#45




 知的で物静かだと思っていた男が。
 案外、子どもっぽく。
 存外、寂しがりで。
 とても、甘えたがりなのだと。
 そして、そんなトコロも全部、愛おしいと。
 迂闊にも、思ってしまってからは。
 ますます、その男にハマって。
 遂には、恋人なんていう。
 一生縁が無いと思い込んでいた。
 そんな関係を結んで。
 そうなっても、まだ、米良の本心は見えないまま。
 くだらない我儘は毎日のように口にするくせに。
 本当に大変な時には何も言わない。
 一人で何もかも片づけて。
 終わらせてから。
 そうして、いつものように。
 朝を迎えて微笑む。
 そんな米良の事が。
 切ないほどに愛おしい。
 狂おしいほどに愛している。
 ――決して、口にはしないけれど。



「……え、休み…ですか?」
「ああ。何でも、一週間ほどな。事前に許可もとってたらしい。
 ――…何も聞いてないのか?」
 昨夜から、米良が部屋に戻って無かった。
 午後から別任務へ就いて。
 帰りは別々だった。
 二十一時頃に届いたメールには。
 遅くなるから、先に休んで欲しいと短い内容。
 時々、そういう事があるから。
 さして、気にも留めず――。
 けれど、今朝になっても冷たい隣のベッドに。
 流石に不安を抱きつつ。
 仕事が立て込んでいるのかと。
 そのまま急ぎで出社すれば。
 一週間の長期休暇中だという。
「……いいえ、なにも…」
「そうか」
 バツが悪そうにエントランスの高い天井を見上げて。
 (ヘイ)さんが、煙草をふかすのを。
 目端に止めながら、懐の携帯を取り出して。
 ――メールの返信も、着信も無い事に落胆した。
「…連絡もないのか?」
「……はい」
 何時もは煩いくらい連絡を入れてくるくせに。
 こんな時に限って、何も――…。
「…だったら、少しマズイかもな」
「え?」
 短くなったタバコを携帯灰皿に押し付け。
 苦々しく言う黒さんに、意図を問う。
「香織。お前も、もういい加減アイツの事は理解ってるな。
 あれだけお前に惚れ抜いてる癖に、一切の連絡を絶つって事は――…」
「……俺に、危害が及ばないように …?」
「十中八九そうだろうな。
 今のアイツの行動は全てお前が中心だ」
「………」
 大抵の事なら、米良は一晩もあれば片付ける。
 けれど、一週間も休暇を貰っているということは。
 それだけ、事態が切迫しているという証では無いだろうか。
「――…黒さん、米良の事で何か知りませんか?」
「…悪いな」
 お手上げの降参ポーズに。
 ギリ、と唇を噛み締めた。
 分かっていたことだ。
 米良は、殊に『過去』に関するそれは。
 絶対に美国に持ち込んだりしない。
「あー! いたいた、黒せんぱーい!!」
 そこへ、場にそぐわない明るい声が響いて。
 ててて、と重心の軽そうな足音が近づく。
「すみません、遅くなっちゃって。
 あれ。香織先輩? どーしたんすか?
 朝っぱらから、そんな深刻そーな顔して――あてっ!」
 いっそ、清々しい程に無神経な君人くんに。
 黒さんからの、教育的指導が加えられる。
「いってー! なにするですか、先輩ッ!!」
「五月蠅い。お前はもう少し空気を読め」
「えー? ンな事、急に言われても…。
 あ、そうそう。香織先輩。
 出社途中で米良先輩を見かけましたよ。
 今日はお休みなん――…うわっ?」
 目端に、黒さんの呆れ顔と。
 目の前に、君人くんの驚き顔があって。
 こんなの冷静を常とする護衛として。
 失点でしかないと思いながらも。
 そう簡単に止められるようなものなら。
 最初から、好きになんてならない。
「何処で、米良を見たんだ?」
「……ええっ? えっと、確かあっちは、四宮方面だったと…」
「何時頃の話だ」
「…え、ええと。
 電車の乗り換え前だから、多分――八時十分位だと…。
 てか、なんなンすか。先輩、銃を下ろしてくださいよぅ〜」
 半泣きになりながら助けを求める君人くんの様子も。
 いい加減にしてやれと声を掛ける黒さんの様子も。
 全部、頭になんて入らずに。
「――すみません。今日は休みます」
「ああ。課長には伝えとくわ」
「宜しくお願いします」
 胸倉をつかみ上げていた君人くんを放り出し。
 その場を駆け出す。
 色々なものが。
 何もかも二の次で。
 米良の事以外、考えられなかった。



■オマケ■

 君人「……な、なんなんですかアレ。俺、なんかしました?」
 黒「気にすんな。タイミングが悪かっただけだ」
 君人「…大体、なんで黒先輩も助けてくれないンすか! はくじょーもん!」
 黒「馬に蹴られるのは御免なんでな。ホラ、昼飯奢ってやるから機嫌直せ」
 君人「え! マジ!? じゃあ、俺、ド○キーのハンバーグがいいっス!」
 黒「……おっ前、安いなァ」
 君人「ん? なんか言いましたー? せんぱーい」
 黒「いーや。んじゃ、出かけるぞ」
 君人「了解でっす!!」