#46




 ――四宮方面、と聞いて。
 直ぐに思い当ったのは、美国探偵事務所。
 東口から出て裏通りへ歩けば、辿り着くはずだ。
 出社以外の移動は車が主なので。
 巧美さんのところへ駅から歩く事は殆ど無い。
 灰色の街の地図を思い出しながら。
 程なく、美国探偵事務所のテナントビルが目に入る。
 足早にビルの入口へ近づいて。
 扉の向こうから聞こえてくる聞き覚えのある笑い声に。
 目眩を感じて、スゥと息を吸い込む。
 そして――…。
「米良ッ!! お前、こんなところで何をしてるんだ!!」
 腹の底からの怒号に。
 その場に居合わせた全員――米良も含め――が。
 キョトンと目を丸くさせた。



「だーかーらー、ゴメンってば、かおり〜」
「………」
 何時もの美国探偵事務所の面子が呆気に取られる中。
 有無を言わさずに米良の襟ぐりを掴むと。
 そのまま、外へと無理やり連れ出して。
 人目のつかないビル路地で。
 どういうことかと、米良に詰め寄った俺に。
 事もあろうか。
 ぬけぬけと。
 24日のホームパーティの準備だと。
 無邪気な笑顔で返されて。
 堪忍袋の緒が切れた。
「うるさい」
「ちゃんと言ってなかったのは悪かったけど。
 香織をおどろかせよーと思って…その…だから、」
「うるさい。ついてくるな」
 米良の言い訳を総合すると。
 いい加減に溜まっている有休を。
 そろそろ消化しろと社長に言われていて。
 美国探偵事務所でパーティをやることも知っていて。
 どうせならと、サプライズ・パーティを演出するべく。
 ちょっとした悪戯心で。
 ワザと連絡を入れずに、
 急に休みを取ったように見せ掛けて。

 ――なんて悪趣味。

 何より、まんまとそんな思惑にノセられて。
 仕事を放り出して駆け付けた自分が。
 情けないことこの上無い。
「かーおーりー。
 本当にゴメンってば。そんなに怒らないでー」
 歩幅を大きくさせて。
 荒々しく先を行く俺の後ろで。
 まるで叱られた犬のように。
 しょげながらも、必死についてくる。
 米良に対して。
 溜飲(りゅういん)が下がるどころか。
 腹立たしさが次々に湧いてくる。
「………」
 遂に俺の怒りをとくのを諦めたのか。
 何も言わなくなった米良は。
 それでも、ひたすら後をついてきた。
 今更、出社する気にもなれないが。
 このままマンションに戻るのも癪だ。
 かといって、ホテルへ駆け込むのもどうか。
 どうにかして。
 このタチの悪い大人へ。
 仕返しすることが出来ないかと。
 駅へ向かう道すがら考え込む。
 けれど。
 自分で言うのもなんだが。
 基本的に香織は俺の望みなら。
 何でも喜んで受け入れる。
 だから、本当に困らせるのは難しい。
「………」
 どうしたものかと考えつつ。
 地下鉄への階段を下りきると。
 ふと、地下街の片隅の青い扉が目にとまった。
 四宮方面の駅は殆ど使わない。
 だから、ただの気の所為だろうが。
 来る時には、無かったような。
(…そんなわけないか)
 単純に目に留まらなかっただけだと。
 現実的な判断を下して。
 そして、後ろの気配が遠い事に気がついた。
 先ほどまで、一定の距離に感じていた。
 米良のそれが。
 寧ろ、遠ざかってすらいるのに。
 ――焦った。
 米良の性格から考えて。
 この状況で俺から離れるのは、ありえない。
 人の流れに逆らって駅の階段を駆け上る。
 駅前のロータリー。
 客待ちのタクシーに混じって。
 黒塗りの高級車。
 の、前で何やら言葉を交わす二人。
 その片方は、米良、だった。
 もう一人に見覚えはない。
 けれど、米良の様子からして。
 不穏な気配を感じ取り。
 迷いもせずに近づく。
「米良」
「…香織…」
 とっくに俺に気づいてたらしく。
 困惑の表情で俺を見返す米良が。
 ひどく。
 儚く見えて。
 米良にそんな表情をさせている。
 黒スーツの男に苛立った。
「何をしてる。行くぞ」
「あ、うん。じゃ、京ちゃん。もう行くから」
「…わかりました。
 返事はまた今度伺いましょう」
「それは――…」
「イエス、以外の返事は認めません。
 主の執念深さは貴方の方がご存じでしょう」
「…うーん、それはまぁ…」
「ご納得頂けて幸いです。それでは、また」
 黒スーツは、米良の知り合いらしく。
 訳知り顔が忌々しい。
 そんな奴の一方的で傲慢な言い分にも。
 困ったように苦笑するだけの。
 そんな年上の恋人の。
 自分が知らない『過去』に。
 嫉妬、した。
「米良!」
「あ、うん。ごめん、ね?」
 声を荒げる俺に駆け足で近付いて。
 小首を傾げながら謝罪を口にする。
 綺麗なきれいな、俺だけの。
「……いくぞ」
「…ん」
 俺の怒りが全く収まって無い事を。
 敏感に感じ取って、米良は口を噤む。
 何処にとか。
 そういった無駄口は一切叩かない。
 米良がキチンとついてくる気配を感じながら。
 そのまま、今度は駅方面では無く。
 裏歓楽街の方へ。
 歩き出した。



香織は、常に米良にいっぱいいっぱいで
米良は香織にメロメロのくせに
時々、悩ましい小悪魔になってしまえばいいと
そんな妄想を行いつつ、結局は
二人がエロ甘だったらなんでもいいと思います