
#52
激辛せんべいを銜えながら。
お昼のニュースをぼんやり見る兄さん。
美羽さんはコスメ雑誌に夢中で。
正宗さんはといえば。
事務所の屋上で自己鍛練中。
何時もの平和な昼下がり。
仕事の依頼も無く。
午前中の雑務も終えて。
お昼御飯を済ませたところに。
掛かってきた一本のデンワ。
落ち着いた低音の声。
年は三十後半位じゃないかな。
詳しい話は直接と言われて。
名乗った黒サンという人は。
美国探偵事務所の社員で。
米良さんや香織さんの同僚だと言った。
美国の護衛役は二人一組のバディ制。
命の危険が高い仕事だからこそ。
パートナーとの相性は重要で。
バディの二人は大体いつも一緒にいる――そうで。
だから、黒サンもパートナーと一緒に。
約束の時間に事務所を訪れた。
「すまんな。急な依頼で」
「おっじゃましーまーす」
「いいえー、どーせ年中開店休業ですから。
仕事の依頼は歓迎です」
お茶を出す俺に気さくに挨拶をしてくれるのは。
黒サンと、その相棒の君人さん。
黒サンは声のイメージ通り。
渋くてカッコイイ、出来るオトナのオトコって感じで。
君人さんは、真面目で素直そうな幼い顔立ちの人だった。
「で、依頼ってのは」
元から二人とは多少知り合いらしく。
接客する態度とは思えなふてぶてしさで。
兄さんはお茶をすする。
「ああ、米良の事なんだが」
「――…米良? また、あのバカップルがどうかしたのか」
兄さんの言葉で。
二人が以前にバディ解消とかでゴタゴタしてたのを思い出す。
そして、この間の話を――…。
結局、何事も無く日常が続いているけど。
俺には何の説明も無い。
兄さんの事は信じてる。
だけど、兄さんは何も語ってくれない。
――それが、少し寂しい。
「…ちょっと前から、香織の元気がなくてな。
で、原因を聞き出したんだが。
どーにも、米良の様子がおかしいらしい」
「…どうおかしいんだ?」
「時々一人で出掛けては、風呂上りの匂いをさせて戻ってくる。
そんなときは、一切連絡がつかない。
おまけに、ココにキスマーク」
首筋をとん、と指し示して肩を竦めるポーズ。
「つまり、頼みたいのは米良の素行調査だ」
「「えええええええ!?」」
思わず叫んだ俺と、君人さんの声がハモる。
「ちょ、え、は? ちょっと待って下さい、黒先輩!
それって、米良先輩が浮気してるかもって話ですか!?」
「それはないだろ」
「へっ?」
勢い込んで詰めよった君人さんが、目を丸くさせて固まる。
「あの米良だぞ。それは無い。
だから素行調査だって言ってるだろ。
浮気調査じゃなくて、な」
「……むぅ。でも、相手は米良先輩ですよ?
だいたい、そんな用件なんて聞いてません」
「あの米良だから、ココに頼んでるんだろ。
破天荒だが有能だときくし。
万が一見つかってもコイツ等なら誤魔化せるだろ」
「…それは、 そうです、 けど」
もごもごと言い募る君人さんは、不満そうで。
ふい、っとソッポを向いてしまった。
「なんだ、ヤケに米良の肩を持つな?」
「そういう黒先輩は、香織先輩の世話を焼き過ぎです」
「そりゃ、アイツは俺の生徒みたいなものだし。フツーは気にかけるだろ」
「…そうなんですか?」
なんだか、米良さんと香織さんって。
ずーっと一緒って感じがしてたので。
びっくりして、口を挟んでしまう。
「ああ。新米の香織の現場指導員として組んでてな。
三ヶ月、指導員と生徒の関係だったんだ」
「…へぇ」
「で、結局依頼するって事でいいんだよな。
それは香織の意思なのか?
それとも、アンタの判断か?」
バリッ、と今度は醤油せんべいを齧りながら。
兄さんは、ビジネスの話へ戻る。
「俺の独断だ。だから、この話は内密にして欲しい」
「オーケー。じゃ、もう少し具体的な話に入ろうぜ。
あと、邪魔だから後ろの乳くせぇのはどっかにやれ」
「! ちっ…、 俺はもう二十六だ!!」
「じゅーぶんガキだ。ほれ、向こうでテレビでも見てろ。
ちょうど、シモンマンの放映時間だ」
「ばッ! そんなもの観るわけないだろ!!」
「君人。いいから、あっちへ行ってるんだ」
キャンキャン吠える君人さんに。
パートナーの黒さんから。
容赦の無い言葉が突き刺さる。
「……ッ。 わ、 かりました」
明らかに、不承不承といった様子。
「恒。お前も、向こうに行ってろ」
「…ん」
また、のけもの扱い。
俺だって、美国探偵事務所の一員なのになって。
悔しさを噛みしめながら、兄さんの言葉に従った。
黒サンと君人クンの登場
MY設定で、黒サンは新人の教育係
現在は君人の正式パートナーとして活躍中
出来るオトコは職場の人間関係の配慮まで完璧