#48




 兄さんの事務所で開かれたホームパーティには。
 結構、色々な人が参加していて。
 酒が入って暴走する兄さん達は。
 流石に手に負えなくて。
 諦めて溜息を吐くと。
 壁際で騒ぎを楽しそうに眺めている。
 米良さんが目に留まった。
「めーら、さん」
「や。お邪魔してるよー」
 ひらひらって。
 何時もの黒革手袋の右手で挨拶。
 こういう何気ない仕草が。
 なんだか可愛い人だと思う。
 例の件があって。
 ちょっとまだ上手く笑えないけど。
 兎に角、兄さんに言われたとおり。
 何時も通りを振る舞う。
「香織さんはまだ仕事なんですか?」
 壁際。
 米良さんの左側にトンと背中を預けて。
 訊いてみる。
「うん。10時までには来れるみたいだけどね」
「そっか。よかったー」
 料理に関しては正宗さんがいるから。
 なくなっても追加で作ってもらえる。
 ちなみに材料は結構買い込んだから余裕。
「なんか色んな人が来てるねぇ」
「あはは。何だか妙な知り合い多いんですよねー、ウチって」
「まぁ、探偵業なんて特殊な仕事だしね」
「…それもあると思うんですけど。
 もっと根本的なトコロでウチって変態ホイホイなんですよね…」
 がっくりと肩を落として愚痴ってしまう。
 諸悪の権現は兄さんだと胸を張って言える。
 昔はあんな変人奇人じゃなかったのに。はぁ。
「まぁまぁ、楽しくていいんじゃないかなぁ。
 でも本当に俺の知らない人ばっかりかなぁ。
 特に女の子は…ドロシーちゃんしか分からないなぁ」
「ああ、オズ先生は米良さんの係り付けですもんね」
「そだよー」
 あの変態闇医者が担当医。
 フツウの薬が効きにくい米良さんは。
 特別な処方が必要で。
 それが出来るのがオズ先生だけって話なんだけど。
 ――正直、俺だったら色々な意味で無理。
「だったら折角だし。説明しましょうか?」
「うん?」
「えっと、あそこでもりもり肉を食べてるのが、ラスティ」
 必死になって肉を詰め込んでるラスティを指指すと。
 へぇ、と興味深そうな声。
「もしかして、怪盗のラスティ・ネイル?」
「そーですよー」
「うはー、変な人脈持ってるねー」
 ……誉められてるのかな?
 まぁいっか。
「でも、可愛いねー。ふふ、ハムスターみたい」
 ………!
 蕩けるような甘い笑顔で。
 ラスティを見つめる米良さんに。
 ちょっと吃驚した。
 や、だって。
 香織さん以外は興味が無いとばっかり…。
 冷たいってわけじゃないんだけど。
 盲目的に香織さんしか見てない気がしてたから。
「あの、グラマスなエージェントは、確か…」
「俺達の実家の元護衛役の奈々さんですよー」
「ああ、そうそう。ナナちゃん。
 腕もたつし頭も切れる美人だって評判なんだよね。
 実際、目にするのは初めてだけど。
 美人さんだねー、それに名前がとても可愛いね」
 ………!
 やっぱり、米良さんが。
 香織さん以外を褒めてるのって凄い違和感。
「え、えっと…」
 何故だが妙に慌てる俺に。
 上品なブルーのドレスの女の子が近付いてきた。
「…そんなところで、何、してるのよ…」
 …貴世子ちゃんだ。
 お金持ちの一人娘で、可愛い子なんだけど。
 ワガママで、意地っ張りが玉にキズ。
 そんなところも結構可愛いんだけどね。
「こんちゃー」
 喧々囂々と突っかかってきた貴世子ちゃんにも。
 全く動じずに、米良さんは笑顔を振り撒く。
「………」

 そんな米良さんを。
 何処か据わった目でねめつけて。
 一言。

「…びじん」

 ………。
 ちょっと待って下さい。
 もしかして。
 貴世子ちゃん。
 酔ってませんか!?

「何この美人!
 こんなきれいな人と、こんなところで二人っきり!?
 一体、何なのよ。どういうことなのよ。
 こ、の、浮気者ぉおおおお!!!」
 手にしていたワイン瓶を。
 ガシャンと壁に叩きつけて。
 即席凶器を俺に向けてくる貴世子ちゃんは。

