#51




 いつもの通りの、呑気な笑顔、能天気な科白。
 過剰に甘えて、甘やかして。
 けれど、漠然と不安になるのは。
 なぜだろう …―― ?



 社長の海外取引での護衛を終えた俺達は。
 三連休の最中だった。
 長年愛用しているジェリコの手入れを始めて。
 一段落したところで、ふと目に入ったのは。
 米良が時々コンビニで買ってくる。
 メンズ向けファッション雑誌。
 ――…米良の趣味はあの通り常人とは一線を画すが。
 こういう華やかなものを眺めるのは好きらしい。
 何気なく手に取って――…。
 右肩の重みに、どうした、と声を掛ける。
「米良?」
「んー?」
「重い」
 背中から抱きついて。
 肩に顎を乗せて甘えてくる銀髪の年上に。
 ワザと素っ気なく返す。
「香織、いい匂いー」
 しかし、此方の抗議などどこ吹く風。
 首筋に艶やかな口唇を寄せられ。
 吐息を洩らされるものだから。
 これが天然だから、本当にタチが悪い。
「それはお前だろ。
 また、風呂にはいってたのか?」
「シャワーだけだよ。髪は洗ったけどね」
 言われて、米良の髪が濡れっぱなしなのに気付く。
「米良」
「うー?」
 ごろごろと背中に懐く年上の恋人に。
 少しだけ険を込めて言う。
「風邪をひくだろ」
 ぱたん。
 然したる興味も無い雑誌を閉じて。
 組んでいた足を解くと。
 右肩の重みをやんわりとソファの背凭れへ誘導する。
 拗ねたようにソファへしがみ付く米良の姿を。
 ――可愛いと、思う。
「…ほら、動くなよ」
 乾燥機から取り出したばかりのタオルは。
 まだ、仄かに温かい。
 ふわふわと、髪を包まれる感触が。
 余程気持ちいいのか。
 米良はそのまま、心地良さそうに瞼を閉じる。
「………」
 疲れている――…。
 けれど、何故?
 最近の仕事内容から。
 ここまで疲労困憊になるとは考えられない。
「…めら」
「ん…、なに…?」
 まどろみの声は、頼り無い。
 最近、米良は外出する事が多くなった。
 行き先を尋ねても、ヤボ用と誤魔化す。
「………」
 ちく、と心の奥に刺さる疑念。
 そんなはずはない。
 そんなわけがない。
 否定の言葉を重ねる度に。
 焦燥に胸が灼ける。
「…眠いたいんだろう、ベッドに行け。
 こんなところで寝るんじゃない。米良」
「うー…」
 いやいやと首を振られ。
 そのまま緩く上下する背中に向けて。
 溜息をひとつ。
「米良。ダメだ、起きろ」
 肩を軽く、揺する。
 目の前で眠りこける年上の恋人は。
 非常に遺憾ながら。
 肩幅も背丈も自分よりも――…。
(…絶対、米良よりデカくなってやる…)
 既に第二次成長期も通り過ぎているが。
 まだ、ギリギリ十代だ。
 成長の望みを捨ててはいない。
「…米良。おき…――、無駄か」
 肩をゆすってみるが、うむー、うー、と。
 不鮮明な唸り声で応じられるだけ。
 こうなったら、起こすのは至難の業。
「…たく、仕方無い」
 手間が掛かると息を吐きながら。
 上に掛けるものを探してくると。
 ふわりと、背中をくるむ。
「やれやれ…」
 中途半端な態勢で寝るのはいいが。
 おそらく目を覚ました時に。
 色々な筋肉が攣ってしまうだろう。
 ソファを掴む長い指。
 その爪先に唇を落としながら。
 優しく指先を解して。
 米良のカラダをクッションの上に横たえる。
「…全く、無頓着なヤツめ」
 細く柔らかな髪。
 滑らかな白皙の肌。
 仄かに色づく薄い口唇。
 ――美しすぎる造形は、まるで誂えられたそれ。
 『これ』が自分の所有物(モノ)なのだと。
 密やかな優越感。
 そして――…、
「――… ッ! 」
 真白の項に映える朱の痕跡に。

 鋭く、 息を  呑んだ



香織も米良も自身を冷静に評価出来るタイプですが
互いに想いが強すぎて盲目過ぎて
何処までも不安に駆られてしまう
そんなダメダメさがいいと思います