
#38
「ふんふんふんふんふ〜ん♪」
いい年した大の男が、鼻歌歌いながら裏通りを歩く姿なんて。
きっと、気持ちのいいものじゃないだろうな、って。
そう客観的に思うのだけれども。
今日は折角のバレンタイン・デー。
製菓会社の陰謀どんと来い。
近所のコンビニの袋の中には、いっぱいの板チョコが。
これをどうするかなんて、そんなの。
「うーん、やっぱ生チョコかなぁ」
ビターチョコを湯銭で溶かして。
生クリームと混ぜ合わせて。
冷やして固める。
それだけなんだけど、結構美味しくできるんだよね。
香織はあまり甘いものは好きじゃないけど。
特別な日だから、勘弁してもらおうと思う。
「ん? あれ?」
浮かれ気分で歩いていると。
街角のタバコ屋さんで、新聞を買っている子が目に留まった。
血統書付きの、ふわふわ長毛ワンコ。
おうちは、言わずと知れた、美国探偵事務所。
「やっほー、恒ちゃん。一人でお使い?」
「うわッ!」
此方がびっくりする位驚かれてしまった。
すると、飛び跳ねたワンコの腕から、上品な包みがコツンと落ちる。
「何か落ちたよ〜? 恒ちゃん」
「へ? あ、うわわわ!!」
シックな黒に控えめな薔薇のシルエットが施された包みは。
どうみても、アレだ。
バレンタインのチョコだ。
うーん、ワンコも隅に置けないなぁ。
確かに、恒ちゃんは見た目いいもんね。
巧美ちゃんの弟だけあるよ。
「ふふ、誰に貰ったの?」
「え、あのッ。その、えとっ…」
慌てるワンコを見ていたら。
イジワルしたくなって、包みにKissしながら、優しく微笑んでみせる。
結構必殺技というか。
これでオチないコはいないって自負してるんだけど。
どうだろ、恒ちゃん天然だからきかないかなぁ。
「こーうちゃーん?」
「へ? ひゃああああ!?」
赤い顔してぽーっとしてるから。
多分、効果はあったみたい。
ワンコの無防備さが可愛くて、耳をペロリと舐めてみた。
予想通り、耳を押さえて飛び退く恒ちゃん。
うーん、可愛い。
「め、米良さんッ!!」
あ、怒ってる怒ってる。
からかわれてるコトに気付いたみたい。
「えへへ、ゴメンね。恒ちゃん。ハイ、どうぞ」
「あ、ありがとう、ございます」
ぽんと手渡された包みに素直にお礼を言うワンコ。
うーん、本当に可愛い。
「美羽ちゃんから?」
「…いえ、お使いに出たら知らない女の人から手渡されて」
「そっか。良かったね」
ふわふわの髪を撫でくりして、言う。
知らない女の人、というのがちょっと怪しいけど。
まぁ、どうせ目聡いお兄ちゃんの厳しいチェックを受けるだろうし。
ここは余計な口出しは控える事にする。
「米良さんはお仕事はもう…――、あ」
「うん?」
恒ちゃんの視線が俺の後ろへ流される。
つられて振り向いてみると。
「香織」
「香織さん。こんにちは!」
ぅ。マズい。
もしかして、今の一部始終見られてたかなぁ。
恒ちゃん可愛いから、ついつい構っちゃうんだよね。
香織から、クギ刺されたばかり、だから。
ちょっと、まずいなぁ。
「ああ。恒君久しぶり。米良、何をフラフラしてるんだ。帰るぞ」
「へ? 香織だって今日は社長の仕事でちょっと遅くなるって」
「その社長が帰っていいって言ったんだ」
「そうなんだ。じゃ、一緒に帰ろっか」
機嫌悪くなくて、正直ホッとした。
見られてなかったのかな。
嫉妬されなくなったのなら。
それはそれで、寂しいなぁって思ってしまう自分もいるけど。
取り合えず、折角の日にケンカなんてしたくないし。
「それじゃ、俺も事務所に帰りますからこれで」
「ああ」
「じゃー、またねぇー。恒ちゃん」
忠犬な恒ちゃんはペコリと頭を下げた後、小走りで帰っていった。
その後ろ姿が角で見えなくなるまで見送って。
香織に向き直る。
「かーおり、今日は…」
「………」
スタスタスタ。
振り返ると、隣に並んでいたはずの香織の姿は無くて。
もう結構先を歩いていた。
「か、おり?」
あー、これは。
やっぱり見られてたかなぁ。
困った。非常に困った。
「香織〜、ねぇねぇ」
急いで先を行く香織に追いついて。
必死でご機嫌取りを始める。
ヤキモチ焼きな香織も可愛くて大好きだけど。
やっぱり、幸せそうな顔が一番好きだから。
「ウルサイ。浮気モノ」
「浮気なんてしてないよぅ?」
スタスタスタ。
香織の歩調が速くなる。
怒ってる証拠だ。
