に酔っ払ってふらふら歩いてたら、どうなるか分かるだろう」
「だいじょうぶだよ〜」
それは確かに、警察なんかに見つかったら面倒だけど。
こんな時間にわざわざ危険区域を見回っている、命知らずな警察官なんていないし。
「大丈夫なわけがあるかッ!
バカな事考えてないで、サッサと風呂にでも入って来い!」
べしって、頭をはたかれて、お酒を没収される。
いいもーん、ラックに残ってるのもっていけばいいし。
と、姑息な逃げ道を考え付きながら、風呂へ。
いつもより手足が短いので、狭い風呂桶が妙に広く感じる。
小さくなって得したなー、と呑気な感想を浮かべつつ。
取り敢えず、お風呂タイムを堪能してみた。
「かーおり」
ほこほこになって、シャツに腕を通した姿でパートナーに背中から抱きつく。
「あがったのか――っ、シャツ一枚でウロウロするな!」
と、初々しい反応で香織はそっぽを向いてしまった。
うーん、可愛いなー。
「えー、凄いね。香織」
「…なにがだ?」
シャワーのためにソファから腰を浮かしかけた香織の動きが止まる。
「よく俺がシャツ一枚って分かったなーって」
きゃっ、とワザとらしくしなをつくれば。
ワケが分からないと、苦い顔をされる。
「そんなの見れば――…、ッ、!」
あ、気がついた。
見る見る香織の表情が赤くなる。
こーゆーのって、セクハラっていうのかなー。
うーん、でも楽しい。
「お前、まさかっ! 本当に、それ一枚なのかッ!?」
「そーだよーん」
くるってその場で一回転してみせて、にっこりと愛想を振りまくと。
物凄い形相で怒られた。
「回るな、バカ!! 下を穿け!!」
「だって、サイズ合わないし」
「なら、少し待ってろ! コンビニで子ども用の下着を買ってくる!!」
「あ、待って待って。香織」
今にも飛び出しそうな香織のシャツの裾を。
ぎゅ、と掴んで、引き止めた。
「…なんだ?」
憮然としながらも、子ども相手に力尽くの行動に出るわけにもいかず。
動きを止めた香織に、俺は、しっぽを振りながら。
「折角、小さくなったんだし。
クスリの効果も何時切れちゃうか、分かんないんだし、ね?」
「…だから?」
「だから、この姿のうちに、香織の事抱きたいなー、なんて」
ぱたぱたぱた。
大好物を目の前にして、待てを言いつけられた犬の心地で。
俺は、香織からの返事を待った。
「………っの、バカッ!!」
けど、香織からの返答は色っぽいそれじゃなくて。
ちょっと残念。
「えー、ダメ?」
「駄目だとかいう以前に、お前には常識がないのかッ!!」
こんな目にあってて、常識とかいう言葉を使われても。
説得力の無さに、思わず吹き出しそうになる。
「…何が可笑しい」
声に不機嫌さを滲ませる香織に。
俺は、正反対の上機嫌で、おねだりを重ねた。
「だって、香織ってば年上の俺に抱かれるのがヤなんだよね。
だったら、俺がこの姿なら問題ないっしょ?」
「おおアリだ! 馬鹿者ッ!!」
腰に抱きつかれて慌てる香織が可愛い。
いいなー、これ。
何時も俺が上からの視点で抱きしめてるけど。
この大きさだと、丁度香織の腰に頬を摺り寄せるようなカンジ。
正に、ベストポジション。
「こ、ッの…」
ジタバタと抵抗する姿すら、愛しい。
うーん、恋愛に末期症状があるとすれば。
今がそれだと思う。
「頭を冷やせッ!!」
ばしゃばしゃばしゃ。
結構、間抜けな音がして。
何事かとビックリする間に、むわっと強烈に香る焼酎のそれ。
さっきの『百年殺し』を頭上から零されたのだと。
思い当たって、ペロリと濡れた指先を舐める。
「あ、美味しー」
ペロペロペロ。
緊張感無く腕まで垂れた滴を夢中で舐め取っていると。
「このッ…、バカッ!!」
何故か、苦虫を噛み潰したようなそれで怒られて。
「かお――、ッ?」
首筋に強く噛み付かれて、そのままヤケ気味に、フローリングに押し倒された。
カオリンは、メラっちが13歳の可愛い姿で。
いつものよーに、夜中の散歩なんぞに出かけたら
よからぬ輩に襲われるんじゃないかと、ヒヤヒヤ
口には出しませんけどね。
かおりんはテレやさんなので
愛情を口にするのが苦手だといいな、と思います