「ちょちょちょ、ちょっと待って!!
 どうしたの、貴世子ちゃん!?
 ってか、米良さんは男の人だって!!」
 最早、正気じゃないっ。
「……おとこ?」
 ワイン瓶を振り上げていた貴世子ちゃんの腕が止まる。
 目を丸くすると。
 くるりと後ろを向いて。
 米良さんの胸に、ぺたりと両手を。
 ――そのままサワサワ胸板を撫で上げる。
「……あ、あの〜…??」
 すっかり困ってしまっている米良さん。
 それもそうだろう。
 うら若い女の子。
 しかも、一見して良家のお嬢さんと伺えるような。
 清楚で品のある女の子が。
 所謂、ハレンチ行為を行っているのだから。
 うーん、逆セクハラ?
「……おとこの、ひと…」
 呆然と呟く貴世子ちゃんに。
 男ですよー、とオドケテみせる米良さん。
 どうにかこれで納まったかと安心したのも束の間。
「……おとこのひと、じゃないと、…だめなの…?」
 ふるふると震える肩。
 あああ、これは嫌な予感が。
「…おとこのひとが…、いいの …?」
 うるって貴世子ちゃんの瞳が潤む。
 女の子の涙には慌ててしまう。
 物凄い罪悪感。
「きききき、貴世子ちゃん!
 別に、そういうわけじゃなく――」
 けれど、俺の言い訳は。
 最後まで言わせてもらえる事は無く。
「………る」
 貴世子ちゃんの震える指先が。
 さっきよりも力強く。
 割れた切っ先が凶悪な。
 ワイン瓶を握りしめた。
「貴方を殺して、私も死んでやるぅううううう!!!」
「えぇえええええええ!!!?」
 何その、ぶっ飛んだ結論!
 っていうか、誰か助け――…、
「あひゃひゃひゃ、いいぞー、殺れ殺れー」
おぼぼばぶでばぶぼもぼんじゃ(おとこなんてなんぼももんじゃ)ー!!」
 兄さんと美羽さんは、すっかり出来あがあってる……。
 頼みの綱の正宗さんはキッチンだし。
 うわーん、死んだら化けてでてやるぅー。
「ちょっ、ちょっとまって! 貴世子ちゃん!
 はなっ、はなせばっ、はなせばわかるっ!!」
 顔面スレスレを飛んでくるプラスチックの皿を避ける。
 ――ちにみに、どうしてプラ皿かというと。
 大人バージョンのパーティの前に。
 ここ、美国探偵事務所は。
 ラスティ行きつけの孤児院の子たちの。
 24日パーティ会場となっていからだ。
 や、それはこの際いいんだけど。
 すっかり酔っ払って暴れる貴世子ちゃんは。
 こっちの言うことなんて。
 全く、耳を貸してくれそうにないし。
 かと言って、下手に抵抗して。
 怪我なんてさせるわけにも…。
「はーい、ダメだよー、すとーっぷ」
 必死で逃げる俺にもとどく。
 独特に間延びした、穏やかな声。
 おそるおそる後方を確認すれば。
 米良さんが後ろから貴世子ちゃんの両腕を。
 優しく捕まえていた。
「はーなーしーなさいー!」
 じたばた暴れる貴世子ちゃん。
 けどちっとも腕は自由にならない。
「だーめ。他人に向かって物を投げちゃ危ないでしょー?」
 クスクスと含み笑いで窘める姿は。
 救いの天使そのもので。
 米良さんがいてくれてホントよかったー。
「うー…」
 暴れ疲れたのか、貴世子ちゃんが。
 米良さんに腕を掴まれたままぐったりとする。
 すると、やたら綺麗な隻眼のその人は。
「ん。やっと大人しくなったね。イイコ」
 って、言いながら貴世子ちゃんの頬にキス。
「!!」
 そして、頭をなでなで。
 …多分絶対、小さい子どもにするのと同じ感覚なんだと思う、けど。
 箱入りお嬢様の女子高校生にはコレは…。
 案の定、貴世子ちゃんは頭から盛大に湯気をふいて。
 目を回して、その場にへたり込んだ。
「ありゃ」
 どうかしたのかと。
 全く無自覚な米良さんは小首を傾げて。
 そして――、
「わっ!?」
 有無を言わさず、後ろから襟ぐりを掴まれて。
 そのまま事務所から連れていかれた。
 …誰になんて。
 そんな事、今更言うまでもないと思う。
 こんなタイミングで来ちゃうあの人も。
 間が悪いというかなんというか。
 へたってる貴世子ちゃんは。
 なんだかんだ言っても面倒見のいい。
 ラスティが看てるからいいとして。
「……兄さん!」
 ひとまずの無事を確保した俺は。
 いの一番に可愛い弟を見捨てた薄情な兄さんへ。
 盛大な文句をつけることにした。



米良は香織んが一番大事です
イザとなったら全部見捨てて香織を優先するこです
でも基本的に他人を甘やかしたがりなので
誰にでも愛想がいいし、誰でも可愛いのです
そんな節操無しな年上に
香織たんはヤキモキすればいいと思います