
#37
「ね、香織。機嫌なおしてー」
巧美ちゃんたちと射撃場で遊んで帰宅してからずっと。
可愛く拗ねてしまった恋人のご機嫌取りに専念しているのだけど。
どうしてか、この年下の愛しい子は、一向に不機嫌で。
「こまったなぁ」
しょぼんと、落ち込んでしまう。
ベッドの上で毛布に丸まる可愛い塊を。
そっと撫でてあやせば、くぐもった声が返ってきた。
「触るな」
「…かおり」
あ、だめだ。
ホンキで悲しくなってきた。
泣いちゃっていいかな。
でも、いい年したオトナが分別も無く泣き喚くのもちょっとだよね。
よし、もう少し頑張ろう。
「ね、香織。どうして機嫌悪いの?」
「…分かってるだろ。訊くな」
うー、ホンキで機嫌悪いなぁ。
どうしようかなー。
「無理に撃たせたのは悪かったってばぁ…」
う。香織から黒いオーラが。
やっぱりそれかな。
恒ちゃんの為っていうのは口実で。
実は、俺は香織を自慢したかったってのもあって。
でも香織自身があういうパフォーマンス的な事苦手だってのも知ってるから。
「香織。もう、あんな無理は言わないから――…。
……代わりに、なんでもするから…ね?」
切なく声を震わせて。
お願いしてみる。
香織はとても優しいから。
こういうやり方が、とても効果的。
そこに付込む自分が、年相応に汚れたオトナ過ぎて。
「――…なら、約束しろ」
むくりと毛布から起き上がって。
香織は、綺麗な黒の瞳で真っ直ぐ見つめてきた。
まだ、その顔は晴れない。
「うん。なんでも約束するよ」
俺の返事を安請け合いだと思ったのか。
不審そうに瞳を眇めて。
溜息をひとつ。
「恒君を余り構い過ぎるな
「……え、恒ちゃん?」
その後、香織から飛び出した言葉はとっても意外で。
思わず聞き返してしまった程だ。
案の定、可愛い恋人の機嫌は急降下。
「え、じゃないだろう! あれだけ構っておいて自覚が無いのかお前は!」
「えと、…うん。
そっか、恒ちゃんかー…」
盲点をつかれた感じ。
だって、俺にとって恒ちゃんは可愛い弟のような存在で。
恋愛感情だとか、そういうのから程遠くて。
本当にびっくりして、両目をぱしぱしと瞬かせてしまう。
「恒ちゃんは、おとーとみたいな感じで可愛がってるだけだよぅ?」
「……ッ、わかってる」
「うん。でも、香織を悲しませたくないから。
香織が望むなら、俺は、香織以外の誰とも話さないでいるよ?」
「…そんなの不可能だろう」
ホンキだったのに。
呆れ口調の香織は、ベッドの上から俺の腕を引っ張る。
結構、強い力。
華奢なんだけど、常日頃の鍛錬を欠かさない香織は結構逞しかったりする。
細身の外見からはちょっと意外な程。
「香織?」
特に逆らう事も無いので、そのまま香織の上に覆いかぶさると。
可愛くて堪らない生真面目な黒猫は。
肩口に顎を乗せ、はぁ、と溜息を吐いた。
「…別に、俺だって無闇に妬いたりしない。
けど、…お前。恒君の事気に入ってるだろ?」
それは、まぁ。
確かに。
「うん。可愛くて好きだよ」
ココで否定しても意味が無いので。
素直にそのままを言葉にすると、更に大きな溜息が。
「…この、節操無し」
「えー、ひどいなぁ。俺は香織一筋だよ?」
恒ちゃんの事は大好きだけど。
恋愛対象じゃない。
っていうか、そんな事言い出した日には。
巧美ちゃんが黙ってないしね。
残念ながら、俺に巧美ちゃんをホンキで怒らせる度胸は無いなぁ。
「――…嘘つけ」
「嘘じゃないよ?」
「白々しい」
「真剣なのに」
「胡散臭い」
「ひどいなぁ」
言葉遊びのような台詞の応酬は。
お互いの声と振動が、直接触れ合うカラダに響いてキモチイイ。
「メラ」
「ん?」
「お前の前だけなら、何時でも射撃の腕を披露してやる」
「…あれ、俺だけ特別扱い?」
「仕方ないだろう」
香織の不器用な告白が嬉しくて、つい茶化してしまう。
すると、愛しい恋人は頬を染めて。
素っ気無く、そう返した。
何が仕方ないのかとか。
聞き返さなくても。
「…愛してるよ。香織」
突き上げる愛しさを、そのまま言葉にすれば。
俺もだ、と何時に無く素直なそれで答えられて。
胸に迫る幸福感に、息が止まりそうだった。
メラっちは、大好きな恋人を自慢したいのです。
香織たんは、必要以上に恒ちゃんを構う年上に
とっても、不安になるのです。
お互い好きなのに、すれちがってゆくのが好みです。