
#41
美国探偵事務所は、俺と兄さん、そして正宗さんに、美羽さんの四人体制。
正宗さんと美羽さんは、通勤してきているけど。
俺と兄さんは、そのまま事務所で生活している。
事務所は、一応、年中無休なんだけど。
開店休業状態なんで。
けっこー、兄さんの思いつきで休みになったりする。
正直、テキトーだ。
住み込みアルバイトの俺と、所長の兄さんには、無いようなものだけど。
正宗さんと美羽さんには、ちゃんと、休日シフトが組んである。
「なんだ、正宗も美羽も遅刻かぁ?」
事務所を開ける直前に置きだした兄さんは。
眠たげな顔つきで、大欠伸。
いつもの定位置、事務所のソファにどかっと腰を下ろした。
「正宗さんからは、少し遅れるって連絡があったよ。美羽さんはお休み」
「あー…、そうだっけか?」
「自分が許可したくせに…」
正宗さんから電話が来てると伝えたときに。
あーあー、分かった分かった、と生返事を返したことを。
すっかり忘れているらしい兄さんだ。
…まぁ、前日まで散々、魔女っ娘メイドとか、萌えーとか言って。
やたらと、そわそわしてたので。
多分、絶対、ソレ関係での遅刻なんだろうけど。
「あ? なんだ、俺様に逆らうのか? この、フケ顔戦隊ブラウーンマン」
「ゴロ悪ぃーーーー!!」
「フケ顔戦隊は、フケた顔に悩む若者の苦悩を描いた壮大なドキュメンタリーだ。
あ、ちなみにお前101番目の補欠な。最低ランク」
「特撮じゃねぇのかよ!! 何人いるんだよ! 補欠でも最下位扱い、俺!!」
ズビシッ、と連続突っ込みを入れたところで。
事務所の扉が開いた。
「やぁ、相変わらず賑やかだね。元気かい?
私を愛する巧美所長。それに、私を愛する弟の恒君」
「死ね」
「兄さんッ! 挨拶代わりにその言葉はちょっと!」
黙っていれば、それなりに美形。
それに顔や両手の刃物傷の視覚的効果もあって。
組織のボスって感じの貫禄があるお隣の探偵事務所の所長さんだ。
名前は堀口サン。
商売敵なんだけど、なんか憎めないキャラなんだよなぁ。
…まぁ、キモいのとウザいので兄さんからは毛嫌いされてるけど。
「なんだ、今日は二人だけかね?」
「お前にゃカンケーねぇだろ、キモ助。何の用事だ、サッサと帰れ」
まったく以って容赦の無い兄さんの台詞にもヘコたれず。
堀口さんはそのまま事務所にあがってくる。
「まぁまぁ、そう邪険にするものでもないよ。
今日はお互いにいい話を持ってきたんだ」
「テメェの話なんざマトモに聞けるか。サッサと出てけ」
「ふふ、つれないね。流石は気紛れな妖精・ハニーだ。
私がそんな魅力的だからといって、照れなくていいんだよ」
「………おい、恒。オズんとこから、硫酸持って来い」
「にににににに、にいさんっ!! 何もそこまで!!」
普通、こういう場合は塩がセオリーだろうに。
いっきに手順を飛ばしたそれに、びびりまくる。
いや、気持ちは分かるけど。
堀口サンって悪い人じゃないと思うんだけど。
自意識過剰っていうか。
世界中の人間は自分に惚れているって信じ込んでるし。
そんな可愛らしいレベルじゃないよな、コレは。
勘違いもここまでいくと立派なもんだと感心してしまう。
「こんちゃー」
と、兄さんと堀口さんが睨み合っている(といっても、兄さんが一方的に牽制してるだけ)時に。
聞きなれた間延びした挨拶が飛び込んできた。
続いて、ひょっこりと事務所の扉から覗かせるキレイな長身の人。
その後ろに、隙の無い身のこなしで香織さんが現れた。
「米良さんっ、香織さんも? どうしたんですか?」
「エヘー、ちょっと寄ってみました。
お昼まだなら、一緒に食べない? ケン○ッキー買ってきたんだ。
……って、え、と?」
米良さんがキョトンと目を丸くするのも無理はない。
こんな時だけ妙に素早い堀口さんが。
米良さんの左腕を取って、ぐいと顔を近づけていたから。
「…こ、コンニチハ?」
妙なカタコト発声で取り敢えず挨拶だけは忘れない律儀な米良さんに。
堀口さんは、ああっと、大袈裟に倒れこんだ。
「分かっている、君の気持ちは分かっているよ!
私を愛してしまったんだね!! 大丈夫、私の愛に性別は関係ない!!
