#60




 訓練二日目。
 流石に怪我をしている米良さんだと。
 指導は難しくて。
 だから、香織さんから体術訓練を受けた。
 場所は美国の従業員用マンションの地下。
 そこに射撃とか体術とかの専用訓練所を設けてるみたいで。
 朝ゴハンの後から、色々叩きこまれて。
「あ、あうぅ〜…」
 基本から実戦へ、二時間も過ぎた頃にはへろへろ。
 そろそろ御昼ドキという事もあって。
 食事にしましょうか、という香織さんの言葉に大きく頷いた。
「…大丈夫かい。恒くん」
 ラフなシャツとスウェットという姿の香織さんは。
 僅かに滲んだ汗をスポーツタオルで拭いつつ。
 床にぐったり倒れ込んでる俺に。
 飲み物とタオルを差し出してくれた。
「な、なんとか…。
 でも、凄いですね。何時もこんな風に訓練をしてるんですか?」
 息も絶え絶えに差し入れを受け取って。
 よいしょ、と背中を壁に預ける。
 ――ほんとーに、キツい。
 兄さんの探偵事務所に住み込みで働くようになってからは。
 色々と無茶な依頼をこなしたり。
 これでも戦力外なのを気にして特訓したりして。
 昔よりは体力が付いているはずなのに。
 それでもやっぱりキツくて、グラグラする。
「体を動かさないでいると鈍るからね。
 雑用ばかりの日でも、最低限の訓練は欠かさないようにはしてる」
「はー…、やっぱ護衛のシゴトって大変なんですねー」
 管野サンも止めておいて正解かも。
 普通のお仕事も続かなそうなのに。
 こんなハードワークこなせるわけないもんね。
「…そういえば、香織さんってどうしてこの仕事に?」
 汗を拭いながら尋ねると、ちょっと困ったカオされた。
 聞いちゃいけないコトだったかなーと。
 後悔して、話題を逸らそうと――…、
「米良に…」
「え、」
 したけど、香織さんの返答のが早かった。
「米良に憧れて、かな。多分」
「へぇ…」
 確かに、米良さんに憧れるってのは、ちょっと分かる、かも。
 普段は結構ふんわりしてる、優しいお兄さんって感じなのに。
 銃を構えて護衛モードに切り替わると。
 全然雰囲気違ってて。
 凛々しいっていうか、カッコイイっていうか。
「そっかぁ…。米良さん凄いですもんね」
 と、そこで気が付いたけれど。
 憧れの人が恋人――なんだ、香織さんって。
 羨ましいような、気恥しいような。
 だって、俺が兄さんと恋人同士になるようなも――、の…、
「……ッ!!」
 そこで、ぶわっ、と。
 耳まで赤くなってしまった。
 こんなタイミングで昨夜の米良さんの言葉を思い出すなんて。
 俺のバカー!
「恒くん?」
 ああああ、案の定、香織さんがスッゴイ不審そーにしてるぅ。
「なッ、ンでも、なんですっ!
 あああ、暑いですよね。あ、あははは、ははは」
「……? 水分をキチンと補給しておくといい。
 脱水症状になるといけないから」
「は、はーい」
 貰ったドリンクに口をつけながら。
 我ながら百点満点の返事。
「昼食を摂った後は、射撃訓練場へ移動するから。
 よく休んでおいてくれ」
「え、」
 だって、射撃訓練は、って。
 思った俺の心を先読みして、香織さんは付け足す。
「恒くんが銃を持つつもりがない事は分かっている。
 けれど、裏では銃が横行しているから。
 少しでも慣れておいた方がいいと思う。
 今日は羽井くんが来る予定だから。
 銃撃訓練の見学でもしているといい」
「え、羽井さんが!?」
 なんで?
 率直に浮かんだ疑問。
 だって、羽井さんといえば。
 以前に兄さんが懲らしめたチーマーグループ。
 そのトップだった管野さんの友人で。
 ちょっと変わってるけど。
 一介の大学生な、はず。
「彼の連れに護衛の仕事の話をしたことがあるだろう?」
「…あ、はい」
「あの後、護衛の仕事について羽井くんが興味を持ったみたいでね。
 アルバイト雇用してるんだよ。――勿論、色々秘密裏に、だけど」
「…は、ぁ」
 確かにフツーの大学生に。
 銃を持たせて訓練させてるなんて。
 バレたら色々マズい、んだと、思う。
 というか結構思い切ってる。
 バイトで雇うにしたって。
 最初は、こー、もっと。
 雑用の雑用からじゃないかな。
「取り合えず、部屋に戻ろうか。恒くん。
 デリバリーで悪いけど、昼食にしよう」



米良に良からぬ事を吹き込まれた恒ちゃん
香織は別に恒ちゃんの事はキライじゃなくて
米良がやけにチョッカイを掛けるので
ヤキモキしてしまうという…
米良パンダは性悪ですね