#43




「やーれやれ」
 体調がよくないから、オズ先生のトコにいってきます。
 なんて、ベタな嘘でやってきたのは。
 目下のところ、巧美ちゃんのトコの商売敵の。
 堀口探偵事務所。
 入り口の扉を押すと、カランコロンと涼しげなベルが鳴って。
 クリスタルカットのガラスに飾られた。
 百合の花がお出迎え。
 経営プランが行き届いてるなぁって感心。
 流石『独裁者(ディクタトール)』の名を冠するだけあって。
 いろいろ優秀なんだだろーなーって。
「いらっしゃいませ」
 あごひげを少しだけ残してある。
 ちょっと素行の悪そーな男の子が。
 恭しく頭を下げて出迎えるのに。
 やっぱり、巧美ちゃんとことは違うなーって再認識。
「こんにちは。
 アポ無しなんだけど、ヘーキかなぁ」

「問題ございません。
 お話をお伺いさせていただきますので、奥へどうぞ」
「はーい」

 大人しく案内されて、奥へ進む。
 応接間には、既に人影があって。
 先客か、とチラリと視線を遣ってから、固まった。
 ………ええと、あれ?
 なんだろう、あの見知った青まっしゅるーむ。
「あ? なんだ米良。何してんだ」
「それはコッチのセリフだと思うけどなぁ」
 腐っても商売敵。
 真正面に構える堀口探偵事務所で。
 美国探偵事務所の所長が寛いでいるのは、ちょっと。
 や、かなり意外でびっくり。
「とりあえず、座れよ。米良」
「ん。そだね」
 言われるままに、ソファに腰を掛けて。
 それで? と、話を蒸し返した。
「なーにしてるの? 巧美ちゃん」
「何すっとぼけてンだ。お前らのコトだよ。お前らの。
 どーせ、お前もその件でココに来たんだろ」
「あれ? 耳が早いんだね」
 流石、巧美ちゃん。
「トーゼンだ、この駄パンダ。
 相当なトコから依頼キてるらしいぞ。
 何、ヘタ打ちやがった」
「あー…、別に何もしてないんだけど。
 むしろ、何もしてないのがダメというか。
 京ちゃんトコのバックだよね、動いてるの」
 そろそろ動くんじゃないかんぁって。
 頃合を感じてたから。
 まぁ、そこまで慌てたりはしないかな。
「ンだ。分かってンじゃねーか。
 だっから、さっさを手を打てよ。
 後手に回れば、香織も巻き込まれるゼ」
「大丈夫。香織には手は出せないよ」
「……随分余裕だな」
 大切なモノは。
 時に、枷となる。
 その矛盾を、巧美しちゃんはよく知ってる。
 だから、ひとりで家を出たんだよね。
 俺様な性格なクセに、意外と苦労人。
 難儀な性分だと思う。
「余裕とは少し違うよー。
 香織には手を出せないんだ。
 絶対に、ね」
「………」
 胡散臭いモノを見るように。
 巧美ちゃんが、半眼を向けてくる。
「お前、香織に関しちゃエゲツねェからな」
「そんなの、巧美ちゃんだって同じなくせに」
 大切な大切な、たった一人の弟の為に。
 その弟である恒ちゃんすら、裏切って。
 孤独な戦いに身をおく。
 きっと、巧美ちゃんにとって。
 恒ちゃんの存在は何よりも優先されるそれ。
「ようこそいらっしゃいました。雪豹(パンサー)殿」
 そこに、堀口サンがようやくやってきて。
 余り好きじゃない呼び方をした。
「こんちゃー、独裁者(ディクタトール)サン」
 なので、意趣返し。
 堀口サンは、おやと片眉をあげて。
「――では、美国の所長も揃ってますし。
 本題にはいりましょうか。米良君」
 サラリと続けた。
 気のつくオトナな彼れは、結構好きな部類かな。
「既にご存知かと思いますが。
 アナタの過去を知る人間が、アナタを追っています。
 と、いうわけで、これをどうぞ。米良君」
「? これは?」
 一見したところ、なんの変哲も無い、カギ。
 多分――これは、何かの建物のかな。
「私が受けた依頼がこれでして。
