#57




 右の掌には包帯がグルグル。
 腰は鈍く痛んで、瞼は重くて、もう全身がダルイ。
 けれど、それだけ愛し合った結果だと考えれば。
 心は弾むし、幸せいっぱいふわふわと甘い気持ちにもなる。
 今回は色々といっぱいいっぱい大変だったけど。
 最終的に元の鞘に納まって、めでたし、めでたし。
 …だと、いいな、と思う。
 俺とは違って、京ちゃんと朱音君はかなり複雑な立場だから。
 けれど、世の中はあの子達が思うよりもずっと単純なもので。
 自分の気持ちを見失わずに、互いに信じ合えているなら、平気。
 だから、そう、うん。
「…幸せになってくれるといいな」
「何の話だ?」
 ベッドの上で仰向けの格好で、ニヤニヤとしていると。
 芳ばしい匂いをさせて香織がベッドルームへ顔を覗かせた。
 開けられた扉からふんわりと届く、タマゴとバターの香りに、幸せを噛み締める。
「んーん。なんでもないよ」
「………」
 イマイチ、納得していない小難しい表情で香織は溜息をひとつ。
 けれど、それ以上の追求は無くて。
 スーツにエプロンという、なんともエロ可愛い姿で近付いてくる。
「…起きられるか?」
「ん。まだ、…ちょっとキツいけど、だい…」
 ――丈夫、と続け掛けた唇を、優しく捕らえられて。
 起こし掛けていたカラダを聊か乱暴な扱いでベッドの上に抑え込まれた。
 未だ残る昨夜の官能に、条件反射のように火が付くのを自覚して、慌てる。
「……っ、か、… おり…」
 流石に、夜朝と済崩し的に連続SEXは、多少辛い。
 特に、昨夜は何時に無く燃えて何度か意識をトばした。
 ――だというのに、節操の無く熱くなってゆく自分のカラダに自己嫌悪。
「だ、……め、 」
「……キス、だけだ」
 珍しく積極的に仕掛けてくる最愛のパートナーは。
 ひどく色っぽい掠れた声で、耳許に囁きを吹き込んでくる。
 それだけでも、全身に電流のような快感が走り抜ける。
 声、だけで俺をイかせられるんじゃかって。
 時々だけど、本気で思ってしまう。
「……ッ、や、 ……ダメ、だよ…。
 か、おり…、 も、 あ、」
 酷く甘い仕草で唇を食む仕草から始まったそれは。
 舌を絡めて互いを求め合う激しさへ。
 こうなると、朝の挨拶の類のものとは言えない。
 じんじんと、カラダの中心が熱を帯びるのに、危機感。
「……か、 おりっ… 、 ンっ……、」
 抵抗の意味で香織の肩をつかんだ両手は。
 もう、力なんて無くて。
 甘えるように縋り付いているだけ。
 抗議の声は、それごと呑みこまれる。
 ヤバイ。
 絶対にマズイ。
 これ以上続けたら、絶対、最後まで欲しくなる。
 でも、気持ち良くてヤメラレナイ。
 そんな自堕落な矛盾に溺れていると。
 ぐ、と密着していた身体が予期せぬ力で引き剥がされた。
「朝っぱらからサカるな。この満開バカップル共が」
「………た、くみ… ちゃん…?」
 ベッドの上に四肢を投げだした格好で。
 はぁ、と大きく呼吸を吐き出して。
 突如現れた人物へ視線を流すと。
 もう長い付き合いになる、美国探偵事務所の所長である巧美ちゃんは。
 ものすごーく、ムズかしい顔をして、舌打ち。
 なんだろう。
 なんだか。
 すごく、嫌な予感が。
 する。
「キョーアクだな、お前。股間直撃じゃねーか」
「…ふぇ?」
 ディープキスの余韻で頭がうまく回らなくて。
 巧美ちゃんの不穏な台詞も、すいっと素通りしてしまって。
 聞こえているけど、理解出来ない。
 そんな感じ。
「……ッ、」
 ペロリ、項と耳朶の後の弱い場所を舐められて、びくりとカラダが跳ねた。
 そんな反応を面白そうに見下ろす巧美ちゃんに。
 ようやく、マズイ体勢なんじゃないかと、慌てる。
「た、巧美ちゃんっ…、きょ、今日はどうしたの?」
 腰が抜けてしまっているので、起き上がっての逃亡は不可。
 ベッドの上に追い詰められた状況で。
 出来る抵抗といえば、世間話でヤル気を削ぐ事位。
「ああ、お前らに頼みがあってな」
「ひゃ…っ」
 淡々と話を続けるくせに、巧美ちゃんの小綺麗な指先は。
 昨夜の乱れの痕を残す、剥き出しの内腿を撫であげてくる。
「た、たのみ、って…?」
 こんな事なら、サッサと服を着ておくんだった。
 なんて、後悔しても後の祭り。
「ああ、…お前、右手大丈夫か?」
「あ…、 うん。ヘーキ。もう、あんまり痛まないよ」
「ふぅん…」
「ッ!! たっ、巧美ちゃんっ!!」
 白い包帯が巻かれた――多少緩んではいるが――右手に。
 無体な王様体質の巧美ちゃんの興味が移った事に、安堵したのも束の間。
 ぐい、と乱暴に両脚を左右へ割られ。
 シーツを掻き集めて、必死に隠す恥ずかしい場所を。
 その、形を確かめるように、白布の上から指先で辿られた。
 軽いパニック状態に陥る俺の耳に。
「…悪ふざけはその位にして頂けますか。巧美さん」
 両手にベビーイーグルを構え、戦闘モード全開で低く落ちた香織の声が、届いた。



香織の目の前だろーと、なんだろーと
思い立ったが吉日、即行動
エロいと思ったら、食いたくなるのが人情
自由意思と本能の赴くままな巧美様