「嘘付け」
「嘘じゃないよ」
スタスタスタ。
更に早くなる。
最早、競歩状態。
「ね、香織ってば」
強請る時の声で、甘く囁けば。
ギッ、と視線を怖くした香織に急に腕を取られて。
ビルの隙間、木箱の陰に連れ込まれた。
そのまま、キス。
コンビニの袋が腕から滑り落ちて。
板チョコが散乱するけど。
後から拾えばいい、よね。
「…香織…」
情熱的なくちづけ。
香織とのキスは好き。
SEXも好き。
だから、拒む理由なんて無い。
けど。
「…ここ、で?」
流石に青姦は、ちょっと、うーん。
しかも、立ったままは辛いなぁ。
「…ンッ…、か、かお…っ」
返事は無く。
香織の綺麗な指が俺のスラックスを寛げ、中心を強く擦り始めた。
容赦の無い。
イかせる事を目的としたソレ。
「かお、…り。ダメッ……、急、す……、ァ、は」
完全に壁際に縫いとめられて。
他は何も変わらないのに。
下肢だけ乱されて、昇りつめる。
「やッ…、だ、め。よごし、ちゃ……」
でも、流石にこれはマズイ。
精液でべったりな服で家まで歩くわけはいかないし。
って思って、頭を左右に振ったら。
強引にキスされて、鈴口を指の腹で絶妙に擦られた。
「……ッ、ん、ぁはッ……」
足が震える。
ダメだってば。
俺、快感に弱いから。
堪え性ないんだってば。
「か、お…り。や、だ……、やッ…」
「ダメだ」
それまで黙って俺を追い上げ続けていた香織が。
欲情した声で、意地悪な事を言う。
「恒君を構いすぎるなって、言ったよな?」
「……か、おり…」
攻める口調、その間にも愛撫の手は止まらない。
「聞き訳がないダメ犬には、お仕置きが必要だろ」
「……ッ、」
独占欲と嫉妬と、暗い情欲。
今までの清廉潔白で生真面目な香織からは。
全く予想外の姿で。
「…それも、次はもうしないように。
とびきりのを、な」
「……? か、かお…」
不吉な予感がして。
様子を窺うようにすれば。
昂ぶっていた俺のモノに、何かが嵌められる。
「…ン。か、香織…?」
壁際に押し付けられる格好の俺は。
香織の肩口に顎を乗っけているので。
何が起こっているのか、全く分からない。
そうこうするうちに、中途半端に煽られたそれはそのままに。
元通りに着衣を整えられてしまった。
装着された何かは、そのままだけど。
う、やっぱりイヤな予感する。
香織が俺から離れて。
思わず、その場にへたり込んでしまった。
「腰でも抜けたのか。メラ」
クスクスと微笑む姿が、小悪魔的で、とても魅力的な恋人は。
ひとつ、頬にキスを落として、俺の腰を支えて立たせる。
「香織のイジメッ子」
意趣返しに唇を尖らせて言えば。
意味深な微笑みを返された。
「そういう口を叩くなんて、まだ全然足りないようだな?」
う。なんか今日の香織、いつもと違う、よね。
なんていうか、S属性なカンジ。
「、ひゃっ……!」
突然、前にやわやわとした振動が伝わって。
崩れそうになったカラダを。
香織の腕がしっかりと支えてくれる。
ダテに鍛えてないなぁ、って、いや違う。
感心している場合じゃなくて。
「尾杜氏から、プレゼントだそうだ」
耳元に、ゾクゾクする甘い毒が吹きこまれる。
「『君の何時も好きなコレで今日は可愛がってもらいなさい』なんていう
ご丁寧なメッセージカード付だったぞ。メラ」
「……ッ、ん、で…。や、だ、とめっ…」
「あの医者と、治療以外何をしてたんだ? メラ。
全くお前は目を離すと、誰にでも尻尾を振ってついてゆく。
一度、躾のし直しが必要だよな。なぁ、メラ?」
「…かお、り」
ダメ、もうムリ。
気持ちよくて、ぼーとしちゃう。
あぁもう、香織の様子がおかしいのって。
ぜっっったいに、尾杜センセイの所為だ。
普段の香織なら、そんなカードの内容なんて。
毎度の事だから、気にも留めないはず。
「…メラ」
顎を掬い上げられ。
キス。
と、同時に、振動の激しさが増し。
そのまま俺は。
可愛くて大切な年下の恋人に。
ご無体にも、何度も何度もイかされてしまった。
香織たんは基本的にメラっちに酷い事できません。
どんなに嫉妬にかられても、むぅって拗ねるのが精一杯
でもって、メラっちも香織たんに酷い事なんて出来ない
たとえば、自分の嫉妬がどうしようもなくて
相手を傷つけてしまいそうなら、自分を殺して止める
そんな痛々しいほどの愛でいいと思うのです