 このカギで空けられる場所に。
 今日から二週間後の深夜12時に待っている。
 だ、そうですよ」
「あれ? 場所は?」
「そのカギを見て思い出してくるように、だそうです」
「それって、思い出さないと行けないんだけどなー」
 困った。今はちょっと、思いつかない。
 ただでさえ、昔の記憶って。
 混乱気味で、ハッキリしないのに。
「で、この話と巧美ちゃん達に何の関係が?」
「おおありだ、ボケ。
 テメェが二週間後に指定の場所へ来なければ――」
「…美国探偵事務所のフタッフの抹殺。
 これが、私が受けた依頼です」
「ひゃー、思い切った依頼だなぁ」
 のんびり感心してみせると。
 巧美ちゃんが、はぁと深いため息を吐いた。
「お前の言う通り、確かに香織には危害は及ばねぇな。
 今回の暗殺依頼のターゲットにはなってねーんだとよ」
「えへへー」
「えへへー、じゃねェよ。  こっちは、ウルトラ迷惑なんだよ。ダァホ」
 ゴンっと、踵落としを脳天に食らわされ。
 丸まって痛がってると。
 巧美ちゃんの、低い、ドスの効いた声が追撃。
「俺らを巻き込むなよ。いいな、米良」
「りょーかい」
 もし、万が一、今回の事で恒ちゃんに何かあったら。
 実行犯の堀口サンや依頼人は無論。
 俺や香織も、巧美ちゃんから報復を受ける事になる。
 正直、それは願い下げ。
「口だけじゃねーコト期待してるぜ」
 はぁって投げ遣りに言う巧美ちゃんに。
 そんなコトえらそうに言うくせに。
 必死で恒ちゃんを守ってるくせに。
 未だに、キモチを伝えるコトすら出来てない。
 そんな巧美ちゃんに。
 本当に、ちょっとした出来心で。
 タチの悪い、イタズラ心が湧いた。
「ね、巧美ちゃん」
「んあ?」
 ソファにどっかと座りなおした小粒に強烈な。
 自称、魔性の美少年に。
 ずいと、顔を寄せる。
「思い出すの、協力してくれる?」
「――協力? どーすんだ」
 恒ちゃん、ちょーっと貸して欲しいなぁって。
 蕩ける口調で乞えば、イヤそうに睨まれる。
「ああ? 恒? あんな役立たずのヘタレ、何すんだ」
「ナニするんだよ」
「…はぁ?」
 声に、険が滲んで。
 ゾクリと甘い何かが背筋を駆け抜けた。
「俺の昔、巧美ちゃんも知ってるよね。
 でも、俺自身は余り覚えてないから。
 だから、昔を再現したら思い出すかなーって」
「香織がいるだろ」
「ダメだよ。香織とのSEXは幸せすぎて、何も思い出さない。
 タダの性欲処理のSEXをしたいんだ。
 ね、恒ちゃん――犯してイイ?」
 言い終わると同時に。
 眉間に、銃口が突きつけられてて。
 甘さが増した。
「ザケンな」
「なら、巧美ちゃんでもいいんだけど」
 ペロリと舌先で唇を湿らせて。
 ゆるく挑発。
「……めっ――、」
「私でよければ、愉しませてあげるよ?」
 怒気を孕んだ巧美ちゃんの声が届く前に。
 ひどく冷静な、オトナのそれが。
 場に水を差した。
「うーん、堀口サンに手ェだすと…」
 応接間の外に感じる気配が、不穏さを増した。
 みんな、自分の大切なものを。
 守るのに必死なんだなって思う。
「番犬に噛み付かれそーだから、やめとく」
 笑顔で誘いを袖にして。
 それから、不機嫌な巧美ちゃんに。
 メーワクかけないようにするね、って。
 一方的に言い残して。
 カギを片手に、事務所を後にした。



米良パンダは、たまにエロスです
でも、ホンキではないのです
時々、巧美様をホンキで怒らせてみたくなるのです
結局甘えてるってコトですね☆
香織に甘えるのとはちょっと質が違います
相手に負担をかけてもいいやっていう
ちょっと、遠慮の無いかんじ
負担をかけても許して貰えるというんじゃなくて
許して貰えなくてもいいから、甘えてやれって感じ