さぁ! この胸に飛び込んでおいで!!」
「………え、えぇっ…、と??」
ああ、――固まってる。
そりゃ固まるよな。
兄さんなんて有無を言わさず鉄拳制裁だったから。
それに比べれば随分と穏やかな反応なんだけど。
「巧美ちゃーん、え、と。この人は、お知り合い、かなぁ?」
膝立ちの芝居がかったポーズで止まっている堀口さんを。
どう対処したものか迷った挙句、スルーする事にしたようだ。
「隣の事務所のアホ所長だよ。商売敵だ。相手すんなよ。米良、香織」
「香織ッ!! ああ、なんて愛らしい名前だろう!
君が香織君かい? ああ、つぶらな瞳、華奢な肢体を包むストイックなスーツ…。
なんて絶妙なんだ!! 何も言わなくていい、大丈夫だ。
君の気持ちは痛いほど分かっているよ! 私は君をあい――…」
「ちょ…、何を…――」
「ああ、はにかむ姿もかわいらしいね。さぁ、おいで私の小鳥」
「〜〜〜…ッ、??」
ジャキ。
無言で左手に構えた銃口は。
ごりっと堀口さんの後頭部に押し付けられていた。
「今すぐ香織から離れてね。堀口サン」
にっこり。
なんて擬音付きの微笑みだけど、怖い。
米良さんを怖いと思うなんて初めてで。
でもそれだけ逆鱗に触れる事をしているのは分かる。
――誰だって、目の前で恋人を口説かれたらいい気はしない、よ、ね。
二人が恋仲だってサラリと思えるようになった。
自分にもちょとびっくりなんだけど。
そういえば、兄さんに再開した時にも。
その豹変ぶりにも最初は驚いたっけ。
(もー、すっかり慣れたけど)
人間って結構逞しいんだなぁって。
他人事のように感心する。
「ああっ…、これは愛! 愛の試練!!
なんていじましいんだ君は! 何も言わなくてもいいよ、スィート…。
大丈夫!! 私は、皆を平等に愛しているよ!!」
けど、堀口さんの手強さは折り紙つきだ。
そして、思い込み一直線の自己愛&博愛精神も。
銃口なんて、なんのその。
くるっとイキオイよく米良さんに振り返ると。
その白くてすべすべしたほっぺにチュウ、をした。
「ふぅ、やれやれ。愛され過ぎるというもの、罪だね」
「…お前、マジで何しに来たんだ」
お土産のチキンをほおばる兄さんは。
頭を抑えて未だ残るダメージに唸りつつ。
何処までも無駄に前向き思考な。
隣の探偵事務所所長に冷たい視線を送る。
今更言うまでもないけど。
あの後、呆気に取られている米良さんから。
堀本サンを無理やり引き剥がした香織さんは。
無表情のまま。
右ストレート顔面に一発。
昏倒した堀口サンを。
これ以上無いって位に冷たい視線で見下ろして。
礼儀正しく挨拶をしながら。
美国探偵事務所を米良さんと後にした。
「いや、しかし――。
そうか、彼が美国社長付のSPか…。
困ったね、実に愛らしい小鳥たちだ。
今回の仕事はやはり見送ろうか」
「――? 仕事って…?」
アレ、って思うのと同時に、聞き返していた。
事務所の窓拭きの手を休めて。
じっと、答えを待つ。
「…すまないが、我々の仕事には守秘義務がある。
おいそれと、話すわけにはいかないのでね」
う。
少し、拍子抜け。
だけど、よく考えてみれば。
堀口サンは、こう見えて、清廉潔白な人だ。
そりゃ、依頼人の秘密は守るよな。うん。
そう納得しかけたときに。
兄さんが、ありえない感じに口を開いた。
「ねぇねぇ、堀口所長ぉ〜ぅん」
「うん、なんだね。巧美君」
「巧美の、お・ね・が・い。
どういうことなのか、おしえて欲しいのぉ」
「うーん、困ったねぇ。
そんな可愛らしくおねだりされてしまうと、私も弱いんだが。
やはり、私も仕事にはプライドを持っているのでね」
「そんなイジワル言わないで。お・ね・が・い」
しなって、堀口サンの首に巻きついて。
『美少年』キャラを前面に押し出す兄さんに。
正直――めまいがした。
ここに正宗さんと美羽さんがいたら。
この世のものとは思えぬ光景に。
抱腹絶倒、もしくは、全力離脱かのどちらかだろう。
「うーん…、そうだね。
元々、君たちに話を持ちかける予定ではあったわけだし。
他言無用と約束してくれるかな?」
「巧美は、約束守れるモンッ!」
「はっはっはっは、そうだね。すまない、すまない」
ぷぅって膨れてみせるかわいい仕種と。
そんな如何にもな演技にコロリと騙されて。
機嫌良く、大物笑いする堀口サンの姿を。
なるべく視界にいれないように頑張るだけが。
俺に出来る唯一の抵抗だった。
7巻に初出演の堀口所長
彼はあんなカタナ傷があって
ただの甘やかされ博愛所長なだけなはずないです
ぜひぜひ、こう、裏を持っていて欲しいです
大人のオトコのフェロモンで攻めて欲しいですね