
#53
京ちゃんの例の依頼。
受けておいてなんだけど。
実際に果たすつもりは全く無かった。
依頼主がそれを望んでいないと知っていたから。
諦めるのも、終わらせるのも簡単だけど。
一度、壊してしまったものは。
二度と、取り戻せない事を知っている。
それを既に味わった身としては。
どうしても、慎重にならざるを得なかった。
「……う」
薬で眠らせた標的が低く呻いて身じろぐ。
――…のに、ちょっと焦って、胸元から携帯を取り出す。
ツーコールの後、呼び出しを止めて。
続けて、スリーコール。
これで、意味を理解できるはず。
場所は予め伝えてある。
ディオニソスの暗殺――…、
なんて、本心では望んでいないくせに。
本当に手が掛かる子だよねって。
笑いが込み上げてきた。
「しょーがないよなー、京ちゃんも。ホント」
本当は、好きでどうしようもないくせに、とは。
流石に口にはしない。
愛憎は表裏一体。
人の心は複雑で、好きという気持ちだけで。
何もかも許せるほど、単純には出来ていないけど。
それでも、まだ二人は大丈夫だと信じられる。
「あれ、もう到着?」
建設途中のビルの、窓がはめ込まれるはずの。
四角いスペースから下を覗き込んで、呟く。
早すぎる。
――…きっと、その辺りにいたんだろうなぁって。
苦笑が漏れた。
「ディオ…、
……朱音君。あんまり、パートナーを悲しめちゃダメだよ」
届くはずのない忠告を残して。
そっと、部屋を出てゆく。
後はもう、なるようになるんじゃないかと思う。
こんな世界でしか生きられない薄汚れた有様で。
望む事すらも赦されないだろうけど。
それでも、二人に幸福な未来があるようにと。
願いながら、自身の道を進む。
ガゥン―――
「!」
不意に背中で爆ぜた発砲音。
ヒタリと歩みを止めて、迷う。
(………)
けれど、また歩き出す。
振り返るべきではないと、そう感じたから。
「放っておいていいのか」
だから。
目の前に現れた影に。
にっこりと微笑んで見せる事は苦痛なんかじゃない。
「いーのいーの。もう、俺の役割は終わり」
「…相変わらずだな、お前は。
ンで? 今回は怪我とかしてねーのか?」
「してないよー。今回は絡め手で攻めたし」
「…色仕掛けだろ」
低い声で溜息を吐く――のは、ちょっとした付き合いのある探偵事務所の所長。
所長なんて言うと、ヒゲの生えた貫禄のあるおじさんを連想するけど。
巧美ちゃんは、一見美少女とも見紛う感じの可憐な少年。
なんて、可愛い外見に騙されると、痛い目にあうけどね。
「あはは、色仕掛けって言う程でもないよ。
普通に『お願い』しただけだし」
「お前のフツーは普通じゃねーんだよ。
いい加減自覚しろ、この全身全力猥褻物」
「えー、なにそれ十八禁扱い? ひどいなぁー」
あんまりな言い草に、へらって笑顔を作ると。
巧美ちゃんは不快そうに眉をひそめた。
「ゴタゴタが片付いたンなら、とっととアイツのトコに帰ってやれ。
イチイチ、パートナーを不安にさせてんなよ。
毎回、俺らが巻き込まれてンじゃねーか」
「あはは、ゴメンねー。
まぁほら、巧美ちゃんが必要な時には手を貸すから。
勘弁してよ。ね?」
「……ぜんっぜん反省してねーだろ。その態度」
「えー、してるしてる。海よりもふかーく反省してるよ。やだなぁ」
「オズ」
「はーい。了解、ター坊♪」
「!」
しまった。
なんて、後悔しても後の祭り。
難易度Sランクのミッション遂行後って事で疲れてたのと。
巧美ちゃん相手で、油断してたので。
完全に、先生の気配を察知できなかった。
「……ッ、な、」
ぐ、って背中から現れたオズ先生に腕を掴まれて。
呼吸器を薬品を湿らせた布で塞がれる。
「―――ッ… 」
おそらく、昏倒させる事を目的とした――それ。
反射で払い除けてみても、もう遅くて。
そのまま、意識は黒く塗り潰された。
メラのミッションを色々入れてると脱線してしまうので省略
ちなみに、ディオニソスはまだ高校生の男の子
継承された名前だけ一人歩きしてしまってる感じ
で、そのディオの護衛兼補佐役が【京】で
色々複雑な想いがあって無茶な結論に至ったと
両想いだけど互いに片思いだと思ってる
そんな痛さがイイと思います